出版は「まだまだ喰える」と錯覚すら覚えた東京国際ブックフェア

東京ビックサイトにて9月23日から25日にかけて行われた「第23回東京国際ブックフェア」に行ってきた。

これは、出版社たちが力を入れている本や、印刷技術の最先端を展示するフェアであり、年々、参加する出版社が減っているで今年はどんなものだろうと気になっていたものだ。

◆ 講談社の猫本に見る「一点突破主義」

気になったのは、まずあの天下の講談社が、小説からノンフィクションまであらゆるジャンルの本を出しているのに、「猫関連本」にしぼって、猫本ばかりを展示して勝負してきたことだ。もはやこうした「一点突破主義」でないと出版社は生き残れない。その証拠に、趣味本から旅行本までカバーしている枻出版が横で展開していてそれなりに客を集めていたが、猫本ほどは売れていなかった。

◆「自由価格競争」時代に入った雑誌・書籍

つぎに、特筆すべきは、もはや雑誌や書籍の価格が「自由競争」の時代に入ったのではないか、という点だ。第二出版販売と八木書店が「自由価格本」のコーナーを作っていたが、2、3割安い本が飛ぶように熟れていた。

もはや八木書店が展開しているような自由価格競争は地方のスーパーなどでは常識で「本や雑誌は固定価格」の時代は過ぎようとしている。一部では「時限販売」などと呼ばれているが、たとえば、取り次ぎの日本出版販売は、この夏、「時限販売」と称して、一部の雑誌をテスト的に値引き販売したが、好結果に終わっており、この先も期待できる商売のやりかただ。

このフェアで配布された資料によると、もはや書籍を電子販売している出版社は4割を超えたようだ。
そのわりに「電子書籍は紙の書籍の売上げを埋めない」とする出版関係者が多い。

だが希望はある。過日、山口組弘道会系のヤクザと飲んでいたが、「最近の若いやつが本を読み始めた。やはり極道とてバカじゃあいけない」と話をしていた。

ヤクザこそ、法律に精通し、なんとかして暴力団排除の情勢の中を生きなくては、ならない。

◆出版の世界は「まだまだ喰えるのではないか」と錯覚すらしてしまうフェア

またこの日は、「告白」でデビュー、もはや「イヤミスの女王」となった湊かなえさんが講演、ふだんから世話になっている出版社の担当編集、取り次ぎ担当者、そして営業担当者を呼んで「本ができるまでのプロセス」を参加者にわかりやすく展開していた。

なんと双葉社は、「告白」の映画が決定してきたときに、文庫本が80万冊売れたという前提で膨大な予算の宣伝費をつぎこんでいた。もちろん文庫本は210万部を超える大ヒットとなり、映画も大当たりで38億円を稼ぎ、日本アカデミー賞でも4冠を達成、2010年の興業収入で7位となった。

かくして、出版の世界では「まだまだ喰えるのではないか」と錯覚すらしてしまうフェアだったが「本自体は昨年より売れていない」(参加した版元関係者)という声もある。

世知辛い出版不景気が続くが、やはり200万部突破するようなヒット作を生むべく努力したいものである。

▼小林俊之(こばやし・としゆき)
裏社会、事件、政治に精通。自称「ペンのテロリスト」の末筆にして松岡イズム最後の後継者。師匠は「自分以外すべて」で座右の銘は「肉を斬らせて骨を断つ」。

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《冤死の淵で》阿佐吉廣氏(山梨キャンプ場殺人事件) 母との再会を一途に願って

外部との交流を厳しく制限され、獄中生活の実相が世間にほとんど知られていない死刑囚たち。その中には、実際には無実の者も少なくない。冤罪死刑囚8人が冤死の淵で書き綴った貴重な文書を紹介する。8人目は、山梨キャンプ場殺人事件の阿佐吉廣氏(67)。

阿佐氏が綴った手記の原本計16枚

◆「虚偽証言だけで死刑が確定」

〈今、私は、山梨キャンプ場殺人事件で共犯と呼ばれる、元社員達の、自分の罪を軽くしたい、あるいは逃がれたいと思う虚偽証言だけで死刑が確定いたしました。他に証拠は何ひとつありません。〉

これは、今年2月に発売された私の編著「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)に、阿佐氏が寄稿した手記の一節だ。

事件が発覚したのは03年の秋だった。山梨県警がタレコミ情報をもとに都留市のキャンプ場で、3人の遺体が埋められているのを発見。3人は阿佐氏が営む会社「朝日建設」の元従業員だった。阿佐氏は、部下らと共に殺人などの罪に問われ、「自分は無関係」と無実を訴えたが、12年に最高裁で死刑が確定。現在は死刑囚として東京拘置所に収容されつつ、甲府地裁に再審請求中である。

阿佐氏が収容されている東京拘置所

◆冤罪を疑う声が多い理由

専門筋の間では、阿佐氏の冤罪を疑う声は非常に多いのだが、その最大の理由は、裁判で共犯者とされる元部下がこんな証言をしたことである。

「取り調べや裁判の最初の頃には、阿佐社長が被害者らを殺し、私たちも手伝ったと証言していましたが、あれは嘘です。本当は、阿佐社長は殺害の現場にいなかったのです」

この元部下によると、殺害行為を実行したのは、事件発覚時にはすでに死去していた「副社長格のY」だった。Yは被害者らとトラブルになり、首を絞めて殺害したが、その時に元部下も被害者の足を押さえるなどして手伝った。しかし警察の取り調べでは、阿佐氏が主犯だというストーリーを押しつけられたという。

