昨年は「デジタル鹿砦社通信」のご拝読、ありがとうございました。
まだまだ皆様方のご期待に応えられていませんが、
本年は、皆様方のご期待に応えるように、
これまで以上にラジカルに展開したいと思っております。
メディアが本来の使命を忘れ死滅していこうとしていく中で、
ささやかながら私たちは一致して、
さらに<タブーなき言論>を突き進んでいく所存です。
本年も、旧年に倍するご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
2016年1月1日
「デジタル鹿砦社通信」編集部/執筆者一同
終わりだ。2015年が暮れてゆく。読者諸氏と何かを共有できるとすれば、「お互い生きて年を越せそうだ」ということくらいだろうか。毎度毎度独りよがりで、偏屈な語りばかりの私だから大晦日ぐらい頬が緩むような明るい話題をお伝えしたい、何かあるはずだろう。「安寧」か「労い」か「希望」の欠片でもいい。大晦日なのだから「前向きさ」、あるいは誰にも口を割りはしなかった秘そやかな「喜び」のようなものはないのか。さらに言いつのれば「軽い嘘」でもいい。年の終わりなのだから腹を捩じらせないまでも、微笑ましい何かを献上できないものか。
結局ダメだ。書けない。やはり軽くても嘘はどうあがいても書けない。「2015年」の結びだからだろうか。
◆2015年の絶望は、他者を当然のように排除する「普通の人」たちの台頭だった
「2015年」私にとっては絶望を徹底化された年だった。キーワードは「普通」または「普通の人」である。
幼少時より自分が「普通」ではないとさんざん思い知らされてた私(個人)にとっては、「普通」または「普通の人」が持つ概念と語感の強制には慣れ過ぎていて、全く痛痒はない。けれども、ついに「普通」または「普通の人」という概念は私だけをターゲットにする域を大いに超えた。多数派が誰彼構わず意見や行動様式が異なる人びとを揶揄する際、実に無垢に聞こえながら底抜けに恐ろしい恫喝の用語として、こともあろうに「政府が行おうとしている暴挙に反対する場所」でさえまき散らされたのだ。「排除」の道具としてである。
「警察」や「権力」、「国家」などという概念とその実態に少しでも思索を巡らせた経験があれば、語るのが恥ずかしいほど最低限の自明性すら死滅しているのだ(それは「戦後民主主義」と呼ばれたものと重複する)。実に基礎的な、幼稚園児程度の経験則も論理も社会構造への理解も知識もない自称主催者たち(誰も彼らを『主催者』と認めたことはないのだが)。彼らが振りまく「普通」あるいは「普通の人」を少し解読すれば、その意味するところ「彼らの行動方針に従う人か、従わない人か」のみを尺度とした分類であることに慄然とする。
彼らは「普通」または「普通の人」でなければその場所に留まらせることすら許さない。罵倒を浴びせて追い出そうとする。攻撃される人が持っているモノをぶっ壊す。暴挙に及ぶ「普通の人」たちを年格好から想像すれば、一応の経験もして来ただろうと思しき年齢の人たちが遠巻きに見ている。同罪だ。
◆2015年の病理は安倍でも自公でも警察でもなかった
「何をやってるんだ!やめろ!」と液晶の画面越しに私は怒鳴った。「普通」もしくは「普通の人」ではないから揉みくちゃにされ、あげくの果てに警察(!)に向かい「こいつら○○だから帰らせた方がいいですよ。逮捕してくださいよ」と口走った男とその仲間たち。この連中の妄動は「2015年」私にとって最も印象深い可視的な「罪」として記憶されている。「戦争推進法案」成立と同等もしくはそれ以上に深刻である壮大な病理だ。
安倍でもなく、自民党、公明党でもない。公安警察でも機動隊でもない。今年いよいよもってその本性を露わにしたのは権力者に命令されてもいないのに、権力者が内心期待する以上の自主的規制から、さらに踏み込み結果、公安警察並みの役割を果たした「普通の人」たちだ。
スマートフォンや各種の伝達媒体の普及で映像の伝達、風景を記録する機器が市民の手に備わった唯一のメリットは、権力があからさまな暴力を振るいにくくなったことだ。だから大集会や大勢のデモにおける機動隊の既得権であった暴力は圧倒的に抑えられている。だが、その逆の側では権力でさえ躊躇する思想弾圧や暴力を「普通の人」たちが代行する。もう機動隊など不要なのだ。
◆2015年の不快は、言葉と意味の不調和、背理の極まりだった
「民主主義ってなんだ」と壊れたレコードのように繰り返す大学生たち。「本気で止める」気など皆無のくせにデザインにだけは広告代理店並みの注意を払い、絶対に本質的な抗議を忌避する不気味な集団。その背後であれこれ采配を振るい、世間受けする配役や、あろうことか「金儲けに」にまでも抜け目のない腹黒い輩たち。それをあたかも何か新しい思想胎動の発芽のように繰り返し報じ、恥を知らない「東京新聞」や「週刊金曜日」を始めとする「良心的」メディア。そう「赤旗」も忘れてはいけない。
これらの塊が私には猛烈に不快でたまらない。悪意なさそうで計算高く、本当は欺瞞だと気づいていながらも付和雷同が処世訓として身に着いた「普通の人」たち。彼らをひとからげに「ファシズム・ファシスト」と呼びつける訳にはゆかない。彼等は冗談でなく「アンチファシズム」(!)を標榜しているのだ。こんなにも激しい言葉と意味の不調和、背理の極まりがあろうか。
計算高いことにかけては人後に落ちない「日本共産党」はついに来年の通常国会の開会式に参加することを表明した。「憲法の規定による国事行為の範囲を超える問題がある」を理由に天皇が主席する国会の開会式への出席を1947年から控えてきた「日本共産党」。12月24日わざわざ大島理森=衆議院議長を訪ねて、この意向を明らかにした。
◎[参考動画]共産党、国会開会式出席へ 約40年ぶり方針転換(共同通信社2015年12月23日に公開)
何故に「この時期」に、独自に発表するのではなく「わざわざ大島理森衆議院議長を訪ねて」表明しなければならなかったのか。そうしたのか。
「日本共産党」は自公政権に対抗するために「国民連合政府」を提唱し、野党に選挙協力を働きかけている。候補者擁立が決定していた熊本で既に公認候補の取り下げを決定し、今後さらに「野党共闘の柱」として存在感を誇示してゆきたいようだ。
そのためには「現実路線」と冠される「日米安保反対の一時凍結」まで差し出している。
前述の「普通」または「普通の人」を名乗り全国の市民運動の背後でいそいそと糸を手繰っている人たちの中に「日本共産党」党員が少なからず入り込んでいることは偶然だろうか。
で、一体何がしたいのだ?「日本共産党」の諸君、ではない「普通の人」たち。
私は確信する。「普通の人」たちは来年、私や「普通ではない」人たち「まつろわぬもの」を血眼になって探し出し、排除にかかるだろう。
「2015年」を総括する。私(たち)は「普通の人」たちの成す勢いに敗北した。
「15年安保」などという成立しえない虚語が許されている。
「60年安保」、「70年安保」と並列で「15年安保」を語る心象は「普通の人」にしか能わぬ技だ。
「2015年」私(たち)は徹底的に敗北した。敗北し続けた。
負け続けた2015年が暮れてゆく。
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。
◎2015年再考(1)「シャルリー・エブド」襲撃事件と表現の自由、力学の軋み
◎2015年再考(2)橋下ファシズム台頭の起源──TV×維新×虚言の愚劣な結託
◎2015年再考(3)湯川さん、後藤さん人質事件の惨事からこの国は何を学んだか?
