怒れ!消費者──「健康」より経済効果を優先する厚労省「食品行政」制度利権

2月10日の本コラムで4月1日から「健康な食事を普及するマーク」が導入されることを紹介した。この制度は販売者が「勝手に」自分の売る商品に「健康な食事マーク」を表示できるという、あまりにも無責任かつ無意味な制度で、消費者に誤解を与えることが必至であることを批判した。

ところが3月22日になって厚生労働省は「基準や認証に関する議論が不足している」との批判をが相次いだのを受け4月からの制度導入を先送りすることを決定した。

ほらみたことか。

しかし導入間近になっての「ドタキャン」だ。弁当会社やコンビニチェーンでは既に「マーク」の印刷などを終え準備してた業者もあろう。

「何やってんだ国は!」と無駄な業務に追いまくられた担当者の恨み節が聞こえてきそうだが、一般の消費者にとっては必ず誤解を生む迷惑以外の何ものでもない「健康マーク」導入が延期されたことは、当たり前とは言え歓迎すべきニュースだ。

◆4月1日実施の「機能性表示食品」は「特定保健用食品」となにが違うのか?

ところが、国が同時に導入を決めていて既に4月1日から実施された同様の制度がある。「機能性表示食品」がそれだ。現在、食品について効果や機能を表示することは原則として認められていない。「健康食品」と呼ばれる類で、国がそれを認めているのは、「特定保健用食品」(トクホ)と「栄養機能食品」だけだ。そこに「機能性表示食品」が加わった。これはいったいどんな代物だろう。

「特定保健用食品」(トクホ)は国の販売許可を得る必要がある。材料や栄養価などの資料を国に提出し、許可を得ないと「トクホ」を名乗ることは出来ない。時間もかかるしメーカーとしては費用もかさむ。一方の栄養機能食品は、国の基準さえ満たせば使えるが、成分ごとに使える文言が決まっている。そこに登場したのが「機能性表示食品」だ。届出制ではあるが、国による個別審査はなく、企業自身の責任で科学的根拠のある機能性を食品に表示できるのが最大の特長とされている。つまり「トクホ」よりも手続きが簡素で、「栄養機能食品」よりも表示の自由度が高い、これまた「あやふや」な制度である。

「○○をたくさん含んでいて、胃腸の働きを良くする効果があると言われています」

といった具合の表現で商品を宣伝することが可能になるらしい。だが、これはあくまで、「健康」に関してだけであり「病気」の治療や予防に効果があるといった表現は認められないようだ。

しかしこの制度も一見「健康」という隠れ蓑を被っていながら、やはり導入の動機は不純なものだ。「栄養機能食品」は安倍政権の成長戦略の一環と位置付けられているのだ。おいおいまた「経済かよ」とげんなりする。

◆成長市場の健康食品分野で許認可や届出制度を増やし、利権を漁る政官癒着

健康食品関連市場は年間売り上げが二兆円ともいわれる成長分野だ。農産物の海外展開も視野に入れたいとの腹黒い思惑で「機能表示制度」制度は、米国の例を参考に導入が決まったのだ。1990年代に同様の緩和を行った米国でサプリメントや健康食品市場が拡大したことを、安倍の取り巻きの誰かあざとい奴が耳打ちしたのだろう。

決して「健康」や「体にいい」ことを真剣に精査しようというのが制度導入の理念ではない。検討委員会の議事録にはあれこれ御託が並べられているけれども、あくまで「売上増加」のためのいわば「広報戦略援助」として同制度が導入されることを私たちは知っておいたほうがよい。

◆新自由主義者は何でも米国のまねをしたがる

新自由主義者は何でも米国のまねをしたがるし、すれば成功すると思っている。しかしそれは勘違いも甚だしい。これも以前、本コラム(粗悪な食文化の伝道企業=マクドナルドの衰退は「自然の理」)で述べたが、米国には「アメリカ料理」と呼ばれるようなものはない。その代りにスーパーマーケットに行けば夥しい量の缶づめや冷凍食品が売られている。生鮮食品も売られてはいるがバランス良い料理を自分で上手に料理できる人は少ない。

だから肉食に偏りがちで、カロリーを摂取し過ぎ高血圧や肥満が横行するのだ。そこでバランスのとれた栄養を得ようとビタミンやミネラルのサプリメントが80年代前半から売り上げを伸ばし始めた。同時期に健康に良さそうな豆腐など日本食への興味も高まった。そして90年代の制度変更で更にサプリメントの売り上げが上昇した。背景にある食文化が日本とは全く異なるのだ。

「機能性表示食品」は、表示の科学的根拠を示す臨床研究結果や論文を、販売の60日前までに消費者庁に届け出るだけでいい。お手軽な制度だ。「食」に関してこの国は健康や「体に良い」ことよりも明らかに「経済効果」を中心に考えている。

政府の物差しを信じていると健康さえもどうされるかわからない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎制度は作るが責任は取らない厚労省「健康な食事を普及するマーク」の怪
◎粗悪な食文化の伝道企業=マクドナルドの衰退は「自然の理」
◎就職難の弁護士を貸付金強要で飼い殺すボス弁事務所「悪のからくり」
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◎『噂の眞相』から『紙の爆弾』へと連なる反権力とスキャンダリズムの現在

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《格闘技“裏”通信03》不良達の登竜門「THE OUTSIDER」は凄まじ過ぎる興奮

3月21日、午後3時から開催されたアマチュア、セミプロによる総合格闘技大会「THE OUTSIDER vol.34」 に行ってきた。場所はディファ有明。格闘技としては初めて25試合すべてを見たが、数年前に、知人にビデオで見せられたときよりも数段、キックも締め技もパンチも技術的にはあがっていて、驚いた。

◆「不良の大会」から「鯉が滝を登って竜になる登竜門」へ

この「THE OUTSIDER」は、格闘技団体として立ち上がった頃「不良がやりなおす再生の場所」として多くのファンや識者が捉えていた。だが、今の「THE OUTSIDER」は、主宰している前田日明氏がいみじくも語っているように「プロ選手と比べても遜色がなく、ただの不良の大会ではなく、鯉が滝を登って竜になる登竜門であり、誇りをもてる場所」となった。

ボクシングやキックボクシング、または空手の試合をさんざん見てみた僕にとっては、やはり注目するのはディフェンスだ。「戦う弁護士」こと堀鉄平を破った佐野哲也や、ランボルギーニ・ヨシノリなどの防御力は目を見張った。

ルールを解説すれば、1ラウンド3分間の2ラウンド、噛みつきや後ろからの殴打、チョーク攻撃、ひじ打ち、指つかみ、あるいはロープを掴んでの攻撃など。おおよそノックアウトかテクニカルノックアウト、または締め技によるギブアップで決着がつく。

残念ながら、ディファ有明の会場で大会が開催されることに、地元の自治会からは疑問符がついているようだ。理由は、タバコの投げ捨てや路上駐車、違法駐車が多く、クレームが多数、入っているからだという。心ある人たちはぜひともそうした行為をやめてほしいと思う。また、会場での心ないヤジも興ざめだ。具体的には書かないが、必死に戦う選手への暴言はやめていただきたい。

試合終了後の記念ショット

◆格闘技イベントの運営資金調達は「クラウドファイティング」へ向かうか?

