「押し紙」は、新聞業界が半世紀にわたって隠し続けてきた汚点である。しかし、すべての新聞社が「押し紙」政策を経営の柱に据えてきたわけではない。例外もある。この点を把握しなければ、日本の新聞業界の実態を客観的に把握したことにはならない。

かねてからわたしは、熊本日日新聞は「押し紙」政策を採用していないと聞いてきた。1972年代に「押し紙」政策を廃止して、「自由増減」制度を導入した。「自由増減」とは、新聞販売店が自由に新聞の注文部数を増減することを認める制度である。

社会通念からすれば、これは当たり前の制度だが、大半の新聞社は販売店に対して現在も「自由増減」を認めていない。新聞社が注文部数の増減管理をしている。「メーカー」が「小売店」の注文数量を決めることは、常識ではあり得ないが、新聞業界ではそれがまかり通って来たのである。

熊本日日新聞社が「押し紙」制度を導入していないという話は真実なのか? わたしはそれを検証することにした。

◆マーカーが示す熊日と読売の著しいコントラスト

次に示す表は、熊本市の各自治体(厳密には自治体にある新聞販売店)に熊本日日新聞社が搬入した新聞の部数の変化を、時系列に入力したものである。出典は、日本ABC協会が年2回(4月と10月)に発行する『新聞発行社レポート』に掲載する区・市・郡別のABC部数である。新聞社ごとのABC部数が表示されている。

熊本日日新聞社が熊本市の各自治体(厳密には自治体にある新聞販売店)に搬入した新聞部数の推移

この表から、ABC部数が微妙に変化していることが確認できる。新聞販売店が毎月、注文部数を自由に増減していることが読み取れる。部数の「ロック」は一か所も確認できない。

これに対して、たとえば次の表はどうだろう。兵庫県を対象にした読売新聞のケースである。

兵庫県を対象にした読売新聞のABC部数

熊本日日新聞の表には、マーカーがなく真っ白なのに対して、読売新聞の表はいたるところにマーカーが表示されている。同じ数量の部数が年度をまたいでロックされている箇所が多数確認できる。地域単位で部数増減がコントロールされているのである。たとえば神戸市灘区における読売新聞のABC部数は、次のようになっている。

2017年04月 : 11,368
2017年10月 : 11,368
2018年04月 : 11,368
2018年10月 : 11,368
2019年04月 : 11,368

神戸市灘区に住む読売新聞の購読者が2年半に渡って1人の増減もないのは不自然だ。普通は月単位で変化する。つまり購読者数の増減とは無関係に、部数をロックしているのである。その原因が新聞社にあるのか、販売店にあるのかはここでは言及しないが、いずれにしても正常な商取引ではない。購読者が減少すれば、それに相応する部数が残紙になっていることを意味する。

本稿で示した熊本日日新聞と読売新聞の表を、「腫瘍マーカー」にたとえると、熊本日日新聞は、「健康体」と診断できるが、読売新聞は公正取引委員会や裁判所による緊急の「精密検査」を要する。科学的に「病因」を探る必要がある。他の中央紙についても、読売と同じことがいえる。何者かが地域単位で部数増減をコントロールすることが制度として定着している可能性が高い。

【参考記事】新しい方法論で「押し紙」問題を解析、兵庫県をモデルとしたABC部数の解析、朝日・読売など全6紙、地区単位の部数増減管理が多地区で、独禁法違反の疑惑 http://www.kokusyo.jp/oshigami/16859/

◆「押し紙」廃止で業績が向上

熊本日日新聞が「押し紙」政策を廃止したのは、『熊日50年史』によると、1972年10月である。今からちょうど50年前である。当時の森茂販売部長が信濃毎日新聞の販売政策に触発されて、「押し紙」、あるいは「積み紙」の廃止を宣言した。社内には反対の意見も強かったそうだが、森販売部長は改革を進めた。その結果、店主の士気があがり、熊本日日新聞の部数は急増した。

「予備紙」として販売店が確保する残紙の部数も、搬入部数の1.5%とした。このルースは現在でも遵守されている。それが前出の表で確認できる。

熊本日日新聞社の販売改革は高い評価を受け、同社は1983年に新聞協会賞(経営・営業部門)を受けている。受賞理由は、「新聞販売店経営の近大化-新しい流通システムへの挑戦」である。

◆独禁法の新聞特殊指定が定義する「押し紙」とは?

ところで残紙(「押し紙」、「積み紙」)が独禁法の新聞特殊指定に抵触する可能性はないのだろうか。この点について考える場合、まず最初に新聞特殊指定が定義する「押し紙」とは、何かを正確に把握する必要がある。

幸いにして、江上武幸弁護士ら「押し紙弁護団」が、新聞特殊指定でいう「押し紙」の3類型を整理し、提示している。次の3つである。

1,販売業者が注文した部数を超えて供給する行為(注文部数超過行為)

2,販売業者からの減紙の申し出に応じない行為(減紙拒否行為)

3,販売業者に自己の指示する部数を注文させる行為(注文部数指示行為)

「1」から「3」の行為は、いずれも「注文部数」の増減コントロールに連動している。従って新聞特殊指定でいう「注文部数」とは何かを定義する必要がある。これに関して、江上弁護士らは、新聞特殊指定(1955年告示・1964年告示・1999年告示)に次の定義が記されていることを明らかにしている。

「新聞販売業者が実際に販売している部数に正常な商慣習に照らして適当と認められる予備紙等を加えた部数」

つまり実配部数に若干の予備紙を加えた部数を超える残紙は、すべて「押し紙」ということになる。「押し売り」の事実があったか否かは枝葉末節の問題なのである。健全な販売店経営に不要な部数は、理由のいかんを問わず原則的に「押し紙」なのである。

かつて新聞業界は業界の内部ルールで予備紙の割合を2%と定めていた。しかし、この内部ルールを1999年ごろに撤廃して、残紙はすべて「予備紙」に該当するという詭弁を公言するようになった。たとえば搬入部数の50%が残紙になっていても、この50%は販売店が注文した「予備紙」だと主張してきたのである。

しかし、「予備紙」の大半は古紙回収業者の手で回収されており、「予備紙」としての実態はない。

従来、「押し紙」とは、新聞社が販売店に対して「押し売り」した新聞であると定義されていた。わたしもそのような説明をしてきた。しかし、この説明は新聞特殊指定に即して厳密な意味で言えば間違っているのである。実配部数に「予備紙」加えた残紙は、すべて「押し紙」なのである。

地区単位の部数増減コントロールは独禁法違反ではないか? 公正取引委員会は中央紙に対して調査すべきではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
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黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

今回の記事は、兵庫県全域を対象として新聞のABC部数の欺瞞(ぎまん)を考えるシリーズの3回目である。ABC部数の中に残紙(広義の「押し紙」、あるいは「積み紙」)が含まれているために、新聞研究者が新聞業界の実態を分析したり、広告主がPR戦略を練る上で、客観的なデーターとしての使用価値がまったくないことなどを紹介してきた。連載の1回目では朝日新聞と読売新聞を、2回目では毎日新聞と産経新聞を対象に、こうした側面を検証した。

今回は、日経新聞と神戸新聞を対象にABC部数を検証する。テーマは、経済紙や地方紙のABC部数にも残紙は含まれているのだろうかという点である。それを確認した上で新聞部数のロック現象の本質を考える。結論を先に言えば、それは新聞社の販売政策なのである。あるいは新聞のビジネスモデル。

日経新聞と神戸新聞のABC部数変化を示す表を紹介する前に、筆者は読者に対して、必ず次の「注意」に目を通すようにお願いしたい。表の見方を正しく理解することがその目的だ。

