ジャニーズ問題をめぐる本橋信宏さんとの『サイゾー』対談を全文掲載します! 鹿砦社代表 松岡利康

『サイゾー』2024年5月号(3月24日発売)で、ジャニーズ問題について作家の本橋信宏さんと対談を行いました。

3月20日付の本通信でその旨お知らせした際は、発売したばかりだったので一部掲載にとどめましたが、月が変わりましたので、全文掲載します。

また、本号の興味深い記事としては、大阪万博をめぐり、大﨑洋吉本興業前会長と作家の本間龍さんが、賛成・反対双方の立場から対談されています。賛成、あるいは反対だけの記事は万とありますが、直接両論戦わす対談記事は、ほとんど見たことがありません。貴重です。定価980円(税込み) 

(松岡利康)

[対談]元祖・ジャニーズに喧嘩を売った男たち ―― 本橋信宏×松岡利康
[対談]元祖・ジャニーズに喧嘩を売った男たち ―― 本橋信宏×松岡利康
サイゾー2024年5月号
鹿砦社編集部編『ジャニーズ帝国 60年の興亡』A5判 320ページ 定価1980円(税込み)

【主な内容】
Ⅰ 苦境に立たされるジャニーズ
  2023年はジャニーズ帝国崩壊の歴史的一年となった!
  文春以前(1990年代後半)の鹿砦社のジャニーズ告発出版
  文春vsジャニーズ裁判の記録(当時の記事復刻)
 [資料 国会議事録]国会で論議されたジャニーズの児童虐待

Ⅱ ジャニーズ60年史 その誕生、栄華、そして……
1 ジャニーズ・フォーリーブス時代 1958-1978
2 たのきん・少年隊・光GENJI時代 1979-1992
3 SMAP時代前期 1993-2003
4 SMAP時代後期 2004-2008
5 嵐・SMAPツートップ時代 2009-2014
6 世代交代、そしてジュリー時代へ 2015-2019
7 揺らぎ始めたジャニーズ 2020-2023

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ピョンヤンから感じる時代の風〈41〉3・31、55回目の春を迎えて 小西隆裕

◆目の前に見えた革命

1970年3月31日、われわれは、日航機「よど」をハイジャックした。あの時、最年長の責任者、田宮高麿も27歳だった。そのわれわれも、今や後期高齢者だ。

当時、革命は目の前にあるように思えた。2年後の「1972年革命」を唱えていた仲間もいた。私自身、さすがにそこまでは思えなかったが、70年代の終わり頃には可能ではないかと思っていた。ハイジャックをやったのも、そうした思いがあったからだ。

それが、あれから54年、われわれは今だ朝鮮の地にある。その目算の狂いに、さぞかし消耗し後悔しているのでは、とお思いかも知れない。

実際、目算の狂いの原因がその目算自体、革命したいというわれわれ自身の欲求に基づいており、広く国民大衆の切実な要求に基づき、それに応えるところからのものでなかったのに思い至った時、それは大きな衝撃だった。

以来、50余年、われわれは、この痛恨の教訓を生かし、あの時の誤りを現実の闘いで正そうと闘ってきた。自己を修養し、訪朝団の人々に積極的に会うなど、帰国のための闘いを始めたのも、そのために「日本を考える」や「自主と団結」、「お元気ですか」などわれわれの出版物を日本の地で発刊し、自らの思い、考えを広く世に問うようにしたのも、そして今もなお、「アジアの内の日本」などSNS発信をし、デジタル鹿砦通信社へのこの寄稿をはじめ、自らの意思の表明を続けているのも、すべてその思いからだ。

そうしたわれわれが最近、革命を目の前に感じるようになってきた。そこで問われているのは、それが自分たち個人の革命を求める心からのものでなく、客観的現実の要求、広く人々の要求に基づき、それに応えるというところから出発したものであることだ。

今、世界も日本も激動している。「大動乱の時代」という表現が少しの違和感もなく受け止められるようになってきている。ウクライナ戦争、中東戦争、米中新冷戦の三正面作戦に引き出され、それを余儀なくされている覇権国家、米国が今秋11月には大統領選挙を迎える。そこでまた8年前、4年前と同じく、トランプに対する対応が求められている。そして、日本でも解散総選挙が遅かれ早かれ行われるようになっている。

この激動の時にあって、世界中で、大きな焦点の一つになっているのは、御存知、「もしトラ」だ。それが今では、「ほぼトラ」になり、「いまトラ」にまでなってきている。

そうなった時、世界は、そして日本はどうなるのか。世界中でそれにどう対するか、対応策が検討されてきている。

今、われわれが革命を肌で感じ、それが見えるようになってきているのは、こうした現実の切実な動きに基づいている。

◆なぜ今、「いまトラ」なのか?

8年前、従来の大統領とは全く異なる異色、型破りの大統領、トランプが登場した時、米国だけでなく世界が混乱した。

「アメリカ・ファースト」を掲げ、米国の国益第一に、移民の受け入れを拒否したばかりか、「世界の警官」の役割を否定し、数々の米覇権機構からの撤退を宣言、強行していったトランプ政治への賛否両論が世界中に巻き起こった。

こうした中、米覇権中枢、エスタブリッシュメントは、このご時世、一度はやらせてみたトランプからバイデンへの大統領のすげ替えをあらゆる手を尽くして強行した。かくして、何とかその実現にこぎ着けたバイデン政権の4年間は果たしてどうだったか。

カビの生えかかった「普遍的価値観」を改めて持ち出し、「民主主義VS専制主義(権威主義)」の旗の下、「米中」は表立て、「米ロ」は陰に隠して、二正面作戦は避けながら、かつての「米ソ冷戦」「東西冷戦」よろしく、世界を二つに分断し、中ロを包囲する「新冷戦」が敢行される一方、トランプによって破壊された米覇権機構の修復がなされ、覇権の回復が図られた。

その結果生み出されたのは何だったか。米覇権は、ウクライナ戦争と米中新冷戦、それに加えて、パレスチナ・イスラエル戦争と三正面作戦に直面させられ、包囲ならぬ逆包囲、自分が孤立させられて、進むも地獄、退くも地獄の滅亡の泥沼に足を踏み入れさせられてきている。

この覇権崩壊の危機にあって、エスタブリッシュメントがバイデンにこれ以上期待できることがあるのだろうか。

そうした中、「11月」は迫ってきている。民主、共和両党の候補者を決める予備選挙で、現職の大統領としてバイデンの選出が決まっている民主党に対し、共和党ではトランプの圧勝が際立っている。そして、バイデンとトランプ両者の中どちらを選ぶかの事前調査では、43%対48%と大差を付けられているのはバイデンの方だ。

トランプ優位の根拠として挙げられているバイデンの弱点には、「イスラエル支援」、「移民」など、米国の伝統的で今日的な覇権戦略の評価に関わるものが多い。これらが「偉大なアメリカ」、「アメリカ・ファースト」、国益第一、等々、米国の覇権よりも、強い米国、豊かな米国を求めて広がる「貧しい人々」、若者たち、黒人たちなど、これまで民主党支持だった人々まで加えて、広範な米国人から排撃を受けている。

こうした現実を見て、エスタブリッシュメントの少なからぬ部分が米覇権のあり方の転換を考えるようになったとしても少しも不思議ではない。

「もしトラ」から「ほぼトラ」「いまトラ」への傾斜の裏には、広範な米国民の動向を見ての推察とともに、こうしたエスタブリッシュメントの動向についての読みが少なからぬ比重を占めているのではないだろうか。

実際、米覇権中枢、エスタブリッシュメントの意思は、バイデンからトランプへの転換容認で固まってきているように見える。周知のように、トランプに対しては、女性問題まで含め数多くの訴訟が起こされている。ところが、それについての裁判がすべて、米最高裁判所において、大統領選挙期間、その審判の延期が決定された。これは、その証左に他ならない。

◆現時代、覇権の多極化など有り得るのか

「いまトラ」、すなわち「今やトランプ」になるであろう趨勢にあって、問題になるのは、米エスタブリッシュメントが容認するバイデンからトランプへの転換が何を意味するかだ。それが覇権の放棄でないのは明白だ。そこで考えられるのが覇権のあり方の転換であり、それが米一極覇権から覇権の多極化への転換であるのを推察するのはさほど困難ではない。

米単独の一極覇権から米中ロなど複数の超大国による多極覇権への転換、それは、国の上に自由、民主主義、法の支配など「普遍的価値観」を置き、国そのものを否定するグローバリズム覇権から国の存在を前提に、いくつかの超大国による世界各国に対する分割支配を意味している。

そこで問題なのは、現時代が自国第一の時代だということだ。各国がグローバリズム覇権に反対して、自国第一の政治改革を起こしてきている中にあって、この自国第一を認めながら、その上に成り立つ覇権などというものが果たしてあり得るのだろうか。もともと覇権とは、国の上に君臨するものだ。自国第一を認めるような覇権は、一つの大きな自己矛盾なのではないのか。

実際、自国第一の時代である今日、各国の上に君臨する覇権などあり得ない。中国であれ、ロシアであれ、並はずれた大国であるのは事実だが、周辺の朝鮮やASEAN諸国、はたまた東欧や中央アジアの国々の上に君臨しているかと言えば、そんなことはないし、そもそもそんなことはできないと思う。時代が自国第一の時代だと言うことは、そう言うことを意味している。