前田日明氏は大会のパンフレットにこう書いている。

『今年、「THE OUTSIDER」は大きな岐路に立たされている。一昨年の大阪で起きた事件をきっかけに、コンプライアンス上の問題でスポンサーの撤退が相次ぎ、会場使用が困難になるという問題が発生しているのだ。THE OUTSIDERはアマチュアの大会ながらプロと同じ演出・設営をすることに意義がある。そのため他のアマチュアの大会と比べて、どうしても運営費が必要になる。当初、東京と大阪で交互に大会を行って年間12大会、そのチケット売り上げと協賛金を中心にイベントや事務局を運営していく計画を立てていたのだが、大阪での事件を機にそれが難しい状況になった。これからTHE OUTSIDERを応援していただける企業を一つでも増やしていかなくてはならない。』

今、格闘技はニコニコ動画やUストリームなどでも配信でき、女子プロレスなどは、そちらから収益が出るビジネスモデルが立ち上がっている。もはやチケット代で収益を組み立てるのは古いのだ。この大会もそうした「クラウドファイティング」の方向に向かっていくだろう。

試合後の総評で、前田氏がこう語る。

――来年度4月から今後の展望は?

「今アプリでね、アウトサイダーアプリってやっていつでも昔のやつみれるとか、そういうふうに移行するのか考えてますね。いずれにしても今までの運営の仕方自体が、結構あれあれあれっていうところで追いかけられるような形でやってたんで、一回腰据えて色んなもんが誤差になるので、ピンチといえばピンチに見えるかもですが、新たに今のiPhoneのアプリだとか、動画配信も参入するとか、考えながら、スポンサーがなんだって色んな事あって、自分知らなかったんですけどネットに事業計画を出して一般の出資を募って一口いくらで、そんなんでなんかうん千万稼ぐ人もいるとか。そういうのもあるんだっていうね。クラウド?クラウドファンディング。クラウドファンディングでやってもいいんですよ、その中でアウトサイダーやってもいいし。いろんな方法で、なんか昔ながらのスポンサー集めるっていうか、更生事業なんでその名目でスポンサー集めてかかるお金をチケットの収入で回していきながらどうのこうのという時代ではないんでしょうね。ちょっとね、色々考えますよ」(『THE OUTSIDER』ホームページより)

ひとつだけ苦言を。『THE OUTSIDER』で楽勝だとしてもプロのリングはそう甘くない。ここで勝ってきた選手がプロのリングで苦戦しているのもまた現実だ。

ぜひとも、選手たちにはレベルアップをめざし、ひたすらに鍛錬していただきたいものだ。つけ加えると、ラウンドガールのレベルはかなり高い。これもまた、興奮ものだと、お伝えしておこう。

20試合以降の試合結果はhttp://battle-news.com/?p=6916の通り。
次回の大会「THE OUTSIDER 第35戦」は、5月17日、ディファ有明で15時開催予定。詳細はリングス公式サイトにて。

[youtube]The Outsider Promotion
[facbook]株式会社リングス

(伊東北斗)

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売り子に視界を遮られ、肝心なプレイを見逃す東京ドームのキャバクラ化

プロ野球が開幕した。3月28日、14時開始のプロ野球「巨人―横浜DeNA」 戦を、東京ドームの「内野アルプス」席で初めて見た。かなり急角度に作られた観客席は、まさに登山している途中のような席だ。3塁側だったが、内野を見下ろす感覚で、文字通り「下界で野球をやっているなあ」という感覚だ。ただし、球場全体が見渡せて、ひじょうに気持ちがいい。

東京ドーム「内野アルプス」席は球場全体が見渡せて、気持ちがいいのだが……

それにしても腹がたつのが、ビールやソフトドリンクの売り子たちが目の前の通路を横切ると、プレイが瞬間的にせよ、見れなくなる点だ。横切られると、選手たちが視界に入らなくなる。

カウントしていたが、平均すれば30秒に一度「ビールいかがでしょうか」「ワインクーラーいかがでしょうか」「アイスのモナカはいかがでしょうか」とやられる。

もちろん、ドーム球場の売り子たちは雑誌でグラビアが組まれるほどかわいいコぞろいで、とくにビールの売り子は、ほかのドリンクを売る子とは明らかに質がちがう。かわいいコ選抜で「芸能界への登竜門」とも言われる。まあ実際は大学生や専門学校生など18~22歳がほとんどだ。

売り子たちは確かにかわいいコぞろいだが……
売り子たちは確かにかわいいコぞろいだが……

◆スタンドはまるで売り子と会話をするキャバクラ

試合は、開幕第2戦で、私がお気に入りの横浜DeNAの山口俊投手が投げているというのに、売り子のせいで何度もボールを見失った。「抑え」で挫折し、「先発」へと再転向した苦労人の山口のボールは150KM近いスピードに乗り、凝視しないと玉筋がわからない。それなのに、売り子のせいでしばしばボールを見失う。

スタンドは、まるで売り子と会話をするキャバクラのごとく
スタンドは、まるで売り子と会話をするキャバクラのごとく

頭に来ることに、このスタンドは、まるで売り子と会話をするキャバクラのごとくなっていて、「大学生? 何曜日に来ているの? 今日は何時まで?」とお気に入りのギャルからしか買わない客もいるから「おまえら、何しに来ているのか」と問い詰めたくなる。

7回裏をすぎて、私はついに頭にきてスタッフに「おい、プレイ中はせめてビールの売り子に通路を通るのをやめさせろ」と怒鳴っていた。売り子のせいでロペスのホームランを見失ったのだ。もっと言えば、巨人の阿部のフェンス直撃の二累打も見逃した。

「えーと、売り子にはなるべく通路で立ち止まらないようにと指導しているのですが」とスタッフは弁解する。

もちろん、球場で酒を飲むなとは言わない。かわいい売り子を目当てに球場に来ているというのも、男としてわからなくはない。神宮球場では、「美しすぎるビールの売り子」としてアイドル顔負けに人気を集める子もいた。だが、「ボールの動きが追跡できない」という観戦環境は、もはや論外だ。

ひるがえって、先日、後楽園ホールで観たボクシングでは、視界に運営スタッフが入ってきたので「リングが見えないからどいてくれないか」と申し入れると、すぐにしゃがんでくれた。

「興業でのサービス」とは何だろう。かわいいコを集めて、これでもか、これでもかとドリンクを売りつけていくことだろうか。ちなみにハイボールが800円だったが、これも値段の根拠がわからない。もしも球場に足を運んでほしいなら、500円で売るべきである。ちなみにコーラは260円だ。

◆打線陣に30億円を浪費する金満野球の巨人にあきれてファンをやめた

さて、ドームの試合は巨人のポレダ投手が打ち込まれ、巨人が大負けした。私は、かつて巨人を応援していたが、もはや昨年から応援していない。金満野球にあきれたのだ。

今年のメンバーを見ても、ここ4年ほどと変わっていない。阿部が捕手からファーストに転向し、いまだに高橋由伸、坂本、長野、亀井だ。くわえて、セカンドが弱点と分析するや、西武から片岡をとり、中日から井端を移籍させた。相変わらず金で勝利を買おうとしている怠慢な姿勢がみてとれる。

今、野球は「走る」というスタイルに戻りつつある。楽天のデーブ大久保監督は、「走る野球」を明確に打ち出している。走ることを忘れ、ひたすら長打を待つ巨人の野球がどう終戦を迎えるか楽しみにしたいところだ。

はっきりいって、打線で30億円も使って優勝できなければ恥知らずである。ちなみに西武ライオンズは10億円も使っていない。

◆球場の選手もスタッフも「プロ」と呼べる仕事をしてくれよ!

