チェルノブイリ事故から29年──「脱原発」なくして事故国はもたない事実

「トシオ、チェノールブ(チェルノブイリの英語訛り)で原発が爆発したよ。どうなるんだい。日本人は広島で原爆落とされたから核のことには詳しいんだろう?」

初めて長期滞在した豪州でチェルノブイリ原発事故を知ったのは事故から何日後だっただろうか。シェアーハウスに住む大学生たちは皆かなり真剣にこの事故を議論していた。ただ、私は語りたいことは山ほどあったけれども当時の語学力がそれには到底及ばなかったので歯がゆい思いをした記憶がある。

豪州の学生たちは「ヒロシマ、ナガサキ」を実によく知っていた。さらに言えば日本ではあまり知られない「ムルロア環礁」での核実験への批判的関心も高かった。原発を持たない豪州においては「原子力」と「核」といった日本語のような恣意的な使い分けはなく「Nuclear」はすなわち「核」を意味していた。

◆広島は地獄だった──被爆した叔父は核と天皇を一生赦さず50代で死んだ

私は法律ではそう分類されないけれども、厳密に言うと「被爆2世」だ。広島市内在住で5歳だった母親は市外に疎開をしていたけれども、きのこ雲を見た記憶が残っていて何度もその話を聞いた。爆心地近くにいた伯父たちは奇跡的に誰も命を落とさなかったが、皆50歳前後で癌を発症して亡くなった。勿論その伯父達は「被爆手帳」を持っていたから亡くなったあとには広島の原爆犠牲者慰霊碑の中にその名前が記されたのだろう。

原体験が親の原爆にあることが作用してか、私にとって「核兵器」や「原発」は理屈以前に忌避、嫌悪の対象だった。

50歳を過ぎて癌を発症し、わずか2か月で亡くなった伯父は財閥系の商社で副社長まで上り詰めていたけれど、「としおちゃんな。天皇(昭和)は絶対許せんよ。何が象徴天皇制だ! おじさんの同級生の中で生き残ったのはクラスで3人だけ。みんな15歳や16歳で死んでもうた。そりゃひどいもんだったよ。原爆の時は何が起きたかわからなかった。下宿が崩れたからね。『地獄』はあんなところのことを言うんやね。そんな戦争を仕掛けておいて、今もノコノコ生きてる天皇は絶対に許せんのよ」と酒を飲めば語ってくれた。癌を発症しなければ次期社長は確実視されていたので「異端の社長」となっていただろうに、直前で亡くなってしまった。

そんな話を豪州の学生連中にしたかったのだけど、言葉の拙さゆえかなわなかった。

◆事故後5年でソ連が崩壊し、30年弱経っても「石棺」化作業は続く

その事故から約30年。チェルノブイリでは事故を終息させるために爆発した炉心を覆った「石棺」と呼ばれるコンクリートがもう既に劣化を起こし出し、「第二石棺」を作る作業が行われているそうだ。こうやって何度も何度も同じようにコンクリート(将来的にもっと防御に優れた材料が開発されればそれ)をひたすら塗り替え難を凌ぐ他に、核から逃げおおせる方法がないということをチェルノブイリは教えてくれている。

チェルノブイリ原発事故の犠牲者数には下は4000人から上は数百万人までと議論があるらしいが、そんな議論にはあまり意味はない。

勿論、死者の数は正確に数えられ、報告されるべきだ。だが、「核」を放棄しない世界秩序の中で「公正中立な調査」などは期待できるはずがない。国連の安全保障理事会の常任理事国(米、仏、英、露、中)は核兵器保有国だし、NPT(核拡散防止条約)などは「不拡散」という表現が示す通り現状の「核」保有を問題にはしていない。「問題にする」どころか、肯定している。

IAEA(国際原子力機関)は核推進派の組織に他ならないし、ICRP(国際放射線防御委員会)はひたすら「安全神話」を構築するための数字のねつ造に忙しいだけだ。NPTは、パキスタンや、イランが核開発を行うと「けしからん!」といきり立つけども、自身が保有する「罪」について省みることなど金輪際ない。

そういう不平等な世界の中で、皮肉にもまだ当時、冷戦構造の片側巨頭であったソ連でこの事故は起こった。後にゴルバチョフ政権で「ペレストロイカ」や「グラスノスチ」が進んだからソ連は崩壊した(1991年12月)という見方も間違ってはいないだろうけれども、ソ連崩壊の原因の1つがチェルノブイリ原発事故であったこともまた事実だ。

◆フクシマ事故を経験した日本がとるべき道はおのずから明らかだ

そう考えれば、「2011・3・11フクシマ」を経験した日本がとるべき道はおのずから明らかだ。この国に住み続けたいのであれば、この国を破滅させたくないのであれば、原発は即時全機廃炉しか選択肢はない。

それに異を唱えるすべての言説は邪論だ。

「経済」だの「保守」だのを口にする連中がどうしてこんな初歩的なことを理解しないのか不思議だ。「経済」も「保守思想」もこの国に住むことが出来るという前提で交わされたり論じたりされる営為ではないのか。

死にそうになったじゃないか。日本が。

そして今も、ギリギリの崖っぷちに立ってるだけじゃないか。

本コラムで紹介した通り東電の廃炉責任者は「正直」に「廃炉が出来るかどうかは分からない」と語っている。

これ以上どんな材料を提示すれば「絶対的危険」に気が付いてくれるというのだ。

原発全機即廃炉が最も国益(私は興味ないけども)に資する選択だ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気
◎「福島の叫び」を要とした百家争鳴を!『NO NUKES Voice』第3号本日発売!
◎3.11以後の世界──日本で具現化された「ニュースピーク」の時代に抗す
◎福島原発事故忘れまじ──この国で続いている原子力「無法状態」下の日常
◎基地も国民も「粛々」と無視して無為な外遊をし続ける安倍の「狂気と末期」

 

募集して「放置」の竹書房新人賞──日本推理作家協会作家が語るその真相

前にも報じたが、竹書房が去年3月に文学賞を募集したまま、発表せずに1年以上たったまま「放置」した事件がかなり文学界でも問題になり始めているようだ。

とくに重鎮の作家たちが、応募した弟子に「どうなっているか竹書房に確認してください」とせっつかれて頭にきて「もうあそこには書かない」とぶんむくれている小説家が増えているのだ。

「文学賞が一年間、発表されないケースはちょっと記憶がありません。もしかしてまだ審議しているのでしょうかね」(月刊公募ガイド編集長・澤田香織さん)

◆受賞作が発表されない3つの事情

また、竹書房でも仕事をしたことがある、中堅の日本推理作家協会のA氏がインタビューに応じてくれた。匿名を条件に冷静にこう分析してくれる。

―― いったい、竹書房の文学賞をめぐる状況では、何が起きていると思いますか?