◎2015年再考(4)戦争と大学──「学」の堤防は決壊し、日常を濁流が飲み込んだ
◎3.11以後の世界──日本で具現化された「ニュースピーク」の時代に抗す
SOUL IN THE RING 13 / 12月13日(日)後楽園ホール17:00~
主催:目黒藤本ジム / 認定:新日本キックボクシング協会
◆日本ヘビー級チャンプ松本哉朗がついに現役引退
日本ヘビー級チャンピオンの松本哉朗が現役引退しました。今年2月11日の「NO KICK NO LIFE」でノブ・ハヤシと対戦、第1ラウンドでヒジ打ち一発でノブの額を切りTKO勝利。重量級での対戦相手の少なさ、“ヒジ打ち有効5回戦”を受けてくれる選手は少なく、40歳を過ぎてモチベーションも低下していきました。
それでも過去、2005年5月にはタイ国ラジャダムナンスタジアムでミドル級王座挑戦経験もありました(ラムソンクラーム・スワンアハーンジャーウィーに判定負け)。日本ミドル級王座は6度防衛。体の成長で減量が苦しく7度目の防衛戦で敗れ転級も、ヘビー級では軽い体で、100kg級の選手との対戦は体格差で劣る場合もありましたが、それを感じさせないパワーでKO勝利を増やしました。
日本ヘビー級王座は1度防衛。純粋なキックボクシングに拘り、他競技枠となるヒジ打ち禁止や3回戦は極力拒みつつ、それでは試合が無い状況になるので、受けざるを得ない試合が多いようでした。
この日行なわれた引退式は中盤第7試合後に行なわれ、伊原信一代表をはじめ、6人の協会役員から記念品と御祝儀が渡され、松本哉朗の御挨拶とスポットライトを浴びてテンカウントゴング。役員と記念撮影をしてリングを下りました。その時間17分。前日の竹村哲引退式の約半分の時間だったのは、後半の試合を控えてのセレモニーで長引かせられない状況だったため。松本哉朗もその実績、その存在感から重みある引退式となりました。振り返れば多くの実績有る選手と対戦し、後悔無くリングを去ることが出来たようです。
またアトラクションとして古代ムエタイ演武が披露されました。「現在のスポーツ競技となる前の、古き時代のムエタイの原点となる技が芸術的に披露されました。
◆高橋勝次 vs 山田春樹 ──チャンピオンは防衛してこそ真のチャンピオン!
日本ライト級タイトルマッチ5回戦
チャンピオン.勝次(=高橋勝次/目黒藤本/61.2kg)vs 挑戦者同級3位.春樹(=山田春樹/横須賀中央/61.2kg)
勝者:勝次 / 3-0 (主審 椎名利一 / 副審 仲 50-48. 桜井 50.48. 宮沢 50-48)
先月の黒田アキヒロ(フォルティス渋谷)に逆転判定負けしたショックが心配された勝次でしたが、その影響は無く、しかし初防衛戦の追われるプレッシャーはあった様子で、試合は単発の攻防に盛り上がらず、勝ちに徹することを意識するあまり、見た目は不細工な試合になってしまいました。
「“チャンピオンは防衛してこそ真のチャンピオン”と藤本ジムでは言われているので、そのプレッシャーはキツかったです。」と試合後、勝次は語りました。
目黒藤本ジムで勝次を指導してきたトレーナーの鴇稔之氏も、自身が日本バンタム級チャンピオンになった1987年(昭和62年)7月以降、先代会長の野口里野さんに常に言われていた言葉がそれでした。
里野会長はキックボクシング創設者・野口修氏の実母で目黒ジム会長職を創生期から1988年5月に亡くなられるまで長く務めた人でした。鴇氏はその里野会長が残した、純粋なチャンピオンの義務を引継ぎ、指導してきたジムだけに、チャンピオンになってすぐ王座返上する者はいませんでした。
「次の防衛戦は倒しにいきますよ」と早くもV2宣言。「その上の目標は、チャンスを貰えるならラジャダムナン王座を視野に、与えられるものならWKBA王座も狙えればいいです。まず日本王座を防衛していかないと認めてもらえないので一つ一つ勝ち上がっていきます」とコメント。
対する春樹はランカー対決で星を落とすことも多かったですが、ライト級で地道に成長してきた選手。一発で倒すパワーは無いが若さと前蹴りから繋ぐパンチやミドルキックの突進力でまたタイトルに絡んで欲しい選手です。
◆江幡睦 vs ルークタオ・モー・タマチャート ──2016年に4度目のラジャダムナン王座挑戦を目指す江幡睦
54.0kg契約5回戦
WKBA世界バンタム級チャンピオン 江幡睦(伊原/53.3kg)vs ルークタオ・モー・タマチャート(タイ/54.0kg)
勝者:江幡睦 / TKO 2R 3:02 / ノーカウントのレフェリーストップ / 主審 仲俊光
目黒藤本ジム興行ながら、メインイベントに登場したのは江幡睦(伊原)。9月のWKBA世界王座奪回後、初試合でしたが、毎度攻略は難しい相手が来日する中、ルークタオはミドルキックが速く強く、崩し難い感じながら徐々に弱点を見つけ、ローキックが効いている様子が伺えると上下打ち分け、得意の左フック一発でボディを効かせ、倒して勝利しました。来年は睦にとって4度目のラジャダムナン王座挑戦へ向けて今度こそ失敗は許されないプレッシャーとの戦いになるでしょう。
新日本キックの“殿堂選手”緑川創(目黒藤本/70.0kg)は70.0kg契約3回戦で、スーパーバーン・ホーントーンムエタイジム(タイ/68.9kg)に3ラウンド1分9秒、TKO勝利。同じく“殿堂選手”石井達也(目黒藤本/63.2kg)は63.5kg契約3回戦で、成合SATORU(若松セキュリティ/62.5kg)に大差判定勝利しました。来年は江幡ツインズより先にムエタイ王座を狙うほどの飛躍して欲しい目黒藤本ジムコンビです。
◆1973年のプロスポーツ大賞は王貞治を抑えて沢村忠が受賞した!