それは、G7など、旧帝国主義諸国皆に共通したことだ。この間、西アフリカ、中央アフリカなど旧仏領アフリカ諸国が国民と一体になった青年将校によるクーデターでことごとくフランスから離反し、マクロンが激怒しながら手をこまねいているのが話題になっているが、そこにも世界から逆包囲され、孤立したG7の姿が鮮明だ。そうした中、米国には、もはや覇権の多極化をしようにも覇権する対象がなくなっているのではないか。

「反覇権的多極秩序」なる新語も生まれてきている今日、米エスタブリッシュメントはこうした時代の現実を踏まえる必要があるのではないだろうか。

◆「いまトラ」で日本に問われること

「いまトラ」で想定される多極覇権にあって、米国による覇権の圏内に日本が入れられているのは言うまでもない。

この場合、当然、「米国ファースト」に対し、日本も「ファースト」だ。だが、そこで大前提は日米基軸であり、「米国ファースト」と一体であってこその「日本ファースト」、もっと言えば、「米国ファースト」の下での「日本ファースト」だと言うことだ。

もちろん、ここでよく言われていることがある。それは、「日本主導」と言うことだ。米国が弱体化した今日、これまでのように米国の後に日本が付いていくのではなく、日本主導の日米関係にしなければならないと言うことだ。

だが、これはこれまでもよく言われてきたように、「米国に言われる前に、(米国の意図を推察し)、日本が『自主的に』進んでやる」というのと五十歩百歩ではないか。「自主的」が「主導」に変わっただけだ。一言で言って、「米国ファースト」の下での「日本ファースト」、それはすなわち、本質において、「日本セカンド」に他ならないと言うことだ。

多極覇権にあって、日米関係を「主導」する日本には、より強い「ファースト政権」が要求されるようになる。そうなってこそ、「多極ファースト世界」にあって、日本はその「主導」的役割を果たせることになる。この間、「トランプ」との関係で、「小池百合子首相」の名が度々出されるようになっているのも決して偶然ではないと思う。

「いまトラ」によってその形成が図られる「覇権的多極秩序」に対して、すでに世界的規模で広がりを見せている「反覇権的多極秩序」、この二つの秩序の世界的攻防が日本の闘いにも反映されるようになるのは不可避ではないかと思う。

この覇権VS反覇権の攻防にあって、日本が真に「ファースト」の道を選択する上で決定的なのは、日米基軸の下、どこまでも米国に従い進むのか、それとも日米基軸の枠から抜け出、全方位の道に踏み出すのかにあるのではないか。

日米基軸からの脱却、それは、今の日本にとって一つの大きな革命だと思う。と言うより、現段階にあって、日本の革命は、社会主義や共産主義に進むことではない。日米基軸の呪縛から抜け出すこと、ここにこそ、戦後79年、いや維新以来156年、提起され続けてきた革命の課題を達成する道が開けているのではないだろうか。

革命が見える現実が近づいている。

小西隆裕さん

▼小西隆裕(こにし・たかひろ)さん
1944年7月28日生。東京大学(医)入学。東京大学医学部共闘会議議長。共産同赤軍派。1970年によど号赤軍として渡朝。現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)
『一九七〇年 端境期の時代』

広島市2024年度予算案可決もアストラム延伸、中央図書館移転に垂れ込める暗雲 さとうしゅういち

広島市議会2月定例会は26日、2024年度予算案などを可決し、閉会しました。

◆サンフレ本拠地移転と齟齬をきたすアストラム延伸

このうち、2024年度予算案のアストラムライン延伸については反対討論が相次ぎました。

この計画は、アストラムラインを安佐南区の広域公園前から、佐伯区の五月が丘団地、そしてトンネルで山をくぐって西区の西広島駅へ、とつなぐものです。

広島市が過半数を出資する第三セクター「広島高速交通」のアストラムラインは広域公園を会場とする1994年の広島アジア大会を前に、同年8月20日に本通りから中区の城北駅、東区の不動院前駅、安佐南区の大町駅などを経由して広域公園前までの区間が開通しました。その後、1999年に環状化する計画も出ました。

しかし、これらは採算性の問題から、秋葉忠利前市長のもと、2007年にはアストラムライン延伸ではなく、広電やバスなどの既存交通機関の活用を優先させる方針に転じました。2011年に松井一實市長に政権交代した後、2014年に、都心部での延伸は事業廃止する一方、2015年には西広島駅までの延伸のみを事業化することが決定。当初は一日15000人の利用を見込んでいました。しかし、現在の見込みは9100人です。

安佐南区の日本共産党の中村孝江議員や、中区の無所属の門田佳子議員(保守系無所属議員の後継で1年前初当選)からは以下のような討論が出されました。

第一に、輸送人員の見込みは、市が昔計画していた15000人から9100人まで減っていること。

第二に、せっかく延伸しても、自転車置き場や車による送迎コーナーがないと利用しにくいのですが、それが市の案には考慮されていない。

第三に、現実問題、西風新都方面の団地から都心部にはバスの方が乗り換えもなく、便利という現実もある。机上ではアストラムラインが2分所要時間は短いが、そうなれば乗り換えなしの方が良いに決まっている。

予算案そのものは結果として賛成多数で可決となりましたが、上記の反対討論はきちんと市長も受け止めるべきです。

広島市内でも高齢社会化の中で、公共交通の確保は大事です。国や県の支援も必要です。他方で、その方法、また、利用しやすい公共交通の在り方。これをきちんと議論しないまま、そして、国や県の十分な支援が見込めない中で突き進んだ場合には(自治体は国と違い、お金を刷ることができませんから)大変なことになります。

 
サンフレッチェ広島の本拠地であるサッカースタジアムのエディオンピースウイング広島

広島都市圏全体の交通の在り方、ひいては広島県内全体の交通や地域づくりの在り方をきちんと市民的、県民的にもっと議論すべきではないのか?場合によっては住民投票も活用すべきではないのか?そのように感じました。

輸送人員の減少が見込まれる。これは当たり前の話です。サンフレッチェ広島の本拠地であるサッカースタジアムが安佐南区から中区のエディオンピースウイング広島(写真)に移ったことも大きな影響があるでしょう。サッカースタジアムについてはいろいろ議論がありました。

しかし、現在地に移転した以上は以下のことは想定できます。

1.アストラムラインの利用者が激減する。

2.一方、広島駅から歩いて行けるサッカースタジアムということで、サンフレッチェ広島の対戦相手のチームのサポーターも多く広島駅経由で来られる。

1.については、アストラムラインの見直しを市に迫る。

2.の要素は広島駅周辺の混雑激化を通じて、県が広島駅北口に計画している新巨大病院(湯崎病院)に見直しを迫る。

ことになるでしょう。

今一度、サッカースタジアムが移転した後の状態を前提に、アストラムラインの延伸の是非、県病院含む病院のエキキタへの統合の是非、これらをきちんと再論議する必要があるのではないでしょうか?

繰り返しますが、サッカースタジアムの移転で状況は変わった。人の流れも変わった。前と同じことをしていたらあちこちでほころびが出る。そういうことも含めて、市民投票、県民投票も視野に入れた議論は必要ではないでしょうか?

◆中央図書館の移転費用も青天井

松井市長が進める、中区の中央公園にある中央図書館の駅前のエールエールA館への移転費用も青天井です。ついに、96億円という見込みだった費用が、131億円に膨れ上がってしまいました。これに加えて、浅野文庫や広島文学を展示する施設を旧市長公舎の跡地に建設予定で、37億円かかります。ついに、現在地で建て替えた場合の予想経費の120億円を上回ってしまいました。

これでも、本日の議会最終日で賛成多数で2024年度予算は可決されてしまいました。しかし、これももう一度議論し、場合によっては住民投票にかけることも大事ではないでしょうか?

広島市の中央図書館の移転費膨張 当初計画から35億円増の131億円(中国新聞デジタル)Yahooニュース

とにかく、住民の声を無視して進めた計画のほころびが出ています。今必要なのは市民的、県民的な「広島をどうするか」という議論ではないでしょうか?

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年4月号

《4月のことば》花 あなたらしく咲けばいい…… 鹿砦社代表 松岡利康

《4月のことば》花 あなたらしく咲けばいい……(鹿砦社カレンダー2024より。龍一郎揮毫)

4月、新年度に入りました。

花咲き誇る季節です。

あらゆる分野で多様性の時代です。

咲き誇る花も多様です。

何事も一つではありません。

「多様性」と言いながらそうではないことも多々あります。

あなたはあなたらしく、私は私らしく咲こう!