A氏 受賞作が発表されない理由、端的に三つの事情があるかと思います。

1.竹書房に金がない

2.小説に将来性を認めていない

3.社内に意見の相違がある

新人賞賞金50万円といっても、出版社が負担する金額はもっと大きくなります。選考を外部に依頼するなら選考員に報酬を支払わなければならない、書籍として刊行するなら、著者印税の数倍の費用が発生します。竹書房と言えば資本金7500万円の中規模出版社で苦しいのかという疑問がありますが、たとえ50万円といえども、抑えたいのが本音でしょう。

出版社も営利企業ですから、取引各社に様々支払いの義務が発生します。銀行、印刷会社、取次、製本所、社員の給与などです。手形決済をしていれば、不渡りを出せば大問題になります。ですが、著者に対しては手形ではない。きわめて踏み倒しやすい相手です。

―― 募集したが、もはや募集当時とはちがって小説はいらなくなった、ということでしょうか。

A氏 同様に新人賞というのは出版社にとって一種の投資と見ることができます。前述のように新人を発掘して本を書かせるためには、費用がかかります。ところが新人を売り出しても書籍の売り上げが期待できない、投資した金額が回収できないと判断すれば、投資を中止することもするでしょう。特に現在では小説の市場規模は縮小する一方です。どの出版社も著者に対して非常にシビアになっています。

私自身も昨年、ある出版社から増刷印税を待ってくれ、という申し入れを受けました。増刷印税ですから微々たる額です。わずか5万円で、延期するにしてもいつの払いになるかと聞いても「判らない」。

遅れていた初版印税の支払いを請求して裁判になったこともあります。支払いが遅れるという連絡があって、分割で支払いを受けていました。ところが編集さんから同社に原稿注文を受けました。未払いがあるままで新規に仕事は受けられないので出版社の経理に請求したところ、支払う理由がないとして裁判になり、二審まで行きました。この時の金額が20万円です。

―― お金の問題で、「発表どころではなくなった」ということでしょうか。『お金がないので中止します』とアナウンスすればすむことではないでしょうか。

A氏 新人賞を途中で中止するにしても、費用を削減する方法は色々あります。一番簡単なのは該当作無しにする。賞の第1回で該当作無し、というのは珍しいのですが、前例もあります。古い話ですが1961年早川書房のコンテストで該当作無しでした。あるいは印税、ないしは賞金を支払って書籍は出版しないという方法もあります。雑誌ですが、編集者側のハンドリングミスで使えない原稿ができてしまった。こういう時、原稿料は支払うが掲載されません。私自身も経験がありますし、著名作家もエッセイの中で同じことを書かれています。最近ですと新聞社主催の新人賞でも書籍化はしないが、ネット上で発表というケースもあります。

ネット上の噂では『受賞に値する作品が表に出せない地下アイドルがゴーストに書かせたので、確認がとれないから発表できない』という話もありますが、これも考えづらい。覆面作家など今も昔も珍しくないわけです。

他にも税務署との関わり合いとか、理由は色々考えることはできますが、動きがない、というのは社内での意見がまとまっていない、と見るべきだと思います。特に竹書房は毎年のように経営陣が刷新され、引き継ぎなり、意見統一が不完全と見たほうがいいでしょう。

◆募集しておいて「放置」では……

とはいうものの、「募集しておいて」「放置しておく」のが許されるはずはない。応募者は、人生を賭けて投稿しているのだ。

同じく日本推理作家協会のW氏も憤る。

「経費節減したいなら、授賞だけして書籍化しなければ良い。実名を挙げれば、『幽』怪談文学賞は、佳作や奨励賞だと刊行されない。去年で募集を終えた学研の歴史群像大賞も、佳作は刊行しない(以前は刊行していた)。大賞賞金は謳っていても、佳作とか優秀賞などの賞金額までは謳っていないから、5万円とか10万円とかの”薄謝”を支払って済ませば良い。刊行経費は抑えられるし、本人たちには、一応は『受賞者』の箔が付く。いついつ新人賞受賞作を発表します、と言っておいて実行せずに社会的信用を失墜させるよりは、よほどマシだと思うが、どうだろうか」

竹書房の担当編集部に直撃すると「今のところ初夏ぐらい(6月か7月)に発表する予定です」とのこと。確か去年の12月には「年明け早々に発表します」と言っていたが。

「ちゃんと発表しないと、小説家たちの間で『あそこは信用ならぬ』という話になって作家たちがそっぽを向きますよ。今度こそちゃんと発表してほしいですね」(応募者)

果たして初夏に文学賞は発表されるのだろうか。注目したい。

竹書房では、「原稿料未払い」の情報もいくつか耳に入ってきている。

もし機会があれば、レポートしよう。

(鈴木雅久)

◎竹書房に新疑惑──なぜ、第1回文芸新人賞の選考結果を発表できないのか?

◎「書籍のPDF化」を拒み、本作りを殺す──経産省の「電子書籍化」国策利権

◎自粛しない、潰されない──『紙の爆弾』創刊10周年記念の集い報告

これはサスペンス小説ではなく、事実です(鎌仲ひとみ=映画監督) 青木泰『引き裂かれた「絆」――がれきトリック、環境省との攻防1000日』

 

3月に引退した和歌山カレー被害者支援の元刑事、「美談」の裏の疑惑

4月も残りあとわずか。入学、就職、転職、転勤など今年の春、新生活をスタートさせた人たちもそろそろ新しい環境に慣れてきた頃だろう。そんな中、筆者には、「この人はどんな新生活を送っているのだろうか」と気になっている人物が1人いる。元和歌山県警刑事の丸山勝という人物だ。

丸山は元々、暴力団捜査を長く担当した刑事だったが、1998年にあった和歌山カレー事件の捜査に関わったのをきっかけに、世間に少し名を知られるようになった。事件後、マスコミで次のように「美談の人」として取り上げられるようになったためだ。

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「10年でも通過点」 カレー事件支援の警官(共同通信2008年7月24日)
【魚拓】http://u111u.info/kci5

和歌山毒物カレー事件16年 「支援に終わりない」交番相談員、思い新たに(産経新聞2014年7月24日)
【魚拓】http://u111u.info/kci6

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つまり、マスコミが伝える丸山勝とは大体こういう人物だ。地域の夏祭りのカレーにヒ素が混入され、60人以上が死傷した大事件の捜査に関わったのち、業務として被害者支援に携わった。そして支援業務が終わっても異動願いを出し、現場近くの交番のお巡りさんさんになって現地の被害者たちを支え続けた。さらに定年退職後も相談員として地域を見守り続け、今年3月に引退するまで被害者や遺族たちに大変慕われていた――。

とまあ、マスコミ報道の中では、丸山はまさに「美談の人」なのだが、実は被害者の中には、こんなことを言う人もいるのである。

「あの人には、見守ってもらっているというより、見張られているように感じることがあるんですよ」

筆者はそう聞かされ、十分にありえることだな、と思った。丸山が現地の交番に勤務した目的が「被害者たちの支援」ではなく、実際には「被害者たちの見張り」や「被害者たちの監視」だと推認させる事情があるからだ。

◆捏造捜査に関与か

和歌山カレー事件の犯人とされて死刑判決を受けた林眞須美(53)については、近年冤罪を疑う声が増えている。だが一方で、眞須美が事件前、夫や知人の男らにヒ素や睡眠薬を飲ませ、保険金詐欺を繰り返していたという「別件」の疑惑は今も世間の多くの人に真実だと思われたままだ。

実際には、夫や知人の男らは眞須美にヒ素や睡眠薬を飲まされていたのではなく、保険金をだまし取るために詐病で入退院を繰り返すなどしていただけだった。裁判ではそれを裏づける数々の事実が明らかになっていたのだが、ほとんど報道されず、誤解が残ったままなのだ。

では、なぜこんな話をするかというと、この眞須美の「別件」の疑惑が捜査当局によって捏造される際、丸山も捜査員の1人として加担したと疑われて仕方ない立場にあるからだ。というのも、和歌山県警はこの事件の捜査中、問題の知人の男らを山奥の警察官官舎に2カ月以上拘束するなどし、眞須美にヒ素を飲まされていたかのようなストーリーを供述させたのだが、県警の内部資料によると、その任務をになった「特命捜査班」の一人に丸山も名を連ねていたのだ。

そういう事情を抱える丸山なら、捜査終結後もこの事件の真相が明るみになるのを防ぐための業務として、現場の近くで被害者たちを「見張り」続けたとしても不思議ではない。実際、現地の被害者やその家族の中には、眞須美が冤罪ではないかと疑う人もちらほらいるのだが、「見張られているように感じる」と訴えた上記の被害者もその1人だった。警察に疑いを抱く被害者にとっては、丸山はプレッシャーを感じさせる存在だったのだ。