ところで2015年のプロスポーツ大賞表彰式が12月25日に都内ホテルで行なわれました。キックボクシング界では功労賞をWKBA世界スーパーバンタム級チャンピオンの江幡塁(伊原)が受賞(昨年は江幡睦)。新人賞を日本バンタム級チャンピオンの瀧澤博人(ビクトリー)が受賞しました(昨年は翔栄)。
新人賞は各競技加盟団体から15名選ばれ、そこから最高新人賞が一人選ばれますが、キック界からはさすがに難しい壁となっています。キックボクサーがプロスポーツ大賞に輝いたのは1973年の王貞治氏を抑えて沢村忠氏が受賞した年のみです。いつの日かまた、プロスポーツ大賞と最高新人賞が獲れるメジャー人気とスターを生み出して欲しいものです。
[撮影・文]堀田春樹
▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない。」
◎強くなるためにタイへ行く!日本キックボクサー「ムエタイ修行」今昔物語
◎キック新時代を牽引するRIKIXジムの「NO KICK NO LIFE」
◎ルール変更の紆余曲折から辿る日本キックボクシング界の栄枯盛衰クロニクル
東京大学総長の濱田純一(当時)が「デュアル・ユース(軍民両用技術)」の研究解禁の声明を発表したのは今年の1月16日だった。
濱田純一はその声明の中で「軍事研究の意味合いは曖昧」だが「東京大学での研究成果について、デュアル・ユースの可能性は高まっている」と表明した。
その上で、「このような状況を考慮すれば、東京大学における軍事研究の禁止の原則について一般的に論じるだけでなく、世界の知との自由闊達な交流こそがもっとも国民の安心と安全に寄与しうるという基本認識を前提とし、そのために研究成果の公開性が大学の学術の根幹をなすことを踏まえつつ、具体的な個々の場面での適切なデュアル・ユースのあり方を丁寧に議論し対応していくことが必要であると考える」と結び、「軍民両用技術」研究解禁を容認する声明を東京大学の総長として発したわけだ。
◆迂遠な表現で「軍事研究」全面解禁を表明した東大総長声明は歴史的な事件である
迂遠でありながら意図するところが「軍事研究」の全面解禁に他ならないこの「宣言」は2015年が、まつりごと(政治)の世界だけではなく学問、教育機関も「戦争」へ向かうことを明言した「事件」として記憶されなければならない。
さらに最近になり、この「軍事研究解禁宣言」以前から、こともあろうに米軍の資金提供を受けた研究が全国の大学で多数行われていたことが判明した。
※「研究機関に米軍資金 名城大など計2億円超」(2015年12月7日付中日新聞)
教育・研究の現場では「戦争準備」体制が誰はばかることなく猛烈な勢いで立ち上がっている。
◆「戦争推進法案」賛成の意見を国会で述べたピエロ村田晃嗣=同志社大学長
「良心」も「節操」も入り込む隙間すらない「高等教育機関」の際限なき国家への追従、堕落の惨憺極まりない無聊な絵画の仕上げを担ったのは同志社大学長村田晃嗣(当時)だった。
ピエロを演じる自覚があったのかどうか知らないけれども、私の感覚からすれば「道化者」のような衣装をまとい国会特別委員会中央公聴会に公明党推薦の参考人として「戦争推進法案」賛成の意見を述べた村田は「道化」が過ぎて同志社大学長選挙で落選の憂き目を見た。だが、それをもって「同志社」の良心復活などと喜んでいる方々がいるとすれば目出度たさが過ぎるというものだ。
最後の堤防はつとに決壊し、濁流が日常を飲み込んでいるこの人為災害を感じることができなければ、高等教育機関で教鞭を取っている方々は職を辞したほうが良い。
◎[参考動画]戦争法案【賛成】公述人=公明党推薦・村田晃嗣=同志社大学学長(2015年7月13日)
◆「卑怯な非政治性」をまとった鵺(ぬえ)たちの学府
「戦争」加担に自然科学も社会科学も人文科学もありはしない。2015年12月、大学で教職にあり、戦争に「反対しない」ことは(戦争に)「加担する」ことと同義である。もう、中間領域などない。「YES」か「NO」。どちらにつくか、自身の立場を明確にしない研究者、教育者はすべて戦争に加担する「卑怯な非政治性」をまとった鵺(ぬえ)だ。
否、さらに悪質なのは「戦争推進法案」反対運動が全国で沸き上がり、その中心として国会前で行われた抗議行動に登場した現職・引退した大学教員達だ。政治の「イロハ」も知らぬ学生たちが(おそらく)本能的に「戦争は嫌だ」と起こした行動を自身の「良識派」振り発揮の好機だと姑息にも抜け目のなかった連中は、本質的な「戦争への反対・国家への抵抗」を極力「排除」すべく「坊や」や「お嬢ちゃん」たちに賛辞を投げかけ、「ようやく若者が目覚めた」、「この日を待っていた」などと聞いて居る者が恥を感じるような甘っちょろくも薄っぺらな軽口を叩き続けた。
◆「若者に共感した」と言いつつ、ストも打たず職も辞さない大学の教職員たち
自民党の勉強会で何度も講師を勤めたあの改憲論者さえもがそこにはいた。あんた達は国会の前で学生を持ち上げているけども日頃は大学で何をしているんだ。教授会で「戦争推進法案反対」の決議を提案したのか。まさか学内に公安警察を常駐させていて黙ってはいまいな。学内外でビラを配布しようとしている学生を監視し、弾圧をしてなどいまいな。絶対に。