「私は朝日建設を辞める際、阿佐社長に見捨てられたように感じて恨んでいたので、阿佐社長が被害者を殺害したとみていた警察に、話を合わせてしまったのです。でも、自分の嘘で阿佐社長が死刑にされたことに耐えられなくなり、本当のことを話したのです」(同)

一方、東京拘置所で収容中の阿佐氏は、前掲の手記で、自分を貶めるウソの供述をした共犯者たちへの思いも次のように綴っている。

〈彼らの虚偽「供述」や虚偽「証言」は決して彼らが意図して言ったものでは無く、取調官に誘導され、強要されて出来上ったものです。その冤罪の被害者は私だけでなく、彼らも被害者なのです。私は、だからこそ一日も早く、真実を明らかにして、楽な気持にさせてやりたいとの思いで一杯なのです。〉

この文章からは、凶悪殺人犯として死刑判決を受けた阿佐氏が本来、暖かい人柄の人物であることが窺える。

阿佐氏の再審請求が審理されている甲府地裁

◆一目でいい、母に会って・・・

徳島県出身の阿佐氏には、裁判中から遠路はるばる面会に来てくれていた母親がいる。80代後半になり、現在は認知症に陥っているというが、前掲の手記には、その母親への思いも綴られている。

〈私の大切な、たった一人の母も、ときどきは正気に戻る時には、私に会いたいと切望していることでしょう。私も一目でいい、母に会ってこの胸、一杯にある感謝の言葉を伝えたいと思っております。〉

人は極限的な状況に置かれた時、何より心の拠り所にするのはやはり肉親ではないか。阿佐氏の手記はそんな感想を抱かせる。前掲書に掲載された手記全文には、母との思い出や阿佐氏の半生、事件の経緯などが克明に綴られている。
 
【冤死】
1 動詞 ぬれぎぬを着せられて死ぬ。不当な仕打ちを受けて死ぬ。
2 動詞+結果補語 ひどいぬれぎぬを着せる、ひどい仕打ちをする。
白水社中国語辞典より)

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

 「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
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原発推進インチキ・メディアを斬る!《6》もんじゅ利権の具『週刊新潮』座談会再び

これこそ世紀の「くだらない座談会」として、ギネスにでも遺すべきだろう。なんと週刊新潮の8月11・19日合併号では「特別読物 原子力の専門学者座談会 御用学者と呼ばれて」シリーズで、「反原発」に「反対」する学者たちの座談会が開かれているが、テーマは「もんじゅ」でタイトルは『なぜ「もんじゅ」が日本の平和と環境に資するのか!』というタイトルが打たれている。

参加しているのは高木直行教授(東京俊大学大学院)、澤田哲生助教授(東京工業大学)、奈良林直教授(北海道大学大学院)、河田東海夫(原子力発電環境整備機構=MONO元理事)の4人が「もんじゅ」こそが環境と平和に資すると平気でのたまう。

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

記事を抜粋する。記事はまずこんな前文から始まる。

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「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

原子力規制委員会が引導を渡したのは昨年11月のことだった。高速増殖炉「もんじゅ」について、機器の点検漏れが数多く発覚したことなどを理由に、今の原子力研究開発機構(JAEA)は信用できないので、それに代わる新しい運営主体を探すよう、文部科学大臣に勧告したのだ。もんじゅはプルトニウムとウランの混合酸化物、MOX燃料を使い、発電に使ったプルトニウム以上の燃料を生み出す「夢の原子炉」を実用化すべく建設されたもの。日本の核燃料サイクル戦略の中核に位置づけられていたが、それが存続の危機に追い込まれたのだ。規制委員会が突きつけた回答期限のメドは「半年」。すでに半年を超え、8ヶ月が経過したが、新しい受け皿の具体案は示されない。「もんじゅ」は消滅するのか。もはや必要ないのか。澤田哲生氏を進行役に、専門学者たちが議論を交わした。

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「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

この馬鹿野郎たちの議論の前に解説すると、「もんじゅ」について原子力規制委員会が「運営母体を変えろ」と勧告したのに続いて、今年1月にIAEA(国際原子力機関)が実施するIRRS(総合規制評価サービス)の監査が入ったと澤田氏が指摘している。そう、まずはIRRSの監査の基準がなっていないという議論から始まる。規制委員会の田中俊一委員長が「核燃料サイクルや高速増殖炉開発の意義を十分に納得していない」と高木氏は吠える。

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

そして議論は「もんじゅを再稼働するのには、電力会社の協力が必要だ」という最悪の論調に走っていく。

奈良林氏の言葉を抜粋する。
『今、電力会社は自分の発電所の再稼働問題で手一杯。再稼働が進めば余力もできるでしょうが、今がタイミング的に一番まずい。再稼働がなかなか進まない点は、IRRSがいみじくも言っています。今の原子力規制庁と規制委員会は、新規則基準を作るまではよかったが、規制の運用が〝初期段階〟だと。日本の規制は世界から見ると小学生だというのです。だから、もんじゅを安全にする指導もできず、無駄な書類ばかり作らせている。』

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

この国はもんじゅの再稼働に141億円をつぎ込もうとしている。これだけの金があれば、いくつ被災者住宅が建つというのか。

もんじゅは、1995年にナトリウム漏れ事故を起こしている。
直近では、7月下旬に、点検漏れが新たにあったとして報道された。もんじゅは今や「瑕疵つき物件」なのだ。

あいた口がふさがらないことに、河田はこんな発言をしている。

『高速増殖炉は軽水炉とはまったく体系がちがいます。それに、もんじゅは研究開発のための原子炉ですから、一生懸命に稼働率を稼ぐ必要はなく、保全計画が適正であるのを検証しつつ、一歩ずつ前に進めばいい。ミスが全然ないように学びながら作りあげていくものです。だから規制庁による点検漏れだ、違反だという指摘は、基本的にはフィロソフィーが違うのかなと。規制のあり方を一度ゼロベースに戻すべきです。また、もんじゅに関わっていた人は「運転する自信はじゅうぶんある」と言います。ですから、きちんと実働しながら、それを紙の体系とすり合わせていくことが大切だと思います。』