【注意】この連載で紹介してきた表は、ABC部数を掲載している『新聞発行社レポート』の数字を、そのまま表に移したものではない。『新聞発行社レポート』の表をエクセルにしたものではない。数字を並べる順序を変えたのが大きな特徴だ。これは筆者が考えたABC部数の新しい解析方法にほかならない。

『新聞発行社レポート』は、年に2回、4月と10月に区市郡別のABC部数を、新聞社別に公表する。しかし、これでは時系列の部数変化をひとつの表で確認することができない。時系列の部数増減を確認するためには、『新聞発行社レポート』の号をまたいでデータを時系列に並べ変える必要がある。それにより特定の自治体における、新聞各社のABC部数がロックされているか否か、ロックされているとすれば、その具体的な中身はどうなっているのかを確認できる。同一の新聞社におけるABC部数の変化を長期に渡って追跡したのが表の特徴だ。

◆日経新聞のABC部数変化(2017年~2021年)

2017年4月から2021年10月までの期間における日本経済新聞のABC部数

部数のロックは経済紙の日経新聞でも確認できる。たとえば神戸市兵庫区では、2018年4月から2020年4月までの2年半の間、部数の増減は1部も確認できない。2年半にわたり部数がロックされていた。兵庫区の日経新聞の購読者数が2年半のあいだ1部たりとも増減しないことなどは、正常な商取引の下ではまずありえない。新聞社サイドが販売店に対して「注文部数」を指示していた可能性が極めて高い。

◆神戸新聞のABC部数変化(2017年~2021年)

2017年4月から2021年10月までの期間における神戸新聞のABC部数

表が示すように、地方紙である神戸新聞でもロック現象が確認できる。たとえば赤穂市では、2017年から2020年までの3年半に渡りABC部数が6222部でロックされている。赤穂市における日経新聞の読者数に1部の増減も生じないことなどまずあり得ない。新聞社が販売店に対して新聞部数のノルマを課している可能性が極めて高いのである。

ただ、ロックの規模は読売新聞や朝日新聞ほど極端ではない。これら2紙の部数表では、いたるところにロックを表示するマーカーが付いたが、神戸新聞の場合は、マーカーが付いていない自治体のほうが多い。これは他の地方紙でも観察できる傾向である。地方紙にも残紙はあるが、中央紙に比べるとその規模は小さい。

たとえば販売店が勝訴した佐賀新聞の「押し紙」裁判(2020年5月判決)では、おおむね10%から20%が「押し紙」だった。この数字は、中央紙に比べるとはるかに少ない。

◎判決文の全文 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2020/05/saga_oshigami_sumi.pdf

◆新聞業界ぐるみの大問題

兵庫県全域を対象とした新聞のABC部数調査(朝日・読売・毎日・産経・日経・神戸)を通じて、新聞部数をロックする販売政策が新聞業界全体で行われていることが明白になった。もちろん熊本日日新聞のように注文部数を店主が自由に増減する制度を採用している社もあるが、それは例外である。部数をロックして、新聞を定数化(ノルマ化)する商慣行が構築されていると言っても過言ではない。その結果、大量の残紙が日本中の販売店に溢れているのである。

ちなみに、部数のロック行為は独禁法の新聞特殊指定に抵触する。新聞特殊指定の下では、「新聞の実配部数+予備紙」(「必要部数」)を超える部数は、理由のいかんを問わず原則として、すべて「押し紙」と定義されている。部数のロックにより、「必要部数」を超えた新聞が販売店に搬入されることになるわけだから、新聞特殊指定に抵触する。新聞社による「押し売り」の証拠があるかどうかは、枝葉末節なのである。

改めて言うまでもなく、残紙には予備紙としての実態がほとんどない。その大半が予備紙として使われないままトラックで回収されている。

残紙問題は新聞人の足元で展開している問題である。しかも、それが少なくとも半世紀は持続している。新聞人にその尋常ではない実態が見えないとすれば、知力とは何かというまた別の問題も浮上してくるのである。

◎黒薮哲哉 新聞衰退論を考える
公称部数の表示方向を変えるだけでビジネスモデルの裏面が見えてくる ABC部数検証・兵庫県〈1〉
新聞社が新聞の「注文部数」を決めている可能性、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈2〉
新聞人の知的能力に疑問、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈3〉

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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本稿は、兵庫県をモデルとした新聞のABC部数の実態を検証するシリーズの2回目である。1回目では、朝日新聞と読売新聞を取り上げた。これらの新聞のABC部数が、多くの自治体で複数年に渡って「増減ゼロ」になっている実態を紹介した。いわゆるABC部数のロック現象である。

※1回目の記事、朝日と読売のケース http://www.rokusaisha.com/wp/?p=41812

今回は、毎日新聞と産経新聞を取り上げる。朝日新聞や読売新聞で確認できた同じロック現象が、毎日新聞と産経新聞でも確認できるか否かを調査した。

【注意】なお、下記の2つの表は、ABC部数を掲載している『新聞発行社レポート』の数字を、そのまま表に入力したものではない。『新聞発行社レポート』は、年に2回、4月と10月に区市郡別のABC部数を、新聞社別に公表するのだが、時系列の部数変化をひとつの表で確認することはできない。時系列の部数増減を確認するためには、『新聞発行社レポート』の号をまたいでデータを時系列に並べ変える必要がある。それにより特定の自治体における、新聞各社のABC部数がロックされているか否かを確認できる。

次に示すのが、2017年4月から2021年10月までの期間における毎日新聞と産経新聞のABC部数である。着色した部分が、ロック現象である。ABC部数に1部の増減も確認できない自治体、そのABC部数、ロックの持続期間が確認できる。ロック現象は、「押し紙」(あるいは「積み紙」)の反映である可能性が高い。新聞の読者数が、長期間にわたりまったく変わらないことは、通常はあり得ないからだ。

2017年4月から2021年10月までの期間における毎日新聞のABC部数

2017年4月から2021年10月までの期間における産経新聞のABC部数

前回の連載で紹介した読売新聞ほど極端ではないにしろ、毎日新聞も産経新聞もABC部数がロックされた状態が頻繁に確認できる。ロックしたのが、新聞社なのか、それとも販売店なのかは議論の余地があるが、少なくともABC部数が新聞の実配部数(販売店が実際に配達している部数)を反映していない可能性が高い。従って広告主のPR戦略の指標にはなり得ない。

◆新聞のビジネスモデルは崩壊

新聞のビジネスモデルは、新聞の部数を水増しすることを核としている。それにより新聞社は、2つのメリットを得る。

まず、第1に新聞の販売収入を増やすことである。ABC部数は新聞社が販売店へ販売した部数であるから、搬入部数が多ければ多いほど、新聞社の販売収入も増える。逆説的に言えば、販売収入の減少を抑えるためには、販売店に搬入する新聞の部数をロックするだけでよい。

新聞社は最初に全体の発行部数を決め、それを基に予算編成することもできる。

第2のメリットは、ABC部数が増えれば、紙面広告の媒体価値が相対的に高くなることである。それゆえにABC部数をロックすることで、媒体価値の低下を抑えることができる。もっとも最近は、この原則が崩壊したとも言われているが、元々は紙面広告の媒体価値とABC部数を連動させる基本原則があった。

一方、ABC部数を維持することで販売店が得るメリットは、折込広告の収入が増えることである。販売店へ搬入される折込広告の枚数は、搬入部数(ABC部数)に連動させる基本原則があるので、たとえ搬入部数に残紙(「押し紙」、あるいは「積み紙」)が含まれていても、それとセットになった折込広告の収入を得ることができる。客観的にみれば、この収入は水増し収入ということになるが、販売店にとっては、残紙の負担を相殺するための貴重な収入になる。