それを認め合うところから真の多様性があるのではないでしょうか。

本年は唯一の反(脱)原発『季節』が、前身の『NO NUKES voice』を含め創刊10周年を迎えます。

次号を夏・秋合併号として創刊10周年記念号として準備を開始いたしました(詳細は後日公表。定期購読、会員の皆様には直接郵送にてお知らせいたします)。

そうして、来年はいよいよ『紙の爆弾』が創刊20周年を迎えます。

この4月7日発売号で創刊19年です。

光陰矢のごとしで、月日の経つのは本当に速いものです。

創刊直後の「名誉毀損」に名を借りた出版弾圧で逮捕、半年余りも勾留され辛酸を舐めたこと、凍り付くような拘置所で大晦日、正月を過ごしたこと……走馬灯のように過ります。

さほど他人に自慢できる人生ではありませんでしたが、私らしく醜く咲いた人生でした。

『紙の爆弾』創刊号では「ペンのテロリスト」などと嘯いていました。

それでも、もうひと花咲かせて出版人生を終えたいと思う昨今です。

(松岡利康)

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2024年春号 能登大震災と13年後の福島 地震列島に原発は不適切

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年4月号

戦後日本の革命 in ピョンヤン〈2〉運命の自己決定権 ── 「もしトラ」に右往左往しない日本に 若林盛亮

◆「もしトラ」と戦後日本の革命

戦後日本の革命、それは私式に言えば「米国についていけば何とかなる」としてきた戦後日本の生存方式を一新する革命、あるいはアイデンティティ確立のための革命だ。

今回のテーマ“「もしトラ」に右往左往しない日本に”は、「もしトランプが大統領になったら」で右往左往するわが国の政界、言論界を目の当たりにして、そろそろ「米国についていけば……」からの方向転換、むしろ「もしトラ」を国の運命の自己決定権を自分の手にする好機にすべきではないのか、このことをピョンヤンから訴えるものだ。

◆「私のかわりに決める権利は、あなたにないわ」

 
『他人の血』(新潮文庫)表紙、ジョディ・フォースター主演で映画化の写真入り

この小題目の言葉、それは小説『他人の血』、最後のシーンで発せられる女主人公の言葉だ。この小説の著者であるフランスの実存主義女流作家ボーヴォワールの基本思想、「運命に対する自己決定権」を主人公に語らせたセリフである。

このような言葉は一朝一夕には出てくるものじゃない。この小説でも人生の窮地を脱し人生のクライマックスに立ってようやく主人公自身が極めた境地だ。

主人公エレーヌはパリに住むごく平凡な駄菓子屋の娘、彼女は大ブルジョアの息子という出自に悩む労働運動指導者、ジャンに恋してしまう。「自分は組織の歯車でいい」という労働者共産党員の恋人に飽き足らない彼女は悩める指導的活動家ジャンになぜか心をひかれる。でもジャンの社会運動にはまったく興味を示さず、自分の恋心に応じようとしないジャンの関心をひくことだけで頭はいっぱい。そんな女の子だった。

他方、ジャンは大ブルジョアの跡継ぎ息子だが共産党に入党、しかし党に引き入れた親友の弟をある闘争で死に追いやった自責の念から社会民主主義者に転向するといった複雑な政治経緯の人物だ。政治や社会運動に何の関心も示さないエレーヌに当惑しながらもやがてジャンも彼女と恋に落ちる。

しかしエレーヌのある行動が二人の恋を決裂させる。

時は第二次世界大戦を前にしたナチス台頭の時期、オーストリアの闘士が反ナチの連帯闘争をフランスの社会民主主義者に求めたが、ジャンはこれを「フランスをナチスとの戦争に追いやるようなことはできない」と拒絶した。しかしこの自分の態度がナチスのオーストリア併合を許すことになり、ついにはナチス・ドイツ軍のフランス侵略という結果を招いた。

そんな自責の念からジャンは対独戦争のフランス軍最前線に志願する。これに驚いたエレーヌが恋人を死地から救う一念で八方手を尽くし、前線から後方の安全地帯に戻れるようにする。しかし彼女のこの振る舞いはジャンの強烈な怒りを買い、二人の愛は破局を迎える。

恋を失いパリまでナチスのものになって、ついに「自分もなくなった」失意のエレーヌは職場の洋裁店の関係で親しくなった占領者であるドイツ人からベルリンに行くことを誘われている。

しかしある事件がそんな彼女を覚醒させる。

幼なじみのユダヤ人娘がナチスのユダヤ人狩りの危険に直面した時、親友を捨て置けないエレーヌは恋人だったジャンの反ナチ・レジスタンス組織を通じて親友の逃亡を助ける。この事件を契機にエレーヌは自分を取り戻す。ついには「あなたと一緒に仕事をしたい」とジャンに申し出る。彼女は危険な任務を引き受け致命傷を負う、そしていまは死の床にある。

「君がこんなになったのは僕のせいだ」と彼女を恋に苦しませ、いままた危険な任務を指示した自分を責めるジャンに対し、死を前にしたエレーヌが毅然(きぜん)として自分自身を主張する言葉、それがこの小題目に引用したセリフだ。

「私のかわりに決める権利は、あなたにないわ」

運命に対する自己決定権とは? を考えさせる名セリフだと思う。

彼女は自らの殻を破った ── 「何ものかのために、誰かのために存在する」エレーヌ、「危険な任務遂行を決めたのは、他の誰でもない、私自身」!

人間の運命同様、国の運命も決定権は誰のものでもない、自分自身にある。

長々と小説の粗筋を紹介したのは、小説の主人公のように一人の人間が自分を取り戻し、自らの運命の自己決定権を獲得するには一定の曲折を経るものだということ、しかしいつかは手にするものだということ、これは国だって同じではないかということを言いたかったからだ。

私の場合も「ロックと革命 in 京都」に書いたように「17歳の革命」に踏みだした頃、「特別な同志」OKから「これ読んでみない?」と言われてこの本を借りたが、当時はこの言葉にたどり着くどころかこの小説自体まったく理解不能のものだった。あれから半世紀もの時間が流れ、還暦を過ぎて『他人の血』を再読して初めてこの言葉の存在を知り、その深い意味に気づかされた。この言葉を理解するには一定の人生体験が必要だったのだろう。

いま「もしトラ」に右往左往する日本、それは戦後日本の「米国についていけば何とかなる」生存方式の長い歴史の結果だが、いまのそれはやはり惨めで見苦しいものだ。これからもそんな生き方を続けていくのか? 

「米国の栄華」を追いかけ日本の繁栄を夢見てきた戦後日本だが、いま「米中心の国際秩序の破綻」を前にして政治も経済も軍事も混乱を極めている。「もしトラ」のいま、そろそろわれわれ日本人は「自分を取り戻す」時に来ているのではないか、このことを考えてみたい。

◆プランB ── 欧州の「もしトラ」策

「もしトラ」でいまウクライナ戦争渦中にある欧州も慌てているが、すでに策は立てている。

いまのバイデン政権時でさえ共和党の反対でウクライナ軍事支援予算が通らず、米国からの兵器供与が滞る事態になっている。このうえ「ウクライナ支援はやめるべきだ」とするトランプが大統領になれば欧州は「米国抜き」を考えておかねばならない。

 
TBS番組「1930」。2024年3月8日放映の「米国抜きの欧州案“プランB”」

そこで出された策が「プランB」だ。

プランBとは“米国の援助抜きでウクライナの敗北を防ぐ”という案だ。

その基本内容は、“①今年のウクライナは欧州からの支援で戦略守勢にまわる②来年の春頃の攻勢に直結するための準備をする”というものだ。

「来年の春攻勢に(兵器を)準備」に成算があるのか大いに疑問だが、大義名分は「ウクライナの敗北を防ぐ」。要は「敗勢のままロシアに勝たせてはならない」、だからウクライナに何とか持ちこたえさせるため取りあえず「欧州からの兵器援助」という泥縄式消極策、それが欧州の「もしトラ」策、「プランB」であろう。

更には欧州全体に拡大する「ウクライナ支援疲れ」で欧州の足並みが乱れる中、英仏独が個別にウクライナと2国間の安全保障協定を結んだ。これはウクライナに「英仏独3大国の保障」を見せることで「ウクライナの敗北を防ぐ」しかない欧州の窮状を表すものだ。

ウクライナの敗勢に慌てる欧州を表すものとして、「冷戦後最大規模のNATO軍事演習」がある。これはNATO加盟32ヶ国(フィンランド、スウェーデン加入で2ヶ国増)の9万人規模で2月から5月まで各地で行われるというものだが、かつての東西冷戦期には毎年、数十万人規模で行われたというからロシアに対して虚勢を張るだけの印象が強い。

結局は、落ち目濃厚の米国の対中ロ新冷戦戦略に欧州は巻き込まれる羽目に陥った。

しかし事態は虚勢を張るだけではすまないものになりそうだ。トランプ政権成立ともなれば、欧州各国のGDP2%以上の防衛予算を組むというNATO取り決めの即時実行を迫られる。この防衛予算増は、ただでさえ国民から「ウクライナ支援より国民にお金を」と迫られている欧州各国の現政権を更に揺るがせ、自国第一政権を産み出す呼び水になることだろう。

「ウクライナ支援疲れ」が「米国の覇権回復同調疲れ」に転化する。欧州の人々も自分と国の運命、自己の運命決定権を考え始めるだろう。

 
産経の2024年元日の年頭社説「“内向き日本”では中国が嗤う」※本画像クリックをすると同記事にリンクします(編集部)

◆「もしトラ」歓迎の産経新聞

「もしトラ」に右往左往する日本の言論界の中で唯一、元気なのが産経新聞だ。

今年2024年の元日、主要新聞各紙の新年社説は混乱の極みだったが、産経新聞だけは元気だった(〈年のはじめに〉「内向き日本」では中国が嗤う 榊原智論説委員長)。それは「もしトラ」対処策をもっていること、むしろ「もしトラ」歓迎の立場にあるからのようだ。

産経社説は“「内向き日本」では中国が嗤(わら)う”と題し、国内政局にとらわれて「対中対決」をおろそかにすることがあってはならないという主張を前面に押し出した。

まず「台湾有事は日本有事」の立場を明確に打ち出した。これは米中新冷戦で対中対決の最前線を日本が積極的に担うという意思表示だ。

そしてトランプ政権誕生を念頭に「米核戦力の(日本への)配備や核共有、核武装の選択肢を喫緊の課題として論じる」必要を強く説いた。その根拠は、もしトランプ大統領になれば、台湾有事には「日本や台湾が前面に立ち防衛」することを求められるからだとした。

