《本間龍18》国民投票で何が起きるか(1)広告宣伝で与党が有利な8つの理由

2月13日、参院議員会館で「国民投票法の改正を求める会」の集会が開かれた。長きに渡り、世界各国の国民投票を取材されてきたジャーナリストの今井一氏が主催する会で、私も出席して意見を述べた。

法改正を求める、などというと何だか難しいことをやっているようだが、このままの国民投票法で投票を実施すると、あまりに不公平なことになるから法改正すべきだという提案で、要求は実にシンプルだ。

◆大抵の法案は通ってしまう与党絶対多数への危惧

2月13日「国民投票法の改正を求める会」集会の告知

国民投票法は2007年に施行された法律で、その実施は細かく規定されている。現状では、護憲派はまだ機が熟していないとして憲法審査会での引き伸ばしを図っているが、実際は国会発議に必要な3分の2以上の議席を与党(改憲派)が握っているのだから、現実的に言えば、明日国会発議があっても通ってしまう状況にある。秘密保護法もカジノ法案も野党は絶対阻止と言っていたが、成立した。与党が絶対多数を握っていれば、大抵の法案は通ってしまうのだ。

現行の国民投票法最大の問題点は、国民投票運動期間における広告宣伝に関して、「投票日から14日以内のテレビCM放映禁止」以外は、ほぼ何の制約もないことにある。

広告宣伝に投入できる資金の縛りすらない。つまり、カネのある方は期間中無制限に広告宣伝を打てるのに対し、そうでない方はメディアで何も主張できないことになる。

◆衆参選挙の対メディア宣伝費はおよそ100億円

もう少し具体的にいうと、国民投票が国会で発議されると、そこから最低60日、最長180日間の「投票運動期間」となる。衆参の選挙運動期間が約2週間なのに対し、かなり長い。そしてこの運動期間中、賛成・反対派共に、あらゆるメディアで無制限に広告を展開できることになっているのだ。

ちなみに、衆参の選挙でメディアに投入される宣伝費は100億円程度(選挙公営からの拠出の他、各政党独自の広告費を含む)であるから、少なく見てもその4~5倍のカネが投入されることになるだろう。

このように書くと、改憲派・護憲派双方が自由に宣伝合戦できるならいいではないか、と錯覚しがちだが、ことはそんなに単純ではない。なぜなら、予想される国民投票は与党(自民・公明)が主導し、好きなようにスケジュールを組み立てられる。つまり、広告宣伝における「メディア戦略」を早くから構想し、自分たちに一番都合の良いように展開できるからだ。では具体的に、どのようなことが起こり得るのか列挙してみよう。

《1》 改憲派は自民党を中心に結束して宣伝戦略を実行し、最初から電通が担当することが決まっているのに対し、護憲派はバラバラで何も決まっていない。改憲派は国会召集以前から周到なメディア戦略を構築することが可能である。

《2》 改憲派は国会発議のスケジュールを想定できるのに対し、護憲派はあくまで発議阻止が大前提のため、国会発議後にようやく広告宣伝作業を開始する。この初動の差が非常に大きい。

《3》 改憲派は自民党の豊富な政党助成金、経団連を中心とした大企業からの献金を短時間で集めて広告宣伝に使えるのに対し、護憲派は国民のカンパが中心となると思われ、集めるのに時間を要する。さらに、集まる金額も桁が違うことが予想される。広告代理店とメディアは支払い能力の有無を厳しく査定してから広告を受注するので、ここでもタイムラグが生じる。

《4》 改憲派は電通を通じて発議までのスケジュールを想定して広告発注を行い、TVCMのゴールデンタイムをはじめあらゆる広告媒体(新聞・雑誌・ラジオ・ネット・交通広告等)の優良枠を事前に抑えることが出来る。その際、電通は「自動車」「家電」などのダミーネームで広告枠を抑えるため、護憲派は察知できない。発注が遅れた護憲派のCMや広告は、視聴率などが低い「売れ残り枠」を埋めるだけになる可能性が高い。

《5》 もし投票日が発議後60日後の最も短い期間になった場合、改憲派は事前準備して発議後翌日から広告宣伝をフル回転(広告を放映・掲載)できるのに対し、護憲派がTVCMなどを放映開始できるのは(制作日数を考慮すると)どんなに早くても2~3週間後となり、その間は改憲派の広告ばかりが放送・掲出されることになる。この初動の差を埋めるのは至難である。さらに週刊誌や月刊誌などへの広告掲載は既に優良枠を買い占められて、ほとんど何も掲載できないまま投票日を迎える可能性すらある。

《6》 改憲派は雑誌関係でも国会発議予定日に照準を合わせ、「国民投票特集」のような雑誌タイアップ本、ムック本・新書・単行本の企画・発売を計画できるが、護憲派にそんな時間的余裕はなく、書店店頭は改憲派関連書籍によって占拠される。

《7》 改憲派は豊富な資金に物を言わせて大量のタレントを動員し、出演者が毎日変わる「日替わりCM」も制作可能。老若男女に人気の高いタレントや著名人をターゲット層に合わせて出演させ、「改憲YES!」「改憲、考えてみませんか」と毎日語りかける演出が出来る。

《8》 改憲派は国会発議のスケジュールに合わせて自前の番組枠を持つことも可能だ。MXテレビの「ニュース女子」のように、スポンサーが資金を出して制作プロダクションに番組を作らせ、テレビ局に持ち込む方式にすればよい。国会発議後、民放深夜枠やBS・CS放送の時間枠を買い切れば十分可能。

というように、初動の遅れが護憲派に壊滅的打撃を与える可能性が非常に高い。仮に護憲派が相当な資金を集め得たとしても、それを使う場所が全て事前に抑えられていたら、どうしようもないのだ。総金額で同じ広告費を投入しても、視聴率の低い時間帯にいくらCMを流しても無駄だし、購読率の低い雑誌や新聞の広告枠をいくら大量に買っても、やはり意味がないのである。

さらに、ことは広告宣伝だけに止まらない。巨額の広告費投入は、クロスオーナーシップで構成される日本の報道現場にも、大きな影響を与える可能性が高い。そこで何が起きるのかは、次回で解説しよう。

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

『NO NUKES voice』第10号本間龍さん連載「原発プロパガンダとは何か?」新潟知事選挙と新潟日報の検証!
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』