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

おいおい、何度も事故を起こした車の運転手が「自信が十分にある」「学びながら運転します」といえばあんたたちはその車に乗るのか。

ナトリウムが漏れたということは、拡大すれば端的にいえば体のタンパク質がとけていくかもしれないということで内蔵疾患の原因にもなりかねない。

座談会の学者たちよ! そして「週刊新潮」の人間たちよ!
福島の被災者住宅のど真ん中で座談会をやってみよ。
それができないなら、すぐにお詫びと訂正記事を出せ。

(渋谷三七十)

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原発推進インチキ・メディアを斬る!《5》『週刊新潮』の呆れたもんじゅ座談会

『週刊新潮』(2016年1月28日号)特別読物原子力の専門学者座談会第12弾「御用学者と呼ばれて」

ずいぶん以前の話だが、「反・反原発」路線で売っている『週刊新潮』の1月28日号で、「特別読物 第12弾 原子力の専門学者座談会 御用学者と呼ばれて」の連載で「高速増殖炉もんじゅと日本の核燃料サイクル」と題して、東京工業大学・澤田哲生助教授、東京都市大学大学院・高木直行教授、東京大学大学院・岡本孝司助教授、北海道大学大学院・奈良林直教授らが「もんじゅ」をテーマに語っていた。
なんてことはない。掲載当時は「もんじゅ」の運営を原子力規制委員会が、日本原子力研究開発機構(JAEA)にかわる主体にゆだねるように馳浩文部科学大臣に勧告した頃だ。要するに、「もんじゅが必要」という論調にもっていきたいのが見え見えの呆れた座談会だ。日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)を再稼働させると、少なくとも5800億円の費用がかかると文部科学省が試算していることがアナウンスされている。冗談も休み休み言ってくれよ、週刊新潮! 吐き気すらするこの記事を抜粋しよう。

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澤田 仮に、今回の勧告でもんじゅが廃炉に向かうとしたら、日本のエネルギー政策、原子力政策にどんな影響が及ぶでしょうか。核燃料サイクルはフランスのアストリッドと協力してやる話もあるようですが、国内の六カ所村などの再処理施設はどうなるのか。エネルギー小国の日本がもんじゅを捨てるのは、あまりにもったいないと思います。
岡本 エネルギーを司る役所は経産省と文科省に分かれますが、今回の勧告に監視、経産大臣は「もんじゅは文科省の所管です」とにべもなく語っている。経産省は、核燃料サイクルを推進しているはずですが、地震が多い日本では使えないフランスのアストリッドに期待しているのか。そもそも、もんじゅがつぶれたらアストリッドもありません。
高木 経産省はもんじゅに見切りをつけ、アストリッドとの協力で核燃料サイクルを進めるというのでしょうか。でも、もんじゅをやめた時点で多くの人は、日本が高速増殖炉開発をやめたと思いますよ。
奈良橋 もんじゅをやめてしまうと、日本では二度と高速炉を建設できないと思います。ナトリウムを流して高速炉を運転するのは特殊な技術で、日本は30年かけてナトリウムを使える人を育ててきた。それを絶やしてしまえば、アストリッドと協力しても、日本側から適切なアドバイスをする人がいなくなってしまう。(『週刊新潮』2016年1月28日号)
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おいおい「週刊新潮」よ、いや新潮社の諸兄よ! チェルノブイリの被害を描いてノーベル文学賞をとったベラルーシの女性作家、スベトラーナ・アレクシエービッチ氏の『チェルノブイリの祈り――未来の物語 』(岩波現代文庫)を読んで感想文を書け。そして福島の被災者住宅に個別配付し、悔い改めよ! もしくは、「もんじゅ」の再稼働を署名で止めろ!

まだまだ腐った「原発推進メディア」はたくさんある。ひとつとして許すことはできない。機会があれば、紹介しよう。

(渋谷三七十)

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銀座の蝶、凋落のフジテレビ社長よりも伸びしろある新人作家へ

森村誠一、野沢尚、東野圭吾、池井戸潤などを輩出した“売れっ子作家製造器”とも呼ばれる「第62回江戸川乱歩賞贈呈式」(日本推理作家協会主催・後援・フジテレビ/講談社)が9月9日18時から帝国ホテルで行われたが、この手の文学賞を彩るために呼ばれる「銀座の艶っぽいホステス」が群がったのは、フジテレビ社長の亀山千広社長や講談社の野間省伸ではなく、大御所作家で選考委員の有栖川有栖、池井戸潤、今野敏氏らでもなく、337名の中から大賞に選ばれ、『QJKJQ』で受賞した新人作家、佐藤究(きわむ)だった。

佐藤究氏

「例年、念入りにフジテレビの亀山社長や野間社長や大御所作家に挨拶するのですが、今年、招待された銀座のホステスたちは、挨拶は数分程度で、さっそく『金の卵』と化ける可能性もある新人作家、佐藤のところに並ぶ編集者の列に入ってきたのはびっくりした」(文芸雑誌記者)