60年安保や70年安保よりあたかも「優秀」な抗議行動のようにあちこちで吹聴していた東大名誉教授、あんたはいつの時代でも結局時代と寄り添っているだけじゃないのか。そもそもコンサートか何かと見違えるような、あの光景を見てあれが「反政府抗議行動」だと本気で感じていたのか。だとすればあんたの得意な打算は完全に的外れだ。あんたは完全に勘違いしている。救いがたく。だから本音をちょっと発語しただけで総叩きにあったじゃないか。
「戦争推進法案」に反対して教職員組合がストライキを打った大学があるか。職を辞した教員がいるか。自分の仕事や体の一部でも「賭けて」闘った教員がいたら教えてくれ。
年末の流行語大賞の候補に戦争推進法案反対に関係する「○○○○」や「××××」が選ばれたといって喜んでいる愚民たち。そこにニコニコしながら加わる澤地久恵。広告代理店と資本によって回収されていく情報商品に選定された「戦争反対」は滑稽ではなく恐ろしさを強いてくる。怖いのは権力や資本じゃない。誰にも指示されずに、アルバイト代ももらわずに権力代行業に余念のない(しかも本人には悪意が全くない)スタイリッシュでカッコよく「普通」な人。「普通の人」が織りなす「パレード」や「フライヤー」だ(「デモ」や「ビラ」はダサいから排除される)。
東大総長の「軍事研究解禁」と同志社大学長の村田の国会における希代の「戦争賛成」発言。そして戦争に「反対」しているはずで9条改憲は賛成で、リベラルで「自民党感じ悪いよね」なのに安倍政権打倒と言ったら「過激」だと怒る人達。
ビルの横でニンマリウインクしているジョージ・オーウェルと目が合った。
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。
◎今こそ同志社を<反戦の砦>に! 教職員有志「安保法制を考える緊急集会」開催
◎同志社の「良心」は「安保法案」賛成の村田晃嗣学長を許すのか?
◎3.11以後の世界──日本で具現化された「ニュースピーク」の時代に抗す
◎快挙は国会前デモだけじゃない!──6日目124時間を越えた学生ハンスト闘争
◎2015年再考(1)「シャルリー・エブド」襲撃事件と表現の自由、力学の軋み
◎2015年再考(2)橋下ファシズム台頭の起源──TV×維新×虚言の愚劣な結託
◎2015年再考(3)湯川さん、後藤さん人質事件の惨事からこの国は何を学んだか?
北の湖前理事長の協会葬(大相撲協会が主催)が12月22日13時からおごそかに行われた。一般参加は14時からだが、すでに13時30分から長蛇の列。3人ずつ、順番に入るように係員に誘導される。
「憎らしいほど強い」と言われた北の湖がこれほど愛されていたのか、と思うほどの長蛇の列が駅のホームからでもわかるほどの混み具合だ。 葬儀に先立ち、関取衆や親方らが同国技館の正面入り口に整列して遺骨を出迎えた。祭壇には、りりしい表情をした遺影が飾られた。
「こんなに整理しにくいほど人が来るとは想像もしていなかったです。警備員を増やしておいてよかったです(警備員)」というていたらくだ。およそ2500人を超える一般葬列者は、年齢層では、50歳以上の老年がほとんどだ。
ややうららかな日ざしの中、50分ほど待つと、焼香の列がようやく動き始めた。午後2時すぎ、ようやく少しずつ葬儀会場に人を入れ始めると、中国人らしき観光客が騒ぎ始めた。大声でゲラゲラ笑い、冗談を連発しているようにも見え、すでに酔っている。
遠目で見ると、警備員が「静かにしろ」と声を張り上げている。よく見れば、男女全部で8人ほどの集団が、騒いでいるようだ。そのうち、数人の男女が奥のほうに連れて行かれた。
「大量に電気製品を買いに来たインバウンドですよ。ツアーの最後の日程で『人気力士、北の湖の葬儀』というイベントに物見遊山で来たのでしょう」と葬儀役員。
「こんなおごそかな雰囲気で、日本の国技なのに、どういう了見で葬儀にやってきたのだろう。ぶちこわしだ。早く追い出してほしかった」(参列者)
森喜朗元首相、亀井静香氏らの政治家、プロ野球では巨人の原辰徳前監督、ヤクルトの若松勉元監督、元中日の山崎武司氏らが参列。女優の中村玉緒、タレントの林家ぺー、元力士では北の富士、朝青龍、3代目若乃花の元横綱らも焼香し、お別れを偲んだ。
結局、集団でつまみ出された中国客インバウンドたちは、姿を消したが、「できれば来てほしくなった」(ファン)という声も。どこぞの中国旅行社がこのイベントを案内したのかは定かではないが、ああいう客を呼び込んでしまったのは『勇み足』というところだろう。そして、最近は大相撲に、中国人の客がやたらと多いが少なくとも、今年はルールを守っていただきたいものだ。
▼ハイセーヤスダ(編集者&ライター)
テレビ製作会社、編集プロダクション、出版社勤務を経て、現在に至る。週刊誌のデータマン、コンテンツ制作、著述業、落語の原作、官能小説、AV寸評、広告製作とマルチに活躍。座右の銘は「思いたったが吉日」。格闘技通信ブログ「拳論!」の管理人。
◎紅白ガラパゴス、ここに極まれり──きゃりーぱみゅぱみゅが落選した理由
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◎国勢調査の裏で跋扈する名簿屋ビジネス──芸能人の個人情報を高値で売買?