《本間龍16》「アイヒマンを追え!」と原発広告データベース構築・二つの執念

 
 

ドイツは、第二次大戦で犯した蛮行を反省し、戦後はナチ戦犯を徹底的に訴追したことで、本当にナチスと決別し、反省したと世界に評価された。しかし、それは戦後すぐにできたわけではなかった。敗戦直後、戦勝国によるニュルンベルク裁判が行われナチ高官らは裁かれたが、将官クラス以下の元ナチ党員らは市井に紛れ、政府の要職や教職につく者までいた。その数は膨大で、誰が元ナチなのか、口にできない雰囲気が国民の間に立ち込めていた。

それを破り、アウシュビッツをはじめとするユダヤ人虐殺を指揮したルドルフ・アイヒマン逮捕に執念を燃やし、元ナチ党員の徹底追及に道を開いたのが、ヘッセン州検事長であったフリッツ・バウアーである。現在公開中の映画「アイヒマンを追え!」は、バウアーが元ナチ党員たちの妨害に耐えながら、命をかけてナチ戦犯を追い詰めていった過程を描いている話題作だ。

 
 

◆検事長バウアーに立ちはだかったドイツ社会の「集団忘却願望」

だが映画の中でバウアーが戦うのは、元ナチ党員だけではない。新生ドイツの復興を急ぐあまり、ナチの蛮行に触れたくない、できれば忘れたいとする政府や国民の「集団忘却願望」も大きな壁となって立ちはだかった。自身はユダヤ人で戦時中はスウエーデンに潜伏していたバウアーは「これは復讐ではなく、正義のために行うのだ」と調査を嫌がる若い検事たちの尻を叩く。その執念は凄まじく、アルゼンチンに逃亡したアイヒマンを自国で裁けないと知ると、当時まだ国交が無かったイスラエルのモサドに情報を流し、彼らにアイヒマンを捕まえさせることさえ厭わなかった。

あの世紀のアイヒマン裁判の裏には、そんな驚愕の事実が潜んでいたのだ。そしてアイヒマン裁判を機にナチの蛮行が世界に発信され、ドイツ人自身によるアウシュビッツ裁判を筆頭としたナチの徹底的な追及が行われる事になるのだが、その流れを作ったのがバウアーだったのだ。

 
 
 
 

◆原発ムラの面々を裁けなかった日本

この映画を見ながら、敗戦直後にナチを追及できなかったドイツ社会が、原発事故後に原発ムラの面々を裁けなかった日本とダブって見えた。広範囲な国土を放射能汚染させ、千人以上の原発事故関連死を引き起こした法的責任を、まだ誰も取っていない。それは、東電を主犯とする原発ムラの裾野が広大で、実に多くの人々が共犯者だからだ。現に、今も活動を続ける「原子力産業協会」名簿に記載された企業の多くが、日本を代表する一流企業である。これら原発ムラは、311以前は巨額の宣伝費で原発プロパガンダを展開していたが、事故直後に一斉に証拠隠滅に走った。そして事故後2~3年経つと、ほとぼりが冷めたとしてまたぞろ原発礼賛をあちこちで再開し始めた。

これは結局のところ、彼らの悪事がきちんと記録されず、多くの国民がその悪行を知らないため、時間の経過とともに集団的忘却に陥っているためではないだろうか。敗戦直後にナチスの蛮行の詳細を多くのドイツ人が知らず、その後それを忘却しようとしたのと酷似している。現在、福島県は避難地域の縮小を急ぎ、自主避難者への生活支援を今年3月に打ち切ろうとしているが、これなどは「早く原発事故を忘れたい、無かったことにしたい」という忘却願望の表れそのものだ。いまだ9万人を超える避難者の数を減らし、一刻も早く原発事故を想起させる対象を消去したいというグロテスクな集団願望が蠢いている。

 
 

◆原発事故を起こした私たちは、過去と向き合わなければならない

こうした加害者側の忘却願望に抗するために、私はこれまで311以前のメディアの論調や原発礼賛広告を調べ、記録してきた。その成果を「原発広告」や「原発プロパガンダ」などの著作にまとめてきたが、近い将来、記事や広告掲載の日時データに加え、高額の報酬を貰って原発広告や推進イベントに出演していたタレントや学者などの氏名を網羅したデータベースを作り、ネット上で公開したいと思っている。彼らは笑顔で原発礼賛を繰り返し報酬を得ていた「原発ムラの共犯者」なのに、事故後はその事実を語らず、事故で苦しむ人々に何の援助もしていない。もちろん、貰った報酬を返却したという話も聞いたことがない。これは、日本社会がそうした事実を記録せず、責任追及もせず忘却するがままにしているからだ。しかし、そのまま放置していて良いはずがない。データベース公開によって関心のある誰もが事実を知ることが出来るようになるのが、私の願いだ。

完成形としては当時の雑誌や新聞の紙面も全部見せたいのだが著作権上の問題もあり、当初はテキストデータだけになるだろう。しかし検索機能を備え、例えば「星野仙一」で検索すれば「福井新聞2009年12月12日掲載・15段・関西電力」と分かるような設計にしている。もちろん、全部で何回、どこの広告に出演していたかも分かる。そして名前を掲載される規模は数百人に及ぶだろう。いわば原発事故版オデッサ・ファイルのようなものだ。

 

私はこの作業をほぼ個人でやっていて、ここ数年はある大学の補助も受けたが、実に膨大なデータ量と作業量と格闘している。データ取得は国会図書館でのマイクロフィルム精査、コピーの連続であるから当然お金もかかり、資金の欠乏で作業に遅れが出ている。しかし、「アイヒマンを追え!」を見てバウアー検事長を知り、この作業を絶対に完遂させるという決意を新たにした。

原発事故を起こした私たちは、過去と向き合わなければならない。そのためには過去を振り返る資料を誰もが見ることの出来る環境が必要だ。私に出来ることは小さな事だが、それが社会正義に繋がることを願って、今日も作業を続けている。


◎[参考動画]『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』予告篇

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

『NO NUKES voice』10号本間龍さん連載「原発プロパガンダとは何か?」新潟知事選挙と新潟日報の検証
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』