もっとも最近は広告主が、折込広告の水増しを知っていて、自主的に折込広告の発注枚数をABC部数以下に設定する商慣行ができている。そのために従来の新聞のビジネスモデルは、崩壊している。残紙による損害を、折込広告の水増しで相殺できなくなっているのである。

◆コンビニの商取引と新聞販売店の商取引の違い

最近の「押し紙」裁判では、だれが新聞の「注文部数」を決めているのかが争点になっている。コンビニなど普通の商店では、商店主が商品の「注文部数」を決めるが、新聞の商取引では、新聞社が「注文部数」を決めていることが指摘されている。その結果、ABC部数のロック現象が顕著化しているとも言える。

これまで兵庫県をモデルケースとして朝日、読売、毎日、産経のABC部数検証を行った。その結果、部数のロックという共通点が明らかになった。

次回の3回目の連載では、日経新聞と神戸新聞に焦点を当ててみよう。経済紙や地方紙にも、ABC部数の「ロック」を柱とした販売政策が敷かれているのかどうかを検証したい。(つづく)

◎黒薮哲哉-新聞衰退論を考える ── 公称部数の表示方向を変えるだけでビジネスモデルの裏面が見えてくる ABC部数検証・兵庫県〈1〉

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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新聞販売店に放置された残紙(「押し紙」、あるいは「積み紙」)の写真がインターネットで拡散されるケースが増えてきた。店舗の内部や路上に、その日の残紙を積み上げた光景は、今や身近なものになってきた。「押し紙」で画像を検索すると、凄まじい残紙の写真が次から次へ画面に現れる。動画もアップされている。(文尾の動画参照)

が、新聞衰退を論じる学者やジャーナリストの多くは依然として、残紙問題を直視しない。なぜ、それが間違いなのだろうか? 本稿で考えてみたい。

 

ビニール包装されているのが残紙。新聞で包装されているのが折込広告

◆ABC部数には残紙が含まれている

新聞衰退論を語る論者が、その根拠として持ち出す根拠のひとつに新聞のABC部数の激減がある。ABC部数とは、日本ABC協会が定期的に公表している新聞の発行部数である。厳密に言えば、新聞社が販売店に対して販売した部数である。それが「押し売り」であるか否かは別にして、卸代金の徴収対象になる新聞部数のことである。

そのABC部数が減っていることを根拠として、新聞社が衰退のスパイラルに陥っているとする論考が後を絶たない。具体例をあげる必要がないほど、新聞産業の衰退を語るときには、この点が強調される。

しかし、このような論考には根本的な誤りがある。妄言とはまではいえないが、本質に切り込むものではない。客観的な事実認識を誤っているからだ。

ABC部数は、新聞社が販売店に販売した新聞部数を表している。しかし、必ずしもそれが新聞購読者数とは限らないからだ。たとえば新聞社が、販売店に対して3000部の新聞を販売していると仮定する。だが、販売店と新聞購読契約を結んでいる読者が2000人しかいない場合、ABC部数との間に1000部の差異が生じる。実際には2000人しか新聞購読者がいないのに、3000人の読者がいるという間違った認識が生まれてしまう。

それを前提として新聞の部数減を論じても、それは正確な事実に基づいたものではない。ABC部数に残紙が含まれていることに言及しなければ、読者をミスリードしてしまう。しかも、残紙でABC部数をかさ上げしている数量は、膨大になっていると推測できる。

本稿では、兵庫県における朝日新聞と読売新聞を例にして、ABC部数のグレーゾーンを検証しよう。

◆データを並べ変えると新聞のビジネスモデルのからくりが見えてくる

次に示すのは、兵庫県全域における読売新聞のABC部数である。期間は2017年4月から2021年10月である。カラーのマーカーをつけた部分が、部数がロックされている箇所と、その持続期間である。言葉を変えると、読売新聞が販売店に対して販売した部数のロック実態である。

【注意】なお、下記の2つの表は、ABC部数を公表している『新聞発行社レポート』の数字を、そのままエクセル表に移したものではない。『新聞発行社レポート』は、4月と10月に区市郡別のABC部数が、新聞社ごとに表示されるのだが、時系列の部数変化を確認・検証するためには、号をまたいで時系列に『新聞発行社レポート』のデータを並べてみる必要がある。それにより特定の自治体における、特定の新聞のABC部数が時系列でどう変化しいたかを確認できる。
 
いわばABC部数の表示方法を工夫するだけで、新聞業界のでたらめなビジネスモデルの実態が浮かび上がってくるのである。

2017年4月から2021年10月の『新聞発行社レポート』(年に2回発行)を基に筆者が作成した兵庫県における読売新聞のABC部数の変化表である。日本ABC協会が作成したものではない

たとえば神戸市北区におけるABC部数の変化に注視してほしい。3年半に渡って、17,034部でロックされている。つまり読売は北区にあるYCに対し、3年半に渡って同じ部数を販売したことになる。しかし、新聞の購読者数が3年半に渡って1部の増減も生じない事態はまずありえない。あまりにも不自然だ。なぜ、このような実態になったのだろうか。

それは読売が販売店に対して新聞仕入れ部数のノルマを課しているか、さもなければ販売店が自主的に一定の部数を買い取っているかのどちらかである。わたしは、これまでの取材経験から前者の可能性が高いと考えている。

他の地域についてもロック現象が頻繁に観察できる。南あわじ市のABC部数にいたっては5年間にわたり1部の増減も観察できない。

このようなデータを鵜呑みにして論じた新聞衰退論には、正確な裏付けがない。

朝日新聞のABC部数の変化も紹介しよう。読売新聞と同様に、部数がロックされている実態が各地で確認できる。

2017年4月から2021年10月の『新聞発行社レポート』(年に2回発行)を基に筆者が作成した兵庫県における朝日新聞のABC部数の変化表である。日本ABC協会が作成したものではない

◆「押し紙」裁判の資料は裁判所で公開されている

上記の2件の調査から、ABC部数と新聞の購読者数の間にかなりの乖離があることが推測できる。それでは新聞の衰退を部数減という面から論じるとき、なにが必要なのだろうか?

まず、第一にそれは全国で多発している「押し紙」裁判を通じて、残紙の実態を把握することである。現在、読売の「押し紙」裁判だけでも、全国で少なくとも3件起きている。

(東京本社が1件、大阪本社が1件、西部本社が1件)裁判資料は原則として、裁判所で閲覧できるので、裁判の当事者が閲覧制限でもしていない限り、残紙の実態は簡単に把握できる。そのうえで、ABC部数の性質を把握する必要がある。

第2に、新聞社の残紙を柱とした新聞のビジネスモデルを分析することである。熊本日日新聞などは例外として、大半の新聞社は、残紙でABC部数をかさあげすることで、販売収入と広告収入を増やしている。一方、販売店は残紙で生じた損害を、折込広告の水増しや補助金で相殺することで、経営を成り立たせる。この従来のビジネスモデルが成り立たなくなってきたのである。実は、この点が新聞衰退の本質的な原因なのである。ABC部数の増減は枝葉末節にすぎない。

2008年ごろに週刊誌や月刊誌がさかんに「新聞衰退」の特集を組んだことがある。これらの特集は、数年のうちに新聞社が崩壊しかねないかのような論調だった。が、そうはならなかった。その要因は、残紙の損害を折込広告で相殺するビジネスモデルがあったからにほかならない。従ってそれがどのようなものであるかを解明しない限り、新聞衰退の実態を正しく把握することはできない。ABC部数の増減だけが問題ではないのだ。むしろこれは世論をあざむくトリックなのである。