◆疑惑追及の取材に応えず

実を言うと筆者は今年3月下旬、相談員を引退する間際の丸山に対し、取材を申し込んでいる。カレー事件に関する不正捜査の内幕や、交番のお巡りさんになってまで現場の近くに居続け、被害者たちに関わり続けた本当の目的を追及するためだ。が、しかし――。

そのような取材の趣旨をまとめつつ、「反論したいことがあれば、反論しても構わない」と書き添え、テレフォンカードを同封のうえに取材依頼の手紙を勤務する交番に出したところ、丸山から手紙がそのまま返送されてきた。そこで、「何も反論しないなら、疑惑が真実だとみなす」との旨を明記したうえ、もう一度取材依頼の手紙を交番に出したのだが、再びそのまま返送されてきた。最初の返送の際には、封筒に差出人として「丸山勝」と名前が明記されていたが、2度目の返送の際には、封筒に差出人の名前すら書かれていないという非常識な対応だった。

林真須美については、冤罪を疑う声が広まっているとはいえ、2009年の死刑確定直後になされた再審請求の結果はまだ出ていない。丸山としては、「美談の人」として警察人生をまっとうし、なんとか無事に逃げ切れたと思っているのかもしれない。そこで、この事件を8年余り取材し、林真須美が冤罪であることを確信している筆者は、長い警察人生を終え、新生活をスタートさせたばかりの丸山にこの言葉を贈りたい。

丸山さん、逃げ切れたと思うのはまだ早いですよ。

写真は、筆者の取材依頼の手紙をそのまま返送してきた丸山
筆者の取材依頼の手紙をそのまま返送してきた丸山

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

◎新聞協会賞「和歌山カレー事件報道」も実は誤報まみれだった朝日新聞
◎国松警察庁長官狙撃事件発生20年、今年こそ「真犯人」の悲願は叶うか
◎《独占公開》冤罪確定疑惑の下関女児殺害事件──湖山忠志氏の手記[Ⅲ]
◎《我が暴走05》元同僚が実名顔出しで語る「マツダ工場暴走犯の素顔」

《追悼》船戸与一には何度も思いっきり殴られた

『砂のクロニクル』(1991年11月毎日新聞社)
『砂のクロニクル』(1991年11月毎日新聞社)

「本文からではなく、解説から読む癖のある読者諸兄姉のために、ひとこと申し上げる。あなたの身は間違いなく本書の放つ劫火(ごうか)に焼かれ、その力に薙ぎ倒されるであろう。勝利者たちのこしらえる『正史』に激しく抗う者たちの瞋恚(しんに)の炎が、頁という頁にめらめらと燃えているからだ。真実の『外史』が、虚偽の正史を力ずくで覆しているからである。しっかりと心の準備をしておいたほうがいい。備えが済んだら、ひとつ深呼吸をして『飾り棚のうえの暦に関する舌足らずな注釈』から、目を凝らして、ゆっくりと読み進むがいい。熱くたぎる中東の坩堝に(るつぼ)に足もとから徐々に呑みこまれてゆくだろう。そして、読破した時、あなたの見る世界はそら恐ろしいほどに色合いを変えているはずだ。以上のみを言いたい。以下は蛇足である」

船戸与一代表作『砂のクロニクル』の解説に辺見庸が寄せた文章の書き出しである。

辺見のこの絶賛に誇張はない。大方の船戸作品の解説にも援用できそうな比類ない名解説だと思う。

とうとう船戸与一が鬼籍に入ってしまった。いつかこの日が来ることは覚悟はしていたけれども、ニュースサイトで船戸の訃報に接したとき、「え!」と声を上げてしまった。

◆船戸の内部に横たわっていた絶対的な物差し

私は船戸に何度も思いっきり殴られた。喧嘩の仕方も教わったし、語学習得のコツも教わった。気が付けば銃器の扱いの基礎も船戸から教わっていたので初めて自動小銃に触れた時も思いのほか違和感がなかった。

船戸は私にとって歴史、政治学、地理学、人類学の教師でもあった。意外かもしれないが「倫理学」も時々示唆してくれた。どちらかと言えば「左巻き」の私の思考傾向をいつもハンマーでぶち壊してくれた。船戸の内部には「正義」などなかった。もちろん「革命」への幻想など持ち合わせていなかった。でも船戸は「正義」を信じ行動する人間や「革命」に命を懸ける人間を決して軽蔑しなかった。

船戸の内部に横たわっていた絶対的な物差しがある。それは船戸が(自身がそうであるように)「硬派」を一貫して支持つづけた姿勢だ。「硬派」は右にも左にも国家の中にも国家の滅亡を目指すものの中にもいる。船戸の着眼は常にそういった「硬派」へ向けられていた。

◆「彼らを日和らせたくないから、そのためには殺すしかない」

『蝦夷地別件』(新潮社1995年のち新潮文庫、小学館文庫)
『蝦夷地別件』(新潮社1995年のち新潮文庫、小学館文庫)

船戸作品にあっては主たる登場人物は必ず死ぬ。私自身勝手に「船戸ファイナル」と名付けていた極端も過ぎるダダイスティックな結末が必ず準備されている。不謹慎ながら読者としては愛すべき「硬派」達が最後には破局に向かうのが必定と解りながらもそわそわしながらページをめくる。

そしていざ導火線に火が付けば、それこそ書籍の中から戦場が立ち上がって来る。ありもしないヘモグロビンの血生臭さや、硝煙が生のように感じられるから不思議であることこの上ない。

あるインタビューで船戸は最後に登場人物を何故殺してしまうのか、と問われて答えていた。

「生きていると人間は日和るんです。彼らを日和らせたくない。その為には語らせないように、つまり殺すしかないわけです」

随分と恐ろしことを平気で言ってのける。さすが船戸だと感じいった。

船戸の中にはよって立つべき「主義」や「主張」など一切なかった。ただ船戸自身の皮膚感覚と常人を逸した取材力の賜物が奇跡を可能にせしめたのだろう。

「私は船戸に何度も思いっきり殴られた」と書いたが、勿論実際に殴られたわけではない。書物を通しての一方的受信しかなかった。

ただ一度だけ船戸と短い時間電話で言葉を交わしたことがある。講演を依頼しようと思い自宅に電話をかけたのだ。講演の趣旨とに日程を伝えると船戸は、

「その時は日本にいません」

とだけ語り電話を切った。

船戸に語らせるなど、無粋に過ぎる。断られてよかったと思っている。前出の辺見庸が『屈せざる者』(角川文庫)で船戸に人生論を語らせようとして、見事に失敗している。読んでいて心地よい失敗は珍しい。

船戸は自身の時代認識を時折登場人物に語らせる。

『炎流れる彼方』(集英社文庫)で元ブラックパンサー活動家が語る。

「1960年代の終わりから70年代のはじめにかけて、1日たりともぐっすり眠る暇なくおれたちは動きまわった。燃えさかる炎のようにな。状況は厳しかったが、精神は躍動していたんだよ。ところがいまはどうだ?80年代は最低だ。ほとんどだれもが健康のことしか考えていない。ジョギングと禁煙、ライトビールだけの時代だ。それで百歳まで生き延びたから何だというんだ?もうすぐ90年代にはいるが、それがどういう時代になるのかわからねえ。だがな、あのころのようにはなるまい。おれたちがめまぐるしく動きまわったあの頃みたいにはな」

『炎流れる彼方』の中で「最低だ」と言われた80年代から20余年、船戸は私の勘ではたぶん自覚的に人生の集大成として『満州国演義』(新潮社)を10年がかりで昨年完成させ力尽きた。『満州国演義』を読み進むうちに私は懇願にも似た気分になった。