《本間龍15》今年も原発プロパガンダを監視する──地方新聞の原発「賄賂」広告

2016年は原発広告が完全に復活し、しかも新たなプロパガンダ手法まで展開された年だった。年末にはもんじゅの廃炉決定という核燃サイクルの歴史的転換が起きたものの、原発ムラの野望はいささかも揺らいではいない。再び国民を騙そうと、陳腐な広告出稿を全国で展開中である。今回はその確認をしておこう。

◆青森、新潟、福井、静岡──原発広告を定期・不定期で出稿している4地域

2016年6月14日付東奥日報記事

現在、原発広告を定期・不定期で出稿しているのは以下の地域だ。

青森県  日本原燃を中心とした新聞・雑誌広告、テレビ・ラジオCM
新潟県  東電による新聞・雑誌広告、テレビ・ラジオCM
福井県  関電による新聞広告、シンポジウム実施
静岡県  中部電力による新聞広告、テレビ・ラジオCM
 
このほかの地域でも散発的な広告出稿はあるが、継続的な出稿が確認できているのは上記の県になる。

2017年1月5日付日本経済新聞記事

◆東奥日報──青森県や原燃と二人三脚で原発推進

各県の特徴を簡単に説明すると、青森県の東奥日報は311以前と全く変わらず、原発推進を社是としているとしか思えない新聞社で、青森県や原燃と二人三脚で原発広告や推進記事を掲載し続けている。

福井新聞と共に311以前から原子力産業協会(原産協)に加盟しており、ある意味全く原発推進姿勢のぶれない新聞である。広告だけでなく、女性読者限定の勉強会と称して原発関連施設見学会を定期的に開くなど、ヨイショ的なPR活動も積極的に行っている。

2016年2月11日新潟日報に掲載された東京電力15段広告

◆新潟日報──東電HPから消された15段広告

東電は現在、TEPCOの社名でインターネットのバナー広告などを打つ以外は、新潟県内に限って新聞・雑誌、テレビ・ラジオ広告を展開している。東電黒字化の切り札と言われる柏崎刈羽原発の再稼働を狙っているからだが、昨年10月に実施された知事選で、再稼働に反対の米山隆一氏が当選したことによりその可能性はかなり遠のいた。

それでもしぶとく広告出稿を続けているのだが、これに対しては県民及び福島県からの避難者からの強い抗議に晒されている。多くの人々から広告出稿中止を求められてもやめないのだから、東電という集団の傲慢さが非常に如実に表れている。

しかし、彼ら(新潟本社)のホームページを見ると、面白いことに気づく。

このページには過去の広告が全て掲載されているが、昨年2月11日に新潟日報に掲載した15段広告(別添)だけが欠けているのだ(出稿直後は掲載されていた)。福島第一原発の事故発生を防ぐことが出来なかった企業が『更なる「安全」を胸に』というキャッチコピーを使うのはおかしい、と私が『NO NUKES voice』はじめあちこちのメディアで批判し、東京新聞や朝日新聞でも記事掲載されたから、あまりに体裁が悪くて削除したのではないかと思われる。連中もある程度は批判を気にしているということだろう。

2017年1月5日付福井新聞記事

◆福井新聞──関電、原研、文科省と共犯する原発翼賛キャンペーン

福井県では関電が散発的に広告出稿しているが、前回も報告したように、原発翼賛シンポジウムなども積極的に行っている。それを福井新聞が紙面で紹介するのだから、同社も立派な共犯である。

そういえば、昨年末に廃止が決まったもんじゅの運営元である原研や文科省は、運転停止処分中で廃止がほぼ決定的だった2015年も、「改革の総仕上げに向けて」と題する15段の新聞広告を福井新聞に数度掲載していた。だが運転停止処分を平然と「改革」という言葉に置き換える鉄面皮でも、廃止を免れることは出来なかった。

中部電力ホームページより

◆静岡新聞──浜岡原発再稼働を目指す中部電力の広告出稿額は年間1億円超

そして昨年、原発広告の出稿が全国で一番多かったのは、静岡の浜岡原発再稼働を目指す中部電力である。主に静岡新聞への15段や7段広告シリーズの掲載、テレビ・ラジオCMの実施などで非常に目立っていた。もちろん、シンポジウムなどの実施にも余念がない。静岡新聞への出稿金額は年間1億円を超えていると思われ、同社にとっては大変有難い広告主になっている。

実際に静岡新聞は、東海地震や南海トラフ地震関連の記事は頻繁に載せるものの、最大の懸念材料である浜岡原発については事実報道のみで批判的な記事はほとんど載せていない。つまり中部電の広告掲載は、相手の批判力を削ぐ役目を立派に果たしているのだ。

東京電力ホームページより

◆「電力自由化」広告で巻き返しを図る電力会社の地元紙への「賄賂」

上記にあげたように、日本全国の原発所在地で原発広告は復活しているものの、現在その頻度は311に比べて少ない。しかし、実は隠れた懸念材料が他にある。昨年の電力自由化を口実に、電力各社が広告活動を活発化させているのだ。つまり、原発をテーマにした広告は少ないが、電力自由化がテーマの広告は激増している。そうすることによって、またもや「広告費」と称する「賄賂」が堂々と電力会社から各地域のメディアに流れる図式が復活しているのだ。

電力会社がメディアに大量の広告費を払えば、原発がテーマであろうがなかろうが「優良スポンサー様」となり、そこから出るカネを失いたくないメディアはまたぞろ311以前のように、電力会社に不利な報道を自粛するようになる恐れがある。今年も各地の原発広告や電力会社の広告展開を厳しくウオッチしていきたい。

◎[参考動画]「記憶すべき年となる」東電・数土会長が年頭挨拶(2017年1月4日ANNnewsCH)

 

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年2月号
『NO NUKES voice』第10号本間龍さん連載「原発プロパガンダとは何か?」新潟知事選挙と新潟日報の検証!