とくにフジテレビの亀井社長は活気あふれる受賞式とは正反対でどんよりとした雰囲気。日帯(6~24時)視聴率で、TBSに抜かれて民放4位に転落、破棄がないフジテレビの亀山千広社長は「年々、受賞作が映像化しづらい作品になっておりまして。特に今回の受賞作は、本の帯に『私の家族は全員、猟奇殺人鬼』とある。テレビでは絶対できません」と冗談交じりに、あいさつの弁。その声には張りがなく「体調が悪いのか」とささやかれる始末。負のオーラがばらまかれているのか、近寄るのは男ばかりで、ポツネンとひとりたたずむ姿も。

いっぽうで吉本興業の警備員だったという異色の受賞者、佐藤は「私も今回応募した337名と同じくただ書き続ける日々を送ってきました。書くことは私の古い友人です。作家は、サーカスの曲芸師です。ここはトランポリンやブランコなどを行うサーカスをする楽しい場所です。楽しんでいってください」といっぷう変わった挨拶で聴衆を引きつけていた。

和服姿の美女ホステスがこっそり教えてくれる。「今時の出版社社長や落ち目のフジテレビの社長や、ベテラン作家などに営業しても、もうひいきの店は決まっているし、新人作家は大化けしてベストセラー作家になって大枚をお店に落とす可能性があるのです。だから店どうしの争いも激しいのです」(同)

佐藤への挨拶の順番を巡って割り込む和服ホステスもいて、「ちょっと、私たちが並んでいたのです」と押し返される場面も。いっぽうで野間社長も旧知の男性とばかり話しており、あまり女性を受け付けない雰囲気をかもしだしていた。

「さながらこの会場は現在の不況が凝縮されていた。出版社もテレビ局も銀座の店で遊ぶ余裕がなく、結局、当たれば億単位で稼ぐ“作家”のほうが銀座ホステスにとって“くどくべき相手”だということです。その証拠に、夜8時ごろはもう例年だとほぼ解散なのに,佐藤の“出待ち”をしているホステスもいた」(同)

同賞は、講談社の編集者ががっちりと佐藤をプロテクトしており、佐藤のほうは挨拶してきた連中に名刺を渡さない。

「佐藤が気に入った相手がいれば出版者の編集者であれ、銀座のホステスであれ、広告代理店スタッフであれ、佐藤のほうから連絡するのが受賞式でのマナーであり、ルールです」(同)

さて、凋落のフジテレビ亀井社長は、つぎの予定があるのか早々と会場をあとにした。
「江戸川乱歩賞は賞金が1000万円だが、かつて東野圭吾が『1000万円なんてはした金』と第60回の江戸川乱歩賞贈呈式で言い放ったことがあるように、売れっ子になれば『一晩に数百万を銀座に落とす』のも夢じゃないからね」(同)

この作品は、一家全員がシリアルきらーというかなりエキセントリックな作品だが、ふたりが推薦したようだ。 池井戸潤の選評を紹介する。

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現実と幻想が交錯するストーリーで、その境界線が曖昧なことが読み味なのかもしれない。小説は自由なのだから主人公を含め家族全員が殺人鬼という設定があってもいいし、殺人鬼が犯人を追って密室殺人に挑むというのなら、それはそれでおもしろい。

だが、その謎解きは肩すかしだ。その後の展開も、この小説世界を支える枠組みやルールを後だししている印象を受け、果たしてこれが周到に準備された小説ともいえるか、という疑問を最後までぬぐえなかった。

だが、これはあくまで私一己の読み方である。選考委員のうちふたりがこの小説に最高点を与えて評価するというのであれば、それを拒むものではない。受賞者の今後の活躍をおおいに期待したい。

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いい選評だ。審査委員の今野敏は、「終盤の主人公の少女と実父とのエピソードには思わず涙しそうになった」と語っている。

このところ「文学賞」は、最初からテレビドラマ化しやすい作品に受賞させるようになった。さらに同じおもしろさなら「現代劇よりも時代劇」を、「笑える話よりも泣ける話」を選ぶようにトレンドが変化してきた。ゆえに「本来なら受賞する作品も、落選する可能性がある」と日本推理作家協会のわが師匠も話していた。

さて、「家族全員が殺人者」というストーリーで羽ばたく佐藤氏は、もともと吉本興業の警備員をしていたという変わり種だ。

もともと江戸川乱歩がポケットマネーでつくったこの賞は、森村誠一、東野圭吾、西村京太郎、鳥羽亮ら偉大な作家たちを生み出してきた。この賞の存続を強く望む。

そして92年から後援で参加しているフジテレビよ! 亀山社長よ! 
ドラマ化しにくいのはわかるが、てめえの挨拶が終わるやすぐ帰るという姿勢はいかがなものか。

現在、不況にあえぐ出版社は無名の作家は初刷り1000部なんてザラ。ファンが確実に集まる江戸川乱歩賞受賞作家に「夜の女」がなびき、凋落の出版社やテレビ局らは相手にされない時代が到来したのだ。

(伊東北斗)

  色とりどりの女優たちがエロスで彩る昭和映画史!大高宏雄『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』
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《冤死の淵で》高橋和利氏(鶴見事件) 手記に綴った司法権力への満腔の怒り

外部との交流を厳しく制限され、獄中生活の実相が世間にほとんど知られていない死刑囚たち。その中には、実際には無実の者も少なくない。冤罪死刑囚8人が冤死の淵で書き綴った貴重な文書を紹介する。7人目は、鶴見事件の高橋和利氏(82)。

◆80代まで生き永らえた原動力

今年2月に発売された私の編著「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)には、高橋氏も手記を寄稿してくれている。その手記は次のような冒頭の一文が非常に印象的である。