◎川崎中1殺害事件の基層──関東連合を彷彿させる首都圏郊外「半グレ」文化
フォトジャーナリスト広河隆一氏を活写したドキュメンタリー映画『広河隆一 人間の戦場』(長谷川三郎監督)が12月19日に封切られた。20日新宿「K’s cinema」で上映後、広河氏と長谷川監督の舞台挨拶とトークショーが開かれた。
「ジャーナリストである前に自分は人間だ」
広河氏の活動を理解する根源的な精神は、この言葉の中に集約されているといっても過言ではあるまい。
「負けっぱなしですよ。でもこのままでおくものか、という気持ちもある」
広河氏の語り口は明瞭とは言い難いし概して口数は少ない。しかし彼が口を開くと、はっとさせられる「直撃弾」のような真っ直ぐな言葉が紡がれる。
現役のフォトジャーナリストがドキュメンタリー映画の主人公となる「人間の戦場」は2年間の製作期間を要し、パレスチナ、チェルノブイリ、福島、沖縄などで広河氏の取材や救援活動の様子を映し出す。国家や戦争・紛争により極小の個人、とりわけ「子供」が無残に「殺され」、「病まされる」現場を追う広河氏は「死体の写真しか撮れないほどジャーナリストにとって悔しいことはない」と語る。
◆ジャーナリストである前に自分は人間だ
「死体」や「凄惨な現場」のみを専ら被写体として探し回り、世界の紛争地帯の表面だけを追う「戦場カメラマン」が少なくないことを私は知っている。彼らにとって「戦争」や「悲劇」は商売上、絶対必要な舞台であるから、「死体を撮る」ことに悔しさを感じることはない。彼らは広河氏の「ジャーナリストである前に自分は人間だ」という言葉に痛撃を受け「人間の戦場」を最後まで心穏やかに鑑賞することはできはしない。
広河氏の活動を少なからず知る私にとっても取材現場での彼の身のこなしや、被写体との距離の取り方、幾通りも理解が可能な「現場」への意味づけの視点など発見が多くあった。
◆救援活動の先駆者としての広河隆一
広河氏はまた、フォトジャーナリストでありながら、常人の想像を超える救援活動の先駆者でもある。大施設に発展を遂げたチェルノブイリ原発事故地の影響を受ける地域の子どもたち保養施設「希望」建設にといった想像を絶するプロジェクトを広河氏は幾つも手掛けた。
一方で個人への援助や継続的な友人関係も数えきれない。「人間の戦場」ではウクライナのナターシャさんが生き証人として登場する。広河氏を「お父さん」とまで呼ぶナターシャさんとの交際は彼女が11歳の時から始まり、甲状腺ガンを患い手術を受ける時にも広河氏は付き添ったという。
幸い健康を取り戻し、結婚をして2児の母になったナターシャさんは実に明るく、広河氏を含む撮影クルーを自宅に招き入れる。どれほどの打ち合わせをしても、絶対に作り出すことは出来ない「心からの笑顔」が広河氏とナターシャさんの関係の全てを物語る。
施設や設備の建設や設立、いわば「マクロ」(状況全体へ)の救援と同時に個々の人びととへの救援(「ミクロ」)と交際を続ける広河氏のエネルギーには圧倒されるばかりだ。全世界に何百人、否、何千人ものナターシャさんがいるのだろう。
◆映像化されることで違う力をもった広河隆一の仕事
上映後のトークショウで広河氏は幾分照れながら、当初撮影されることに戸惑いを感じていたことを告白する。しかし「自分の仕事が映像化されることによりまた違う力をもつようになった」成果を実感しているようだ。
長谷川監督はこう語る。
「ドキュメンタリー作品はたくさん手掛けてきたが、ジャーナリストが取材している場所へカメラを向けていくというのはその場の人びとに大変なストレスをかける仕事で、相当に神経をつかった」
そうだろう。広河氏は撮影中も自分が「被写体」であることをしばしば忘れ、監督やカメラに向かって「私じゃなくてそちらを撮れ!」と何度も要請をしたという。骨の髄まで沁み込んだジャーナリストとしての感覚。撮影する側と撮影される側の神経をすり減らすような境界線のせめぎ合いが「人間の戦場」の醍醐味でもある。
映画終盤に広河氏が「新しいテーマ」に取り組み始めるシーンがある。彼はどんな切り口で「あの壮大」なテーマを切り取りだしてくれるだろうか。「人間の戦場」は「新しいテーマ」との激闘を始めた広河氏の改めての「戦闘宣言」なのかもしれない
『広河隆一 人間の戦場』は新宿「K’s cinema」、神奈川「シネマ・ジャック&ベティ―」、愛知「名古屋シネマテーク」、大阪「第七藝術劇場」、兵庫「神戸アートビレッジセンタ―、広島「横川シネマ」などで順次公開予定。詳細は「人間の戦場」公式HPをご参照頂きたい。
http://www.ningen-no-senjyo.com/
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。
◎福島原発被曝の現実から目をそらさない「DAYS JAPAN」と広河隆一氏の在野精神
◎鹿砦社大忘年会の宴!「前へ!前へ!」と走り続け、どんな議論も引き受ける!!
◎2015年再考(1)「シャルリー・エブド」襲撃事件と表現の自由、力学の軋み
◎2015年再考(2)橋下ファシズム台頭の起源──TV×維新×虚言の愚劣な結託
◎2015年再考(3)湯川さん、後藤さん人質事件の惨事からこの国は何を学んだか?
大和魂シリーズvol.5 / 2015年12月12日 / 後楽園ホール17:30~21:30
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会
◆竹村哲 vs マサ・オオヤ──ラストファイトを勝利で飾ったSNAIL RAMP竹村哲!