《本間龍14》労働局に「全面降伏」姿勢を見せる電通の意図

電通が矢継ぎ早に労働環境の改善策を発表している。

2016年9月21日付ウォールストリートジャーナル

12月2日に、来年1月を目処に全社員の約1割にあたる650人を配置転換、人材の足りていない部署の解消を目指すと発表。中途採用も拡大し、今月から60人の募集を開始するとした。また、1月から70ある局に1人ずつ、人材管理を担当する「マネジメント職」を配置する。キャリア開発支援や健康への配慮に関する研修を受けた人材が着任し、社員一人ひとりの勤務時間管理や、局全体の労働状況の管理などにあたる。

「本日の一部報道について」2016年9月23日付電通ニュースリリース

12月9日には、長く社員手帳に掲載して来た社員心得「鬼十則」を2017年版から削除することも発表した。さらに管理職を部下が評価する「360度評価制度」を導入、上司による一方的な人事判断是正を目指す。また、全ての部門で有給取得50%以上を目標にするという。

2016年10月7日付ANNニュース

◆なりふり構わず職場改善策を進める電通の意図

このなりふり構わぬ職場改善策は、1月に予想される労働局による書類送検をなんとか軽いものにしたいという、全面降伏の意思を示すものだ。強制捜査まで受けているから送検は免れないが、その内容によって東京地検の動きも変わるから、少しでも印象を良くしたいという必死の思惑が透けて見える。今回はその内容をチェックしてみる。

2016年10月14日付NHKニュース

まず全社員の1割配置転換だが、これは実は大した話ではない。電通や博報堂は年度末になると大々的な人事異動を発表する。人員の昇進や異動、局の統廃合や新設などが集中的に発表されるので、優に全社員の1割くらいは動く。要はそのタイミングを早め、人材の偏り平準化を急いだにすぎない。

しかし、いくら配置転換を前倒ししたとしても、高橋まつりさんの自殺を招いた部署間の人員不足、極端な仕事の集中を解消するというのは容易ではない。例えば、デジタル部門は高度の専門性が必要であり、知識がない人員を数合わせで投入しても、すぐには役に立たないからだ。むしろそうした人員の教育に時間を取られ、短期的には得意先へのサービス低下を招く危険性が高いだろう。

私は博報堂で18年間営業現場にいて、同時にほぼ全ての社内部門を見て来た。仕事の仕方は博報堂も電通も大して変わりはないから、人が足りないからといって頭数だけ揃えても役に立たない現実をよく知っている。残業時間が多い激務の部局は、それだけ他社との競合が激しいか、制作部門なら優秀な人材が揃うゆえに仕事が集中していると考えられる。そうしたところに他部門からいきなり人員だけ補充してもやはり役には立たず、古参部員のストレスが急激に上昇することになってしまう。昨日まで営業にいた人間を、明日からコピーライターやデザイナー職に異動しても役に立たないことは誰でも想像できるだろう。もちろんそんなことは電通経営陣も百も承知だろうが、会社の存亡がかかる事態に、なりふり構わぬ措置を取らざるを得ないのだろう。

2016年10月20日付NHKニュース
2016年11月17日付NHKニュース

◆社訓同然の「鬼十則」を封印した電通の意図

「鬼十則」の社員手帳からの削除は、社外向けのパフォーマンスであると感じる。電通の社訓同然である「鬼十則」自体を否定した訳ではないし、内容については具体的言及がないからだ。この「鬼十則」は電通中興の祖と言われる故吉田秀雄氏が昭和26年に制定したものだが、仕事への取組み方、あるべき姿勢を示したものとして、今でもビジネス書や自己啓発本などで紹介され、支持されている。改めてその内容を紹介すると、

1.仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

電通のステートメント(同社HPより)

というもので、5の「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」以外は、現代のビジネス慣習としても十分通用すると内容だと思われる。但しこの5の「取り組んだら放すな、殺されても放すな」という部分が電通の苛烈な社内風土の原点とも言われ、高橋さんの弁護士も記者会見でこれを強く批判している。昭和26年といえば敗戦直後の痕跡がまだ色濃い時代であり、さすがにこの部分はもはや時代にそぐわなくなっていると感じる。しかし多くの電通社員にとってまさに精神的支柱でもあるから、いきなりそれを全否定するという訳にもいかないのだろう。今後の取り扱い方に注目だ。

◆上意下達意識が徹底した電通で改善策の実行は本当に可能か?

そして最後の「360度評価制度」「有給休暇の50%取得」に関しては、電通という上意下達意識の徹底した組織でどこまで有効に機能するか、それこそ電通社員ですら懐疑的に感じていることだろう。これらはまさに会社の本気度が試されるが、現在の混乱を引き起こした現経営陣がそのまま居座るのでは、多くの社員の支持を受けるのは難しいのではないか。

これらの改善策の実行は来年からだが、労働局の書類送検も1月頃と言われており、その先には東京地検による捜査の可能性もある。そうなれば電通は完全に「ブラック企業」「法令違反企業」としての烙印を押されることになる。崩壊した電通ブランドの立て直しは果たして可能なのか。これからもウオッチしていく。

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

『NO NUKES voice』第10号[特集]原発・基地・震災・闘いの現場
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!
衝撃出版!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊)

《本間龍13》各地で復活している「原発翼賛シンポジウム」

311以前、全国で展開されていた原発翼賛広告=原発広告は福島第一原発事故の発生で一斉に姿を消したが、2013年頃から福井(関電)、新潟(東電)、静岡(中電)、青森(原燃)の各県で復活して来た。いずれも県内に原発や関連施設があるためだが、それに従って、「原発翼賛シンポジウム」も復活して来ている。これは主に経産省や県、電力会社が主催し、原発ムラに所属する専門家やタレントがパネリストとして参加する。しかし、シンポジウムとはいえ反対意見の人間は一切呼ばれないから、実際はただの原発翼賛集会だ。従って集まる観客もムラ関係企業からの動員が大半で、まともな質問も出ない。NUMOが全国各地でやっている放射性廃棄物の地層処分を呼びかける講演会と同じである。

◆ローカルメディアのおいしい収入源

こうしたシンポジウムの開催は、各地のローカル新聞社やテレビ局にとって大変おいしい収入源になっている。開催が決まれば共催社となって数ヶ月前から開催告知広告を何度も掲載するが、当然その広告費は主催者から頂戴する。シンポジウム会場も新聞社が手配するが、その際の会場使用料、設営費や実施費も手に入る。そしてシンポジウム開催翌日にはそれを独占記事にする。

さらには、そのシンポの内容を10~15段の記事風広告にして、その制作費と掲載料も頂くこともある。また、資本関係にあるローカルテレビ局は開催告知スポットCMを放送し、その放送料を頂く。出演者の手配や進行は主催者側がやるから、自分たちは元手をかける必要がない、楽に稼げるシステムが確立しているのだ。