そしてこうも強調した。「日本は米中対立に巻き込まれた被害者ではない。米国を巻き込まなければならない立場にある」と。まさにトランプの対日要求を先取りしたもの、アジアの問題である対中軍事対決は日本が主体的に行うべきものだという主張だ。

「欧州やアジアの戦争をなぜ我々(米国)がやらねばならないのか」? 「欧州の戦争は欧州人が、アジアの戦争はアジア人が」 ── これがトランプ路線だ。安倍元首相や産経新聞の立場は、対米従属ではあれ米国とうまくやりながら日本の軍事大国化(軍国主義的「自主」路線)を実現することだから、トランプ路線は大歓迎なのだろう。

産経新聞のような「もしトラ」歓迎の危険性は、「喫緊の課題として論じる」必要を説いた日本の代理“核”戦争国化を自ら「主体的」に担うべきという議論を呼びかけていることだ。

「もしトラ」を前提に、産経社説は「米核戦力の配備や核共有」「核武装」といった選択肢について論議することを呼びかけた。

これらはいま米国が最も日本に要求していることだが、日本の非核国是のため未解決のまま「宿題」として残されている議論だ。それは一言でいって日本列島の地上発射型中距離“核”ミサイル基地化だ。これは米軍の対中拡大抑止戦略の基本、死活的課題だから米国は絶対あきらめない。産経のように日本側が「主体的な課題として論じる」ようになれば、これは米国にとってはありがたいことだろう。

産経が「喫緊の課題として論じる」必要を説くのは以下のことだ。

これについてはデジ鹿通信に何度も書いたので簡単に触れる。

日本列島の地上発射型中距離“核”ミサイル基地化を米軍に代わって担う部隊として「安保3文書」決定で自衛隊スタッドオフ・ミサイル(中距離ミサイル)部隊はすでに新設された。

未解決の課題は、自衛隊ミサイル部隊の核武装化のための「核共有」を実現(当然ながら「核持ち込み容認」)することだ。

この実現のためにNATO並みの「有事における核使用に関する協議体」を設置する。これは昨年、新設された米韓“核”協議グループ(NCG)を発展させ「日米韓“核”協議体」とするか、あるいは二国間の「日米“核”協議体」を創設する。準備は着々と進められている。後は日本の決心次第となっている。

再度強調するが産経のような「もしトラ」歓迎の危険性は、日本の対中・代理“核”戦争国化を米国の強要によってではなく、日本が「主体的に」やるようになることだ。

だから産経のような「もしトラ」歓迎の政権ができるようなことになれば、日本の破滅、「米国と無理心中」にわが国を追いやる結果を招くだろう。これだけは絶対、避けなければならないことだ。

◆「もしトラ」の逆利用 ── 自分を取り戻すチャンスに

産経のような「もしトラ」歓迎は以ての外だが、「もしトラ」逆利用という考え方もあり得る。

トランプの主張は「米国に依存するな、日本が主体的にやれ」だ。トランプの真意は米国の強要を日本が「主体的に」受け入れろだが、彼の言う「主体的に」を文字通りに、名実共に実現するチャンスに変える契機ではある。いわばトランプが「アメリカ・ファースト」を言うなら、日本は「日本第一」で行くという向こうの論理の「逆利用」だ。

第一次トランプ政権時には「米軍駐留費分担金(思いやり予算)を日本が増額しないなら米軍基地を撤収する」と日本を脅かしたが、今度はこれを逆手にとって「ああそうですか、ならお引き取りいただいてけっこうです」と言えばいいのだ。

もちろん在日米軍基地撤収や日米安保解消などトランプの一存でできることではなく、またトランプも日本への「同盟義務」押しつけのための恐喝以上の意味で発言しないはずだから、「どうぞお引き取り下さい」という日米安保同盟を否定するような日本側の要求は受け入れないだろう。またわが国には残念ながら米国と正面激突するだけの政治的力はまだない。

だから「もしトラ」の逆利用のためにはいま実現可能な策略、工夫が必要だと思う。

日本国民として最低限、許してはならないのは、米国の企図する「日本の代理“核”戦争国家化」だ。米国自身も非核の日本国民の世論を前にしてこれが「難題」とは認識している。だからごり押しが難しい。したがってこれ一本に絞って米国による「自衛隊の核武装化」だけは拒否の姿勢を貫くことは最低限やらねばならないし、全く不可能なことではないと思う。

そのための「日本の大義」という「武器」がある。それは非核の国是、「非核三原則」の堅持だ。いわば向こうが「アメリカ・ファースト」なら、こちらは「日本の大義」、「国是第一」で行く、このどこが悪いのかという論法だ。

非核の国是を武器に、米国の企図する「日本列島の中距離“核”ミサイル基地化」、そのための「新設の自衛隊スタッドオフ・ミサイル部隊の核武装化」を拒否する。

具体的には産経が議論すべきとした「米核戦力の日本への配備」のための「核持ち込み容認」、そして「日米核共有」を認めないことが基本となるだろう。

その基本環は、いま米国の要求する有事の際の核使用に関する協議体、「日米韓“核”協議体」(日米だけの場合もある)創設の提起に乗らないこと、非核の国民世論を背景に「それは無理です、できません」と拒否姿勢を貫くことだ。

これは可能か? 可能性はあるけれど簡単なことではない。鳩山・民主党政権時の「最低でも沖縄県外に」と辺野古基地移転再検討を口にしただけで鳩山氏は首相の座を追われた。国民世論の後押しがなかったからだ。米国の意向に逆らうのはよほど時の政権に力がなければならない。その力は国民の支持以外にはない。鳩山政権には国民に訴える力がなかったからできなかった。

 
泉房穂さんの対談本『政治はケンカだ』(講談社)

逆に言えば、国民の支持を背景にすればできるということだ。

非核の国是堅持は絶対多数の国民が支持するものだ。時の政権が「非核の国是堅持」を背景に「核持ち込み」及び「日米核共有」の拒否を広く国民に訴えれば、これを国民は支持するだろう。

しかしいまの岸田・自公政権ではこれはできない。「米国についていけば……」の彼らは国民の顔色より米国の顔を見て動く、だから政権交代によってしかできることでないのはハッキリしている。

いま自民党の「政治とカネ」問題で岸田政権は揺れている、次の選挙で政権交代もありうるとも言われている。いまの政界再編劇については米国の影がちらつくが、政界再編、政権交代は国民自身の要求でもある。そしていま「国民をいじめる側」対「国民の味方」の対決として総選挙に勝ち、「救民」内閣を打ち立てると豪語する人物、泉房穂元明石市長という政治家が国民の注目を集めている。「注目」が「広汎な支持」になるか否かはいまは不明だが、少なくとも希望はある。

支持政党なしが60%を占める国民の政治不信を一掃する国民の信頼に足る政治家、政治勢力が出るならば「救民」政権樹立もけっして不可能とは思われない。だから可能性はある。

いま「パックスアメリカーナ(アメリカによる平和)の終わり」を世界が目にしている。米国の覇権力衰退著しいことの表現が「トランプ現象」でもある。「トランプのアメリカ」は「覇権力弱体化のアメリカ」であり、国民の力を背景にし米国を恐れない政治家、政治勢力が出るならば、「米国についていけば……」を卒業し、わが国が運命の自己決定権を手にすることは可能な時に来ていることだけは確かだ。

「もしトラ」の逆利用で米国依存の生存方式から目覚め、自己を取り戻すチャンスに変える時、戦後日本の革命成就も夢ではない時に来ている。ピョンヤンにあってこれが夢でないことを祈りながら「戦後日本の革命 in ピョンヤン」発信を続けたいと思う。

若林盛亮さん

◎ロックと革命 in 京都 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=109

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)
『一九七〇年 端境期の時代』

KICK Insist、7試合がノックアウト、厳しい現実と感動の王座戴冠! 堀田春樹

大トリを務めた睦雅はKO勝利、内容を競い合った瀧澤博人はヒジ打ちで斬るTKO勝利。
タイトル戦では大地フォージャーが打ち合いに沈み王座陥落、政斗が念願の王座奪取。
皆川裕哉も右フック炸裂での完封TKO勝利で初戴冠。
西原茉生は王座の前で立ちはだかる則武知宏に鋭いパンチでKO勝利。

第1試合開始前に2023年の年間表彰式が行われ、活躍した6名の表彰が行われました。
優秀選手賞:睦雅(ビクトリー)
精鋭賞:内田雅之(KICKBOX)
協会特別賞:モトヤスック(治政館)
KO賞:大地フォージャー(誠真)
技能賞:西原茉生(治政館)
新人賞:勇成(formd)

◎KICK Insist18 / 3月24日(日)17:15(表彰式)~20:48
主催:VICTORY SPIRITS、ビクトリージム / 認定:ジャパンキックボクシング協会(JKA)

戦績はプログラムより、この日の結果を含んでいます(タイ選手を省きます)。

◆第11試合 63.0kg契約3回戦

ジャパンキック協会ライト級チャンピオン.睦雅(ビクトリー/ 62.9kg)
21戦15勝(9KO)4敗2分
        VS
パランラック・フェロージム(元・MAX MUAYTHAI 61.5kg級覇者/タイ/ 61.7kg)約65戦
勝者:睦雅 / KO 2ラウンド40秒
主審:椎名利一