◆データとしての価値に疑問

なお、余談になるが公表されている新聞の発行部数が正確な購読者数を反映していなければ、広告主にとっては使用価値がない。少なともABC部数と読者数の間にほとんど差異がないことが、データとしての価値を保証する条件なのである。

この点に関して、日本ABC協会は次のようにコメントしている。

【日本ABC協会のコメント】

お世話になっております。以前にも同様のお問い合わせをいただいておりますが、
ABCの新聞部数は、発行社が規定に則り、それぞれのルートを通じて販売した部数報告を公開するものです。

この部数については、2年に1度新聞発行社を訪問し、間違いがないかを確認しています。

広告主を含むABC協会の会員社に対しては、ABCの新聞部数はあくまで販売部数であり、実配部数ではないことを説明しています。

販売店調査では、実配部数も確認していますが、サンプルで選んだ販売店のみの調査となります。

個々の販売店調査の結果は、公査終了後、各社の販売責任者に報告していますが、公査の内容に関しましては、守秘義務があり、当事者以外の方には公表していません。

また、部数がロックされているということに関しては、新聞社と販売店の取引における現象であり、当協会はあくまで報告された部数の確認・認証が主な業務のため、お答えする立場ではございません。

どうぞよろしくお願いいたします。


◎[参考動画]残紙の回収場面(18 Mar 2013)Oshigami Research

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昨年(2021年)の12月27日、読売新聞社と大阪府は記者会見を開いて、両者が包括連携協定に締結したことを発表した。大阪府の発表によると、次の8分野について、大阪府と読売が連携して活動する計画だという。特定のメディアが自治体と一体化して、「情交関係」を結ぶことに対して、記者会見の直後から、批判があがっている。

連携協定の対象になっている活動分野は次の8項目である。

(1)教育・人材育成に関すること
(2)情報発信に関すること
(3)安全・安心に関すること
(4)子ども・福祉に関すること
(5)地域活性化に関すること
(6)産業振興・雇用に関すること
(7)健康に関すること
(8)環境に関すること

(1)から(8)に関して、筆者はそれぞれ問題を孕んでいると考えている。その細目に言及するには、かなり多くの文字数を要するので、ここでは控える。

◆読売が抱える3件の「押し紙」裁判

多くの人々が懸念しているのは、大阪府と読売が一体化した場合、ジャーナリズムの中立性が担保できるのかとう問題である。もちろん、筆者も同じ懸念を抱いている。

しかし、筆者は別の観点からも、この協同事業には問題があると考えている。それは読売グループの企業コンプライアンスである。大阪府は、同グループによる新聞の商取引の実態を調査する必要がある。

結論を先に言えば、新聞販売店に搬入されている新聞の部数に不自然な点があるのだ。俗にいう「押し紙」問題である。現在、読売新聞社を被告とする「押し紙」裁判が3件起きている。しかも、東京本社、大阪本社、西部本社のそれぞれが裁判の被告になっている。いずれも販売店の元店主が、「押し紙」による損害賠償を求めている。

「押し紙」とは、簡単に言えば、新聞社が販売店に対して買い取りを強要する新聞のことである。しかし、読売本社は一貫して、「押し紙」をしたことは一度もないと主張してきた。読売の代理人を務めてきた喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)も、一貫してそのような考え方を表明してきた。

新聞販売店で過剰になっている新聞(残紙)は、新聞販売店が折込広告の受注枚数を増やしたり、本社から支給される補助金の額を増やすことなどを目論んで、自主的に注文してきた部数であるとする立場を貫いてきた。そのために残紙を指して、「押し紙」とは言わない。「積み紙」と言う。用語にもこだわりを持っているのだ。

残紙の回収風景(本文とは関係ありません)

◆ABC部数と実配部数が乖離している可能性

大阪府が調査しなければならないのは、読売新聞社と新聞販売店のどちらに残紙問題の責任があるのかという点ではない。それは裁判所の役割であって、大阪府は関知できない。

問題は、読売側に非があるにしろ、販売店側に非があるにしろ、公表されている新聞の部数(ABC部数)に疑義がある点なのである。実配部数(実際に配達している部数)を反映していないのではないかという疑惑があるのだ。

残紙を抱え込むことで、事業規模を実際よりも大きく見せていれば、広告主(折込広告、紙面広告)が経営判断を誤ることになりかねない。

調査の焦点は、読売グループの残紙である。残紙が確認できる読売の販売店が複数存在することは紛れない事実である。たとえば現在進行中の3件の「押し紙」裁判の資料を、裁判所の記録係で閲覧すれば、それは簡単に明らかになる。(誰でも閲覧可能)。

またABC部数を解析することで、ABC部数と実配部数に乖離があるかないかを推測することもできる。

次に示すのは、大阪府の大阪市におけるABC部数の変化(2016年4月から2020年10月の5年間)である。着色した箇所は、部数がロック(固定)されている期間を示している。

読売新聞 大阪市におけるABC部数の変化(2016年4月から2020年10月の5年間)

通常、新聞購読者の数は日々変化する。しかも、「紙新聞」離れが進んでいるので読者数は極端な減少傾向にある。ところが上の表に見られるように、大阪市における読売新聞の場合、当たり前に部数がロックされている。読売本社が販売店に販売している部数が、1年から数年にわたり固定されているケースが頻繁に観察できる。
 
たとえば生野区の場合、2016年10月から2020年10月までの4年半にわたって、ABC部数が6083部にロックされている。1部の増減もない。その原因が読売本社にあるにしろ、販売店にあるにしろ、広告主(折込広告、紙面広告)は不信感を抱くだろう。PR戦略に不安を感じかねない。常識的にはあり得ない現象であるからだ。

参考までに堺市のデータも紹介しておこう。

読売新聞 堺市におけるABC部数の変化(2016年4月から2020年10月の5年間)

広告主は、ABC部数などのデータを参考にして、紙面広告の媒体を選んだり、折込広告の印刷部数や折込枚数を決めるわけだから、新聞の実配部数(実際に配達している新聞)を把握しておかなければ、経営判断を誤る。大阪府自身も広報紙『府政だより』の広告主(新聞折り込みで配布)になっており、正確な実配部数を把握する必要がある。

ちなみに次に示す熊本日日新聞の熊本市におけるABC部数は、新聞の商取引が正常であることを示している。わたしが知る限り、同紙は自由増減制度(販売店が、自分の判断で注文部数を決める制度と権利)を保証しているから、部数のロックが1部も観察できない。表の上で、着色対象になる期間がまったくない。

熊本日日新聞 熊本市におけるABC部数の変化(2016年4月から2020年10月の5年間)

「押し紙」裁判は、読売本社と販売店の係争(業界内の問題)であり、両者で決着すべき問題だが、残紙問題に折込広告や紙面広告がからんでくると、業界の壁を超えた大問題になる。残紙が広告主のPR戦略と経営判断に影響するからだ。かりに読売グループにコンプライアンス問題があれば、読売関係者が児童や生徒に読み書きや作文を指導するのはふさわしくない。彼らが「道徳」を語るべきではない。

大阪府の吉村洋文知事は、この点を踏まえて新聞の商取引の実態を調査すべきではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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新聞崩壊が急速に進んでいる。1995年から2021年8月までの中央紙の発行部数(新聞販売店へ搬入された部数)の変化を調べたところ、この約26年のあいだに1000万部ほど新聞の部数が減ったことが分かった。これは発行部数が約40万部の東京新聞が25紙分消えたに等しい。中央紙は、坂を転げ落ちるよう衰退している。