しかし、記事風広告はわざと記事と広告の境目を曖昧にした体裁だから、それを記事だと誤認して読んでしまう読者も多い。さらに記事やニュースとして扱うことにより、まるできちんとした議論が行われているかのような錯覚さえ与える。そうした危険性を百も承知でやっているのだから、協力するローカルメディアも非常に罪深い。

◆福井新聞に「記事」として紹介された「翼賛シンポ」

2016年12月12日付福井新聞より

そうしたシンポの典型例が、12月11日に福井で開催され、それが翌日の福井新聞に「記事」として紹介された。しかし、その論調は完全に推進側の発言のみで、広告と何ら変わらないひどさであったので、紹介しよう。
2016年12月12日付福井新聞より

同シンポは原発の40年を超す運転をテーマに、福井県環境・エネルギー懇話会主催、資源エネ庁と関電担当者が出席、参加者も交えたパネルディスカッションもおこなわれたという。資源エネ庁の多田次長が「全ての原子炉を運転開始から40年で廃炉とすると、エネルギー基本計画で定める原発比率「20~22%」をクリアできないと説明。

また関電関係者は、原発のソフト、ハード面の対策を強化し「40年超のプラントも、最新のプラントと同一の基準で安全性を確認している」などと語ったらしい。しかしこれは恐ろしい詭弁である。40年前に作ったものが最新の製品と全く同じ品質を保てるなど、科学的にあり得ない。もしそんなことが可能なら、原発の安全検査など必要ないではないか。こういうトンデモ発言に全く反論がないのが、こういうシンポの特徴でもある。

さらに、県内の経済界・消費者・立地自治体・若者(どのようなカテゴライズなのか不明)の代表者4人がパネルディスカッションを実施。原発の40年超運転について「分かりやすい情報に基づいて国民一人一人が問題を咀嚼(そしゃく)し、建設的な議論を」(鈴木早苗・県地球温暖化防止活動推進員)、「安全性向上のため事業者に努力してもらい、規制する側はしっかりと規制してほしい」(田中康隆・高浜町商工会会長)、「人口減少時代に全原発を40年で止めると、発電コストが上昇する一方だ」(進藤哲次・ネスティ社長)と発言した。

◆311以前と変わらぬ発言をデジャヴのように繰り返す

原発翼賛シンポならではの酷さだが、あの甚大な原発事故を経験したというのに、311以前と全く変わらぬ発言を並べる人々を見ると、昔のシンポ広告を見ているような既視感を覚える。「分かり易い情報に基づいて」などと言うが、原発ムラがそんなものを出したことは一度もないし、「国民一人一人が問題を咀嚼して議論を」などというのなら、直近の世論調査で国民の7割近くが原発に反対という結果が出ている。国民はとっくに咀嚼済みで結論を出しているのだ。また、安全性向上のために事業者が努力をするのは当たり前である。それでも福島の事故は起きたことを忘れてはならない。また、「しっかり規制」しなどしたら、日本では原発を動かすことなど出来はしない。

さらに最後のネスティ社長の発言など、昨今の原油安で殆どの原発が停止中にも関わらず、全ての電力会社が黒字になったのを知らないらしい。人口減少と原発停止による発電コストとは何の関係性もない。要するにどれもこれも、反論がないことを良いことに、自分たちに都合のいい発言をしているに過ぎない。

そして最後の若者?代表の発言には唖然とした。『福井大生の青山泰之・ふくい学生祭元実行委員長は「専門家が考え、決めたことは信じるしかない」』と発言したらしいが、大学生が自分で考えることを放棄して御用専門家を「信じるしかない」などと口にするとは、呆れを通り越して福井大のレベルが心配になる。その御用連中の言葉を信じたばかりに原発事故が起きたのを知らないのだろうか。利権にまみれた大人たちは既に手遅れだが、前途ある学生には、是非拙著や『NO NUKES voice』を読んで欲しいと願うものだ。

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

『NO NUKES voice』第10号 本間龍さん連載「原発プロパガンダとは何か?」〈8〉新潟知事選挙と新潟日報の検証!
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《本間龍12》「ブラック企業大賞」候補に選ばれた電通、別の過労死事件を隠蔽か?

DENTSU TEC 2017 RECRUITより

 
11月7日に全社員に向けた社長メッセージが発せられ、12月2日には社員の1割を配置転換するという社内体制の改革を発表し、改革イメージを懸命にアピールした電通だが、それは偽りの姿であったことがハッキリした。11月30日のMNJ(マイニュースジャパン)が、NHKニュースで感想を述べた社員が戒告処分を受けたことをスッパ抜いたのだ。

NHK『ニュース7』の字幕では、「捜索が入って急に騒ぎ出すのは自浄能力のない会社だなと思う」と記されていた。その直前に行われた社長の社内会見では、石井社長が「様々な社員のみなさんの声を取り入れて、みなさんとともに新しい電通を作っていければと思っています」と述べていたのに、感想を述べただけの社員を戒告処分にしたというのだから、まさに驚愕である。これに対し、電通労組が異議を唱えないとしたら、もはや存在意義などないに等しい。

しかも、何らかの社内機密を漏らしたというなら別だが、この社員はインタビューに対して自分の感想を述べただけだ。石井社長は「先日来、社内の文書が外に漏れている。ご自分の考えを述べることはもちろん構わないが、社内の情報を外に出すことは、明確な社規違反です」とも語っていたという。

もし経営陣が上記の社員の感想を「社内情報」と判断したとするなら、まさにソ連時代の小話である『「赤の広場」で「スターリンは馬鹿だ」と叫んだ男が逮捕された。裁判の結果、懲役25年が言い渡された。刑期のうち5年は侮辱罪、残りの20年は国家機密漏洩罪であった』を彷彿とさせる愚かな状況である。いくらなんでも電通経営陣はトチ狂っているとしか思えず、こんな感想を述べた程度で戒告なら、真摯な意見を述べる者は誰もいなくなってしまうだろう。

実は、この社員がなんらかの処分を受けるかもしれない、という情報は以前からメディアにも漏れていたのだが、それを確認した記者に対し、電通広報は「そんなことをすれば(批判に)火に油を注ぐだけだから、ありえない」と回答していたというのだから、もはや経営陣と広報間の連携すら取れていないということなのだろう。そして、このMNJ記事の確認をした記者に対しては「社内事情を公開する義務はない」として回答を拒否したのだ。