睦雅はチャンピオンになって早一年。昨年11月26日にはNJKFの健太にTKO勝利して成長著しい存在感を見せつけた。

初回、睦雅はパンチやローキックの手合わせから前蹴り、ヒザ蹴り加えて多彩に圧力を掛けて行く。第2ラウンドも同様に前進しながらKO狙ったパンチの距離で攻勢を維持し、ボディブロー連打でテンカウントを聞かせる危なげないノックアウト勝利を飾った。

睦雅は試合後、「次はビッグマッチを控えており、試合まで1ヶ月しかないので、怪我しないようにヒジで倒そうかなと思いましたが、ボディブローでいけると見て連打。最後のヒットは左でした。」と語った。

睦雅はボディブローでプレッシャーを与えていく効果的ヒット

◆第10試合 57.5kg契約3回戦

WMOインターナショナル・フェザー級チャンピオン.瀧澤博人(ビクトリー/ 57.4kg)
39戦26勝(14KO)9敗4分
        VS
コッチャサーン・フェロージム
(元・ルンピニー系スーパーバンタム級7位/タイ/ 56.9kg)約150戦超
勝者:瀧澤博人 / TKO 2ラウンド1分19秒
主審:勝本剛司

初回、瀧澤博人は距離をコントロールし、上下打ち分け、ローキック、ミドルキック、接近してヒジ打ちも繰り出し、積極的に前進。第2ラウンドには一瞬の隙を突いたヒジ打ちがヒット。コッチャサーンの額から鮮血が流れ、ドクターチェックで傷が深そうな様相が窺え、ドクター勧告を受け入れたレフェリーが試合をストップした。

7月のKICK Insist.19では世界と名の付くタイトルへの挑戦をアピール。大トリの睦雅とも試合内容で競い合うというメインイベントを盛り上げる要因ともなった。

瀧澤博人は多彩な技で勝負、強さ見せる中の隙を突いたハイキックも強くヒット

◆第9試合 ジャパンキック協会ウェルター級タイトルマッチ 5回戦

選手権者初防衛戦.大地・フォージャー(誠真/ 66.678kg)20戦9勝(7KO)10敗1分
        VS
同級2位.政斗(治政館/ 66.678kg)33戦18勝(5KO)12敗3分
勝者:政斗 / TKO 2ラウンド2分10秒
主審:西村洋

両者は2年前の3月20日に3回戦で対戦した際は、政斗が二度のノックダウンを奪って大差判定勝利しているが、終盤の大地が巻き返す踏ん張りも見られた展開だった。

今回は初回からパンチの激しい打ち合いとなる中、時折、政斗のタイミングいい左ジャブのヒットが目立つ。大地がスリップダウンした際もすでに効いている様子が窺え、大地は脚が揃ってしまう中、打ち合いを避けることなくパンチ勝負に出る。蹴りも加えた政斗のジャブから右ストレートで大地はノックダウンを喫する。立ち上がったところで1ラウンド終了。

左ジャブの突き合いは政斗が優り、大地のリズムを狂わせた

第2ラウンドも流れは変わらず、逆転狙う大地もパンチで出るが、政斗の右ストレートでノックダウンを喫し、玉砕戦法で出る大地は再び政斗の右ストレートで倒されるとノーカウントのレフェリーストップとなった。

政斗は「僕、もうジャパンキックボクシング協会の顔なので、これからどんどん盛り上げていこうと思っています。パンチでも蹴りでもどちらでも倒せるように頑張っていきます!」とハキハキと応える元気なコメントだった。

大地は帰り際、周囲の仲間内では笑顔を見せつつ、涙が浮かんだ表情が印象的。無念さが滲み出ていた。「すみませんでした。今後のことは休んで考えます!」と語った。

陣営と抱き合って喜ぶ政斗、4年待った念願の王座奪取へ

◆第8試合 ジャパンキック協会フェザー級王座決定戦 5回戦

1位.櫓木淳平(ビクトリー/ 56.9kg)25戦11勝(3KO)11敗3分
       VS
2位.皆川裕哉(KICK BOX/ 57.0kg)25戦13勝(2KO)10敗2分
勝者:皆川裕哉 / TKO 2ラウンド1分43秒
主審:少白竜

初回、両者、ローキックの様子見からパンチの距離となると皆川裕哉が攻勢に出る流れ。第2ラウンドも蹴りからパンチに繋ぐ流れは皆川裕哉のヒットが目立つ。更に皆川は櫓木淳平をロープ際に詰めた後、右フックを打ち抜くと崩れ落ちた櫓木。レフェリーは様子を見ながらカウント中のレフェリーストップとなった。

皆川裕哉の右ストレートで徐々に追い詰めていくヒット
皆川裕哉は2秒前まで号泣、小泉猛代表に促がされて瞬時の笑顔は周囲を笑わせた

◆第7試合 ジャパンキック協会フライ級王座認定試合 5回戦

(西原茉生が勝利した場合のみ認定)
ジャパンキックボクシング協会フライ級1位.西原茉生(治政館/ 50.8kg)
13戦8勝(3KO)4敗1分
VS
NKBフライ級1位.則武知宏(テツ/ 50.65kg)20戦8勝(4KO)8敗4分
勝者:西原茉生 / KO 4ラウンド1分38秒
主審:中山宏美

初回、ローキックで様子見の両者。次第にミドルキックや接近してのパンチの交錯に移り、第2ラウンドにはタイミングで西原茉生の右ジャブで則武知宏がノックダウン。

則武知宏がやや巻き返しに出て来るが、第4ラウンドには、西原の右のパンチで則武が3度ノックダウンしたところで西原のノックアウト勝利となった。則武はノックダウンの度に立ち上がり、しぶとく喰らい付いて来る感じだったが、見えなかったという西原の右のパンチを躱し切ることは出来なかった。

則武知宏も底力を見せる中、西原茉生が徐々に攻勢を強めていく中でのパンチの交錯
変則的なタイトル戦ながらKOで王座獲得した西原茉生、真のチャンピオンへ防衛戦は成さねばならない

◆第6試合 51.5kg契約3回戦 

ジャパンキックボクシング協会フライ級2位.細田昇吾(ビクトリー/ 51.4kg)
20戦12勝(2KO)6敗2分
        VS
モート・エイワスポーツジム(タイ/ 50.05kg)約180戦超
勝者:細田昇吾 / KO 2ラウンド56秒
主審:椎名利一

細田昇吾が先手を打つパンチとローキックで前進。モートはスロースターターで受け身の下がり気味。第2ラウンドに細田が右ローキックを蹴り込みと、モートがあっさり倒れ込んで立ち上がれずテンカウントを聞いてしまった。

◆第5試合 ウェルター級3回戦  

ジャパンキックボクシング協会ウェルター級1位.正哉(誠真/ 66.4kg)10戦6勝(2KO)4敗
        VS
同級3位.細見直生(KICK BOX/ 66.0kg)3戦3勝(1KO)
勝者:細見直生 / TKO 1ラウンド2分17秒
主審:勝本剛司

細見直生が正哉を上回る勢い有る蹴りとパンチで攻勢を保つ中、右フックが正哉のアゴにヒットさせ、ノックダウンを奪うと正哉は何とか立ち上がるも俯き気味でカウント中にレフェリーがストップした。

◆第4試合 ライト級3回戦

ジャパンキックボクシング協会ライト級4位.林瑞紀(治政館/ 61.1kg)
14戦7勝(1KO)6敗1分
        VS
岡田彬宏(ラジャサクレック/ 61.0kg)8戦4勝(1KO)4敗
勝者:林瑞紀 / 判定3-0
主審:西村洋
副審:椎名29-28. 中山30-27. 勝本30-29

◆第3試合 53.0㎏契約3回戦 

花澤一成(市原/ 53.0kg)7戦1勝(1KO)4敗2分
     VS
徹平(ZERO/ 52.9kg)5戦3勝2敗
勝者:徹平 / 判定0-3
主審:少白竜 / 判定0-3
副審:椎名27-30. 西村27-30. 勝本27-30

◆第2試合 ライト級3回戦  

菊地拓人(市原/ 60.9kg)3戦1勝2敗
     VS
尾形春樹(チームタイガーホーク/ 60.9kg)1戦1敗
勝者:菊地拓人 / 判定2-0 (29-29. 30-29. 30-28)

◆第1試合 フェザー級3回戦 

JOE(誠真/ 56.65kg)1戦1敗
     VS
松岡優太(チームタイガーホーク/ 56.7kg)2戦1勝1分
勝者:松岡優太 / 判定0-3 (29-30. 28-30. 28-30)

 
政斗は応援団へ感謝のアピール、多くの想いが甦って涙のアピールとなった

《取材戦記》

KICKBOXジムの鴇稔之会長は「皆川裕哉もやっと目黒一門のチャンピオンに成りましたが、先代目黒ジム会長の名言どおり、防衛しないと真のチャンピオンとして認めて貰えないので、初防衛したら先代が認める真のチャンピオン認定ですね。」と語るとおり、皆川裕哉も「次の目標は防衛です。今日のこの嬉しさを誰にも渡したくないです!」とこの快感は誰にも味わわせない覚悟と、目黒ジムの掟、防衛してこそ真のチャンピオンを果たす意気込みを語った。

大地フォージャーは勿体無い戦い方だった。ジャブの付き合いは政斗が先に当てて主導権を握った。効いてしまいノックダウンした大地に「打ち合いを避けて第3ラウンドまでフットワーク使って休め!」と言いたくなる大ピンチ。「ドン臭い試合してでも初防衛はしておいた方がいい」とは前日計量時に声掛けたが、そんな5回戦を有効に使う戦い方を出来なかったものか。厳しい現実の中、また出直しである。