「分かった。情熱は痛いほどわかった。でも船戸与一にはもっともっと世界を書いてほしい。

『満州国演義』こんなに入れ込んだら次書けるのだろうか」

懸念が現実になってしまった。もう新しい船戸作品は読めない。悲しい。

2015年3月18日、日比谷の帝国ホテルで開かれた第18回「日本ミステリー文学大賞」贈呈式に車椅子姿で出席した船戸与一氏。(撮影=ハイセーヤスダ)
2015年3月18日、日比谷の帝国ホテルで開かれた第18回「日本ミステリー文学大賞」贈呈式に車椅子姿で出席した船戸与一氏。(撮影=ハイセーヤスダ)

『満州国演義』全9巻(新潮社2007-2015年)の広告コピー文(新潮社HPより)

【1巻】『風の払暁―満州国演義1』2007年4月20日(383頁)あの地が日本を、俺たちを狂わせた――。四兄弟が生きざまを競う冒険大河ロマン! 第二次大戦前夜。麻布・霊南坂の名家に生れながらも外交官、馬賊の長、陸軍士官、劇団員の早大生と立場を全く異にする敷島四兄弟が、それぞれの運命に導かれ満州の地に集うとき……中国と朝鮮、そして世界を巻き込む謀略が動き出そうとしていた。相克する四つの視点がつむぎだす著者渾身の満州クロニクル、いよいよ開幕!

【2巻】『事変の夜―満州国演義2』2007年4月20日(415頁)※1巻と同時発売

【3巻】『群狼の舞―満州国演義3』2007年12月20日(420頁) 国家を創りあげるのは、男の最高の浪漫だ――昭和七年、ついに満州国建国。 国際世論を押し切り、新京を首都とする満州国が建国された。関東軍に反目しながらも国家建設にのめりこんでゆく太郎、腹心の部下だった少年と敵対する次郎、国のために殺した人間たちの亡霊に悩まされる三郎、ひとり満州の荒野を流浪する四郎……二十世紀最大の浪漫と添寝を始めた男たちの、熾烈な戦いは続く。白熱の第三巻。

【4巻】『炎の回廊―満州国演義4』2008年6月20日(462頁) 希望に満ちた未来は消え、恐怖と狂気が大地に滲む――帝国の終焉が始まる最新刊。 「増殖する反乱分子を防ぐ方法はただひとつ――“恐怖”しかない」。脅威を増す抗日連軍、二・二六事件に揺れる帝都、虎視眈々と利を狙う欧米諸国。夢と理想に隠されていた、満州の真の姿が明らかになる。混沌が加速するなか、別々の道を歩んだはずの敷島四兄弟の運命も重なり、そして捩れてゆく……怒濤の書き下ろし850枚!

【5巻】『灰塵の暦―満州国演義5』2009年1月30日(470頁) 「見たんですよ、この世の地獄を」日支全面戦争に突入! 戦火は上海、そして南京へ――。 満州事変から六年。理想を捨てた太郎は満州国国務院で地位を固め、皇国に忠誠を誓う三郎は待望の長男を得、記者となった四郎は初の戦場取材に臨む。そして、特務機関の下で働く次郎を悲劇が襲った――四兄弟が人生の岐路に立つとき、満州国の運命を大きく動かす事件が起こる。「南京大虐殺」の全容を描く最新刊。

【6巻】『大地の牙―満州国演義6』2011年4月28日(428頁) 国家に失望したとき、人々が縋ったものは――現在をも読み解く待望の最新刊! この国はもはや王道楽土ではなく、関東軍と日系官吏に蹂躙し尽くされた――昭和13年。形骸と化した理想郷では、誰もが何かを失っていく。ある者は志を、または情を、あるいは熱意を、そして反抗心を。虚無と栄華が入り混じる満州に、北の大国が襲い掛かる。未曾有のスケールで紡ぐ満州全史、「ノモンハン事件」を描く第6巻。

【7巻】『雷の波濤―満州国演義7』2012年6月22日(478頁) バルバロッサ作戦、始動――日本有史以来の難局を、いったい誰が乗り越えられるのか。 昭和十六年。ナチス・ドイツによるソビエト連邦奇襲攻撃作戦が実施された。ドイツに呼応して日米開戦に踏み切るか、南進論を中断させて開戦を回避するか……重要な岐路に立つ皇国を見守る敷島四兄弟がさらなる混沌に巻き込まれていくなか、ついにマレー半島のコタバルに戦火が起きる。「マレー進攻」に至る軌跡を描く待望の最新刊!

【8巻】『南冥の雫―満州国演義8』2013年12月20日(430頁) 追ってくるのは宿命か、自らの犯した罪の報いか――完結へのカウントダウン。 昭和十七年。南方作戦の勝利に沸く満州に、米軍による本土襲撃の一報がもたらされる。次々と反撃の牙を剥く大国、真実を隠蔽する大本営、無意味な派閥争いに夢中の司令官たち……敗戦の予感に人々が恐慌するなか、敷島次郎はあえて“死が約束された地”インパールへと向かう??唯一無二の満州クロニクル、いよいよ終焉へ。

 

【9巻】『残夢の骸―満州国演義9』2015年2月20日(476頁) 満州帝国が消えて70年――日本人が描いた“理想の国家”がよみがえる! 今こそ必読の満州全史。 権力、金銭、そして理想。かつて満州には、男たちの欲望のすべてがあった――。事変の夜から十四年が経ち、ついに大日本帝国はポツダム宣言を受諾する。己の無力さに打ちのめされながらも、それぞれの道を貫こうとあがく敷島兄弟の行く末は……敗戦後の満州を描くシリーズ最終巻、堂々完結。

 

▼田所敏夫(たどころ としお)兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気

◎「福島の叫び」を要とした百家争鳴を!『NO NUKES Voice』第3号本日発売!

◎3.11以後の世界──日本で具現化された「ニュースピーク」の時代に抗す

内田樹×鈴木邦男『慨世(がいせい)の遠吠え 強い国になりたい症候群』大好評発売中!

 

 

内田樹×鈴木邦男『慨世の遠吠え』生対談がジュンク堂難波店で実現!

内田樹氏と鈴木邦男氏の対談がファン待望の中、実現し書籍となった。『慨世の遠吠え 強い国になりたい症候群』が鹿砦社から3月16日発売になり、それを記念してのトークショーが4月20日ジュンク堂難波店で行われた。

会場には立ち見が出るほどの盛況ぶりで内田、鈴木両氏の人気と同書への関心の高さが伺われた。

意外と言えば意外なのだが、両氏の対談は鹿砦社の福本氏が持ち掛けるまでどの出版社からもオファーが無かったという。

鈴木邦男氏と内田樹氏(2015年4月20日ジュンク堂難波店)

巻頭で鈴木氏が「これはもう、対談本ではない。『対談本』の概念・領域を超えている。これだけお互いの全存在を賭けて話し合い、闘った本は他にはないだろう」との告白で始まる同書は映画館や、会議室など幾度も場所をかえての対談が行われ、その真骨頂として鈴木氏が内田氏が師範を勤める道場に乗り込み合気道で闘う。

その貴重な「闘い」の場面を記録した写真も収められているので、両氏の愛読者には欠かすことのできない貴重な「対談本を超えた対談本」となろう。

◆武道家で読書家の二人が織りなす「しなやか」な言葉の織物

この様に紹介すると誤解されるおそれがあるが、本書の対談は「右・左」といった位相から語るのではなく、共に武道家でもあり驚異的な読書家で博覧強記のお二人が織りなす言葉の織物のように「しなやか」に進んでいく。ある種の芸術作品のようだ。