以前も書いたが、メディアの間で電通広報の評判は非常に悪い。問い合わせに対しては曖昧な返事しかせず、無視することも多々あり、細かく追求する記者に対しては「社内事情を説明する義務はない」などと偉そうに回答する。あまりにも多くの問題が勃発しているから質問されるのに、「そんなことはお前らの知ったことか」という態度なのだから、周囲からの評判が悪いのは当然だろう。私のスクープである、石井社長が安倍首相と会談した件に関しても、確認を求めた記者達に対し「社長の動静を外部に開示する必要はない」として回答を拒否しているほどだ。

電通(博報堂も)がスポンサー各社に提案している「事件・事故対応広報マニュアル」では、重大事件後は広報担当者を選任し、メディアの質問には誠実に答える態度が必要だと書いてあるはずだ。あの悪名高い東電でさえ、定例記者会見では(不十分ながらも)一応は回答する姿勢を見せている。それは、事件事故の勃発時には厳しかった記者にも誠実に対応すれば信頼関係を構築でき、事態が治まってきたときには冷静な記事を書いてもらえるなど、味方になってくれる可能性があるからなのだが、電通の対応は見事にこの自らが提唱するセオリーを無視している。恐らく、店頭で物を売るコンシュマー製品を作っている企業ではないから、メディアを通じた丁寧な説明など一切必要ないと考えているのだろう。傲慢さは少しも変わっていないのだ。

しかし、こうしたメディアに対する「塩対応」は確実に記者達に「不誠実な企業」という印象を与え、彼らは不満を募らせている。実は電通にはもう一件、ここ数年内に起きた過労死事件が存在するという情報があり、いま多くのメディアがその存在を追っている。もしこれが確認され発表されれば、電通の信頼はもはや回復不能な状態に追い込まれるだろう。不誠実な対応をすればするほど味方はいなくなり、さらに急所をスクープされるという泥沼に入り込んでいるのだ。

おりしも、電通は毎年開催されている「ブラック企業大賞」にノミネートされた。今年も佐川急便や関電など錚々たる面子が揃っているが、特に今年の下半期でここまでイメージが悪化した企業は他になく、大賞受賞は間違いないと思われる。だが電通がノミネートされることが確実とあって、毎年取材に訪れるテレビ各局が、今年は一社もなかったという。いまだに電波メディアに対する電通の威光は健在なのだ。


◎[参考動画]電通グループの広告制作会社、電通テック2017年新卒採用リクルートムービー(DENTSU TEC RECRUIT 2016年6月12日公開)

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

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『NO NUKES voice』第9号 好評連載!本間龍さん「原発プロパガンダとは何か?」

《本間龍11》 元広告屋が見た「ファブリーズVSくさや」CMの問題点

今回は、ネット上で今ホットな話題となっている、消臭・芳香剤「ファブリーズ」と伊豆諸島の特産品「くさや」を対決させたCMが制作され、地元民から怒りを買っている、という件について書いてみたい。

 
 

◆くさやの臭いを「阿鼻叫喚の地獄」と称する感覚

私は未見だが、このCMは昨年からP&Gのサイトにはアップされていたらしい(現在は削除)。日刊ゲンダイの記事に拠れば、「くさや」だけのボックスと「くさや」と「ファブリーズ」が入ったボックスが用意され、CM出演者がにおいを嗅ぎ分けるという内容。「くさや」の匂いを嗅ぐシーンでは、出演者たちが顔を背けながら「えっ、スゴイ臭い」「何コレ」「くっさいですね」とその強烈な匂いを強調し「あまりの臭さに阿鼻叫喚の地獄と化すラボ内」という強烈なナレーションが流れる。

一方、ファブリーズが置かれたボックスに場面が変わると、「全然臭わない」「こんなに消えるんだ、スゴイ」と今度は全く変わって次々と称賛の声が上がる。「かくしてファブリーズはくさやのにおいに打ち勝つことができた。検証成功。ファブリーズの勝利」と締めくくられるという内容。

 

◆コンプライアンスに抜かりないはずの多国籍企業P&Gがなぜ?

これだけでもトンデモな内容だと分かるのだが、まず私が驚いたのは、これが「P&G」の作品だったことだ。同社は180カ国を超える国々で事業を展開、売上高も8兆円を超える世界最大の日用品メーカー。ファブリーズだけでなく、「アリエール」「パンパース」など数多くのブランドを有し、そのマーケティング力はMBAの授業などでも高く評価されているという。

もちろんコンプライアンスやガバナンスに関しても抜かりのない企業だ。広く様々な国で稼ぐ外資は、特にヘイトや国別の文化伝統への中傷などに敏感であり、企画段階で厳しくチェックされるから通常はこのような作品は作らない。それが今回、評判が良いからと言ってテレビCMも流しはじめたところ人目に止まり、騒動になったようだ。

 
 

◆固有の食文化への無神経な演出に唖然

まず内容的に言えば、くさやという日本古来の食品文化にファブリーズを掛け合わせるというその無神経な演出に唖然とする。たしかにくさやは強烈な匂いを発するが、それはその食品独特のものであり、匂いがあってもそれを作りたい、食したいという人々によって受け継がれてきた。つまり、その伝統を守り続けている人々が存在するのであり、今までファブリーズがCMで訴求してきたタバコ臭や汗の匂いなどとは根本的に異なる物である。

しかもくさやの匂いは、それを食べようと思わない人の前には通常絶対に表れない。要するに、もしブルーチーズやシュールストレミングに掛け合わせたらどうなったか、と考えると分かり易い。当然ながらその産地の生産者や愛好家から猛烈な批判や抗議を受けただろう。くさやの産地である八丈島の八丈町議会議員、岩崎由美氏の発言が全てを物語っている。

「漁師や生産者はもちろん、くさやを好きな人が見たらどう感じるか、ショックで悲しむのが分からないのか、それを考えずに作っているようにしか思えません。(中略)300年以上にわたって守り継いできた伝統食を、こんなくだらない演出で侮辱するのは許せない。地元の貴重な産業にどれだけの影響力を及ぼすか、想像できないのでしょうか。意図はなくても結果としておとしめています」

良識のある人間なら誰でも同じように考えるだろうし、こんなことになるのを予測できないのでは、CM制作者として失格である。また、P&Gは直ちに関係者に謝罪すべきだ。


◎[参考動画]ファブリーズvsくさや CM (チャンネル2 ワクワク2016年11月27日公開)

◆博報堂はなぜ、事前に問題をチェックできなかったのか?