勝者で新チャンピオンと成った政斗は、2020年1月5日にモトヤスックと同門対決で初代王座決定戦を争い、ヒジ打ちにより敗れ去って以来の二度目の挑戦での戴冠。政斗にとっても意地があっただろう。ジャパンキックボクシング協会の顔としての自覚もすでにあり、こちらもまた戴冠の義務、初防衛を目指して貰いたい。

次回、ジャパンキックボクシング協会興行は5月19日(日)に市原臨海体育館に於いて市原ジム興行が行われます。昨年の興行タイトルはコロナ明けからの「Road to KING」今年はPart.2となるでしょう。

7月28日(日)は後楽園ホールに於いてビクトリージム興行「KICK Insist.19」が開催予定です。

2023年の表彰された6名の選手は前列に並び、後方は役員(とラウンドガール)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」

長崎・大村紀行 キリシタン弾圧・原爆の惨禍 そして原発への複雑な思い〈2〉暗い過去を秘めた大村藩 板坂 剛

◆滅びゆく家系の末端で

長崎の板坂家の跡を継いだ男性が軍医となって戦地で死亡した後、未亡人となった女性は大村に住み続けたようだが、何故か板坂の名を棄てて旧姓に戻ったため、長崎の板坂家は消滅した。

軍医の死は戦死としては扱われないのだろうか。彼が靖国神社に祀られているという話は聞かない。

父が江戸時代から続いた医師の家系に終止符を打って家を出たのは、南京での受難の思い出と共に軍医になった従兄への複雑な思いがあったのではないかと想像がつく。

「とにかく自分は子供の頃から、軍隊やら戦争やらにアレルギー反応があったんや」

とある時、父は私に言った。そう言った時の淋しそうな横顔が忘れられない。

『大村藩の医療史』によれば初代の板坂卜庵(ぼくあん)という人物以降、14代目になる祖父の先代板坂立栄なる御方まで、江戸時代から続いた大村藩の御殿医(大名お抱えの医者)に連なる家系が、私を守って断絶することが100%確実になった今、父が抱いた感慨が脳裏に伝わってくる。

父は自由人だった。

「医者にはならない」と祖父に告げた時、父は祖父の手でボコボコにされて気絶してしまったそうだが、もし父が親の意向に従って医者になるような人だったら、ボコボコにされる役目は私が演じなければならなかったかも。

家系を背負う重圧に対する鬱陶しさは、自分がその家系にふさわしくないという先入観を抱いていた私のようなコンプレックス・マニアには、幼少の頃からすでにやりきれない精神的苦痛となってつきまとっていた。

幸い家からの離反、家族との決別がトレンディーであった時代が青春期であったので、何の苦もなく家系等意識の外に追いやることは出来たのだが……。

もちろん私が家系から遠ざかった理由は他にもある。もしかしたらこちらの方が重かったような気もする。その理由は大村藩である。

◆暗い過去を秘めた大村藩

今でこそ長崎は遠い昔の「異国情緒」を残したレトロな地方都市として粋な観光地の雰囲気も漂わせてはいるが、元々は大村家の領内にあった場末の漁村にすぎなかったという。長崎を貿易港として開港したのは、後に日本で初めてのキリシタン大名と呼ばれた大村純忠という人物だが、本当に彼がキリスト教にかぶれたのか、南蛮貿易を独占したいための方策だったのか判然とはしない。

なにしろ当時のキリスト教は貿易とセットで世界を支配しようとする布教活動を行っていたと思える節(ふし)が多々ある。はっきり言って「八紘一宇」(世界を一つの家とすること。太平洋戦争期、わが国の海外進出を正当化するために用いた標語=『広辞苑』)や「一帯一路」(中国共産党による新たな「覇権主義」)と似たようなものだろう。最近では織田信長はイエズス会に殺されたという説まで出現して、歴史(過去)は進化するものだと痛感する。

今風に言えば陰謀論だが、ことの真相はともかく大村純忠の所業は、結果だけ見れば滅茶苦茶だった。自分自身がキリスト教徒になるだけでなく、家臣はもちろん領民全部にキリスト教徒となることを強制し、仏教徒であった父純前の位牌を焼却、領内の神社や寺院を次々に破壊したという。主としてポルトガルから来日した宣教師たちが純忠にしつこく進言した結果であることも確認されている。

驚くべき事実は、にわかクリスチャンであるはずの信者の手で、虐殺された僧侶もいるという……この時代のクリスチャンはテロリストと化したのだった。

即ち急激な時代の変化に過剰な反応を示す軽薄な人々による同調圧力は、決して今に始まったことではなくむしろこの国の伝統芸能と考えるべきなのかもしれない。
大村純忠のキリスト教への転向が、利権目当てであったという疑惑は今さら解明する術もない昔話だが、純忠の死後豊臣秀吉のバテレン追放令、徳川幕府の禁教令に順応した純忠の息子喜前はあっさり棄教、キリスト教に対する禁教令を発布することになる。

ここで息を吹き返した神社・お寺さん諸氏が今度はキリスト教徒を迫害するようになる。

キリシタンの長い受難の歴史が始まる。アホかと言いたくなるような変節だが、大村喜前の主体性のない生き様は、秀吉の九州侵攻に手を貸してその覇権先となり、バテレン追放令にもすんなりと同調し、更に元締めが徳川に移行すると、幕府が禁教令を発するのを察知していち早く大村藩全体にキリスト教を禁じる処置を取るというあざとさに示されるように、徹頭徹尾自己保身が優先課題になっている。

そのために住民同士が殺し合い、建造物を破壊するような混乱状態が生じても意に介さない政治姿勢には頭が下がる。しかし今の日本の現状に比べて、あながちひどい時代だったとも言い切れないのはどうしたものか。

すべての問題を選挙でどれだけ票を集められるかを基準に判断する政治家たちの自分の地位を守ることしか考えていないように見える姿は、まるで大村喜前そのものではないか。

もちろんそんな政治家に追従する大衆が悪いのだといえばそれまでの話ではあるが、安倍政権すら倒せなかったわれわれ日本の老害世代に、大村藩の殿様や領民を笑う資格はないということである。(つづく)

本稿は『季節』2022年春号掲載(2022年3月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。

◎板坂 剛 長崎・大村紀行 キリシタン弾圧・原爆の惨禍 そして原発への複雑な思い[全3回]
〈1〉家系という負の遺産を背負って
〈2〉暗い過去を秘めた大村藩

▼板坂 剛(いたさか・ごう)さん(作家/舞踊家)
1948年、福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。現在はフラメンコ舞踊家、作家、三島由紀夫研究家。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2024年春号 能登大震災と13年後の福島 地震列島に原発は不適切

「気候危機」論の起源を検証する〈1〉CO2増加による気温上昇は、本当に「地球の危機」なのか 原田弘三

◆はじめに ── 原発推進の口実に

今日「気候変動」あるいは「気候危機」という言葉を耳にしない日はない。多くのメディアや識者は産業革命以来の人為的CO2排出による温暖化が地球環境に危機を招くと説いている。しかし、温暖化が地球環境の危機として広く認識されるようになったのはそれほど古いことではない。筆者自身の体験に即して言えば、筆者が学生時代を過ごした1970年代には地球温暖化をメディアが報じることはなかった。しかしその後、地球の温暖化が急速に喧伝され、今日「気候危機」への対策が国際社会の共通課題とされているのである。

「気候危機」は私たち脱原発を目指す者にとって見過ごせないテーマである。なぜなら、それが原発推進の口実となっているからである。直近では岸田政権が「気候危機」対策としてのGX(グリーントランスフォーメーション)の名のもとに原発推進法制を成立させたことが記憶に新しい。

そこで「気候危機」論はいつ誰によって唱えられ、どのように広まってきたのか、振り返ってみたい。

◆CO2説を最初に唱えた科学者スヴァンテ・アレニウス

 
スヴァンテ・アレニウス(1859-1927)

大気中のCO2増加により地球が温暖化する可能性を最初に指摘したのはスウェーデンの科学者スヴァンテ・アレニウス(1859-1927)である。

彼は1896年に発表した論文の中で科学者として初めて、空気中のCO2の量の変化が温室効果によって気温に影響を与えるという考え方を示した。彼はまた一般向けの著書『宇宙の成立』(1906年)の中で、石炭などの大量消費によって今後大気中のCO2濃度が増加すること、CO2濃度が増えれば気温が上昇する可能性があることを述べた。

「空気中の二酸化炭素の量が現在の割合の半分に低下すると、気温は4度低下する。1/4に減少すると、気温が8度下がる。一方、空気中の二酸化炭素の割合が2倍になると、地表の温度が4度上昇する。二酸化炭素が4倍に増えると、気温は8度上昇する。」

このようにアレニウスはCO2の増加が地球を温暖化する可能性を指摘したが、彼は今日の気候危機論者のようにそれを地球環境の危機とは考えていなかった。彼は『宇宙の成立』の別の部分で以下のように書いている。

「地球に蓄えられた石炭が、未来のことも考えずに今の世代に浪費されているという嘆きをよく耳にするし、私たちは火山の噴火による生命や財産のすさまじい破壊に怯えている。ここでは、他のすべての場合と同様に、善と悪が混在しているという考えに一種の慰めを見出だせるかもしれない。大気中の二酸化炭素の割合の増加の影響により、特に寒い地域に関しては、地球が現在よりもはるかに豊かな作物を生み出し、人類の急速な繁栄のために、より平等でより良い気候の時代を享受することが期待できるかもしれない。」