さて話をプロ野球観戦に戻す。久しぶりに球場に言ったが、鳴り物が少なくてホッとした。メジャーリーグでは、打球音を楽しむために、鳴り物などもってのほか。選手の応援歌を繰り返して歌うなど、 せっかくの「野球音」が聞こえずに台無しである。

こうしてみると、自分は野球よりも、本場アメリカの「ベースボール」のほうが好みだということに気がつく。なによりもボールが動くスピードが段違いだし、選手の配置も戦略も理論だっている。ファンだって野球を知っているし、選手をリスペクトしていてブーイングはするものの、個人攻撃的なヤジはしない。

あいかわらず、日本の優秀な選手は海外へと流れているが、「どうして日本のプロ野球に残ってもらえないか」をNPBのみならず、すべての野球関係者は考えてみるべきであろう。

「野球をチームでなく、注目の選手で追跡する」タイプの私は、今年は日本ハムの大谷や、メジャーリーグから帰ってきた「ストライクしか投げない男」黒田や、実はまだ現役を続けている、今後、5年で日本でただひとり200勝を達成しそうな西武の西口、はたまたソフトバンクからヤクルトに移籍した成瀬などに注目している。

果たして、球場のスタッフも選手も「プロ」と呼べる仕事をぜひ見せていただきたくない。少なくとも私たちは、決して安くないチケットを購入して観戦に行くのだから。

▼ハイセーヤスダ(編集者&ライター)
テレビ製作会社、編集プロダクション、出版社勤務を経て、現在に至る。週刊誌のデータマン、コンテンツ制作、著述業、落語の原作、官能小説、AV寸評、広告製作とマルチに活躍。座右の銘は「思いたったが吉日」。格闘技通信ブログ「拳論!」の管理人。

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出版界に春は来たらず──老舗文学賞も予算削減で軒並み廃止の「冬」続く

3月18日、午後5時半から光文文化財団が主宰する『第18回「日本ミステリー文学大賞・特別賞・新人賞」「鶴屋南北戯曲賞」贈呈式が東京・日比谷の帝国ホテルで開催された。この式典は、あいかわらず豪華で、作家、文芸評論家、編集者、装丁家、デザイナーや文芸雑誌関係者ら400人近くが会場に訪れた。

今年の日本ミステリー文学大賞に選ばれた船戸与一氏の歴史巨編『満州国演義』(新潮社全9巻)。執筆には10年の歳月を要し、第1巻『風の払暁』(2007年4月刊)に始まり、ついに今年2月刊行された第9巻『残夢の骸』(2015年2月刊)で完結

『日本ミステリー文学大賞』に輝いたのは、さまざまな外国に出かけ、辺境や少数民族、そして常に虐げられる弱者を力強い筆致で描く船戸与一氏、『日本ミステリー文学大賞特別賞』には2013年10月に急逝した連城三紀彦氏、『日本ミステリー文学大賞新人賞』には、『十二月八日の幻影』を書いた直原冬明氏が、そして優れた戯曲に送られる「鶴屋南北戯曲賞」には『跡跡』を書いた桑原裕子氏が選ばれた。どちらかといえばこの賞は、「大賞」は功労に対して贈られ、「新人大賞」には可能性に対して贈られる。大賞は佐野洋、笹沢佐保、森村誠一らの大御所が、新人賞は大石直紀や緒川怜など、後に活躍することになる新鋭が受賞してきた。

◆出版不況で軒並み廃止されていく文学賞

それぞれにめでたいことだが、このところの文学賞は出版不況のあおりを受けて「審査員を減らす」「下読みを減らす」「賞金を減らす」の三重苦時代に入っており、老舗の賞がつぎつぎと廃止されている。

たとえば、椋鳩十児童文学賞が2013年の第24回をもって廃止されることが決定、長い歴史があり、「角川三賞」と呼ばれた角川小説賞、日本ノンフィクション賞、野性時代新人文学賞も2010年に廃止となった。島清恋愛文学賞は2011年に廃止、黒川弘行を生んだサントリーミステリー大賞は、2003年にとっくに廃止されている。また、一説によると「大賞作品が売れなくなってきているので、江戸川乱歩賞も存続が危ぶまれている」(中堅作家)のだとか。

「日本ミステリー文学大賞」の受賞パーティの様子(帝国ホテル)

会場で配られた光文社の文芸雑誌「ジャーロ」春号をめくつていると『本格ミステリー新人発掘企画 「カッパ・ツー」!』の募集要項ページがあり、『応募するのに、ページの応募券が必要で、しかも先着20名しか応募を受け付けない』とある。

「これこそ、審査を最小の単位でやりたいという出版社の消極的態度の表れです。応募中が多ければ多いほど、秀逸な作品があるわけですから。まあ審査する出版側も金がないからでしょうね。下読みの人たちの人数も減らしているわけですが、人数は減っても読む応募作の分量は変わらないわけですからね」(日本推理作家協会員)

◆「作家を育てる」文学賞が「自費出版ビジネス」にシフトしかねない本末転倒

まずいな、と感じるのは、出版社たちの間で「文学賞にエントリーするのに手数料をとったらどうか」という議論がなされ始めた事実だ。その背景には、文学賞を(一義的には)募集しておいて落選者に対して「惜しい作品なので自費出版をしませんか」という『自費出版ビジネス』へとシフトしたい版元の意向が透けてみえる。

自費出版を批判したいわけではなく、文学賞が「作家を育てる」という観点から、「応募者の純粋な執筆欲を利益に変換する」ことにシフトしていくなら、もはや本末転倒である。

「作家を育てることができる編集者が減っている。作家を育てるはずの私塾は、森村誠一氏が主宰の『山村正夫記念小説講座』(略称 山村教室)やおびただしい数の作家を輩出している『若桜木虔小説教室』などが気を吐いているが、ほとんどの小説講座は金儲けのためにやっているだけで、育てようなどという気はさらさらない。はっきりいって文学というか小説は、もはや死んだも同然だね」(文芸雑誌編集者)

「賞には届かない」が、将来にブレイクしそうで、叩けば伸びる才能がある小説家を見つけたときの編集者の対応はこうだ。

まず、「次は賞がとれるように根回しするから」と言われて、小遣いを作家志望者に渡して抱え込み、個人的に「ほかでは書かないようにアドバイス」を重ねる。それで賞がとれないと「ごめん。でも次はきっと根回しをするから」と再び志望者を丸め込んで、ひたすら書かせていく。厚顔無恥とはこのことだ。
「そんなに抱え込みたいなら、毎月の生活費を払え、と言いたいですね」(中堅作家)

不景気なわりに、大手の作家の抱え込みかたはもはや尋常ではない。講談社は、大御所作家の宮部みゆきや京極夏彦などの人気作家に、毎年1月に「とりあえず、今年もよろしくという意味で(書くか書かないかわからないのに)前金を2000万円振り込みます」(事情通)という都市伝説がはびこるほど。

まあ、それは話として眉唾だが、銀座に行くと、いまだに大御所作家と編集者が数十万円を落としていった話をよく聞く。

先月も「文藝春秋ご用達の作家が300万円も銀座で落とした」と聞いた。文芸の編集者たちなど、まったくもって、金の使い道がわかっていない連中なのだ。

◆新たなプラットフォーム「E☆エブリスタ」の可能性

しかし希望もある。スマホ小説サイト「E☆エブリスタ」なるプラットフォームの登場だ。これは、携帯やスマートフォンから投稿できる新しいタイプの読み物だ。ここから「王様ゲーム」(金沢伸明)や「奴隷区」(岡田伸一)などのヒット作品が生まれた。また、文学賞を投稿する際「投稿フォームは、E☆エブリスタの形式で」などと応募要項が明記されている。