メインイベント67.0kg契約5回戦
NKBウェルター級チャンピオン.竹村哲(ケーアクティブ/44歳/67.0kg) vs? 同級8位.マサ・オオヤ(八王子FSG/41歳/67.0kg)
勝者:竹村哲 / TKO 4R 2:18 / カウント中のレフェリーストップ / 主審 前田仁
竹村は2002年に31歳でキックデビュー。同時に1995年結成のSNAIL RAMP(スネイルランプ)というスカパンク、メロディック・ハードコアのバンドでも活動中です。今年4月に元・全日本ライト級チャンピオン.爆椀・大月晴明に1ラウンドに左フックでブッ倒されるも、過去の対戦相手の中でも最強との試合はファンの記憶に残る好ファイトで価値を残しました。今回のラストファイトの相手は、過去に引分けていて自ら指名したマサ・オオヤ。対戦相手でありながら、40歳を超えた彼にも王座挑戦へ奮起して欲しい願いがありました。
試合はスロースターター気味に徐々に詰める竹村ペース。第4ラウンドに入ってラッシュし、パンチ連打からヒザ蹴りで倒しました。
「大怪我から手術とリハビリと3回も繰り返し、身体機能の低下から練習レベルが落ち、こんな姿をジムの後輩に見せて勘違いさせてはいけないと、現役引退を決意しました。自分のファイトスタイルは批判されることあるんですけど、渡辺代表からは、『それでいいんだ、それを貫けばいいんだ』といつも言ってくれました。」と試合後の引退式でコメント。
メインイベント最終試合後の長いセレモニーとなった引退式。かなり多くのファンが残って最後まで見守っていました。引退する選手を送るセレモニーとして、過去の対戦者、ジムメイト、連盟役員一人一人から御祝儀とメッセージが贈られた最後、渡辺代表の興行だけではない渋い声の御挨拶。昭和の旧・全日本キック世代(昭和44年~56年)を彷彿する存在だけあって“親父の威厳感”がありました。
しかし覚えてきたセリフを珍しく途中忘れた感じで「とりあえずお前はよく頑張ったな…。長い間御苦労さん」と苦笑いでいきなり自然な会話ぽく語りだし、前もって考えたセリフより温かみがありました。
竹村の挨拶中、運営係員のトランシーバーの通信音声が丸聞こえ、「引退式もいろいろあるなあ」と言ったり、「渡辺会長から貰った記念品の楯(写真入)、結構重いんすよ、けど遺影みたいで…」と笑わせた後、竹村はテンカウントゴングに送られました。
最後に記念撮影、音楽関係で友好関係あるベイビーレイズJAPANも応援に駆けつけていました。35分あまりのかなり長くなった引退式で、後楽園ホールから撤収作業を促されている状況の、31年に渡る渋い団体が竹村哲のキャラクターで皆がリズムを崩し、いちばん笑える引退式だったかもしれない、緊張感解れる締め括りとなりました。
◆高橋亮 vs 松永亮──高橋三兄弟で一番先にチャンピオンとなった次男・亮!
セミファイナル NKBバンタム級王座決定戦5回戦
1位.高橋亮(真門/53.5kg)vs 3位.松永亮(拳心館/53.0kg)
勝者:高橋亮 / TKO 4R 1:54 / 2度目のダウンでレフェリーストップ / 主審 川上伸
過去2勝している相手ではあったが、一発逆転の突進力を持つ松永だけに油断はならなかった。しかし、当て勘の良さと手足の長さを利しての伸びるパンチと蹴りは終始優位に進め、第1ラウンドに1度、第2ラウンドに2度ダウンを奪い、次第に松永から闘争心を削っていき、4ラウンドにも蹴りの連打で2度ダウン奪って圧倒して仕留めた。
三兄弟の中で一番先にチャンピオンとなった次男・亮。本人が語るように「これからがスタート、ここからが勝負」というようにチャンピオンとなってからは他団体チャンピオンと比較され、未知の強豪との対戦も回ってくる。まさにここからが亮にとっても、話題の三兄弟にとっても勝負の年でしょう。
◆2016年新春興行は2月7日後楽園ホールで開幕!
新春興行は2月7日(日)後楽園ホール17:30開始で、竹村哲が返上した王座の、第13代NKBウエルター級王座決定戦、1位.石井修平(ケーアクティブ) vs 2位.安田一(SQUARE-UP)が行なわれます。ライト級で夜魔神(SQUARE-UP)に挑戦に敗れたあと、ウェルター級で竹村の後に続きたい石井修平と、夜魔神に続くSQUARE-UPジムからのチャンピオンを獲りたい安田一平の対戦です。
もうひとつの主要イベントはNKBライト級チャンピオン.大和知也(SQUARE-UP)が日本人相手8戦8勝(6KO)のWPMF世界スーパーライト級チャンピオン.ゴンナパー・ウィラサクレック(タイ)と対戦。今年の大和魂シリーズの主役でありながら苦戦が続いた大和知也の引き続く主役級大冒険となるカードです。この団体での久々の第一線級ムエタイボクサー登場に、それだけで驚きの感がありますが、興行運営3年目の小野瀬邦英体制の成果が年々上がってきている状況です。
[撮影・文]堀田春樹
▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない。」
◎ボクサー転向物語(1)ボクシングからキックボクシングに転向した名選手たち
◎ボクサー転向物語(2)キックボクシングからボクシングに転向した名選手たち
◎強くなるためにタイへ行く!日本キックボクサー「ムエタイ修行」今昔物語
吉松さんの反対尋問は、異常な展開になってきた。
角地山宗行弁護士 あなたはCBSラジオで被告(谷口氏)が何人もの女性を殺したと公に発言されていますね。具体的には何人ぐらいでしょう。
吉松育美 まず、私は断定していません。その情報はすべてインターネット上で伝聞したものであり、私が自ら谷口さんが人殺しだと言ったことは一度もありません。
角地山宗行弁護士 では、谷口さんが何人も人を殺したというふうに言われていることを……。
吉松育美 そのままインターネットに書いてある言葉を言いました。
角地山宗行弁護士 あなたは被告が本当に人を殺したことがあると思っていますか?
吉松育美 それは本人に聞いてください。
角地山宗行弁護士 では、人を殺したと思っていないにも関わらず、被告を人殺しと言ったということですか?
吉松育美 インターネット上で今までの川田亜子さんの事件を調べてみると、そのようなことをネット上の新聞や週刊誌さまざまなところで見ることができます。
角地山宗行弁護士 ですが、インターネット上の情報というのは、虚偽と真実が入り混じっているということはご存じですか?
吉松育美 はい。
角地山宗行弁護士 にも関わらず、真実かどうかも分からないインターネット上の情報を信じてあなたは被告のことを人殺しであると……。
吉松育美 人殺しと言ったことはありません。
角地山宗行弁護士 被告が何人もの人を殺したと発言されています。
吉松育美 それは私が判断したことではありません。それはすべて他の第三者の人たちが言っている書いたものをそういうらしいという風に発言しています。
角地山宗行弁護士 あなたは他にもですね、多くの女性がパワハラ、セクハラ、ストーキング、精神的な虐待、恐喝、スキャンダルの脅しといった被告からの被害があると言ってますけど、その根拠もインターネット上の噂ということですか?
吉松育美 また、私の友人からも聞きました。
角地山宗行弁護士 ミス・インターナショナルという影響力のあるあなたが軽々しく被告が人殺しだとか、どうしたとか、そういったことを言ったことで被告が多くの被害を被ると想像しませんでしたか?