つまり、アレニウスはCO2による地球温暖化により寒い地域が過ごしやすくなり作物生産が豊かになるため、地球温暖化は人類にとって好ましいものと見ていたのである。(つづく)

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▼「気候危機」関連年表

1760年代  イギリスで産業革命起こる
1896年   スヴァンテ・アレニウス、CO2の地球温暖化効果を指摘する論文を発表
1906年   アレニウス『宇宙の成立』を発表、CO2の地球温暖化効果を一般向けに解説
1932年   宮澤賢治『グスコーブドリの伝記』発表
1979年 3月 スリーマイル島原発事故
1979年 7月 米国アカデミー「21世紀半ばに二酸化炭素(CO2)濃度は倍になり、
      気温は3±1.5℃(1.5-4.5℃)上昇する」とする「チャーニー報告」を公表
1986年 4月 チェルノブイリ原発事故
1988年 6月 アメリカ上院公聴会にてジェームズ・ハンセンが「最近の異常気象、
      とりわけ暑い気象が地球温暖化と関係していることは99%の確率で正しい」と証言
1988年 6月 トロント・サミット開催
1988年 11月 国際連合気候変動に関する政府間パネル(IPCC)発足
1989年 3月 ハーグで環境サミット開催、「温暖化防止への国際協力」を盛り込んだ
      「ハーグ宣言」を採択
   11月 英サッチャー首相、国連総会で
      「CO2を削減して人為的地球温暖化を阻止すべき」とスピーチ
1991年   ソ連崩壊
1992年 6月 ブラジルで地球サミット開催、「気候変動枠組条約」採択
1995年   第1回気候変動枠組条約締約国会議(COP1)開催
1997年   COP3開催、「京都議定書」採択、排出量取引制度創設
2001年   IPCC第3次評価報告書を発表、マイケル.マン作成のホッケースティック曲線を採用
2002年   サッチャー元首相、地球温暖化を否定する著書『Statecraft』を発表
2005年   EU、世界で初めて「排出量取引制度(EU-ETS)」を開始
2006年   アル・ゴアのドキュメンタリー映画『不都合な真実』公開
      (ゴアは翌年ノーベル平和賞を受賞)
2007年   英国裁判所で『不都合な真実』には誇張があるため
      学校内での上映に際しては注釈を付すよう命じる判決
2008年   ハンセン、地球温暖化防止のため原発を推進するようオバマ大統領に提言
2009年11月 クライメートゲート事件(マンのホッケースティック曲線は捏造であるとの疑惑が浮上
      英国下院は「問題なし」とする調査結果を公表)
2011年 3月 福島原発事故
2011年 7月 ドイツ、脱原発を決定
2015年   COP21開催、「パリ協定」締結
2017年   韓国、脱原発を決定
2018年   グレタ・トゥーンベリ、気候ストライキを開始
2021年 8月 IPCC第6次評価報告書を発表、
      人間の活動により温暖化が起きていることは「疑う余地がない」と断定
2021年11月 仏マクロン大統領、原発新設再開を宣言
2022年   EU、タクソノミーに原発を含めることを決定
2022年   韓国、脱原発を撤回し原発推進に回帰
2023年 5月 日本、国会でGX推進法を可決、成立

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本稿は『季節』2023年冬号掲載(2023年12月11日発売号)掲載の「『気候危機』論の起源を検証する」を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。

▼原田弘三(はらだ こうぞう)
翻訳者。学生時代から環境問題に関心を持ち、環境・人権についての市民運動に参加し活動している。

3月11日発売 〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2024年春号 能登大震災と13年後の福島 地震列島に原発は不適切

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌
『季節』2024年春号(NO NUKES voice 改題)

能登大震災と13年後の福島 地震列島に原発は不適切

《グラビア》能登半島地震・被災と原発(写真=北野 進

《報告》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
 能登半島地震から学ぶべきこと

《報告》樋口英明(元福井地裁裁判長)
 地雷原の上で踊る日本

《報告》井戸謙一(弁護士・元裁判官)
 能登半島地震が原発問題に与えた衝撃

《報告》小木曽茂子(さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト)
 珠洲・志賀の原発反対運動の足跡を辿る

《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
 「大地動乱」と原発の危険な関係

《講演》後藤秀典(ジャーナリスト)
 最高裁と原子力ムラの人脈癒着

《報告》山田 真(小児科医)
 国による健康調査を求めて

《報告》竹沢尚一郎(国立民族学博物館名誉教授)
 原発事故避難者の精神的苦痛の大きさ

《インタビュー》水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表
 命を守る方法は国任せにしない

《報告》大泉実成(作家)
 理不尽で残酷な東海村JCO臨界事故を語り継ぐ

《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
《検証》日本の原子力政策 何が間違っているのか《2》廃炉はどのような道を模索すべきか

《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
すべての被災者の人権と尊厳が守られますように

《報告》平宮康広(元技術者)
放射能汚染水の海洋投棄に反対する理由〈後編〉

《報告》漆原牧久(脱被ばく実現ネット ボランティア)
「愛も結婚も出産も、自分には縁のないもの」311子ども甲状腺がん裁判第八回口頭弁論期日報告

《報告》三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
本当に原発は大丈夫なのか

《報告》佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
日本轟沈!! 砂上の“老核”が液状化で沈むとき……

《報告》板坂 剛(作家/舞踊家)
松本人志はやっぱり宇宙人だったのか?

《報告》山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈23〉
甲山事件五〇年目を迎えるにあたり誰にでも起きうる予期せぬ災禍にどう立ち向かうか〈中〉

《報告》再稼働阻止全国ネットワーク
能登半島地震と日本の原発事故リスク 稼働中の原発は即時廃止を!
《老朽原発》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
《志賀原発》藤岡彰弘(志賀原発に反対する「命のネットワーク」)
《六ヶ所村》中道雅史(「原発なくそう!核燃いらない!あおもり金曜日行動」実行委員会代表)
《女川原発》舘脇章宏(みやぎ脱原発・風の会)
《東海第二》久保清隆(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
《地方自治》けしば誠一(反原発自治体議員・市民連盟事務局長)

《反原発川柳》乱 鬼龍

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長崎・大村紀行 キリシタン弾圧・原爆の惨禍 そして原発への複雑な思い〈1〉家系という負の遺産を背負って 板坂 剛

◆家系という負の遺産を背負って

1980年代の中頃まで、私の本籍地は長崎県の大村市だったが、実は敗戦後の大村にはすでに「板坂」を名乗る人は住んでいなかったという。

私の祖父は熊本医科大学を卒業して医師となり、何故か満州に渡って開業医として大成功したそうで、そこには骨肉の相続争いがあったらしいが、その種の史実には全く興味がないので割愛する。

更に満州から南京に転出した祖父は、南京でもまた奇跡的な成功に恵まれて大邸宅に住んでいたという話である。しかしその話に、疑問を感じないではいられない。

満州の撫順にあった祖父の病院に、戦場で重傷を負った陸軍の軍人がかつぎ込まれた時の逸話が、戦後出版された当該元軍人の回想録に記されていた。

「板坂光君(私の父である)という少年が庭先で遊ぶ声で目を醒ました」

腕か脚を切断するほどの手術の後、麻酔から覚めた時のことを書き記した文章だったと記憶する。この部分だけ読めば単にノスタルジーをかきたてられるエピソードだが、この当時の満州では日本人の医者は中国人の患者を診察しなかったという秘話など耳にすると、さもありなんと思えてしまうのが悲しい。

さて問題はこの時「板坂光君(私の父である)という少年」が何歳だったのかということなのだが、陸軍の軍人が負傷して祖父の病院にかつぎ込まれたのは満州事変の発端となった柳条湖事件(1931年)以降のことであろう。父は十代半ばだったと思われる。

父の出生地が撫順であり、1918年の生まれであることを考えれば、祖父が満州に渡ったのは、満州事変より十数年も前だったことになる。その後、満州から南京に移転したのがいつだったのかは判らないが、交通の便も悪く、社会情勢も安定していない南京市内にわざわざ移り住み、しかも広大な邸宅に居を構えることが出来たのは何故なのだろうか。

そして当然と言えば当然の結果ではあるが、1937年の上海事変の際、中国全土で盛り上がった抗日気運に乗って、祖父の邸宅は蒋介石の軍隊に襲われ、家族はすべてを失って無一文で帰国しなければならなくなった。

その間の経緯については、祖父も父も私には何も話してはくれなかった。思い出したくもないということなのだろうか。2人の死後、叔母にあたる女性から「子供たちまで庭に引きずり出され、銃を突きつけられた時には殺されると思った」と当時を回想する話を聞かされた。相当に緊迫した状況だったようだ。

しかしここでも私には疑問に思えることがある。関東軍が満州で事を起す十数年前、まだ満蒙への開拓移民団さえ組織されていない時代に本土を離れて満州に赴き、開業医として成功していた。にも拘らず、満州国がようやく成立し日本の植民地国家となるのかと思えた頃、逆に日本人にとっては未知の領域に等しい南京をハイリスクな旅の目的地に選んだ理由が判らない。

まるで日本軍の侵略コースを先取りしたかのような道程が何を意味するのか……まさか軍の要請に従ったとは思いたくないが、在留邦人が危険な目に遭っていることを口実に軍が出動するのは侵略者の常套手段である。

祖父の一家が南京から追放された数日後、その報復であるかのように南京は日本軍機による無差別爆撃を受け、4か月後には日本軍は南京を占領した。そして南京大虐殺が始まる。

祖父一家は侵略の口実を作るための囮だったのかとも思える。当時の南京で祖父と同じ目にあった日本人は大勢いたはずだが、彼等に対する迫害が日中戦争を正当化する理由のひとつになったことは確かだろう。(つづく)

本稿は『季節』2022年春号掲載(2022年3月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。

◎板坂 剛 長崎・大村紀行 キリシタン弾圧・原爆の惨禍 そして原発への複雑な思い[全3回]
〈1〉家系という負の遺産を背負って
〈2〉暗い過去を秘めた大村藩

▼板坂 剛(いたさか・ごう)さん(作家/舞踊家)
1948年、福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。現在はフラメンコ舞踊家、作家、三島由紀夫研究家。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2024年春号 能登大震災と13年後の福島 地震列島に原発は不適切

告発状受理で「被疑者」になった平川理恵教育長!「広島の教育を前に進めた」と豪語の「劣化ウラン面皮」と「万辞に値する」湯崎知事の「任命責任」 さとうしゅういち

◆告発状受理、正式に被疑者に!