トークショーでは主として内田氏のパワーが炸裂していた。立て板に水の語り。しかも対談者は聞き出すことにかけても天才的な才能を持つ鈴木氏となれば、時間がいくらあっても足りない印象を受けた。

内田 樹 氏

戦国時代に日本人はかなり世界に広く出かけて行っていて、今で言うところの「グローバル」の先端を行っていたこと、源平の戦いは水を司る者と陸を司る者の闘いであったこと、水を司る勢力が権力を握った時代、日本は外国に開かれていた……。と興味を誘う話題は尽きない。

同書のエッセンスをお伝えすることは出来るにしても、やはり読者諸氏が実際に手に取ってお読みいただきたい。そして受動的な「読者」としてではなく、この「対談本を超えた対談本」への更なる知的格闘の参加者として挑まれれば「書籍」の域を超えた刺激が待っていることだろう。

 

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気
◎『人間の尊厳』をめぐる浅野健一、小出裕章、松岡利康らの関西大講義に履修者殺到!
◎基地も国民も「粛々」と無視して無為な外遊をし続ける安倍の「狂気と末期」
◎マクドナルド最終局面──外食産業が強いる「貧困搾取」ビジネスモデル

 

内田樹×鈴木邦男『慨世(がいせい)の遠吠え 強い国になりたい症候群』大好評発売中!

 

 

浅野健一、小出裕章、松岡利康らの関西大『人間の尊厳』講義に履修者殺到!

4月1日本コラム で紹介した関西大学での『人間の尊厳のために』が4月17日実質上のスタートを切った。

この日に先立つ10日に初回の講義が行われ、講義の進め方などの案内があった。その時点で登録者は80名程度だったが、「履修変更」(学生が一度登録した講義を変更すること)で受講者が140名へと激増したために当初配当された教室では収容しきれず、教室も変更になった。

17日は講義を担当する浅野健一、小出裕章、松岡利康の3氏も揃い、各講師が自己紹介や講義の進め方などを語った。同講義は一方的に講師が話をするだけではなく、学生を5人のグループに分け講義を聴いた上での討論をグループ内で行い、各講師の最終担当回には学生と講師の討論を行うという形式で進められる。

17日は講師の自己紹介の後、学生が予め割り振られていた各グループへと座席を座り直し、グループ内で互いの自己紹介などを行い、共通の興味や関心事を語り合った。

講義前半は講師の話に耳を傾ける静かな進行から、後半は一転して賑やかな教室へと運営がなされ、この講義を運営する新谷教授とそれをサポートする2名の学生スタッフの熱意と手際の良さが際立っていた。

4月17日の講義では全講師が揃って自己紹介や今後の講義の進め方などを説明した(写真右から小出裕章氏、浅野健一氏、松岡利康氏

◆一番大切なはずなのに実は稀有だった「尊厳」をめぐる大学講義

各講師の自己紹介の中で浅野氏は「尊厳という言葉が冠された大学講義は日本では珍しい。私の講義では特に犯罪を犯したあるいは犯したと疑われた人の人権を中心に人間の尊厳を考えていきたい」と語った。

小出氏は京大原子炉実験所3月末に退職したばかりであることから話を切り出し、ホワイトボードに「Nuclear Weapon」、「Nuclear Power plant」、「Nuclear Development」と書きそれぞれが「核」あるいは「原子力」と恣意的な使い方をされていることを示し、「原子力の危険性と社会的な問題について語っていく、皆さんとの議論を楽しみにしている」と語った。

「Nuclear(核)」は同じなのに、なぜ日本では「核兵器(Nuclear Weapon)」と「原子力発電所(Nuclear Power plant)」とで恣意的に呼称が異なるのか?──小出裕章氏

松岡氏は「私は他の2氏のような研究者ではないのでここに立つのが相応しいかどうかわからないが、長年出版に関わった経験から『机上の死んだ教条ではなく、生きた現実』をお話ししていきたい」と意気込みを語った。

前回の記事に対してTwitterで「これは凄い講義だな! 関西大学の学生しっかり勉強しろよ!」と激励を下さった方がいる。講義の内容だけでも充分に関心が高まる『人間の尊厳のために』だが、そこへ学生達がどのような反応を、そして議論を挑んでくれるのか。これからの展開がさらに楽しみになってきた。

▼田所敏夫(たどころ としお)

兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気
◎防衛省に公式見解を聞いてみた──「自衛隊は『軍隊』ではありません」
◎就職難の弁護士を貸付金強要で飼い殺すボス弁事務所「悪のからくり」
◎マクドナルド最終局面──外食産業が強いる「貧困搾取」ビジネスモデル
◎関西大で小出裕章、浅野健一、松岡利康らによる特別講義が今春開講!

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《誤報ハンター03》「テロの危機」煽れば増える「警備利権」と警察天下り

裏がようやくとれたので「アサヒ芸能」の誤報について書く。その記事は2月26日号の「戦慄スクープ イスラム国『東京マラソン2.22襲撃』は防げない!」についてだ。

「東京マラソン」については、マラソンコースを走りながら警備する警官、「ランニングポリス」が話題になった。たとえば、毎日新聞の2月22日にはこう出ている。

日本最大規模のマラソン大会「東京マラソン2015」が22日開催され、3万5797人が都心部を快走した。テロ対策を強化した警視庁は約4500人の警察官を投入。国内のマラソンでは初となる「ランニングポリス」も初めて導入した。警備部所属の男女計64人が2人1組で、それぞれ割り当てられた10キロほどの区間をリレー形式で市民ランナーに伴走。頭に着けた小型カメラで沿道の様子を撮影、ライブ映像を警視庁本部に送信した。

都庁(新宿区)から日比谷公園(千代田区)までを担当した中澤浩警部(43)は「沿道の様子がかなり把握できた。小型カメラも気にはならずマラソンには有効な警備になる」と話し、「観客やランナーから『警備頑張って』と声援をいただき励みになった」と振り返った。【岸達也】(毎日新聞

◆「東京マラソン」一日で数百万円を売上げる警察天下り先の警備会社

確か、「東京スポーツ」(2月14日)でも東京マラソンのテロの可能性は指摘された。

実は、この「東京マラソン」には警備員が6000人ほど配置された。例年よりも1000人増やしているのにはからくりがある。

「警備会社としては、1日で数百万円を売り上げるおいしいイベントです。実は、この『イスラム国が東京マラソンを狙っている』という情報は、警察庁が、天下り先の警備会社を儲けさすために流した情報だということです。実際、この情報が流されたのは、1月の末のこと。警察から警備会社に流れたOBたちが、警察幹部と赤坂で会合をもってからすぐの出来事ですから、これはもう、出来レースだと見ていいでしょう」(全国紙社会部記者)

そして、配置された警備員も、短時間で稼げるおいしいバイトとなった。
「なんせ、コースから応援する人がはみ出ないように『人の盾』となるだけ。かかしになっていれば4時間で8000円ですからおいしいバイトですよね。警察から流れてきた仕事なんですか? どうりで支社でも幹部たちがやたら警察の幹部に挨拶に行くわけですね」(警備員)

◆「元警官」を日当2万円で1000人弱雇った「警視庁雇用」枠

実は「元警官」も「警視庁雇用」枠で1000人近くが呼ばれており、「日当2万円なり」をゲットしたとされる。

「70歳とか73歳とかの年寄りが通行止めのポイントに立っていました。彼らがうまく車を裁けるのかどうかヒヤヒヤして見ていましたが、うまく裁いていましたね。でもこういうイベントのたびに『小遣いを稼げる』から、役所のOBっていいですね」(同)

筆者も短い時間、警備会社で短時間にアルバイトをしていたが、実は警察OBが偉そうにしているのを間近で見た。彼らは、警察から仕事をもってくるための「大切な人質」だったのだ。