〈八十一歳。私をこの歳まで生き永らえさせているものは、足の先から頭の天辺にまで詰まり凝り固まっている司法権力への失望と満腔の怒りだ〉

横浜市鶴見区の小さな金融会社で、経営者の夫婦が殺害される事件が起きたのは1988年6月20日のこと。ほどなく殺人の容疑で検挙されたのが、現場の金融会社に出入りしていた電気工事会社の経営者で、当時54歳の高橋氏だった。それから28年。この間に高橋氏は無実を訴えながら死刑判決が確定し、再審請求も退けられているが、裁判の過程では、冤罪であることを示す数々の事実が浮き彫りになっていた。それゆえに高橋氏は、司法権力に対し、〈満腔の怒り〉を抱くに至ったのである。

髙橋氏が綴った手記の原本計20枚

◆捜査や裁判を舌鋒鋭く批判

そもそも、高橋氏がこの事件の犯人ではないかと疑われた原因は、事件の日に現場の金融会社を訪ね、被害者夫婦が殺害されているのを目撃しながら、警察に通報せず、その場にあった現金を持ち逃げしたことによる。つまり、第一発見者が犯人にすり替わってしまったのだが、この経緯を見る限り、高橋さんにも落ち度はある。

しかし裁判では、事実上唯一の有罪証拠である自白には、様々な不自然な点が見つかった。しかも、高橋さんは取り調べに対し「凶器のバールやプラスドライバーはゴミ集積場に捨てた」と自白しているにも関わらず、なぜか凶器は見つかっていない。しかも、現場の金融会社は事件の4カ月前にも窃盗に入られ、融資の借用証や不動産の権利証などの重要書類を盗まれているなど、「別の真犯人」が存在することを窺わせる事情も色々存在したのである。

高橋氏が収容されている東京拘置所

それゆえに高橋氏の捜査批判、裁判批判の舌鋒は鋭い。

〈取り調べの凄まじさは話の外で、思うだけで抑え難い怒りでむかついてくる。(略)大声で罵倒、椅子、机を蹴り、足や脇腹を蹴り、髪を掴んで振り回し、体重をかけて覆いかぶさり机に押さえ付ける。そうしたことをいくら裁判官に訴えても、証人として出廷した警察官が捜査段階での暴力や脅しはなかったと証言しているのだから、そういう事実はなかったのだ。(略)裁判官には洞察眼の欠けらもない。被告に向けるのと同じ疑いの眼を、なぜ証人の警察官にも向けて見ようとはしないのか。〉

◆妻が語る冤罪死刑囚の実像

手記だけを読むと、雪冤に執念を燃やす高橋氏について、読者は気難しい人物なのではないかという印象を持ちそうだ。しかし、妻の京子氏によると、実際の高橋氏は会社に入ってきたカマキリを追い払うことすらできない優しい性格の人だったという。前掲書では、事件の詳細のほか、京子氏へのインタビューにより高橋氏の誠実な人柄も浮かび上がっている。
 
【冤死】
1 動詞 ぬれぎぬを着せられて死ぬ。不当な仕打ちを受けて死ぬ。
2 動詞+結果補語 ひどいぬれぎぬを着せる、ひどい仕打ちをする。
白水社中国語辞典より)

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

 「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
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原発推進インチキ・メディアを斬る!《4》反原発異論で晩節を汚した吉本隆明

膨大な知識量には感嘆するものの、「知の巨人」だとしても言説は斬るべき。間違いは間違いだ。『「反原発」異論』(論創社2015年1月)で吉本隆明は、こう綴る。故人を攻撃しているわけでもなんでもなく「間違いを正して原発を廃止する」ための方策で取り上げるので、けして吉本の人格を斬るわけでない。
吉本は「反原発で猿になる」というタイトルでこう書いている。

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 僕は以前から反核・反原発を掲げる人たちに対して厳しく批判をしてきました。それは、今でも変わりません。実際、福島第一原発の事故では被害が出ているし、何人かの人は放射能によって身体的な傷害が生じるかもしれない。そのために〝原発はもう廃止したほうがいい〟という声が高まっているのですが、それはあまりに乱暴な素人の意見です。今回、改めて根底から問われなくてはいけないのは、人類が積み上げてきた科学の成果を一度の事故で放棄していいのか、ということなんです。考えてもみてください。自動車だって事故で亡くなる人が大勢いますが、だからといって車を無くしてしまえという話にはならないでしょう。ある技術があって、そのために損害が出たからといって廃止するのは、人間が進歩することによって文明を築いてきたという近代の考え方を否定するものです。そして技術の側にも問題がある。専門家は原発事故に対して被害を出さないやり方を徹底して研究し、どう実行するべきなのか、今だからこそ議論を始めなくてはならないのに、その問題に回答することなしに沈黙してしまったり、中には反対論に同調する人たちがいる。専門家である彼らまで〝危ない〟と言い出して素人の論理に同調するのは「悪」だとさえ思えます。(中略)一方、その原子力に対して人間は異常なまでの恐怖心を抱いている。それは、核物質から出る放射線というものが、人間の体を素通りして内蔵を傷付けてしまうと知っているからでしょう。防御策が完全でないから恐怖心はさらに強まる。もちろん放射能が安全だとは言いません。でも、レントゲン写真なんて生まれてから死ぬまで何回も撮る。普通に暮らしていても放射能は浴びるのです。それでも、大体九十歳までは生きられるところまで人類は来ているわけです。そもそも太陽の光や熱は核融合でできたものであって、日々の暮らしの中でありふれたもの。この世のエネルギーの源は元をただせばすべて原始やその核の力なのに、それを異常に恐れるのはおかしい。(吉本隆明『「反原発」異論』論創社)
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おいおい吉本大先生よ、核が「ありふれたもの」だって? バカも休み休み言っていただきたい。すると北朝鮮で金正恩が核開発しているのも「日常のひとコマ」ってわけだ。天国で福島原発事故の際に亡くなった人の怒号を聞け!