時代は大きくうねりあげて変わりつつある。もはや文学賞という概念は古いのかもしれない。その証拠に文学賞なんかとれなくても、「本屋大賞」をとった小説は「海賊と呼ばれた男」(百田尚樹)や、「村上海賊の娘」(和田竜)などはバカ売れしたし、「奴隷区」などは口込みで爆発的に広がったのだ。

いずれにせよ、文学賞はもう「権威」ではない。ただ、「商売の道具」ではなく、「レガシー」として残ることを願う。

▼ハイセーヤスダ(編集者&ライター)
テレビ製作会社、編集プロダクション、出版社勤務を経て、現在に至る。週刊誌のデータマン、コンテンツ制作、著述業、落語の原作、官能小説、AV寸評、広告製作とマルチに活躍。座右の銘は「思いたったが吉日」。格闘技通信ブログ「拳論!」の管理人。

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『噂の眞相』から『紙の爆弾』へと連なる反権力とスキャンダリズムの現在

本コラムをお読みいただいている皆さんには言うまでもないことだが、鹿砦社は月刊誌『紙の爆弾』を発行している。『紙の爆弾』は創刊直後の2005年7月に名誉棄損の咎で松岡社長が逮捕されるという前代未聞の「言論弾圧」を乗り越えてこの4月で創刊10周年を迎えることになる。

◆2004年に休刊した『噂の眞相』と2005年に創刊した『紙の爆弾』

『紙の爆弾』が産声を上げる一年ほど前まで、やはり「タブーなきスキャンダりズム」を標榜する『噂の眞相』という月刊誌があった。「ウワシン」と愛読者から呼ばれた『噂の眞相』は政治経済から芸能、風俗までを扱う反権力・反権威雑誌としての立ち位置を確立し、広告収入に頼らずに20万部の購読者を持つ雑誌だった。

編集長は岡留安則氏で彼の個性が強く反映された『噂の眞相』は黒字経営だったが「2000年に廃刊」を宣言していた。だが岡留氏の美学の実践ともいうべき「2000年黒字廃刊」は検察の弾圧の前に実現を阻まれる。後の『紙の爆弾』弾圧に範を示すように、岡留編集長と同誌編集者が「和久俊三・西川りゅうじん」への名誉棄損の刑事被告人とされ、起訴、有罪が確定する(松岡社長のように逮捕はなかったが)。そのため『噂の眞相』の「休刊」は最高裁判決を待ち2004年にずれ込む。とはいえ、2004年時点でも20万部を売り上げる月刊誌は『文芸春秋』をおいて他にはなく、各界から惜しまれながらの「黒字休刊」となった。

◆『噂の眞相』岡留編集長が「読んで欲しくない」と封印した対談本

『闘論・スキャンダリズムの眞相』2001年鹿砦社

「ウワシン」を襲った「和久・西川」事件が争われている最中2001年9月に『闘論・スキャンダリズムの眞相』と題した岡留氏と松岡氏の対談本が鹿砦社から出版されている。これがとてつもなく面白い。

「反権力スキャンダル」雑誌の編集長を自認していたはずの岡留氏が同書「はじめに」で腰を抜かしている。

「『してやられた!』というのが、率直な感想である。表紙のキャッチコピーには『これが究極の闘争白書だ?』とあり、『これが最強のタッグだ?』と続く。前者はともかく後者は『エッ!』と絶句してしまった。かねてより鹿砦社の芸能界暴露本シリーズと『噂の真相』の反権力・反権威スキャンダリズム路線は似て非なるものと考えてきたし、ジャーナリズムの志や指向性にいては天と地ほどの差があると認識してきた。それが『最強のタッグ』などと言われるのは実に心外である」

この原稿のゲラを読んで松岡社長は「フフフ」とほくそ笑んだことだろう。4頁にわたる岡留氏の「はじめに」は次のように結ばれる。

「正直言ってこの本は裁判官や検察官には読んで欲しくない。個人的には完全に封印したい本である。『噂眞』読者にもなるべく読んで欲しくないし、口コミで宣伝することは一切やらず、くれぐれも自分ひとりの密かな蔵書としておさめて欲しい。筆者にとってはブランキスト・松岡利康に挑発されて本音本心を吐露した生涯一度のハズカシイ本だからである」

「読んで欲しくない」と絶叫する巻頭言など読んだ記憶がない。それほどに松岡社長の「岡留籠絡作戦」は完全に成功を収めていたというだ。

もっとも本書の中で岡留氏から繰り返し松岡社長の「イケイケ」振りに注意が促されたにもかかわらず、前述の通り『紙の爆弾』創刊直後に逮捕までされるという前代未聞の苦難に直面することになったのだから、岡留氏の「指導」は命中していたということにはなる。

さて、『噂の眞相』なきあと読者は放り出された形になった。読者として接する限り、創刊当初から『紙の爆弾』は『噂の眞相』の意思を引き継ぐ、という心意気が伺えた。が、正直実力的にはかなりの差があるように感じた。

◆惨憺たる時代の中で「タブーなきメディア」を貫くこと

それから10年余りが過ぎた。週刊誌の凋落ぶりは目を覆うばかりだ。ごくまれに政治家のスキャンダルをネタにすることはあってもそれに腰を据えて権力を撃とうという姿勢はない。固い姿勢を維持しているのは『週刊金曜日』くらいだろうか。月刊誌に至ってはもう右翼の宴会議事録か、ヒステリックな排外主義だけがモチーフの雑誌しかない。

『紙の爆弾」は検察による社長逮捕という弾圧を乗り越え、じわじわと実力を高めてきた。『噂の眞相』は次期検事総長確実と見られた「則貞衛」の首を飛ばしたり、元首相森喜朗の学生時代の売春防止法違反による逮捕を実質的に暴いたりと、華々しいスクープも数々モノにしてきた。

『紙の爆弾』には検察や国家権力に対する十分な反撃理由がある。販売部数はまだまだ『噂の眞相』には及ばないが読者層は確実に広がっている。当然だろう。だって読むに値する月刊誌がないのだ。それに販売部数以上に『紙の爆弾』の存在感が増してきていることには言及しておかなければならないだろう。

これまた、社長のキャラクターによるところであろうが、多彩な講師を招いての「西宮ゼミ」は毎回盛況ながら営業的には赤字のはずだ。イベントを後援したり、昨年にはコンサートを主催したり、地道ながら出版業にとどまらない活動に鹿砦社はウイングを広げている。

◆「石原慎太郎は必要悪」と漏らしてしまった岡留編集長の脇の甘さ

実はその際にぜひ「他山の石」として頂きたい岡留氏の脇の甘さを他ならぬ『闘論・スキャンダリズムの眞相』の中に発見した。第5章「御用文化人の仮面を剥ぐ」の中で岡留氏は以下のように発言している。

「青島幸男なんか、結局何もできなかった。石原慎太郎は嫌いなんだけど、慎太郎の手法はある種必要悪の部分もあると思う。あのくらいやんなきゃ官僚政治は変わらない。県議会、都議をうまく操るくらいしたたかにやらないとね」