特に2015年ごろから、発行部数は激減している。かつて「読売1000万部」、「朝日800万部」などと言われていたが、今年8月の時点で、朝日新聞は約460万部、読売新聞は約700万部に落ち込んでいる。毎日新聞と日経新聞は、200万部を切り、産経新聞はまもなく100万部のラインを割り込む可能性が濃厚になっている。次に示すのは、中央紙の5年ごとの部数(日本ABC協会が発表する新聞の公称部数)と、2021年8月の部数である。

1995年からの中央紙の部数

※5年ごとのデータは、各年度の1月~6月の販売店へ搬入された部数の平均。2021年8月のデータは、平均ではなくこの月のABC部数。

この1年間に限っていえば、朝日新聞と読売新聞も約5万部を減らしている。毎日新聞は約10万部を、日経新聞は約21万部を、産経新聞は約15万部をそれぞれ減らした。この速度で新聞離れが進めば、新聞社経営は、さらに多角化を進めない限り破綻する。

少しでも経営を好転させるために、新聞人らは文部科学省と連携して、NIE(学校の学習教材に新聞を使う運動)を進めている。2020年度から実施されている小・中・高等学校の学習指導要領には、新聞の使用が明記されている。

しかし、新聞記事そのものがインターネットで配信されており、あえて「紙」にする理由に説得性はない。新聞社と文部科学省との癒着関係が、教育内容を歪めたり、新聞を世論誘導の道具に変質させかねないという批判も出ている。

◆電車の車両内で「新聞を読む人」はゼロ

10月21日付けの『ディリー新潮』は、『新聞「紙」が消え「地上波テレビ」凋落の韓国最新メディア事情 ソウル打令』と題する記事を掲載した。それによると、韓国では、日本よりもメディアの電子化が進んでいて、新聞を売っているコンビニが激減しているという。記事は、「それはコンビニの問題ではなく、韓国人が紙の新聞を読まなくなっているから」だと結論づけている。

2021年10月22日、わたしは電車の車両内で新聞を広げている乗客がどの程度いるのかを調査してみた。車両内で新聞を読むのは、「昭和」・「平成」の光景だった。日経新聞を購読するのが、ビジネスマンの常識のように思われていた。

わたしが調査に選んだ鉄道は、自宅沿線の東武池袋線である。乗り込んだ電車は、成増駅を13時28分に出発する池袋駅ゆきの準急電車である。池袋駅まで途中に10駅あるが、準急電車は直通で、途中停車がない。従って成増駅を出発した時点で、池袋駅まで乗客数に変化がない。所要時間は10分。調査の条件が揃っている。

わたしは10両ある車両の最後部から先頭車両までを歩き、新聞を読んでいる乗客の人数を確認した。

結論を言えば、新聞を読んでいるひとは1人もいなかった。夕刊紙を読んでいる人もいなかった。本を読んでいるひとが数人いた。多くの人がスマホと向き合っていた。それでなければ、ぼんやりしていた。

次の写真は、2号車から通路の扉を通して撮影した1号車内の光景である。新聞を読んでいる人はひとりも写っていない。

車両内の様子。新聞を広げているひとはいなかった

復路でも同じ実験をしたが、新聞を読んでいる人はひとりもいなかった。成増駅で調査は終了した。緊張が解けたうえに、調査結果に衝撃を受けたこともあって、思考にふけり、下車予定だった駅を乗り過ごしてしまった。次の駅で下車して引き返した。その車中で、とうとう新聞を読んでいる人を発見した。

優先席に座った老婦人が、腕を前に延ばして新聞を広げていた。近づいて、興味津々に紙面を覗き込んでみると、『公明新聞』の文字が視界に飛び込んできた。

わたしは苦笑しながら、電車を降りた。

◆読売「押し紙」裁判に登場し続ける喜田村洋一弁護士

しかし、新聞社経営の行き詰まりは、ABC部数の激減が暗示するよりもはるかに深刻だ。と、言うのもABC部数の中には、大量の「押し紙」、あるいは「積み紙」が含まれているからだ。従ってABC部数も正確には新聞没落の実態を反映していない。実態ははるかに深刻なのだ。

「押し紙」というのは、端的に言えば、新聞社が販売店に対して課しているノルマ部数のことだ。たとえば新聞の購読者が2000人の販売店は、2000部と若干の予備紙(従来は搬入部数の2%とされた) があれば経営できる。ところが新聞社がかりに3000部を搬入すれば、約1000部が過剰になる。この過剰部数が「押し紙」である。

これに対して「積み紙」というのは、販売店が部数を多く見せかけて、折込み広告水増しなどをするために、みずから注文した新聞のことである。

「押し紙」と「積み紙」を総称して残紙と呼ぶ。

新聞販売店が新聞社に対して「押し紙」による損害賠償を求める裁判は、「押し紙」裁判と呼ばれる。「押し紙」裁判では、残紙の中身が「押し紙」か「積み紙」かが争点になる。

このところ「押し紙」裁判が多発している。特に読売新聞は、現在、東京本社、大阪本社、西部本社が「押し紙」裁判の被告として、法廷に立たされている。このうち西部本社を被告とする裁判では、次のような残紙の実態が明らかになっている。ひとつの例として、2015年度の実態を紹介しよう。

YC早岐中央(長崎県佐世保市)の部数内訳。「プラス2%」とは、予備部数が配達部数の2%の意味。配達部数+2%の予備紙が、販売店経営に真に必要な部数

読売新聞社の東京本社と西部本社を被告とする裁判では、読売新聞の代理人として、日本を代表する人権擁護団体・自由人権協会の喜田村洋一・代表理事が登場している。喜田村弁護士は、読売新聞社には1部も「押し紙」は存在しないと主張している。喜田村弁護士は、約20年前から読売新聞の「押し紙」

裁判にたびたび登場して、「押し紙」は存在しないと繰り返してきた。

しかし、残紙の中身が「押し紙」であろうと、「積み紙」であろうと、過剰な部数の新聞が販売店に搬入されていることは紛れもない事実である。当然、広告主に損害を与えている可能性も検証する必要がある。広告主の中には、広報紙の新聞折り込みを発注している地方自治体も含まれている。大阪府、滋賀県、東京都、埼玉県、千葉県などである。

◆残紙率およそ70%、毎日新聞・蛍が池販売所

毎日新聞の「押し紙」裁判では、わたしが把握している限り、残紙率が70%を超えるケースが過去に2件ある。このうち次に示すのは、大阪府豊中市の毎日新聞・蛍が池販売所の部数内訳である。

毎日新聞蛍が丘販売所(大阪府豊中市)の部数内訳。「プラス2%」とは、予備部数が配達部数の2%の意味。配達部数+2%の予備紙が、販売店経営に真に必要な部数

生前、元店主は残紙と一緒に折込広告を廃棄していたことに自責の念を感じていたようだ。それが新聞社のビジネスモデルだとも話していた。

産経新聞も朝日新聞も過去に「押し紙」裁判で、法廷に立たされている。

◆権力構造の歯車

新聞没落の背景には、インターネットの普及だけではなく、残紙問題や文部科学省との癒着に象徴されるジャーナリズムの信用失墜もあるのではないか。公正取引委員会が「押し紙」を独禁法違反で取り締まらないのも、新聞社が権力構造の歯車に、「広報部」として組み込まれているからである。少なくとも、わたしはそんなふうに考えている。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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新聞部数のノルマ制度を東京23区を対象に調査した。その結果、「押し紙」政策の存在が裏付けられた。