吉松育美 しませんでした。
角地山宗行弁護士 真実かは分からないけれどもあなたが被告を犯罪者とか、みんなが被告を犯罪者扱いするから、あなたも被告を犯罪者扱いしていいと思ったのですか?
吉松育美 違います。
角地山宗行弁護士 あなたは谷口さんを加害者、自分を被害者と仕立てあげて世間に公表して注目を浴びたかっただけではないのですか?
角地山宗行弁護士 違います。
角地山宗行弁護士 私からは以上です。
(続いて、被告代理人が角地山宗行弁護士から池田尚弘弁護士に交代する)
池田尚弘弁護士 被告代理人池田から質問します。まず、久光製薬との関係について質問します。先ほどあなたは中臣会長からCMを頼まれてドラフトができた2013年6月、90%ぐらい契約が成立していたという風におっしゃいましたね。契約の手順として会社が久光製薬と直接受けるのではなくて間に電通とか広告代理店が入るのはご存じですか?
吉松育美 はい。
池田尚弘弁護士 今回であれば久光製薬の間に電通が依頼を受け、その子会社であるホイッスルが間に入っているわけですね。おそらく電通やホイッスルは、誰をタレント、キャラクターとして採用するかとかいろいろ調べた上で決定するのですが、そういったCMの手続き、契約の手続きについてはご存じですか?
吉松育美 はい。
池田尚弘弁護士 今回、電通さん、ホイッスルさん、あと吉松さん、お話をされた2013年9月、甲13号証8ページ、98、電通の町田さんがこう言っています。「われわれタレントさんとの契約の時にですね、ブッキングする際に当然、芸能事務所の方とお話をすすめるわけですけど、吉松さん、正直IYグローバルさんというのがわれわれ普段、お付き合いがなくて分からなくて、で、分からない部分がたくさんあるので、事務所としてそれは大丈夫ですか? 僕ら広告代理人としてはキャスティング会社である立場の方にこれは調べてくださいよという風に依頼をしているんですよ……」。すなわち電通さんは、電通さんは吉松さんと取引をしたことがないので、この人を久光製薬のキャラクターとして採用していいか調べていたと、そういうことなんです。
吉松育美 いえ、以前にも電通さんとは私の会社でやりとりをしていたことがあります。
[補足解説]
ここで出てくる「ホイッスル」について調べてみたところ、電通の子会社・関連会社一覧には掲載されていなかった。ネットで調べてみてもホイッスルについての情報は極端に少ないが、バーニングプロダクション系の広告代理店として知られるプロシードの主要取引先一覧に名を連ねていた。
ホイッスルは2000年に設立され、2002年に電通の子会社である電通キャスティングアンドエンタテインメントと資本提携を結び、電通キャスティングアンドエンタテインメント内に営業所を置いている。
久光製薬のCM出演交渉では、当初、吉松さんの交渉相手は久光製薬だったが、途中からホイッスルが入ってきたという。契約書によれば、契約の当事者は吉松さんが代表を務めるIYグローバルと株式会社ホイッスルとなっている。ケイダッシュ案件ということでトラブルが起こることを恐れた電通が別働隊のような形で出してきたのがホイッスルだったのだろうか。(続く)
○吉松育美さん公式サイト=http://ikumiyoshimatsu.com
○吉松育美さんFacebook=https://www.facebook.com/yoshimatsuikumi
○吉松育美さんYouTube=http://www.youtube.com/user/yoshimatsuikumi
▼星野陽平(ほしの ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。
11月26日に「第66回NHK紅白歌合戦」の出場歌手が決定した。
「けっこう、大物が落選していますが出場歌手に選ばれなかったきゃりーぱみゅぱみゅ(3年連続出場)は、女子会で仲がいいスタッフと連日、飲んだくれているようです。実はきゃりーが交際していた『SEIKAI NO OWARI』のボーカル、Fukaseと破局したために、NHK側が 『一緒に舞台にあげたくない』と配慮したと報道されているようですが、真相はちょっとちがいます。実は海外や20代の若者のほうがきゃりーは受けがよく、もはや平均視聴世代が四十代を超えているNHKの紅白に出しても、『誰だい、あれは』とお茶の間で困惑するのが目に見えるので、演出サイドからNGが出たそうです」(芸能ジャーナリスト)
とはいうものの、「ファッションモンスター」や「つけまつける」「にんじゃり ばんばん」など多数のヒット曲があるきゃりーよりも、外すべき歌手がいるのではないか、と多くのファンが思うところだろう。
「音楽性の側面から考えれば、きゃりーと、今回出場が決まった『Perfume』(08年から8回連続出場)は音楽プロデューサーがともに中田ヤスタカで、『同じテクノポップでサウンド的にかぶるということで、前から 『Perfume』サイドから、きゃりーとの同時出場には難色が示されていたが、今回は、Fukaseとの恋愛事情も絡み、落選となりました』(同)
きゃりーは、落選した週から仲がいいスタッフたちと連日「紅白を忘れる会」を 開き、高級カラオケクラブで熱唱を繰り返した。
「じつは、酒が深く入ってやけ食いしているのでスタッフたちが『少し丸くなって きた。太ってきたらまずいな。ファッションアイコンとしてスレンダーだから通用してきた部分もあるのに』とスタッフたちは心配を隠さない。
ロック歌手の内田裕也が12月2日、ツイッターで「きゃりーぱみゅぱみゅ、ももいろクローバーZ、海外でも通用するニューカルチャーがなんと紅白歌合戦落選。マジかよ!」と驚きながらも「NHK君、何を考えているんだ!」と物申して、ネットから多くの賛同を得た。
「まあ『ももいろクローバーZ』はともかく、きゃりーはヨーロッパやアメリカ、アジアでも集客実績がありますから。いかにNHKの視野が狭いかという証明でしょう。日本の名物歌番組のガラパゴス化、ここに極めけりという感じです」(放送作家)
だが立ち直りの兆しはある。
「勢力的にライブを行い、気持ちは切り替わりつつあります。ファンがツイッター などでさんざん元気づけましたから」(同)
さておき早くきゃりーには立ち直ってもらい、キュートな歌声の復活を待ちたいものだ。
▼ハイセーヤスダ(編集者&ライター)
テレビ製作会社、編集プロダクション、出版社勤務を経て、現在に至る。週刊誌のデータマン、コンテンツ制作、著述業、落語の原作、官能小説、AV寸評、広告製作とマルチに活躍。座右の銘は「思いたったが吉日」。格闘技通信ブログ「拳論!」の管理人。
◎禁煙ファシズムに抗う劇場版「MOZU」の喫煙シーン
◎国勢調査の裏で跋扈する名簿屋ビジネス──芸能人の個人情報を高値で売買?