かくして、各マスコミには、「東京マラソンが危ない」という情報があふれ出る。アサヒ芸能は、東京マラソンが危ないという話を、大学教授を使って展開している。

「イスラム国が最も憎む相手、それはいまだにキリスト教側の白人です。しかし、安倍政権が〝積極的平和主義〟を打ち出して以降、反日感情が高まってきているのは事実でしょう。そして基本的に彼らのテロの成功は、その脅威を世界的に見せつけること。もし日本国内でテロの標的になるとしたら、場所としてはやはり首都・東京が最も危険。中でも世界的スポーツイベントの東京マラソンは、格好のターゲットです」こう指摘するのは、国際テロが専門の青森中央学院大学の大泉光一教授だ。(「アサヒ芸能」より)

そしてイスラム国を支持するフィリピンの過激派組織「アブ・サヤフ」やナイジェリアの武装組織「ボコ・ハラム」の動きを警察が警戒していると「アサヒ芸能」は言及している。

記事はこうして終わる。「『世界一安全』と言われてきた日本。その称号を、はたして東京マラソン後も維持できているのか。もはや運を天に任せるほかないと思えてしまうのである。」(「アサヒ芸能」より)

◆『危険』を食い物にして稼ぐ警察の天下り警備会社と御用マスコミの共犯関係

警備に呼ばれた「シンテイ警備」関係者が語る。

「3.11の大地震が起きたときも、警察をあげての避難訓練でたくさんの警備員が出て、かなり稼いだ。『危険』を食い物にして、稼ぐ警察の天下り警備会社は、その考えからして腐っている。情報にのるマスコミも同罪でしょう」

「アサヒ芸能」よ! 警察情報を垂れ流す記事を出す思考停止の誌面はもうやめたまえ。ただでさえ「まったく芸能の記者会見にも来ないのに芸能ネタをやたら書く」と芸能プロダクションに嘲笑されるあなたたちに未来はない! 地道に裏をとる「週刊ポスト」や「週刊現代」の記者のほうがまだ好感がもてる。

「ここはもう、取材のやりかたから根本的に変えないと週刊 文春や週刊新潮にはたち打ちできないでしょう。なにしろ取材しないで平気で書くのですから」(藤堂香貴・ジャーナリスト)

さて次は何の誤報を取り上げようか。手元にはたくさん資料があるが、裏がとれたものから報告しよう。うししししし。(鈴木雅久)

◎《誤報ハンター02》誤報の横綱『週刊大衆』よ、白鵬はまだまだ引退しない!
◎《誤報ハンター01》芸能リポーターらが外しまくる「福山雅治」の結婚報道
◎アギーレ解任前から密かに後任候補を探していた日本サッカー協会の本末転倒

自粛しない、潰されない──『紙の爆弾』創刊10周年号絶賛発売中! 警察が必死に隠蔽「取調室で容疑者死亡」の裏側に隠された“真実”


「反省せず、責任取らず」で司法も無視──原発推進者をすべて処刑せよ!

僕は原発の専門家ではないし、ジャーナリストとしてピタリ、と「原発についての問題」をマークしているわけではないが、どう見ても原発は再稼働すべきではない、と考えている。そんな中で、高浜原発再稼働を差し止める決定を福井地裁がしたのは大きな出来事だと考えている。(福井地裁仮処分決定の要旨全文=朝日新聞2015年4月14日)

そして、原発については諸先輩たちが鹿砦社の月刊誌「紙の爆弾」や季刊「NO NUKES VOICE」にも書いているし、このブログでも展開しているので、とくに言うべきことは見あたらなかったが、久しぶりに「救われた」ニュースを見たので、あえて原発について書こう。

そう、まずはスタンスを決める。「原発推進者はすべて処刑せよ」と叫んでみよう。あなたに叫べとは言わない。僕は僕の中で、「原発推進者はすべて処刑せよ」と何度も叫んでいる。

鹿砦社は、松岡社長が「ペンのテロリスト」であり続けると宣言している。その端くれである僕も、少しではあるが原発推進に抵抗しよう。

◆2009年頃、東京電力は「電力自由化阻止」の執念でマスコミ各社を接待攻めにしていた

身近な話では、週刊誌のデスクをしている知人が「電力自由化をなんとか阻止すべく」、何度も東京電力に接待を受けていたのを思い出す。それは、おそらく2009年ごろの話で、当時のデスク氏は「今になってみると、何を懐柔してきたのかはようやく意味がわかる」と語る。

要するに、太陽光などで一般の人たちや企業が発電を始め、エネルギーを買い取るようになるケースは避けたいと、いう執念にも近い、電力会社の懇願だ。エネルギー買い取りは、電力会社をまちがいなく消耗させる。だがそうした「懐柔」はむなしく、来年の4月から電力会社を選べるようになる。もう東電の一方的な料金設定や、原発再稼働にイライラしなくてもすむのだ。再生エネルギーについては、詳しいライターの方がたくさんおられるので自分が注目している「震災直後」の部分に触れる。本題だ。

◆震災直後、年収2000万円超の社外取締役や監査役は誰一人、東電本店に出社しなかった

まず、「3.11の直後」の東電に何回も記者会見に行ったが、あの場所では、ガンマだの、シータだの難しい数字が並ぶ放射能拡散の可能性についてのデータを手渡され、まるで大学の理化学部の講義のような会見が繰り返されていた。同時に、原子力保安院でも似たような説明がなされていたが、各マスコミは、理科系の記者を配置して「はたして東電の広報が何を言っているのか」を読みとく作業に僕たちは腐心した。そう、翻訳者が必要な事態で、東電の人たちは、どう見ても日本語で話しをしているようには感じなかったのだ。

震災直後、東電本店の記者会見場で、確か3月12日の午後3時すぎに、あくびが出るような数字の説明が続くなか、記者のうち誰かが「これ、爆発だよね」と後ろのほうで声に出した。今思えば、あれこそが1号機原子炉建屋が水素爆発した瞬間だった。吉田所長(当時)が2号機、3号機の弁と準備開始を指示、まさに命がけのハンドリングを開始して、18時25分に政府は20キロ圏内に対して、ようやく退避の指示を出した。

確か「爆発」という言い方は、東電も保安院もしていない。「爆発」という言葉を使わず、東電や保安院は数字の説明だけで逃げようとしていたのである。

さまざまなジャーナリストやルポライターが、原発についてあらゆる角度で語っている。核をどう処理するのか、アメリカとの原子力協定をどうするのか、あるいは原発とメディア、そしてエネルギーミックスについて……。だが、僕自身は、焦点を当てるべきは、「3月11日から15日まで何が起こり、私たちは何について無抵抗で、何について抵抗のしようがあったのか」だと思う。むろん、自分自身が東電の「極めて理科系チックな説明」に翻弄されたのも「震災直後」にこだわる一助になっているが、我々は「原発事故をハンドリングできなかった」ことを、素直に認めるべきではないだろうか。

さらに、このとき、年収2000万円を超える「名ばかり社外取締役」や「監査役」などもたくさんいたが、誰一人、この非常時に出社していない。それどころか、後に「年間に10日も出社していない」ことが判明していくのだ。

◆事故当時の東電社長、清水は天下り先から報酬を得ながら入社3か月間、出社してしなかった

このときに東電の社長だった清水は、後に民間会社に天下るが、知るかぎりでは入社3ヶ月は会社に顔を出していない。きちんと給料は出ていたのを、取材で確かめてあるし、出社すべき初日に僕は朝から張り込んでいたが来る気配はない。
清水が住んでいる赤坂の高級マンションにも行ったが、優に1億円を超える豪華さだった。常にこのマンションでは震災に備えて1ヶ月ぶんの食料が備蓄されていた。こいつら東電のお偉いがたは、つくづく一般市民とはかけ離れた存在なのだなと思う。