(渋谷三七十)

  『NO NUKES voice』vol.9! 特集〈いのちの闘い〉再稼働・裁判・被曝の最前線
 タブーなきスキャンダル・マガジン『紙の爆弾』!
田中宏和『SEALDsの真実――SEALDsとしばき隊の分析と解剖』

《冤死の淵で》風間博子氏(埼玉愛犬家連続殺人事件)手記に溢れた我が子への思い

外部との交流を厳しく制限され、獄中生活の実相が世間にほとんど知られていない死刑囚たち。その中には、実際には無実の者も少なくない。冤罪死刑囚8人が冤死の淵で書き綴った貴重な文書を紹介する。6人目は、埼玉愛犬家連続殺人事件の風間博子氏(59)。

◆検察側証人が証言した「博子さんは無罪」

埼玉県熊谷市で犬猫の繁殖販売業を営んでいた元夫婦の男女が1993年頃、犬の売買をめぐりトラブルになった客など4人を相次いで殺害したとされる埼玉愛犬家連続殺人事件。主犯格の関根元死刑囚(74)が被害者たちの遺体を細かく解体して燃やし、残骸を山や川に遺棄していた猟奇性が社会を震撼させた。だが、関根死刑囚と共に死刑判決を受けた風間博子氏に冤罪の疑いが指摘されていることは案外知られていない。

風間氏は裁判で、「DV癖のある関根死刑囚に逆らえず、死体の処分には一部関与したが、殺人については一切関与していない」と主張していた。結果、この主張が信用されずに死刑判決が確定したのだが、実は裁判では、風間氏が無実であることを示す有力な証言も飛び出していた。それは、死体の処分などを手伝ったとされる共犯者の男Yの以下のような証言だ。

「私は、博子さんは無罪だと思います。言いたいことは、それだけです」
「人も殺してないのに、なぜ死刑判決が出るの」
「何で博子がここにいんのかですよ、問題は。殺人事件も何もやってないのに何でこの場にいるかですよ」

Yは捜査段階に一連の事件は関根死刑囚と風間氏が共謀して行ったように証言しており、裁判でも検察側の最重要証人とめされる存在だったのだが、逆に風間氏が無実だと証言したのである。この裁判では元々、風間氏を殺害行為と結びつける目ぼしい証拠はYの証言しかなく、本来、風間氏は無罪とされるべきだった。しかし、こうした状況でも当たり前のように死刑判決が出てしまうのが日本の刑事裁判なのである。

風間氏は現在、東京拘置所に死刑囚として収容中だが、今年2月に発売された私の編著「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)では、我が子への愛情に満ちた手記を寄稿してくれている。

風間氏が綴った手記の原本26枚

◆愛娘との再会で・・・

風間氏は事件当時、前夫との間にもうけた息子Fさん、関根死刑囚との間にもうけた娘Nさんと一緒に暮らしていた。裁判の1審が行われていた頃、娘のNさんが拘置施設まで面会に来てくれた時のことを手記でこう振り返っている(以下、〈〉内は引用)。

〈面会室のアクリル板のむこうには、逮捕された日には私の膝の上にちょこんと座っていた、あのちっちゃかった幼子が、少女となって座っていました。その時の感動は、とても言葉では表せないほどのものでした。童女から乙女へと成長した娘への愛おしさに鼻の奥はツンと痺れ、私の胸は感激で一杯になりました〉

逮捕から5年余り、1度も会えなかった娘との再会だった。風間氏がまさに万感の思いだったことが伝わってくる。そんな風間氏に対し、Nさんが投げかけた言葉が涙を誘う。

〈訴えかけたくても言葉が出て来なそうな娘に、私は問いかけました。
「Nちゃん。なぁに? どうしたの? なにかあったの?」
必死に泣くまいと我慢していた娘は、涙がポロリとこぼれ落ちたのが合図だったかのごとく、堰を切って話しはじめました。
「ねぇ、お母さん。お母さんは、Nと一緒じゃいやなの? Nはね、お母さんと一緒がいいの。でもね、おばあちゃん達は、お母さんから許可もらったからって、お母さんがいいって言ったからって・・・。Nが『イヤッ!』って何度も何度も、何度も言っても、お母さんの籍からNを抜くって話を、何度も何度も、何度もするの(略)」〉

Nさんの〈おばあちゃん達〉、つまり風間氏の母たちはNさんの将来を思い、風間氏の籍から抜いたほうがいいと考えていたのだが、真意がわからない子供のNさんは風間氏に「お母さんと一緒がいい」と訴えたのだ。

風間氏が収容されている東京拘置所

◆涙の誓い

そんなNさんに対し、風間氏は次のように言って聞かせたという。

〈あのね、Nちゃん。これからお母さんが話すこと、よく聞いて頂戴ね。おばあちゃんやおばさん達は、Nちゃんのこと、きらってなんかいませんよ。今迄も、そして今もズットズット、Nちゃんのこと、とっても大好きでいてくれるわよ(略)おばあちゃん達は、Nちゃんのことが憎くて籍のこととかあれこれ言ってるのではないの。とっても大切で、とっても大事な存在だからこそ、どうすることがNちゃんにとって一番の幸せにつながるのかを、おばあちゃん達なりに一所懸命に考えて言ってくれてたの〉