◎川崎中1殺害事件の基層──関東連合を彷彿させる首都圏郊外「半グレ」文化
今年2月1日の本コラムで「イスラム国人質『国策』疑惑―湯川さんは政府の捨て石だったのか」を書いた。イスラム国に「戦犯」(War Criminal)として囚われた湯川遥菜さんと「人質」(Hostage)とされ身柄を拘束された後藤健二さんが共に殺害されたのは1月31日だと推測される。イスラム国は「武器販売」を目的としていた湯川さんを2014年8月に拘束し「戦争犯罪人」として当初より処刑の意向を示したが、「人質」とされた後藤さんの身柄拘束は14年10月中旬と考えられ、身柄解放に関しては10億円の身代金がご家族に要求されている。
14年8月16日に湯川さんの身柄が拘束されていることを知った政府は、名ばかりの「現地対策本部」をヨルダン大使館内におく。国会で野党議員の「現地対策本部は具体的にどういう人員で何をしていたのか」の問いに、通常大使館駐在する人間の数と同等で「情報収集などにあたった」と岸田外相は答弁していたけれども、この時点で「現地対策本部」は何もしていなかったことが明らかになった。
2015年1月17日安倍首相はエジプトで、
(1)ここで私は再び、お約束します。日本政府は、中東全体を視野に入れ、人道支援、インフラ整備など非軍事の分野で、25億ドル相当の支援を、新たに実施いたします。
(2)エジプトが安定すれば、中東は大きく発展し、繁栄するでしょう。私は日本からご一緒いただいたビジネス・リーダーの皆様に、ぜひこの精神にたって、エジプトへの関わりを増やしていただきたいと願っています。 日本政府は、その下支えに力を惜しみません。 E-Just(イー・ジャスト)にとって便利で、有望な産業立地とも近いボルグ・エル・アラブ(Borg El-Arab)国際空港の拡張を、お手伝いします。電力網の整備とあわせ、3億6000万ドルの円借款を提供します。
(3)その目的のため、私が明日からしようとしていることをお聞き下さい。
まず私はアンマンで、激動する情勢の最前線に立つヨルダン政府に対し、変わらぬ支援を表明します。国王アブドゥッラー二世には、宗教間の融和に対するご努力に、心から敬意を表すつもりです。
(4)イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します。
などと述べた(文中の数字は筆者が挿入したものである)。
この演説を受けてISからの後藤さん解放の条件とされた身代金の金額が当初の10億円から20億円に引き上げられる。その直接原因となったのは(4)の安倍首相の言及である。身代金が20億へ引き上げられたのはここで対ISへ日本が20億円(2億ドル)支出すると公言したのにあわせてのことだ。そして副次的な要因として(3)も作用している。2014年9月11日にヨルダンを含む中東諸国の外相が米国のケリー国務長官と会談し「米国の軍事作戦に協力する」ことを約束していたからだ。ケリーと会談した国の中にはトルコも含まれるが当時トルコはまだ、ISと決定的な対決には至っておらず、日本の「対策本部」をヨルダンではなくなぜトルコにおかなかったのかと指摘する専門家も多かった。実際トルコ政府は英国人ジャーナリストなどが人質として捉えられた事件で仲介役を引き受け、解決した実績もあった。そして(1)、(2)のような「ばら撒きによる懐柔」政策も敵意を掻き立てた可能性は否定できない。
◎[参考動画]Japan condemns ISIS beheading of journalist Kenji Goto Headlines Today 2015/01/31 に公開
◆歴史の文脈が導く物語の一断面としての「テロ」「人質」事件
さて、早いもので湯川さん後藤さんの惨事からもうすぐ1年を迎える。あの惨事からこの島国の政府は何を学んだだろうか。答えは「皆無」だ。
報道機関は沈黙しているが後藤さんと実に似た状況で現在も身柄を拘束されている日本人ジャーナリストが少なくとも1人いる。その人は今年の6月頃ISではない組織に拘束されたが、日本政府は解放交渉を当初から放棄し、民間の有志が解放交渉にあたっている。消息筋によると後藤さんのケースのように緊急の危険性は少ないようだが、拘束も半年に及ぶことから早期の解決が望まれる。
この拘束事件については数か月前から解放交渉にあたっている方より情報を得たものの「解放交渉は事件が大っぴらになると向こう側が態度を硬化させる。だからできれば触れないで欲しい」との要請があり紹介するのを控えていた。が、既に関心のある方々の間ではある程度この事件が知られることになったので敢えて紹介をしておく。
「テロ」、「人質」事件はある日発作的に起こるものではない。それは可視、不可視な歴史の文脈が導く物語の一断面だ。現象のみを切り取りその残虐性や非人道性をあげつらっても物語は読み解けない。物語は牧歌的童話のような単純なストーリーから、誰が正義でどいつが悪人か読後まで謎が解けないミステリーもある。
世界は善悪2分法で解釈できるほど単純ではない。そもそも「善悪」など状況が判断を下す暫定・相対的なものだ。勇ましく「テロとの戦いに参加する」などと宣言することは、どんなストーリーが展開されているかわからない、しかも異国語で綴られた書物を手に取り、その完璧な読解を「可能だ」と宣言するようなものだ。私にはそんな蛮勇はない。
◎[参考動画]Calls for Japanese government to secure release of IS hostage News First 2015/01/30 に公開
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。
◎2015年再考(1)「シャルリー・エブド」襲撃事件と表現の自由、力学の軋み
◎2015年再考(2)橋下ファシズム台頭の起源──TV×維新×虚言の愚劣な結託
◎挙句の果ての「1億総活躍」──狂気、矛盾、悪意、恫喝づくしの安倍暴走政権
◎隣のクルド人──「国を持たぬ民」が日本社会で暮らすということ
◎《追悼》杉山卓男さん──「不良」の薬指に彫られた指輪のような刺青の秘密