水素爆発が起きたにもかかわらず、東電本店では、東電の役員たちに夜になると1個3000円以上もする仕出し弁当が運びこまれていたのを見た。しかも地下から運ばせるから確信犯だ。要するに彼らは貴族であり「庶民に電気をくれてやっている」という感覚なのだろう。

仮に、東電の下請けであっても、けっこうな高給だ。僕は東電系の工事会社で警備をしたことがあるが、ただたんに「工事に違反がないように見張る」東電のOB(ここでは保安員と呼んでいた)に日当3万円も払っていたのだ。まさに「神様、仏様、東電様」で、東電こそが電力のヒエラルヒーの王様なのだ。

◆どう考えても事故当時の東電役員たちはことごとく処刑されるべきである

そして僕が何よりも福島原発について書くときにはばかれるのが、「なんだよ、東京にいて原発記事を書いて。君たちは福島に住んでからモノを書きなよ!」という現地の被災した人の叫びが耳に残っているからだ。

たとえば、僕が交流しているA氏などは、58歳だが「なんとか原発を再稼働させない方法を探す」と宣言して、会社を退社して、家族の反対を押し切り、福島大学に入り直した。もし震災と原発事故がなければ、彼は65歳まで勤めただろう。この一点とってみても、原発事故は人の生活を、人生を、家族を破壊した。

一時期、事故の渦中に現場から東電が「撤退する」と言ったとか言わないとか、くだらないレベルの論争があった。だが「撤退すべき」なのは原発建設そのものであったのだ。しつこいようだが繰り返す。

「原発推進者」はことごとく処刑せよ!

「原発」はエネルギーの問題だろうか。ちがう。命の問題だ。もし原発を推進しても許される者が、かろうじていたなら、あの事故を経験し、事故処理をハンドリングした吉田所長だと思うが、すでに亡くなった。だが生きていて仮にリンチされても原発を「俺が保証する。原発を再稼働せよ」とは言わないだろう。あの事故直後のことはまた機会があればレポートしたい。もう一度言う。

「原発推進者」はことごとくすべて処刑せよ!

(小林俊之)

◎反原発の連帯──来年4月、電力は自由化され、電力会社を選べるようになる
◎自粛しない、潰されない──『紙の爆弾』創刊10周年記念の集い報告
◎追跡せよ!731部隊の功罪──「731部隊最後の裁判」を傍聴して

より深層へ!横議横行の『NO NUKES Voice』第3号!

マクドナルド最終局面──外食産業が強いる「貧困搾取」ビジネスモデル

日本マクドナルドが一部社員の基本給を下げるという。本コラムで既に報告したが、マクドナルドは最終局面を迎えているのかもしれない

◆儲かろうが儲かるまいが、現場労働からの「搾取が儲けの元」に変わりなし

「日本マクドナルドが、基本給に手を付けるのは初めて。関係者によると、4月以降、評価に応じて分けられた4つの等級のうち、上から3、4番目の社員を対象に、昨年の基本給から1~4%カットする。現在、会社側が社員への説明を始めている。これまで、業績いかんに関わらず基本給を引き下げることはなかったが、業績の悪化は底なしの様相を呈しており、手を付けざるを得なくなった。好業績を背景に、今春は多くの企業がベースアップを打ち出しているが、こうした流れに逆行した動きだ」とダイヤモンド記事は報じている。

一方で、「今年3月25日に退任した原田泳幸前会長には、役員報酬と退職慰労金合わせて3億3900万円、サラ・カサノバ社長には2014年度の報酬として1億0700万円が支払われている。また役員5人にも報酬3億9300万円の役員報酬が支払われており、1人当たり7800万円に上る計算だ」だそうだ。

業績は毎月悪化の一途で2月からで3月も28%売り上げが落ちている。なのに経営陣は責任を取るどころか原田泳幸前会長は4億円近い金を持ち逃げし、現社長にも1億円の給与が払われている。

でも、このような「不条理」は驚くには値しない。最初からマクドナルド社の商法は現場アルバイトや従業員には「えげつなく」、儲かろうが儲かるまいが「経営陣」は高給を頂く姿勢は一貫していた。さらに言えばマクドナルドだけでなく、全国に多数のチェーン店を持つ飲食業者のほとんどは同様の「現場にえげつなく、経営陣はいつでも儲かる」経営システムを採用している。だからあのように安価に商品提供が可能となるのだが、その間で削り取られているのは、「労働者」の賃金である。つまり「搾取が儲けの元」なのだ。

と、ここまで書いたところで15年度見通しの発表が日本マクドナルドからあった。営業損益が250億円の赤字(前期は67億円の赤字)と、前期の上場来初の営業赤字から赤字幅が拡大する。期中に131店を閉鎖するそうだ。

役員報酬もさすがに手つかずとはいかず、役員報酬は6カ月間減額で、サラ・カサノバ社長の削減幅は20%になるという。マクドナルドの斜陽は加速しているとみて間違いないだろう。

◆「ワンオペ」という「一人労働」で「過労死ライン」超え

安価ファミリーレストランとして知られる某有名チェーン店にアルバイトとして勤務した人によると、店舗によっては厨房内の調理(といっても大方は工場で調理された「加工物」を電子レンジなどで元に戻すだけだが)を1人で担っていたという。繁忙時間には厨房内で体の動きを止めることは勿論、トイレに行くことすら出来なかったそうだ。

「ワンオペ」という横文字を使い「一人労働」を強いていたファーストフードチェーンの「すき屋」も同様だが、実際に収益を上げる現場の労働環境を限界近く(時には限界以上)に切りつめることにより収益を上げているのが外食チェーン店だ。「すき屋」を経営するゼンショーホールディングスの小川賢太郎会長兼社長は『週刊東洋経済』(2014年12月6日号)で次のように語っていた。

「創業の頃は私も年間4700時間働いた。それから4000時間、3500時間と減らしてここ数年は3000時間以内だ。(中略)われわれの父親の世代は戦後復興で皆長い時間一生懸命頑張ってこの国の礎を作ってきた。働くことは尊いという価値観を日本人が失ってはいけない」

これは小川氏の本音だろう。だが個人事業主が自己責任でがむしゃらに働くのはかまわないけれども、多くの従業員を抱えた企業に成長し、多数のアルバイトなどの低賃金労働者を雇用するようになれば、このような考え方は社会的に許容されるものではない。戦後の焼け跡時代と、経済指標では世界でも上位に位置する現在の日本を同一視するのは時代錯誤であるし、このような考えの経営者の下で働く労働者はたまったものではない。4700時間の労働は年間の法定労働時間(2000時間余り)の倍以上であり「過労死ライン」とされる月間80時間以上の残業を大きく上回る。

経営者が好きで働くのは勝手だが、労働者にそれを押し付けるのは論外だ。

◆「普通」の生活すらできない給与体系

本音を語らせば、大手外食チェーンの経営者は似たり寄ったりの考え方で労働者をこき使っている。だから全国に同じ看板の店舗があれよあれよという間に乱立できたのだ。今幼少の子供の中には、これらチェーン店の名前を知ってはいても、個人が経営する「食堂」の存在自体を知らない子がいる。

学生が小遣い稼ぎのために週に数時間働くのであれば、人生に大きな影響はないだろうけれども、そこを主たる生計の稼ぎの場といている人にとっては、労働の割にどれだけ働いても決して楽な(否「普通」の)生活すらできない給与体系になっている。

ファーストフードとは「簡単に食べることのできる」食を指すが、「簡単な食」によって「豊かな生活」が遠ざかって行っているのが今日の日本社会だ。

「定食屋」や「一膳飯屋」果ては「食堂」という単語が聞こえなくなるのに共鳴するように、私たちの生活は貧しくなってゆく。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎ジャンク化マクドの「疫病神」原田泳幸の経営手腕は「合理化=搾取と混乱」
◎粗悪な食文化の伝道企業=マクドナルドの衰退は「自然の理」
◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気
◎3.11以後の世界──日本で具現化された「ニュースピーク」の時代に抗す

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高浜原発再稼働差し止め判決──なぜ中日新聞だけが公正な社説を書けるのか?