この部分、岡留氏にしては珍しく取り返しのつかない過ちを犯している。

石原慎太郎が嫌い、まではよしとしても「慎太郎の手法はある種必要悪の部分もあると思う。あのくらいやんなきゃ官僚政治は変わらない。県議会、都議をうまく操るくらいしたたかにやらないとね」は今日的ファシズム土台作り猛進してきたファシスト=石原への賛意に他ならない。岡留氏にしてこのような初歩的な危機意識の欠如に陥れた「時代」を無視してはいけないのかもしれないが、まかり間違っても私は同意しない。「青島幸男なんか、何もしなかった」のは事実にしても悪政の限りを働いた石原に比べれば、何もしない青島の方が数倍ましだったと私は考える。今岡留氏に当該部分を見せて意見を聞けば彼は撤回するのではないだろうか(それとも沖縄で綺麗なねーちゃんに囲まれた暮らしが気に入り、「そんなことはどーでもいい」と一蹴されるか)。それほどの地雷源が言論の世界だということをこの「岡留の石原部分肯定発言」は雄弁に語っている。

10年ひと昔というが、『闘論・スキャンダリズムの眞相』を手にすると時代の速度が加速しているのではないかと感じるとともに、その間の読者諸氏個々の変化にも思いが至ることだろう。今日の言論の惨憺たる状況を理解する「教養書」としても是非ご一読をお勧めする。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎恣意的に「危機」を煽る日本政府のご都合主義は在特会とよく似ている
◎橋下の手下=中原徹大阪府教育長のパワハラ騒動から関西ファシズムを撃て!
◎「福島の叫び」を要とした百家争鳴を!『NO NUKES Voice』第3号発売!
◎秘密保護法紛いの就業規則改定で社員に「言論封殺」を強いる岩波書店の錯乱

4月7日発売の『紙の爆弾』は特別付録付きの創刊10周年号!
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関西大で小出裕章、浅野健一、松岡利康らによる特別講義が今春開講!

4月、まもなく関西大学で「事件」が起こる。「事件」といってもキナ臭かったり、危険なものではない。この時代に大学が失いかけている存在理由を根本から問う劇的に素晴らしい「事件」が起こるのだ。

科目の名は『人間の尊厳のために』で春学期に15回行われる。「グローバル」だの「キャリア形成」だの薄っぺらいことばが大手を振るう大学界で、この講義名を目にしただけで胸が熱くなる。『尊厳』という言葉からはドイツ憲法における以下の文言が想起される。

ドイツ基本法(憲法)の第1条 [人間の尊厳、基本権による国家権力の拘束]として、
(1)人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、および保護することは、すべての国家権力の義務である。

日本国憲法も前文は素晴らしいがドイツ基本法(憲法)は第1条で人間の『尊厳』に言及している。あらゆる場面で人間の『尊厳』など忘れ去られているかの日本においてこの科目名はとりわけ異彩を放つ。

◆脱原発、犯罪報道、タブーなきメディア──衝撃の講師陣が「尊厳」を論じる

京都大学原子炉実験所助教を定年退職されたばかりの小出裕章氏がこの4月から関西大学の教壇に立つ

さらに同講義のシラバスをご覧いただければ読者も腰を抜かすであろう。

科目名 「人間の尊厳のために」
担当者名 新谷英治/浅野健一/松岡利康/小出裕章
授業概要 戦争や被曝、不当な報道などによって多くの人々が人間としての尊厳を踏みにじられ苦しんでいることは厳然とした事実でありながら必ずしも社会全体に正しく知られていません。失礼ながら大学生などの若い世代の皆さんはとりわけ認識が薄く、ほとんど問題意識を持っていないかに見えます。本講義は、深刻重大でありながら(あるいは、それゆえに)隠されがちな社会の問題を、現在第一線で活躍するジャーナリストや出版人、科学者の目で抉り出し、学生の皆さんに自らの問題として考えてもらうことを目指しており、皆さんの社会観、世界観を大いに揺さぶろうとするものです。

到達目標 人間の尊厳が踏みにじられている現状を正しく認識し、現実を踏まえつつ実効ある解決策を考えようとする姿勢を身につけることです。

関西大学文学部の新谷英治教授がコーディネーターとなり、元共同通信記者で『犯罪報道の犯罪』の著者である同志社大学大学院社会学研究科博士課程教授(京都地裁で地位確認係争中)浅野健一氏

浅野健一=同志社大学大学院社会学研究科博士課程教授は現在も京都地裁で地位確認係争中

そして驚くまいか鹿砦社社長松岡利康の名が!さらに3月で京都大学原子炉実験所を定年退職された小出裕章氏も教壇に立つ。このような「神業」に近い講義を開講する関西大学の慧眼と叡智は全国の大学が学ぶべきものだ。

「事件」という表現を使った意味がお分かりいただけるだろう。関西大学共通教養科目の中のチャレンジ科目として開講されるこの講義には『哲学』の香りがする。そして生身の人間の迫力が講義内容紹介の文章からだけからでも感じられる。吹田、千里山の春にアカデミックな風が薫ることだろう。受講学生は「覚醒」するに違いない。

 

 

関西大講師として松岡利康=鹿砦社社長も教壇に立つ!

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎不良と愛国──中曽根康弘さえ否定する三原じゅん子の「八紘一宇」
◎秘密保護法紛いの就業規則改定で社員に「言論封殺」を強いる岩波書店の錯乱
◎就職難の弁護士を貸付金強要で飼い殺すボス弁事務所「悪のからくり」
◎粗悪な食文化の伝道企業=マクドナルドの衰退は「自然の理」
◎防衛省に公式見解を聞いてみた──「自衛隊は『軍隊』ではありません」

内田樹×鈴木邦男『慨世(がいせい)の遠吠え 強い国になりたい症候群』大好評発売中!

 

就職難の弁護士を貸付金強要で飼い殺すボス弁事務所「悪のからくり」

以前、本コラムで「ロースクール」の惨状 について言及したが、法曹の現場では司法改革に端を発する深刻な「事件」が既に起こっている。

新司法試験導入以降、合格者は激増し、昨年も約2000人が合格している。

裁判官、検事に就任するのはその中でも僅かであり、弁護士登録をする人がほとんどである。だから弁護士は毎年凄まじい勢いで増加している。日弁連によると、2000年時点で弁護士登録者は17,126名だったが、2014年には35,045名だ。15年間で倍増しているということだ。

◆人員過剰で就職もままならぬ弁護士たち

だからといって、日本が米国のような「訴訟社会」に急変したわけではないので、弁護士にとっては「仕事」を確保するのがますます困難を極める時代になっている。

特に、登録して日の浅い弁護士にとっては、まず「仕事」が見つけられる「所属事務所」に加わる(弁護士業界でも所属事務所探しを「就職活動」と呼ぶらしい)ところからスタートを切らなければならないが、前述の通り「人員過剰気味」の弁護士業界では「就職活動」自体もかなりの困難を伴うという。

◆基本給も交通費も支給せず弁護士に月12万円を貸し付ける「事務所内独立弁護士契約書」

「弁護士就職難」時代に付け込んで、「とんでもないやりくちを展開している悪徳事務所がある」と読者から情報提供があった。

大阪のP弁護士事務所(以後「P事務所」)は「ボス弁」と呼ばれる高齢弁護士(経営者)が実質的に取り仕切っているが、昨年までは20代から30代を中心に10余名の弁護士が所属していた。ところが現在P弁護士事務所所属の弁護士は5名に減っている。何故だろうか。

それを読み解くカギは、「ボス弁」Qと事務所所属の弁護士の間で交わされた「事務所内独立弁護士契約書」にある。弁護士事務所は一般の企業と異なり「雇用契約」を結ぶわけではない。弁護士は「個人事業主」との考えに基づいているため、「事務所内独立弁護士契約書」という名称になるのだそうだ。