そして短い面会時間は終わり、〈じゃあ、Nはお母さんと一緒のままでいいのだね!?〉と涙を手で拭き払って言うNさんに対し、風間氏も〈涙でくしゃくしゃの顔のまま、「うん、もちろんよ!!」と答え〉て、2人は別れたという。こうして風間氏は、〈何としても頑張りぬき、娘達の所へ私は還らねばならない!〉と決意を新たにしたのである。

この日から16年、いまだ雪冤を果たせない風間氏だが、現在も子供たちは母の無実を信じ、サポートを続けている。前掲の書「絶望の牢獄から無実を叫ぶ」に収録された風間氏の手記全文には、他にも息子のFさんが判決公判に駆けつけてくれた話など、様々な涙を誘われるエピソードが綴られている。

【冤死】
1 動詞 ぬれぎぬを着せられて死ぬ。不当な仕打ちを受けて死ぬ。
2 動詞+結果補語 ひどいぬれぎぬを着せる、ひどい仕打ちをする。
白水社中国語辞典より)

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

 「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
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「Mr.都市伝説6」もしAIが暴走を始めたらどうするのか?

待望の著が出た。仲がいい古巣の編集者がかかわっているので紹介する。「Mr.都市伝説・関暁夫の都市伝説6」(竹書房)は、AI知能が暴走したら、いったいどうなるかをつぶさに教えてくれる。

この著は、というか都市伝説はじつは会話のネタに詰まったときによく使える。 僕自身は、「怖い噂」というミリオン出版の季刊雑誌でさんざんぱら書かせていただいた。 なので、この手の原稿はネタが豊富だから、ぜひ版元のみなさん、発注してください(と宣伝)。

いちばん最近、耳にする都市伝説は、「自民党系代議士が反原発ライターの住所や電話番号を集めている」というものだ。なんのために? といえば、「テレビやラジオなどのメディアに出さないでおくために」だという。

すでに、反原発のジャーナリストや記者は、確かにテレビの舞台から下ろされつつある。心ある名前のあるライターは言う。「だから反原発の原稿を書くときは匿名にしたほうがいい」と。そして実名に書くとする。すると徐々に干されるというわけだ。

実際、小泉純一郎は反原発を言い始めてからメディアに黙殺された。反原発がライフワークとなった感のある元首相、菅直人はテレビの討論番組ではまっさきに 「外される」リストにあるという。さらに青木理氏も「広告代理店サイドでは、報道番組だとしても難色を示している」とも言われている。いったい、これらの「情報操作」ならびに「権力操作」をしているのは誰か、というのが疑問だ。僕の中でこの答えはとっくに出ている。ここではあえて書かないでおこう。

話をもとに戻せば、この「Mr.都市伝説・関暁夫の都市伝説」が企画として立ち上がったときに、竹書房に僕はいて、最初のプレゼンを編集者が行っている場面を見た。

このとき、数千部が刷られたと思うが、後に何十万部も売る大ヒット作となる。しかししょせん、初刷りは数千部だ。 今度、アマゾンがキンドルを使って書籍、コミック、雑誌を含む和書12万冊、洋書120万冊以上が月980円で読み放題のサービスを始めるという。

こうした「システム」に、ヒット作が埋もれるかと思うと心配だ。 今後、電子書籍がマーケットをリードする時代に入ると、このようなオバケコンテンツは埋もれていくだろう。

無人の車がAIで走行している実験を繰り返している。実際、雪道などでの無人タクシーは便利だろう。だが、無人車が暴走したらどうするのか。もちろん シャブ中かもしれないドライバーがわんさかといる日本で横断歩道を渡るのもごめんだが、いったいぜんたい、AIの運転を信じていいのか。その答え を関氏が明かす。うむ。

さて、私自身の都市伝説のネタは、東南アジアにおけるヤクザのしのぎで、「売れないAV女優が整形して稼いでいる」というものや「裏輸入ルート、金正恩 専用のカンボジア大麻」などが取材してある。くれぐれもオファーを待つ。だがその前に、「実話雑誌」という文化がもうなくなりそうで悲しいが。

▼小林俊之(こばやし・としゆき)
裏社会、事件、政治に精通。自称「ペンのテロリスト」の末筆にして松岡イズム最後の後継者。師匠は「自分以外すべて」で座右の銘は「肉を斬らせて骨を断つ」。

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《冤死の淵で》富山常喜氏(波崎事件) 自ら書いた控訴趣意書で裁判官を批判

外部との交流を厳しく制限され、獄中生活の実相が世間にほとんど知られていない死刑囚たち。その中には、実際には無実の者も少なくない。冤罪死刑囚8人が冤死の淵で書き綴った貴重な文書を紹介する。5人目は、波崎事件の富山常喜氏(享年86)。

◆自ら裁判官を直接批判

1963年8月に茨城県波崎町で農業を営んでいた36歳の男性が自宅で急死した。この一件をめぐり、男性の知人だった当時46歳の富山常喜氏は死亡保険金目当てに男性を青酸化合物で毒殺したとの容疑で検挙され、一貫して無実を訴えながら1976年に最高裁で死刑判決が確定した。しかし、犯行を直接裏づける証拠が何もないばかりか、富山氏が青酸化合物を所持したと示す証拠すら何もなく、長年冤罪の疑いが指摘されてきた。

富山氏は逮捕から40年、死刑確定から数えると27年に及ぶ獄中生活を強いられ、2度の再審請求も実らず、2003年に86歳で無念の獄死を遂げた。そんな富山氏が生前、いかに激しく裁判所と戦っていたのかがわかる文書がある。一審で死刑判決をうけたのち、自ら獄中で書き綴った8万字に及ぶ控訴趣意書である。