調査は、各新聞社を単位として、各区ごとのABC部数(2016年~2020年の期間)をエクセルに入力し、ABC部数の変化を時系列に調べる内容だ。部数に1部の増減もなくABC部数が固定されている箇所は、新聞社が販売店に対してノルマを課した足跡である可能性が高い。

 

(上)人目を避けて、コンテナ型のトラックで「押し紙」を回収。(中)コンテナの内部。(下)紙の「墓場」

実例で調査方法を説明しよう。たとえば次に示すのは、東京都荒川区における2016年10月から、2018年4月までの朝日新聞のABC部数である。2年の期間があるにもかかわらず、1部の増減も観察できない。

2016年10月:8549部
2017年4月:8549部
2017年10月:8549部
2018年4月:8549部

グーグルマップによると、2021年10月の時点で荒川区にはASA(朝日新聞販売店)が4店ある。これら4店に対して、朝日新聞社が搬入した部数合計が、2年間に渡って1部の増減もなかったことが上記のデータから裏付けられる。つまり朝日新聞は、新聞購読者の増減とはかかわりなく同じ部数を搬入したのである。荒川区における朝日新聞の購読者数が、2年間、まったく増減しないことなど実際にはあり得ないが。

4店のうち、たとえ1店でも部数の増減があれば、上記のような数字にはならない。販売店サイドが2年間、自主的に同じ部数を注文し続けた可能性もあるが、たとえそうであっても、朝日新聞社サイドがその異常を認識できなかったはずがない。

このような部数のロックは、販売店に対して部数のノルマを課していた高い可能性を示唆している。新聞社が販売店に対して特定の部数を買い取らせる行為は、独禁法の新聞特殊指定で禁止されている。

◆調査方法の弱点について

なお、わたしが採用しているこの調査方法の弱点についても、言及しておこう。この調査は、ABC部数の公表単位である区・市・郡の部数を基礎データとして採用しているために、調査対象地区に店舗を構える販売店が多くなればなるほど、地区全体でのロック現象を確認できる確率が減ることだ。たとえば販売店が多い世田谷区などでは、ロック現象は確認できない。部数を減らすように新聞社と交渉して、減部数を勝ち取る販売店が存在する確率が高くなるからだ。

逆説的に言えば、地域全体としてはノルマの実態が浮上しなくても、差別的にノルマが課されている販売店が存在する可能性もあるのだ。

◆朝日、毎日でノルマ政策を顕著に確認

以上を前提として、調査結果を公表しよう。着色された箇所が、ロック部数とその期間を現わしている。また、赤文字の箇所は、100部単位で部数の増減を行われた不自然な箇所でる。どんぶり勘定で新聞の卸部数を決めている可能性もある。朝日、読売、毎日、産経、順番に表示する。

東京23区別の朝日新聞ABC部数の推移

東京23区別の読売新聞ABC部数の推移

東京23区別の毎日新聞ABC部数の推移

東京23区別の産経新聞ABC部数の推移

ちなみに大阪府堺市を対象とした同類の調査もある。大阪府の『府政だより』の水増し問題を取り上げた次の記事の後半で紹介している。東京都よりも顕著に、新聞社によるノルマ設定の実態を確認することができる。

◎[参考記事]「大阪府の広報紙『府政だより』、10万部を水増し、印刷は毎日新聞社系の高速オフセット、堺市で『押し紙』の調査」

◆「世論調査」なるものの欺まん

さて、「押し紙」の何が問題なのだろうか?これについて、わたしの考えを述べておこう。結論を先に言えば、それは新聞社による「押し紙」政策を公権力が把握していることである。把握したうえでそれを黙認し、新聞社経営を支える構図があることだ。このような配慮により、公権力は新聞社を権力構造の「広報機関」として歯車に組み込んでいる。

もちろんこの種の「アメとムチ」の構図は、「押し紙」問題だけに見られるものではない。他にも、新聞に対する軽減税率の適用、再販制度の維持、学校教育における新聞の使用(学習指導要領)、などの問題もある。

しかし、その中でも「押し紙」の放置は、中心的な問題なのである。と、いうのも「押し紙」を通じて想像を絶する規模の資金が動くからだ。

新聞1部の価格は、100円から150円ぐらいで、「高額」という印象はない。ところが全国の日刊紙の発行部数は、約3245万部(日本新聞協会の2020年度のデータ)にもなり、新聞1部に付き10円値上げするだけで、1日に約3億245万円の収入増となる。事業規模は想像以上に大きいのだ。
 
全国の「押し紙」の割合が20%と仮定したとき、649万部が「押し紙」という試算になる。新聞の仕入代金を1部60円で計算すると、全国の新聞社が得る1日の「押し紙」収入は、3億8940万である。ひと月(30日)に換算すると116億8200万円になる。年間では、1400億円を超えるのである。

念のための記しておくが、これは誇張を避けたシミュレーションである。

しかも、「押し紙」によるABC部数のかさあげにより、新聞社は紙面広告の媒体価値を引き上げる。販売店は折込広告の水増しをしている。従って、不正な金額は無限大に膨張する。公取委、警察、裁判所、通産省などはこの問題にメスを入れることもできるが、半世紀近く放置してきた。

その理由は単純で、新聞社の経営上の決定的な汚点を把握することで、暗黙のうちに報道内容に介入できるからだ。新聞人らは、自分が所属する企業を犠牲にしてまで、ジャーナリズムを守ることはしない。

わたしはマスコミが発表する「世論調査」なるものを全く信用していない。ジャーナリズムの土台の実態を知っているからだ。

◆客観的な事実の中に、新聞ジャーナリズムが腐敗した原因を探る

半世紀以上も前から、評論家たちは新聞批判を繰り返してきた。その論調の大半は、記者としての自覚が足りないからジャーナリズムが機能しないという批判だった。

【引用】たとえば、新聞記者が特ダネを求めて“夜討ち朝駆け”と繰り返せば、いやおうなしに家庭が犠牲になる。だが、むかしの新聞記者は、記者としての使命感に燃えて、その犠牲をかえりみなかった。いまの若い世代は、新聞記者であると同時に、よき社会人であり、よき家庭人であることを希望する。

この記述は、1967年、日本新聞協会が発行する『新聞研究』に掲載された「記者と取材」と題する記事から引用したものである。このような精神論の思考体系は今も変わっていない。従って、東京新聞の望月衣塑子記者のように有能な記者が次々に現れたら、ジャーナリズムは再生できるという論理体系になってしまう。

しかし、精神論ではなく客観的な経済上の事実の中に、新聞ジャーナリズムが機能しない原因を探らない限り、問題は解決しない。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
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大阪府の広報紙『府政だより』が大幅に水増しされ、廃棄されていることが分かった。

わたしは、全国の地方自治体を対象に、新聞折り込みで配布される広報紙が水増しされ、一定の部数が配達されずに廃棄されている問題を調査してきた。

 

大阪府の広報紙『府政だより』

この記事では、情報公開請求で明らかになった大阪府の『府政だより』のケースを紹介しよう。悪質な事例のひとつである。

大阪府は、広報紙『府政だより』(月刊)を発行している。配布方法は、大阪府のウェブサイトによると、「新聞折り込み(朝日、毎日、読売、産経、日経)」のほか、「府内の市区町村をはじめ、公立図書館、府政情報センター、情報プラザ(府内10カ所)などに配備」している。さらに「民間施設にも配架」しているという。