P事務所所属弁護士には「基本給」はない。交通費も支給されない。社会保険も自分で加入しなければならない。そして事務所が受任した仕事を各弁護士に割り振り、そこから個々の弁護士が「着手金」や「成功報酬」を得る契約になっている。

だが、その割合は、「甲(ボス弁)は、乙(事務所所属弁護士)に対し、甲と乙の共同受任案件について、弁護料(着手金,報酬金)のうち原則30%を分配金として配分するものとし、その都度、具体的金額を合意する。」とされている。

50万円の事件を事務所で受けて所属弁護士が業務にあたっても、取り分は15万円にしかならない。勿論、事務所維持のためには固定費用(事務所賃貸料等)の他広告宣伝費用などもかかるだろうから事務所が幾ばくかを持っていくのは仕方ないにしても、固定給、交通費が一切支払われない中で受任事件の「3割」しか弁護士個人の収入にならないような体系で、果たしてP事務所に所属していて「生活」してゆくことが可能な収入を得ることが出来るであろうか。

出来はしない。だから10余名いた弁護士の半数以上がP弁護士事務所を去ったのだ。

◆貸付金は無利息だが返済条件はボス弁が勝手に決める

さらに、「事務所内独立弁護士契約書」内には驚くべき内容が含まれる。

「1 丙は乙に対し、平成00年0月から平成00年00月(契約書中00及び0は特定の月日が記入されている)末まで,毎月25日限り金12万円を貸付する。
2 前項の貸付金は無利息とし、その他の返済条件は丙が取り決める。」

「甲」、「乙」に続き新たに「丙」が登場する。ところが「甲」と「丙」は同一人物(ボス弁)である。実際には2者(ボス弁と個人弁護士)の間でしか交わされていないこの「契約書」にわざわざ同一人物を「甲」と「丙」に分けているあたりは法律の専門家として「犯罪逃れの」の意図があるのであろうか。

どちらにせよ仕事の有無や業績とは一切関係なく、「P事務所は所属弁護士に毎月12万円を一方的に貸し付ける」、「無利息だが返済条件はボス弁が勝手に決める」ということを臆面もなく書いている。

P弁護士事務所は名前の通り「弁護士事務所」であって「サラ金」や「街金」ではないはずだ。何故に弁護士事務所が所属弁護士に「無理矢理毎月貸付」を行うのか。行う必要があるのか。

P事務所の恐ろしさは「強引貸付」だけではない。「事務所内独立弁護士契約書」には「赤字貸付制度」も明文化されている。いわく、

「(赤字貸付金制度)1 前条の規定にかかわらず、乙は,甲の月次損益が赤字となったときには、月額金7万円(年額金84万円)を限度額として甲に対して赤字貸付金として貸付するものとし、赤字貸付金制度の適用の有無及びその具体的金額の算出を甲に委ねる。」

もう一度確認しよう。「甲」はボス弁で「乙」は所属する個人の弁護士だ。だから解り易く言い換えると、

「経営者が月次の赤字を出した時、所属弁護士は月額金7万円(年額金84万円)を限度額として(各弁護士の所得の如何にかかわらず)経営者に赤字分を貸さなければならない。その具体的な金額はボス弁が決める」

ということである。会社に例えれば「月次決算が赤字になった時はその赤字分を従業員の給与から会社へ自動的に天引き貸与させる」ということだ。

収入があろうがなかろうが、毎月12万円を貸し付けるわ、事務所の赤字が出れば「貸付」という名の「供出」を強要するわ、これは「カタギ」のすることではない。

◆弁護士がボス弁に騙されるのが悪いのか?

この情報提供者は「契約についての話をボス弁と交わした(面接)の際に「強引貸付」の話は一切出ず、いざ契約となったらこの文言が含まれていて驚いたが、仕事を確保しなければいけない事情もあり、仕方なく契約書にはサインした」と語っている。

読者の中には「弁護士さんなんだからそんな契約拒否すればいいのに」とお考えになる方もいるかもしれないが、現在の若手弁護士はそれくらい仕事にありつくにあたり弱い立場に置かれているという実情をこそご理解されるべきだろう。

P事務所の場合「騙された方が悪い」というのは間違いだ。相手の足元を見て「騙した奴」が悪なのだ。情報提供者以外にも少なくない若手弁護士がこのような「悪徳契約」を押し付けられ、仕事を得るために仕方なくサインはしたもののP事務所を去っている事実が何よりもこの悪行の本質を物語る。

弁護士は法律の専門家だけにその法知識を市民や正義の為に使ってくれる人は弱者の味方だが、逆もまた真なりで「ワル」はとことん「ワル」である。

◆このままでは「弁護士」という職への信頼自体が地に堕ちる

問題はこの手の詐欺師まがいの弁護士や弁護士事務所がP事務所に限った事ではないことだ。若手弁護士の将来を台無しにしようがお構いなし。「街金」でも驚くような悪徳経営事務所は増加の一途だ。

P事務所を取り仕切るQ弁護士(ボス弁)には正当な制裁が加えられるべきだが、呆れたことにP事務所は現在も懲りずに新人採用広告を出している。日弁連なり各地の弁護士会はこのような悪徳弁護士対策を急ぐべきではないか。そうでなければ「弁護士」という職への信頼自体が地に堕ちる。

▼田所敏夫(たどころ としお)
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◎防衛省に公式見解を聞いてみた──「自衛隊は『軍隊』ではありません」
◎粗悪な食文化の伝道企業=マクドナルドの衰退は「自然の理」

[お知らせ]月刊『紙の爆弾』創刊10周年記念の集いを4月7日東京で開催します!

防衛省に公式見解を聞いてみた──「自衛隊は『軍隊』ではありません」

暴走は止まらない。かつての政府見解も、閣議決定もこの男の前では意味がないようだ。ついに安倍は、自衛隊を「わが軍」と呼び本音を吐露した。

いつの間に「お前の軍隊になったのか」といった揶揄ではすますわけにはいかない。

◆防衛省に電話をかけて公式見解を聞いてみた

だから、当の「防衛省」に電話取材した(03-5366-3111)。

「自衛隊の法的位置づけについて教えていただきたいのですが」と代表番号に出た方に告げると、広報課に電話が回された。

「先日、国会で安倍首相が『わが軍』という表現で自衛隊を表現しましたが、防衛省のご見解はいかがでしょうか」

そう尋ねると至極全うな答えが返ってきた。

「憲法上最小限を超える実力を保持してはならない、という制約を政府から受けていますので自衛隊は『軍隊』ではありません」

と、電話応対してくださった方は語った。

私は、「国会で首相(自衛隊の最高指揮官)が『軍』という表現と意味を語ったことについてはどうお考えになりますか」と問うたが、「ここで個人的な意見を述べるのは差し控えさえていただきたい」との回答だった。担当者の氏名を聞いたが「申し訳ございません。お答えできません」との回答だった。

◆防衛省の回答と安倍「わが軍」発言の激しい齟齬

「わが軍」発言で私が確認したかったのは、防衛省の認識だけだ。安倍? あのドアホはどうでもいい(不幸にもこの国の最高権力者だから、本当はどうでもよくはないのだけれども)。

防衛省は明確に自衛隊が「軍隊」であることを否定した。安倍の暴言後、菅官房長官が「問題はない」といつも通りの「ボケ」をかましているけれども、防衛省の公式回答と安倍の発言の齟齬をどう説明するつもりだ。