4月15日福井新聞社説は「高浜原発再稼働認めず 重い警告どう受け止める」と銘打たれた文章だ。この社説は新聞社説の見本のようだ。

あれこれ瑣末な事柄を述べた上で、結局何が言いたいのかをぼやかす。

だから新聞の「社説は面白くない」と言われる典型と言っていいだろう。この日の社説、最後の部分だけ紹介すると、「樋口裁判長は大飯原発訴訟で『学術的論議を繰り返すと何年たっても終わらない』と指摘したように早期判断に導いた。今後、上級審で一体誰がどのように判断していくのか、司法全体の責任は一段と重くなる」と結ばれている。

原発の危険性への総合判断を避けて、司法の責任追及に矮小化せざるを得ない原発立地、福井新聞の苦しい立場を物語る結びである。

◆アクセス上位記事に表れる福井新聞の歪んだ本音

しかし、福井新聞の本音はその他の記事によって明らかだ。福井新聞のHPにはこの1時間でのアクセス数上位10本と、24時間でのアクセス数上位10本を掲載しているが、その中で紹介されているのは、

[1] 「差し止め決定文に「曲解引用」 困惑する地震動の専門家」(2015年4月15日午前7時40分)

[2] 「再稼働ノーで不安募る高浜町民 原発反対派からは歓迎の声(2015年4月15日午前7時10分)

[3] 「高浜町長、地裁決定は『別の土俵』 従来姿勢に変わりない考え」「(2015年4月15日午前7時20分)

[4] 「高浜原発再稼働差し止め決定要旨 全文は福井新聞D刊(デジタル版)で公開」(2015年4月14日午後8時30分)

[5] 「大飯原発差し止め訴訟5日控訴審 福井地裁判決の是非を問う」(2014年11月4日午前7時40分)

[6] 「福井地裁、高浜原発再稼働認めず 仮処分決定、規制委合格事実上否定」(2015年4月14日午後4時06分)

[7] 「高浜再稼働は電源構成と並行し判断 福井県知事、既存原発の活用強調」(2015年4月14日午前7時20分)

[8] 「高浜再稼働差し止め仮処分決定いつ 14日福井地裁、大飯認めた裁判長」(2015年4月10日午前7時20分)

[9] 「再稼働差し止め仮処分の判断基準は 高浜と大飯原発、14日に判断」(2015年4月12日午前7時05分)

15日夕刻現在、総数20本の中で原発関連では上記9記事が「この1時間」もしくは「この24時間」に高いアクセス数を記録している。

[1]-[3]は仮処分後の記事で中立を装っているが私の目にはそうは映らない。記事の根底には仮処分決定への反発が伺われる。[4]は仮処分決定文章であるので、これは中立である。[5]は昨年の大飯原発再稼働判決前に掲載された記事で、この記事も事実のみを伝えているので中立である。

[6]は概ね事実を述べているが、文末が「原発訴訟で住民側が勝訴したのは、高速増殖炉もんじゅ(福井県敦賀市)の設置許可を無効とした2003年1月の同支部判決と、北陸電力志賀原発2号機(石川県志賀町)の運転差し止めを命じた06年3月の金沢地裁判決がある。しかし、いずれも上級審で住民側の敗訴が確定している」となっており、言外に上級審では判断が覆っていることへの期待感を感じる。

[7]は四選を果たした福井県の西川一誠知事の原発についての見解が一方的に述べられている。話にならない。

[8]は「樋口裁判長は昨年5月、大飯3、4号機の運転差し止めを認めた福井地裁判決を出している。関電側が名古屋高裁金沢支部に即時抗告している担当裁判官3人の交代を求めた忌避については、9日時点で関電側に結果は届いていない。住民側は、決定の期日決まったことで忌避の即時抗告は棄却されたとみている。高浜3、4号機は原子力規制委員会が2月、安全対策が新規制基準に適合する として事実上の審査合格を決めた。再稼働に向けた地元同意手続きでは、高浜町議会が3月に同意。高浜町長の判断や県議会の議論の行方、知事の判断に注目が集まっている」と関電寄りの姿勢で結ばれている。

[9]は事実のみを述べた中立記事だ。

このように(私の目から見ればだが)9本中5本は明らかに中立を欠き、原発存続若しくは推進の記事で、3本は中立、残り1本も中立とは言いがたい立場から記事が構成されている。

地元住民の本音がこの記事に反映されているのか、あるいは福井新聞が地元住民の民意を先導しているのだろうか。

◆原発に詳しい記者が直ぐに動ける中日新聞の効用

福井新聞とは逆に、原発問題に関してはブロック紙の中でも熱心な中日新聞と東京新聞記者に「なぜおたくは原発問題に熱心なのか」と事故後取材したことがある。答えは単純だった。

「福井でも中日新聞は購読されているんですよ。だから福井支局がありそこへ赴任する人間が相当数いる。福井はそれほどニュースの多い場所ではないこともあり、自然に記者は原発についての知識を身に着けていくんです。関西電力や日本原電は全国紙の記者には接待攻勢をかけようと必死ですよ。地元の福井新聞にも。でもうちには声がかからないんです。だって帰っても名古屋でしょ。中日新聞が全国的に影響を持つとは考えてないんじゃないですかね。だから事故後に全国紙に比べても原発の知識を持っている記者が直ぐに動けた。それが原因じゃないですかね」

ということだった。なるほどご説ごもっともだ。朝日や読売が「原発推進!」と書けば全国規模の影響があるだろうけれども、中日新聞は所詮中部北陸と一部関西だけで購読される新聞だ。その境遇が幸いして事故後、東京新聞(中日新聞の東京版)が原発記事では他紙を圧倒できたのかもしれない。

◆原発問題を通じて育っていった中日新聞の公正報道

中日新聞はかつて今の産経新聞のように「読むに値する記事がほとんどない」新聞だった。暴力を振るって子供を更生させると言いながら複数の子供を殺していた「戸塚ヨットスクール」を称賛する上之郷尾利昭による『スパルタの海 甦る子供たち』を半年間も1面に連載したり、愛知県内の汚職や行政の暴走を黙認することが多々あった。その程度の人権感覚のない三流新聞だった。

だが、何があったのかわからないが、最近、中日新聞を目にするとその変貌ぶりが著しい。良い意味でである。原発問題に限らず記者の視点が以前とは比較にならないほど鋭い。その中日新聞の社説は通常1日に2本が掲載されるが、15日は「国民を守る司法判断だ 高浜原発『差し止め』」 1本だった。他紙と異なり「社説が分かりやすいから」という理由で購読者を増やしている中日新聞社説の明快さが伺えるだろう。

「福島原発事故の現実を見て、多くの国民が、原発に不安を感じている。なのに政府は、それにこたえずに、経済という物差しを振りかざし、温暖化対策なども口実に、原発再稼働の環境づくりに腐心する。一体誰のためなのか。原発立地地域の人々も、何も進んで原発がほしいわけではないだろう。仕事や補助金を失って地域が疲弊するのが怖いのだ。福井地裁の決定は、普通の人が普通に感じる不安と願望をくみ取った、ごく普通の判断だ。だからこそ、意味がある

全くその通りだと思う。

▼田所敏夫(たどころ としお)

兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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