このうちわたしは大阪府に対して、新聞折り込みに割り当てられた部数を示す資料を、過去10年にさかのぼって開示するように申し立てた。その結果、6年分が開示された。

データを解析した結果、『府政だより』の新聞折り込み部数が、大阪府における日刊紙の流通部数をはるかに超えていることが分かった。ここでいう流通部数とは、日本ABC協会が定期的に公表している新聞の発行部数のことである。新聞社が販売店に搬入する部数だ。

次の表に示すのが、ABC部数(朝日、毎日、読売、産経、日経)と『府政だより』の折込枚数の比較である。いずれの調査ポイントでも、『府政だより』の部数が、新聞の流通部数を大きく上回っている。

ABC部数(朝日、毎日、読売、産経、日経)と『府政だより』折込枚数の比較

上の表に示したように、2020年10月ごろには、少なくとも約10万部が水増しされている。

たとえ「押し紙」(新聞社が販売店に割り当てるノルマ部数で、残紙とも言う)が1部たりとも存在しなくても、『府政だより』が水増し状態になっている実態が判明した。「押し紙」が存在すれば、水増しの割合はさらに増える。

筆者が「水増枚数」として表で示した枚数は、「予備部数」に該当するという考え方もあるが、たとえそうであっても「予備部数」の割合がばらばらになっており、場当たり的に部数を決めたとしか思えない。

ちなみにこれらの部数には、販売店を通じてコンビニなどに卸される新聞部数も含まれている。これらの新聞に、『府政だより』は折り込まれない。従って新聞に折り込まれずに廃棄される『府政だより』の部数は、表で示した部数よりも多い。

◆堺市で5年にわたり新聞部数をロック

ABC部数に「押し紙」が含まれていれば、水増しの割合はさらに高くなる。そこでわたしは、大阪府に「押し紙」が存在するかどうかを調べることにした。

結論を先に言えば、全国のほとんどの新聞社が「押し紙」政策を採用している。ここ数年に限ってみても、読売新聞、毎日新聞、産経新聞で、元店主が「押し紙」による損害賠償を求める裁判を起こしている。

そこでわたしは、大阪府堺市をモデルとして、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、日経新聞の「押し紙」の実態を検証した。堺市を選んだのは、堺市が大阪府の大都市であり、ここに「押し紙」が多いという話を聞いたことがあったからだ。

「押し紙」の量は、販売店の内部資料を入手しない限り把握することはできないが、新聞社が販売店に搬入する部数が、新聞購読者の増減とは無関係にロック(固定)されていれば、「押し紙」政策が敷かれていると考え得る。 

新聞は「日替わり商品」であり、在庫にする価値がないので、毎月、販売店からの注文部数が変化しなければ不自然だ。

次に示すのは、大阪府堺市における読売新聞のABC部数の変化である。着色した部分は、部数に変化がなく、部数がロックされていると解釈できる。

大阪府堺市における読売新聞ABC部数の推移

東区では、5年間に渡って読者の増減が1部もない。常識ではありえないことである。残紙となった新聞は、『府政だより』と一緒に廃棄された可能性が高い。

朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日経新聞についても、次に示すように同じようなロック状態が観察できる。

大阪府堺市における朝日新聞ABC部数の推移

大阪府堺市における毎日新聞ABC部数の推移

大阪府堺市における産経新聞ABC部数の推移

大阪府堺市における日本経済新聞ABC部数の推移

なお、堺市以外でも、同じような実態があちこちで確認できる。

◆「押し紙」のない熊本日日新聞

ちなみに次に示すのは、「押し紙」政策を導入していない熊本日日新聞の例である。ロックされている箇所は一ヶ所もない。正常な取り引きを反映した結果である。

熊本日日新聞は、「予備紙(残紙)」の割合を、搬入部数の1.5%とする販売政策を公表している。それゆえに取り引きが正常で、販売店主が部数の増減を決めることができる。

熊本市における熊本日日新聞ABC部数の推移

わたしは熊本県全域を調査したが、熊本市と同様に部数のロックは1件も発見できなかった。(この点に関しては、別に報告する機会があるかも知れない。)

◆ホープオフセット共同企業体

大阪府の『府政だより』の配布業務を請け負っている広告代理店は、年度により変わっている。最近は、福岡市に本社にあるホープオフセット共同企業体という団体が、『府政だより』の印刷と新聞販売店への配布を請け負っている。この共同企業体は、(株)ホープと毎日新聞社系の(株)高速オフセットで構成さている。

わたしが情報公開請求で入手した資料に、(株)ホープの連絡先が記されていたので、電話で事情を聞いた。次のような説明だった。

「弊社が広告販売を担当させていただき、高速オフセットさんが印刷を担当されています」

次に高速オフセットに事情を聞いた。しかし、応対した社員は、

「契約事項なのでお答えできません」

と、言って乱暴に電話を切った。

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新聞社が販売店に課している新聞のノルマ部数(広義の「押し紙」の原因)は、半世紀近く水面下で社会問題になってきた。今年に入ってから、わたしは新しい調査方法を駆使して、実態調査を進めている。新しい方法とは、新聞のABC部数(日本ABC協会が定期的に公表している部数)の表示方法を調査目的で、変更することである。ABC部数を解析する祭の視点を変えたのだ。そこから意外な事実が輪郭を現わしてきた。

現在、日本ABC協会が採用している部数の公表方法のひとつは、区・市・郡単位の部数を半年ごとに表示するものである。4月と10月に『新聞発行社レポート』と題する冊子で公表する。しかし、この表示方法では時系列の部数の変化がビジュアルに確認できない。たとえば4月号を見れば、4月の区・市・郡単位の部数は、新聞社ごとに確認できるが、10月にそれがどう変化したかを知るためには、10月号に掲載されたデータを照合しなくてはならない。冊子の号をまたいだ照合になるので、厄介な作業になる。

そこでわたしは、各号に掲載された区・市・郡単位の部数を時系列で、エクセルに入力することで、長期間の部数変化をビジュアルに確認することにしたのである。

かりにある新聞のABC部数に1部の増減も起きていない区・市・郡があれば、それは区・市・郡単位で部数をロックしていることを意味する。ABC部数は新聞の仕入部数を反映したものであるから、その地区にある販売店に対して、ノルマ部数が課せられている可能性が高くなる。

新聞は「日替わり商品」なので、販売店には残紙を在庫にする発想はない。正常な商取引の下では、読者の増減に応じて、毎月、場合によっては日単位で注文部数を調節する。販売予定のない新聞を好んで仕入れる店主は、原則的には存在しない。

販売店に搬入される総部数のうち、何パーセントが「押し紙」になっているかはこの調査では判明しないが、ノルマ部数と「押し紙」を前提とした販売政策が敷かれているかどうかを見極めるひとつのデータになる。

従前は、販売店の内部資料が外部に暴露されるまでは、「押し紙」の実態は分からなかったが、この新手法で新聞社による「押し紙」政策の有無を地域ごとに判断できるようになる。

ちなみに「押し紙」は独禁法違反である。

朝日新聞販売店で撮影された残紙

◆香川県の市郡を対象とした調査

が、こんな説明をするよりも、実際に作成した表を紹介しよう。下記の表は、香川県の市・郡をモデルにして、朝日新聞を調査した結果である。同一色のマーカーは、ロック部数と期間を示している。

香川県ABC(朝日)

上の表から、たとえば丸亀市のABC部数の推移を検証してみよう。次に示すように、2016年4月から2018年10月の約3年の間、朝日新聞の部数(読者数)は一部も変動していない。常識的にはあり得ないことだ。

2016年4月:7500部
2016年10月:7500部
2017年4月:7500部
2017年10月:7500部
2018年4月:7500部
2018年10月:7500部