富山氏が自ら書いた8万字に及ぶ控訴趣意書。支援者が活字化した

たとえば、富山氏はこの控訴趣意書の中で、第一審・水戸地裁土浦支部の田上輝彦裁判長の事実認定をこう批判している。

〈“被告人は、人間が悪賢く“(中略)“気性も凶暴であると悪く評価されるようになり云々”と極め付けているが、田上裁判長は右に極め付けているような事実を、果たして、誰の口から伝聞し得たと言うのであろうか〉

水戸地裁土浦支部の判決は、証拠は何もないのに、単なる思い込みで富山氏を悪人物だと決めつけたような記述が散見された。それを富山氏は見逃さず、このように指摘したのだ。

そして、富山氏が田上裁判長ら水戸地裁土浦支部の裁判官たちに対し、何より強く訴えたかったのがおそらく次の部分だ。

〈最後にもう一言、田上裁判長はなおもここにおいて、「しかして被告人は、現在においても尚、寸点も改悛の情を現わして居らず」としているものであるが、被告人としては、現在まで指摘してきた数々の卑劣な虚構に満ちた判決文の内容もさることながら、その中においても、特にこの部分における非難の言葉ほど被告人のプライドを傷つけられたものはありません。
田上裁判長は、冤の人間に対して、一体、何を、どのように改悛せよというのであろうか。改悛とは何か、それは冤である被告人にとっては全くの無縁のものであり、それの必要なのはむしろ、ここに至ってまで愧知らずな無稽の諸非難を羅列している田上裁判長の方こそ、真摯に、裁判官としての自己の良心に目覚めて悔い改めるべきではあるまいかと思料するものである〉

判決で「反省していない」などと批判され、激怒するというのは冤罪被害者の多くに共通することだ。その思いを自ら文章にまとめ、裁判所に直接訴えたのが富山常喜という人だったのだ。

◆死刑執行への恐怖

裁判所に対し、かくも攻撃的な態度を示していた富山氏だが、親しい人に対しては、別の顔を見せていた。以下は、長年に渡って富山氏を支援していた「波崎事件対策連絡会議」の代表・篠原道夫氏に対し、富山氏が出した手紙の一節だ。

富山氏が生前、篠原氏に出した手紙

〈土、日曜、祝祭日の外は来る日来る日の毎日が、ガチャガチャと扉を開けられる度びに、心臓が破裂するのではないかと思へるほどの恐怖心を味わわされる地獄の連続であり、若しも寿命を計る機械がありましたなら、恐らくは確実に毎日毎日相当の寿命を擦り減らされているのではないかと思います。
建て前ではいくら悟り切ったように取り繕ろおうとも、所詮は弱い人間である以上、今申上げたようなところが嘘偽りのない本音の本音と云えそうです〉(1987年12月29日消印)

日本では、死刑は死刑囚本人に予告することなく執行される。富山氏は気持ちの強い人だったが、死刑と背中合わせで過ごした日々の恐怖感はやはり尋常ではなかったようだ。

富山氏が満足な医療も受けられずに獄死した東京拘置所

◆晩年は病気に苦しでいた

晩年の富山氏は常に病気に苦しんでいた。篠原氏に届けた手紙でも、体調の悪さを訴えることが次第に増えていく。

〈二月は上旬から風邪を引き込んでしまい、とうとう最後まで殆んど寝たきりの状態で終わってしまいました。今年はタチが悪かったのか、私の体調がそれ程衰えてしまっているのか分りませんが、最初のうちは下痢が続き、その次は今まで出たことのない鼻汁が出たり、その間、咳は止まらないわけで、すっかり悩まされてしまいました〉(2001年3月5日消印)

〈毎日のように襲って来る吐き気に鬱陶しい思いをしております。出来るだけ長生きすることが皆様の御尽力に対する私の至上命題ですので、この度びお差入れの中から取り敢えず八月と九月分の牛乳を購入させて頂きました〉(2001年9月1日消印)

〈毎日の呼吸不全状態、胃部の異状な膨満感など尋常ではありませんので、何かもっと精密な器械での検査が欲しいところです〉(2002年7月8日消印)

この頃になると、富山氏は人工透析治療を受けるようになっており、手紙を拘置所職員に代筆してもらうこともあった。そして次の235通目のはがきは、富山氏が生前、篠原氏に送った最後の書簡となった。

〈いつも心づかいありがとうございます。面会、差入と感謝しております。弁護士さんについては、後日元に戻ったときに連絡等する予定です。〉(2002年8月27日消印)

この文章は拘置所職員に代筆してもらったようだが、はがきの表面を見ると、文字が激しく波打っている。富山氏が震える手で、まさに命を削りながら書いたものであることが察せられる。

これ以来、富山氏の体調は急速に悪化した。そして、医療体制が不十分な拘置所内で苦しみ続け、2003年9月3日午前1時48分、86歳で永眠したのである。

◆支援者らは今も雪冤のために活動

病気に苦しみながら、雪冤を目指して戦い抜いた富山氏だが、ついに存命中に雪冤は実現できなかった。しかし、富山氏本人が亡くなって10余年になる今も篠原氏ら支援者たちは再審無罪を目指し、活動を続けている。富山氏の最期は悲劇的だったが、心ある人が望みをつないでいる。

※書籍「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)では、ここで紹介し切れなかった富山氏の様々な遺筆を紹介している。

【冤死】
1 動詞 ぬれぎぬを着せられて死ぬ。不当な仕打ちを受けて死ぬ。
2 動詞+結果補語 ひどいぬれぎぬを着せる、ひどい仕打ちをする。
(白水社中国語辞典より)

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

 「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
  渾身の『NO NUKES voice』vol.9! 特集〈いのちの闘い〉再稼働・裁判・被曝の最前線
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