急ぎ読者にご報告したく短文となったが、再度繰り返す。防衛省は自衛隊を「軍隊」と看做していないのに、安倍は自衛隊が「軍隊」であるかのように発言をした。

これは重大な行政知識不足と本人の思想が先行した暴言以外の何物でもない。
安倍は明日にでも防衛省に出向いて謝罪すべきである。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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◎福島原発事故忘れまじ──この国で続いている原子力「無法状態」下の日常
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[新刊]内田樹×鈴木邦男『慨世(がいせい)の遠吠え─強い国になりたい症候群』

 

《格闘技“裏”通信02》夢の一戦「パッキャオVSメイウェザー」実現の舞台裏

全てのプロスポーツの中でもっとも稼ぎの大きいメガファイトが実現する。

5月2日、プロボクシングのドリームマッチ、フロイド・メイウェザー(米国)対マニー・パッキャオ(フィリピン)がラスベガスで行われる。試合は両者が持つ合計3つのベルトが賭けられるWBA、WBC、WBO世界ウェルター級王座統一戦だ。発表記者会見は3月11日、ロサンゼルスで行なわれた。約700人のメディアが集まり、スポーツ専門局のESPNが生中継。47戦無敗の5階級制覇メイウェザーと、激闘が人気の6階級制覇パッキャオの試合は5年以上も前からファンの求めるドリームカードだった。

しかし、全米でスポーツ高額所得の上位にランクされる2人の対戦は、ギャラや条件の主張が行き違い、なかなか実現しないままだった。

「プロレスの猪木と馬場じゃないですが、このまま試合は実現しないままというのが大半の見方で、今年になって開催に動き出しても、多くの関係者が『どうせまた噂だろう』と疑心暗鬼だったほど」

そう語るのはボクシングの人気ブログ「拳論!」の執筆者で格闘技ジャーナリストでもある片岡亮氏。なぜそれが今になって実現したのか聞いてみた。

◆ボクシングのスーパーマッチ実現の条件はテレビ局とプロモーターの合意

「ボクシングのスーパーマッチはすべてに共通することですが、金と放送局が揃うのが条件でした。テレビ局とプロモーターが合意の上で選手サイドにどれだけ良い条件を示せるか。大きな金額を示せても、両選手が取り分を争って決着がつかないこともあります。今回は本人たちの意向を除くと、一番のネックがテレビ局で、両選手が2大ケーブル局『HBO』と『ショータイム』にそれぞれ契約があることでした。でも、それが同時放映という異例の決着になったんです。日本でいえばTBSとフジテレビが同じタイトルマッチを同時に中継するようなものです」(片岡氏)

ただ、この試合の実現が遅すぎたのではないかという声もある。

「本来は5年前に実現すべき話だったもの。パッキャオは最近、実力に陰りが見えてKO負けの失態もありました。メイウェザーも過去の高額ファイトマネーを更新するような魅力的相手が見当たらない状況で、試合内容も無難に逃げ切るようなものが目立ちます。期待感が薄れかけていて、互いにこのビッグファイトを高い価値で実現させるなら賞味期限切れギリギリの現在だったということでしょう」(同)

ボクシングファンにとっては待ちに待った一戦ではあるが、待ち焦がれただけに時期が遅かった感は拭えないわけだ。それでも世界最高峰の実力を持つ両者、どちらが勝つのかという議論は世界中で巻き起こっている。

片岡氏は「驚異のスピードとディフェンステクニックで相手にパンチを当てさせないメイウェザーを、アグレッシブなパッキャオが追う展開が予想される」と分析する。

「早くも海外の賭けサイトではオッズが出て、1.3-3.5でメイウェザー優勢となっています。これはメイウェザーが安全運転に徹するなら崩すのは容易ではないという見方でしょう。でも、本当にそのとおりになると試合内容に見せ場の少ない期待外れの内容で世紀の凡戦だとブーイングが集まる可能性もあります」(片岡氏)

◆収益は総額500億円以上──ボクシング史上最高セールスになるのは確実

この試合はボクシング史上最高のセールスを記録するともいわれている。テレビ中継の有料放送契約は、過去メイウェザーがオスカー・デラホーヤと対戦した240万件が最高だが「今回はそれを軽く上回るという予測がある」と片岡氏。

「約1万6千席が用意された観戦チケットは定価こそあるものの、大半は一般人の手に渡らずプレミアがついて最後列でも日本円で45万円というプラチナペーパー化。総額500億円以上の収益が見込まれています。両者のファイトマネーは総額250億円と伝えられるので、おおよそ半分を持っていく形になりますね。うちメイウェザーが6割を得ることで合意。両雄はボクシング界で最も稼ぐトップ2選手で、昨年のアスリート長者番付は1位がメイウェザーの1億500万ドル(約124億円)。これは2位のクリスティアーノ・ロナウド(サッカー)の8千万ドル(約94億円)を大きく上回り、パッキャオは11位で約4千万ドル(約47億円)でしたが当然、今年は2人が上位独占するでしょう。このビジネスが成功すれば、しばらくは業界全体が活気づく副産物も期待されます」

マイク・タイソン以来の盛り上がりを見せるだけに、たしかに45万円でチケットが返ると言われたら、思わず支払ってしまいそうだ。ただ、これだけのタイトルマッチを日本国内では地上波放送する動きは全くない。

このあたりテレビ関係者に聞くと「それはそうですよ。ただでさえボクシングは数字がとれないので、外国人同士ではなお期待はできない」という答えが返ってきた。

◆グローバルな視点が欠けすぎている日本のボクシング・カルチャー

プロボクシングは最近、大晦日の中継が恒例になるなど盛り上がっているように見えるのだが「あれは紅白に対抗するのに最低限の一定数が見込めるコンテンツとして重宝されているもので、15%以上を期待するものではない」という。

昨年末のボクシング中継は12月30日、金メダリスト村田諒太を筆頭とするフジテレビの中継が7~8%台。日テレのさんま御殿やTBSの日本レコード大賞に敗北した。かろうじてテレ東の海外旅番組を超えた程度だった。大晦日もTBSがバラエティ番組の枠内で放送も3~9%台で2ケタに届かず。喜んだのは5.6%でも過去最高というテレ東のみだ。

「ボクシングは試合が思惑通りに終わってくれないし、世紀の一戦と打ったのに、凡戦となる試合だって山のようにあってギャンブル性が高い」とテレビ関係者。

海外では「世紀の一戦」でも国内ではマイナースポーツ扱いのまま。一方で自国選手の試合なら、対戦相手に弱い相手を連れてきてもゴールデンタイムで流すのが日本。グローバルな視点がないことから「本物」のボクシングが日本の視聴者に届けられることはないのか。

(鈴木雅久)

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私が出会った「身近な名医」高木俊介医師は精神科在宅治療のパイオニア

「精神分裂病」という病名が存在していたことをご記憶だろうか。2002年以降医学界で使われることはなくなり、世間話でも使う人はほとんどいなくなった。現在は「統合失調症」という名称で呼ばれる精神疾患だが、この疾病の名称変更を実現したのは高木俊介医師の尽力によるものである。

高木医師には大学職員時代から大変お世話になってきたが、恥ずべきことに高木医師が「統合失調症」の名づけ親だと知ったのは大学を辞めてからであった。身近に偉人はいるものである。

◆「患者が安心できる」プロフェッショナルな対応に感服

私が最初に高木医師に出会ったのは、それこそ「統合失調症」の学生が手におえないほどの状態に陥り、親御さんもあまり学生の状態に熱心に向かい合ってくれなかったので、保健所の無料相談窓口を訪ねた時だった。相談窓口に高木医師がいた。