実はこのCMの制作は博報堂だった。正確に言うと、P&Gの日本での窓口であるTBWAが博報堂と組んで受注し、MONSTERという制作会社がCMを制作した。2つ目の驚愕は、博報堂がこんな内容をチェックできなかったという点だ。

通常、CM制作の最終責任者はCD(クリエイティブ・ディレクター)だが、内容に法律的な問題(虚偽、中傷、いわれなき批判等)がないかどうかをチェックするのは営業の仕事だ。時には法務室などにも絵コンテをまわし、法務的側面から内容チェックをすることもある。クリエイティブは自由な発想が命だから様々な突拍子もない案を出してくるのが仕事で、時には無意識に今回のような伝統や生産者を侮辱するような内容を書いてくることがある。それを見つけ、問題になる前に修正するのが営業職に科せられた非常に重要な役目なのだ。

それがこのCMでは、結果的にノーチェックでパスしてしまっている。法務チェックをすれば、生産者に対する中傷や妨害に繋がる微妙な内容だということがすぐ分かったはずなのに、それを省略したのか。いやいや、あのP&Gが相手なのにそれも有り得ない。だとすれば、リスキーな内容であることを承知でP&GがOKしていたということになる。

 
[追記]この問題でP&Gは11月28日、同社製品HP上に上記の謝罪文を掲載した。電通に比べると同社の手際の良さは見事だ

 

◆「うなぎ少女」CMも博報堂だった

そういえば、うなぎを少女に擬人化して気味が悪い、性差別だと騒ぎになった鹿児島県志布志市の「うなぎ少女」CMも博報堂だった。あれももし私が担当営業なら絶対に通さないような、ハイリスクな内容だった。どうも最近、同社(営業)のCMチェック能力が落ちていると感じるのは、私だけだろうか。でも、これに関係する画像を消しまくっているのは手が早い。

そしてさらにもう一点。大手メディア、特にテレビ局はこの問題を全く報道していない。それはもちろん、P&Gが超巨大広告スポンサーであるからだ。電通はかなり叩かれたが、大きなスポンサーは批判できない、という不文律はいまだに健在である。


◎[参考動画]鹿児島県志布志市PR動画 「養って」( Commercial Japan2016年9月26日公開)

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

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『NO NUKES voice』第9号 好評連載!本間龍さん「原発プロパガンダとは何か?」

《本間龍10》 電通セカンドインパクト──事態は悪化の一途を辿っている

前号では、10月中旬頃に安倍首相が直々に電通社長に注意を与えたことを書いた。電通が独占受注しているオリンピック業務への影響を懸念しているからだが、安倍の心配をよそに、事態はさらに悪化の一途を辿っている。

ウェブ版週刊現代2016年11月17日

◆呪縛が解け始めているメディア

何よりも、労働局が遂に強制捜査に踏み切ったことは、電通経営陣に相当な衝撃を与えたはずだ。前回の10月14日に実施された調査とは異なり、今回は捜査令状と強制力を伴う捜査であり、これで書類送検は決定的になったからだ。僅か一ヶ月足らずで捜査に切り替えたのも、当局が立件できる自信があるからだろう。

少し前まで電通については腫れ物に触るようだったメディアも、徐々に呪縛が解け始めている。先週号の週刊現代(2016年11月26日号)は『逮捕におびえる天下の電通「屈辱の強制捜査」全内実』の記事で、労基法の122条2項を根拠(違法状態を知っていて是正しなかった事業主は処罰される)に、石井社長の逮捕もあり得ると書いている。

ちょっと前なら「電通の社長を逮捕」など、絶対にあり得なかった記事で、僅か数ヶ月前と隔世の感がある。とはいえ気を吐いているのはもっぱら活字メディアだけで、電波(テレビ・ラジオ)は相変わらず第一報は流しても、番組内のコーナーなどで取り上げたりはしていない。NGワードがありすぎて、コメンテーターが発言できないからだろう。

産経新聞2016年11月14日

◆事件の影響は次の決算に反映される

また現状では、一連の事件の影響はまだ数字となって現れてはいない。11月14日に発表された1~9月期の電通の業績は17%増となっている。不正請求の記者会見が9月24日だったのと、新入社員過労死の労災認定による騒ぎが巻き起こったのは10月以降だから、その影響が反映されるのは次の決算発表においてだろう。

だがこの決算で目を引いたのは、「リオデジャネイロ五輪や東京五輪関連のスポンサー収入が利益を押し上げた」という発表部分だ。私は再三に渡って五輪関係のスポンサー収入の巨大さを指摘しているが、今期の電通はまさしくその数字の恩恵に浴していると言っていいだろう。逆に言えば、もしその独占が崩れれば、相当な痛手となるということだ。

そこで、この一連の事件で電通の社長が逮捕されたり、会社が刑事訴追を受けた場合に、電通の官庁関連業務が停止となる可能性がクローズアップされてくる。それが直結するのが、電通が独占している五輪関連業務だ。これだけ「ブラック企業」としての悪評が確立し、さらに刑事訴追まで受けるような企業が税金を使った業務をするなど、国民の理解を得にくくなるのは当然だ。だが細かく考えると、労基法違反を根拠とするペナルティ条項を設けている官庁や公益法人は殆どないと考えられ、どの法律を根拠に業務停止とするのかが問われることになる。

NHK2016年11月17日

◆他代理店への五輪業務移管は相当困難

また、実際問題として今まで全ての業務を遂行してきた電通を業務停止にすることは、法律的には有り得ても、実行面では相当な困難が伴う。先ず、いきなり全ての業務をとって変われるマンパワーが日本国内に存在しない。もちろん博報堂やADKにもスポーツ事業の専門家はいるが、オリンピックは他の業務と兼業できるようなレベルではなく、専業にして出向させなければならない。その人数も数十人単位が必要だ。