東かがわ市に至っては、3年間に渡って同じ部数がロックされている。また、高松市の場合は、ロックの期間こそ1年だが、5年間でロックが3度も行われている。しかも、その部数は、それぞれ2万2002部、1万8877部、1万3882部と大きなものになっている。

◆長崎県の市郡を対象とした調査

次に示すのは、長崎県の朝日新聞のケースである。香川県のようにすさまじい実態ではないが、西彼杵郡などで典型的なロック現象が確認できる。

長崎県ABC(朝日)

なお、2019年10月から翌年の4月にかけて、西彼杵郡の部数が一気に590部も増えている。その反面、長崎市の部数が一気に1913部減っている。(いずれも表中に赤文字で表示した。)不自然さをまぬがれない。

◆読売新聞との比較

モデルケースとして香川県と長崎県を選んだのは、「押し紙」裁判を取材する中で、これらの県で部数をロックしている可能性が浮上したからだ。 

さらにわたしは全国の都府県を抜き打ち調査した。その結果、東京都と大阪府を含む、多くの自治体でロックが行われていることが判明した。

香川県と長崎県における読売新聞社の部数ロックについては、9月7日付けの記事、「読売新聞の仕入部数「ロック」の実態、約5年にわたり3132部に固定、ノルマ部数の疑惑、「押し紙」裁判で明るみに」で紹介している。

◆名古屋市の17区を対象とした調査

名古屋市の各区における朝日新聞のロックについても、データを紹介しておこう。やはり部数のロックが確認できる。

名古屋市ABC(朝日)

わたしがこの調査結果を最初に公表したのは、ウェブサイト「弁護士ドッドコム」である。その際に朝日新聞社は、「本社は、ASA(黒薮注:朝日新聞販売店)からの部数注文の通りに新聞を届けています。 ASAは、配達部数の他に、営業上必要な部数を加えて注文しています」とコメントしている。

このような弁解がこれまで延々とまかり通ってきたのである。それが「押し紙」問題が解決しない原因だ。

一方、日本ABC協会は部数ロックの現象について、わたしが行った別の取材で次のように答えている。日経新聞の部数ロックを提示した際の見解であるが、一般論なので他の新聞社についても当てはまる内容だ。参考までに紹介しておこう。

「ABCの新聞部数は、発行社が規定に則り、それぞれのルートを通じて販売した部数報告を公開するものです。この部数については、2年に1度新聞発行社を訪問し、間違いがないかを確認しています。」

◆独禁法の新聞特殊指定に抵触

独禁法の新聞特殊指定は、新聞社が販売店に対して「正当かつ合理的な理由がないのに、次の各号のいずれかに該当する行為をすることにより、販売業者に不利益を与えること」を禁止している。

(1)販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む。)

(2)販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給すること。

部数ロックは、(2)に抵触する可能性が高い。しかも、業界ぐるみで部数ロックの販売政策を敷いている疑惑がある。

公正取引委員会は調査に着手する必要があるのではないか。さもなければ、日本の権力構造の歯車だとみなされかねない。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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新聞の没落現象を読み解く指標のひとつにABC部数の増減がある。これは日本ABC協会が定期的に発表している新聞の「公称部数」である。多くの新聞研究者は、ABC部数の増減を指標にして、新聞社経営が好転したとか悪化したとかを論じる。

最近、そのABC部数が全く信用するに値しないものであることを示す証拠が明らかになってきた。その引き金となったのが、読売新聞西部本社を被告とするある「押し紙」裁判である。

◆「押し紙」と「積み紙」

「押し紙」裁判とは、「押し紙(販売店に対するノルマ部数)」によって販売店が受けた損害の賠償を求める裁判である。販売店サイドからの新聞の押し売りに対する法的措置である。

とはいえ新聞社も簡単に請求に応じるわけではない。販売店主が「押し紙」だと主張する残紙は、店主が自主的に注文した部数であるから損害賠償の対象にはならないと抗弁する。「押し紙」の存在を絶対に認めず、店舗に余った残紙をあえて「積み紙」と呼んでいる。

つまり「押し紙」裁判では、残紙の性質が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかが争点になる。下の写真は、東京都江戸川区にある読売新聞販売店で撮影された残紙である。「押し紙」なのか、「積み紙」なのかは不明だが、膨大な残紙が確認できる。

東京都江戸川区にある読売新聞販売店で撮影された残紙

同上

◆1億2500万円の損害賠償

ABC部数の嘘を暴く糸口になったこの裁判は、佐世保市の元販売店主が約1億2500万円の損害賠償を求めて、今年2月に起こしたものである。裁判の中で、新聞販売店へ搬入される朝刊の部数が長期に渡ってロックされていた事実が判明した。

通常、新聞の購読者数は日々変動する。新聞は、「日替わり商品」であるから、在庫として保存しても意味がない。従って、少なくとも月に1度は新聞の仕入部数を調整するのが常識だ。さもなければ販売店は、配達予定がない新聞を購入することになる。

販売店が希望して配達予定のない新聞を仕入れる例があるとすれば、搬入部数を増やすことで、それに連動した補助金や折込広告収入の増収を企てる場合である。しかし、わたしがこれまで取材した限りでは、そのようなケースはあまりない。発覚した場合、販売店が廃業に追い込まれるからだ。

◆仕入部数を約5年間にわたり「ロック」

現在、福岡地裁で審理されている「押し紙」裁判も、残紙が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかが争点になっているが、別の着目点も浮上している。それは、販売店に搬入される仕入れ部数が、「ロック」されていた事実である。「ロック」が、販売店に対するノルマ部数を課す販売政策の現れではないかとの疑惑があるのだ。

以下、ロックの実態を紹介しよう。

・2011年3月~2016年2月(5年):3132部
・2016年3月~2017年3月(1年1カ月):2932部
・2017年4月~2019年1月(1年10カ月):1500部
・2019年2月(1カ月):1482部
・2019年3月~2020年2月(1年):1434部

この間、搬入部数に対して残紙が占める割合は、約10%から30%で推移していた。

◆長崎県の市・郡における「ロック」

この販売店で行われていた「ロック」が他の販売店でも行われているとすれば、区・市・郡のABC部数にも、それが反映されているのではないか?と、いうのもABC部数は、販売店による新聞の仕入れ部数の記録でもあるからだ。

そこでわたしは、この点を調査することにした。調査方法は、年に2回(4月と10月)、区・市・郡の単位で公表されているABC部数を、時系列で並べてみることである。そうすれば区・市・郡ごとのABC部数がどう変化しているかが判明する。

まず、最初の対象地区は、「押し紙」裁判を起こした販売店がある長崎県の市・郡別のABC部数(読売)である。下表のマーカーの部分が「ロック」部数と期間である。かなり頻繁に確認できる。

長崎ABC(読売)

◆香川県の市・郡における「ロック」

他の都府県についても、抜き打ち調査をした。その結果、次々と「ロック」の実態が輪郭を現わしてきた。典型的な例として、香川県のケースを紹介しよう。下表のマーカーの部分が「ロック」部数と期間である。

香川ABC(読売)

若干解説しておこう。高松市の読売新聞の部数は、2016年4月から2019年10月まで、ロック状態になっていた。高松市における読売新聞の購読者数が、3年以上に渡ってまったく変化しなかったとは、およそ考えにくい。まずありえない。

新聞の搬入部数がそのまま日本ABC協会へ報告されるわけだから、ABC部数は実際の読者数を反映していないことになる。信用できないデータということになる。

なお、「ロック」について、読売新聞東京本社の広報部に問い合わせたが回答はなかった。部数の「ロック」は、他の中央紙でも確認できる。詳細については、順を追って報じる予定だ。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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