偶然にもその学生は自身で高木先生の診察を受けており、高木先生は穏やかな表情で「僕からすると統合失調症の患者さんは可愛いいんですわ。彼はこの間診察中に私の机をひっくり返しましてね。『今度やったら警察呼ぶぞ』って言ってやったら、シュンとしてました。甘えてるんですわ、私にはそのくらい許されるだろうと」と当該学生の病状について解りやすく説明していただいた。穏やかな語り口なのでだいぶ「高齢のベテラン先生か」と思ったが、実は当時まだ40歳前後だった。

医師はその専門にかかわらず、「患者が安心する」対応が求められる。とりわけ精神科医には「心の病気」を扱うプロとして「優しい対応」が期待される。学生や知人、また私自身が不調な際に数々の精神科医にお会いしたが、医師としての能力もさることながら、「患者に寄り添う」姿勢がない医師はなかなか安心して本音を話しにくいし治療も進まない。

◆医師は名声で判断してはいけない

知人に精神科医の世界では「知らない人がいない」と言われる「大御所」のお世話になった人間がいる。事情があり私も同行することになった。私も書籍などでその医師のことは知っていたので、「大御所」がどのように知人の治療に当たってくれるか、失礼ながら興味があった。

知人が自覚症状を話すと「鬱病ですね。一番気をつけなければいけないことは自殺です。この状態の患者さんはしばしば自殺を頭に描きます」と語られた。そんなものなのかと思い、帰路車の中で知人に聞いてみた「俺から見たらお前はだいぶ疲れているのは確かだけど、自殺考えたことあるか?」と聞くと「腹立ってるんだ。自分は鬱病だとは思う。でも今まで自殺なんて考えたこともないし、あんな言葉聴かされてかえって気分悪くなったわ」さらに「会計でいくら払わされたと思う?」と逆に私に聞くので「わからない5000円くらいか?」と言うと「『初診は自費だから』って2万円だよ。俺、鬱病って言われたよな。何で保険使えないんだろう。あの医者自分が偉いからって殿様商売してるんじゃないか」ということがあった。

患者から「殿様商売してるんじゃないか」と思われた時点で医師と患者の信頼関係が成立するはずがない。それでも以降数回、知人の通院に同行した。ある時、知人は「セカンドオピニオン」を別の医師に求め、その医師からも同様に「鬱病」と診察されたが「自殺」への言及はなく、実際の生活で心がけるとよいことを具体的にアドバイスをもらい、たいそう喜んでいた。

「セカンドオピニオン」をもらって心が楽になったことを知人は「大御所」に診察の際話した。すると「そうですか。それではこれからその先生にかかられるということですね、よくわかりました」と診断が終わってしまった。

「大御所」は「セカンドオピニオン」を自分より若輩の医師に求めた知人が気に入らなかったのだろうか。傍で見ていても理解に苦しむ「診察中止(拒否)」だった。

長々と体験談を紹介したが、「医師は名声で判断してはいけない」と身にしみて感じた事例をお伝えしたかったからである。

◆「ACT-K(アクトケー)」という途方もない志とエネルギー

そんな「大御所」と対極の人格と能力さらには熱意を備えた「名医」が高木医師だ(もっとも既に高木医師は精神科医の世界で充分「著名人」ではあるが)。診たては間違いないし、必ず患者本位で診察を進めておられる。

そんな高木医師はかねてより「長期入院型」の精神病治療に疑問を抱いておられた。精神病で入院すると世間から隔離され、長期間病院に閉じ込められる。それがかえって回復を困難にさせているのではないか。長期間病院に閉じ込められている精神病患者の治療を自宅で行おうと言う思いを高木医師は長年抱いておられた。その構想を実現した在宅医療プロジェクト「ACT-K(アクトケー)」を2004年から高木医師は始められている。京都新聞に2011年掲載された記事によると、高木医師はACT-Kについて以下のように語っておられる。

「ACT(Assertive Community Treatment=包括型地域生活支援プログラム)は重症の精神障害で、密接な支援がないと生活しにくい人に、自分が住んでいる場所でそのまま暮らしてもらうための援助です。精神科医、看護師、介護福祉士、作業療法士など医療と福祉のいろいろな職種の人が生活の場に出かけていくのが特徴で、夜間休日を含め365日24時間ケアできる態勢をとります。1970年代にアメリカで始まり、日本では2003年に公文書に登場しました。これを京都でやっているからアクトKと名づけ、主として統合失調症の人を対象にしています。」

日本で初めての「重度統合失調症患者の在宅医療」の試みだ。そして同様の在宅型ケアープログラムの展開を模索し、各方面から注目されている。構想することは簡単だが、実現にはかなりの困難が予想されたが、同じ記事の中で、

「常勤15人で非常勤と学生ボランティアを合わせ、実際に援助に当たるのは20人近くなります。自宅を訪問して買い物など日常的な生活の手伝いやレクリエーションなど、多くの専門職が連携して必要な医療と福祉のすべてを担います。統合失調症の利用者は120人。認知症の人なども一部診ており全部で150人です」(2011年当時)

「診てほしいという要望は患者や家族、福祉事務所などからありますがスタッフ一人当たり10人が限界。住所も車で30分の範囲に限っています。緻密な支援ができないとアクトの特徴がなくなるので、やむを得ず待ってもらっています」

24時間356日のケアーが可能なのかとの質問に、

「不適切なケアで患者が錯乱した状態をイメージするから難しくみえるのでしょうね。実際には昼のケアが十分なら突然悪くなることはありません。精神障害の患者にとって大切なのは▽安心できること▽自由があること▽人との絆があること。アクトKでは電話を24時間受けられる態勢をとり、担当の患者でなくてもケアできるようにスタッフ間で情報交換を図っています」

と語っておられる。語るは簡単だがこれは途方もない「志」とエネルギーがなければ為しえない総合ケアーに違いない。

高木医師は著書に「ACT―Kの挑戦」(批評社)、「こころの医療宅配便」(文藝春秋)、「精神医療の光と影」(日本評論社)等がある。

名医だ!と賞賛しておきながら恐縮だが、現在、高木先生は大変にご多忙で、診察を受けようと希望される方は京都のあるクリニックに足を運ぶしかない。そこで水曜日の午前中だけ外来患者の診察を担当されている。検索エンジン等でお調べ頂ければ当該クリニックはお調べいただけるだろうが、何分限られた診察時間なのであえてここではクリニックの名前は伏せさせて頂くことをご了承いただきたい。

日頃、政治や社会をボロクソに罵倒している私が特定個人を賞賛するのは薄気味悪く感じられる読者もおられようが、高木医師は志の高い精神科在宅治療のパイオニアであると同時に「患者を安心させる」優れた医師としての能力と人格を備えた方だ。

口先だけ穏やかで、老人相手に不要なX線撮影や、検査でぼろ儲けするような開業医(実名を挙げたいが、まだ我慢しておこう)が蔓延るが、医師の皆さんには患者本位での治療を切にお願いしたいものだ。その際のお手本として高木医師を紹介しておく。

[動画]ACT-K 精神疾患 訪問型サービス

▼田所敏夫(たどころ としお)

兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎病院経営の闇──検査や注射の回数が多い開業医は「やぶ医者」と疑え!

◎イオン蔓延で「資本の寡占」──それで暮らしは豊かで便利になったのか?

◎粗悪な食文化の伝道企業=マクドナルドの衰退は「自然の理」

◎2015年日本の現実──日本に戦争がやってくる