広島地検は3月11日までに広島県内の住民が平川理恵・教育長を官製談合防止法違反などの疑いで告発していた告発状を正式に受理しました。これにより、平川氏は広島地検の捜査対象と言う意味で正式に「被疑者」となります。

もちろん、被疑者・被告人は推定無罪です。しかしながら、すでに、平川氏は自らが依頼した外部の弁護士による調査により、京都のご自身のご親友のNPO法人「パンゲア」への業務委託などで、「官製談合防止法違反」「地方自治法違反」があった、と指摘されています。

一方、平川氏は2023年8月に始まった住民裁判で、官製談合による県費の無駄遣い及び、高額なタクシー代、そして高額な弁護士への費用を返還するよう訴えられています。

広島瀬戸内新聞2023年9月号外

法律的に言えば、平川氏は何の処分も受けていません。特別職公務員にはそもそも懲戒という仕組みがない。2023年2月に平川氏が給与の自主返納をしただけです。あとは、知事による罷免しかない。

こうした状況で、任期満了まで教育長を続けられる平川氏には呆れてしまいます。まさに鉄面皮を超えて劣化ウラン※面皮と言う状況です。

(※ウラン鉱石から核燃料を取り出した後に残った劣化ウランは非常に硬い性質を持っている。1991年の湾岸戦争において鉄より硬く、劣化ウランを使用した米軍の戦車が鉄でできていたイラク軍のT72戦車を撃破したことで有名。しかし、飛び散った劣化ウランの粉塵が、周辺の住民や米軍兵士の健康にも悪影響を与えているとされている。)

◆広島・日本の教育を前に進めたのではないか、と自負している?

こうした中、3月22日、平川氏は県民をさらに呆れさせました。平川氏は退任前最後の記者会見で「広島・日本の教育を前に進めたのではないか、と自負している」と言い切ったのです。一方で、告発状受理については「お答えできない」と逃げました

「この中で平川氏は、2期6年の任期中に取り組んだ公立高校の入試改革や不登校対策、それに探求的な学習の導入について「365日24時間、どうやったら広島の教育が良くなるかを考え続けてきた。広島県、あるいは日本の教育を前に進められたのではないかと自負している」と振り返りました。」

平川氏は一生懸命だったのは事実でしょう。しかし、教育を前に進めたというより、脱線させた、というのが事実ではないでしょうか。脱線したまま、あさっての方向に進んでいるというべきでしょう。

◆アメリカン・ポストモダンな腐敗と日本の古臭さの悪いハイブリッド

平川氏は、ただただ、アメリカン・ポストモダニズム的なものに飛びついて、それを取り入れることが進歩だと思い込んでいる。1990年代後半あたりの日本企業の経営者、新自由主義政治家によくあるパターンです。実は、それこそが時代遅れなのではないでしょうか?

そして、正直、平川氏が「私自身が任期中の評価をするのは難しいが、教育というのは今成果が出るものではなく、何十年後かに子どもたちが答えを出してくれるものだと思っている」というのも責任逃れにも見えてしまいます。

例えば、高校入試。2023年の入試から改革が行われました。今までは一般入試と推薦入試で行っていたのですが、推薦入試を廃止。そしてアメリカンな「自己表現」を導入したのです。これまで学力重視の一般入試と、部活などで実績がある生徒向けの推薦入試でバランスを取っていたのが崩れ、生徒や保護者、中学校の先生らにも不評です。そして、「自己表現」とはどうすればいいのか? どう採点すればいいのか? 生徒も保護者も、高校の先生も苦慮したのです。

そもそも、日本の文化とアメリカの文化は違う。その中で、いきなりアメリカンな自己表現とやらを導入するのは無理がある。その上で、アメリカの教育が良いかと言えばまったくそんなことはない。日本の政治の腐敗ぶりは大概ですが、アメリカのポストモダンの政治だって、バイデンVSトランプと言うどうしようもない不毛な大統領選挙ではないですか?アメリカの教育を受けたアメリカの有権者がそういう構図にしたのではないですか?

平川氏の行政手法である、お仲間優遇というのは実は、アメリカ直輸入なのです。平川氏ご親友のNPOや企業とか、赤木かん子さんら平川氏の「意識高い系」のお仲間で物事を決めていく。これはアメリカでは普通のことです。

かつての日本の疑獄事件みたいに賄賂をやり取りするよりも、高級官僚と企業の幹部がいわば回転ドアのように行き来して利益誘導する。従来の日本の天下りどころではありません。そうした中で、戦争国家と言われるアメリカができています。

平川的なことを進めて行けば、アメリカンな腐敗と日本・広島の権威主義をハイブリッドした無茶苦茶なことになりかねません。というか、もうなっています。国土が広く、資源が豊富なアメリカだからまだ政治が腐っていても持ちこたえていますが、日本はそうはいきません。

◆新教育長は「フロント」に徹せよ!

さて、新年度からの教育長には、文部科学省課長の篠田智志さんが県議会に人事案が提案され、2月26日に議会で全会一を以って可決されました。篠田新教育長には以下のことを申し上げたい。

戦前の臣民を育てる教育を止め、戦後は、日本国憲法の下で市民が市民を教育する制度に変わりました。すなわち、アメリカに倣った教育委員会制度が導入されました。当初は、教育委員会は公選制がとられたものの、イデオロギー対立などで混乱したということもあり、任命制に変わりました。その後、安倍政権の下では、事務方のトップである教育長が教育委員会の委員長も兼ねること制度改正。教育長の権限は強大になりました。しかし、あるべき公教育の基本は変わりません。

プロ野球に例えれば市民、県民がオーナーで、生徒が選手、先生がコーチ、校長が監督、そして教育委員会は球団フロントのようなものです。教育長の権限が以前より強大化したとはいえ、所詮は球団社長の立ち位置であり、オーナーでもなければ主役でもない。選手の個々のプレイに口を出したり、監督の采配に口を出したりするのがおかしいのです。カープの新井監督のお名前は広島県民ならだれもが存じています。しかし、球団社長のお名前はすぐには出てきません。それでいいのです。フロント=教育長は現場がやりやすいように支援する黒子で良いのです。

例えば、県内では県教委管轄だけで1000人以上、非正規の先生がおられます。非正規の先生も大変だし、正規の先生も疲弊する。非正規を正規の先生に変えていくことでそういう状況を変えていく。平川教育長は「予算がない」と言っておられたのですが、何十億もかけてグローバルエリート中高「叡智学園」をつくったのだから、お金がないわけがない。使い方の問題です。

◆「万辞に値する」湯崎英彦知事の「任命責任」

さて、安倍政権の制度「改革」自体に問題があるが、それを「悪用」した平川「被疑者」教育長、何より任命した湯崎知事には大きな責任があります。とりわけ、湯崎知事は、2月に平川教育長の続投がないことを決めた際、「法令違反は改革の副作用」と言って、平川教育長を庇ったのです。

そもそも、県は平川教育長にお金を無駄遣いされた「被害者」のはずです。平川教育長を警察・検察に告発したり、平川教育長に無駄遣いしたお金の返金を命じたりするのは知事の仕事ではないでしょうか?

住民が平川「被疑者」教育長を刑事告発したり、返金を求める裁判を起こしたりしなければいけないのが本来おかしいのです。知事が動かないから、住民が自腹を切って動かないといけなくなる。それどころか、県は、平川「被疑者」教育長を庇う立場で住民訴訟に参加しているわけです。

湯崎英彦知事は、ある意味、類は友を呼ぶということで、平川氏を、2018年度に神奈川県の民間校長から一本釣りしたのでしょう。いずれにせよ、湯崎知事の任命責任は、その後に平川氏を罷免するなどしなかったことも含め、「万辞に値する」と言わざるを得ません。

もちろん、今まで、湯崎県政を十分チェックできなかった県議会、そして湯崎知事と平川教育長を持ち上げてきたマスコミの責任も重いと言わざるを得ません。
筆者も平川教育長の逃げ切りを許さない。そして腐敗しきった湯崎知事から広島を取り戻す。その動きを強めていく決意です。

広島瀬戸内新聞とさとうしゅういちは「あなたの手に広島を取り戻し広島とあなたを守るヒロシマ庶民革命」を呼び掛けています。 「我こそは庶民派の政治家に!」(首長、地方議員、国会議員)、また庶民派の政治家とともに広島を取り戻したいというあなたからのご連絡や記事のご投稿をお待ちしております。

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▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年4月号