そして業務内容も、これからいよいよオリンピック実施に向けた様々なプロモーションやイベントが開始される時期に差し掛かっている。量的には、少なくとも現在スポンサーになっている42社に加えてさらに数十社のプロモーションを同時進行で動かしていかなくてはならない。こうした作業を途中だけ手伝って、業務停止期間終了後にまた元に(電通に)戻すなど、過去には全く例がないことだ。つまり、もし本当に電通が業務停止になったら、スポンサー契約を他の代理店に切り替えて業務を全部任せるか、業務ごとに(業務停止中のCM制作、その他広告制作、イベント等)細かく委託し、時間的に間に合わない作業だけを他代理店にやらせ、電通の謹慎空けを待つしか方法はない。

◆この先にまだ何が出てくるのか分からない

以上のように、現実的な視点で考えれば、このタイミングでの電通の業務停止や、それに伴う他代理店への業務移管は相当困難であることが分かる。しかし、だからといって、国の行政機関が強制捜査まで実施し書類送検した「ブラック企業」に、世界的な採点である五輪を任せて良いのかという「道義的責任追及論」が台頭することは避けられない。もし五輪業務が電通の一社独占でなく複数の代理店が絡んでいれば、電通が業務から外される可能性は十分にあった。電通が抜けても、他社がその穴埋めを出来るからだ。

しかも、現時点でも電通のブランドイメージは完全に失墜しているのに、この先にまだ何が出てくるのか分からない状況だ。労働局による捜査結果の発表はこれからだし、ネット業務の不正請求の最終報告もまだだ。つまり、これから先数ヶ月に渡って、電通にとって更なるネガティブ情報が出る恐れはあっても、信頼回復の目途は全く立っていないのだ。

◆労働局による書類送検で始まる電通事件第2章

以前私は、電通はコンシューマーを直接相手にしていないから、なかなか痛手を受けないと書いた。しかしこれには逆の作用もあって、コンシューマーを相手にしていないから企業としての謝罪姿勢が届きにくく、その取組みも見えにくいという側面がある。一般的な企業なら、不祥事を起こしたら謝罪広告を打つとか、店頭で配るパンフにお詫びを入れるという手段があるが、電通にはそれがない。つまり、イメージ回復のための、起死回生の一手などないということだ。

いま現在、上記のような電通の業務停止可能性について論じた記事はサンデー毎日(2016年11月27日号)しかない。全国紙4紙は揃って五輪スポンサーになっており、五輪盛り上げムードに水を指すようなこの話題にはなるべく触れたくないだろう。しかし、労働局による書類送検が行われた時点で世論の関心は一斉にこの問題に集まる。そこからがこの電通事件第2章の開幕となるのだ。


◎[参考動画]元博報堂・本間龍氏がスクープ証言!(Movie IWJ 2016/11/12公開)

▼本間龍(ほんま りゅう)
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《本間龍09》 安倍首相も懸念する電通「東京五輪業務停止」の可能性とその衝撃度

11月7日、遂に電通に労働局による強制捜査が入った。相手の同意が必要な「調査」と違い、強制力を持った「捜査」であり、10月14日の強制調査によって電通の不当労働行為が明らかになったための処置だ。同日午後には大規模な社員集会で社長による会見が予定されていたにも関わらず、それを真っ向から無視しての強制捜査実施であったから、当局が摘発への強い意志を示したものと言える。

◆労働局の強制捜査実施で電通ブランドは失墜

ここまで来ると、労働局による書類送検はもはや確定的だから、検察がこれを受理して捜査に踏み込み、刑事事件として立件するかどうかが次の焦点となる。現在、電通経営陣はそれを回避するために必死の工作を展開しているだろう。

9月末のネット業務不正取引会見から僅か1ヶ月の間に、一流企業としての電通ブランドは完全に失墜した。圧倒的な業界トップ企業でガリバーと恐れられ、就職先としても高い人気を誇った企業のイメージが、これ程の短期間で崩壊した例は非常に珍しい。

だが、実際の電通の収益が悪化したわけではないし、市場はまだそれほど先行きを懸念しているわけではない。その証拠に、電通の株価はさほど下がっていないのだ。しかし、電通の屋台骨を揺るがしかねない最悪の事態が、早ければ来年早々に火を吹こうとしている。今回はそれを解説しよう。

◆電通社長が官邸に呼ばれ、安倍首相から直々に注意を受けていた!

10月中旬、新入社員自殺の労災認定報道で電通パッシングの嵐が吹き始めた頃、電通の石井直(ただし)社長が密かに官邸に呼ばれ、安倍首相から直々に注意を受けていた。これは電通社内から得た情報である。そして首相の注意とは、

「一連の事件によるイメージ悪化は、電通が担当している東京オリンピック業務に支障を来すおそれがある。これ以上の事態の悪化を絶対に防ぎ、一刻も早く事態を終息するように」
というものだった。

国の最高権力者からの厳命に石井社長以下幹部は震え上がり、10月18日に時間外労働時間の上限を65時間に引き下げると発表、24日には22時以降の業務原則禁止・全館消灯を決定。さらに11月1日には「労働環境改革本部」を立ち上げるなど、なりふり構わぬ対策を講じ始めた。電通社内でさえ「あまりにも場あたり的だ」と批判が出るほどの拙速ぶりには、こうした背景があったのだ。

◆安倍首相が懸念する電通のオリンピック業務とは何か?

ワールドワイドオリンピックパートナー企業
東京2020オリンピックゴールドパートナー企業
東京2020オリンピックオフィシャルパートナー企業

では、安倍首相が懸念する電通のオリンピック業務とは何か。それは今後4年間、オリンピック実施に至るまでの広報宣伝の全業務を指している。なぜなら、東京オリンピックにおける広報宣伝、PR関連業務は、全て電通一社による独占契約となっており、博報堂など他代理店は一切受注できないようになっているからだ。

最も分かりやすい例を示すと、オリンピックを支えるスポンサー企業との契約も全て、電通が独占している。表向きはJOCが窓口だが、交渉は全て電通が行なっており、省庁からの寄せ集めであるJOCは、電通からの出向者や関係者がいなければ何もできない。 そして本番までまだあと3年以上もあるのに、すでに42社もの企業がスポンサーになっているのだ。そしてその窓口は全て、電通が一社で担っている。
オリンピックスポンサーは現在、3つのカテゴリーに分かれている。全世界でオリンピックマークを使用できる権利を有する「ワールドワイド」カテゴリーには現在トヨタやパナソニックなど12社が入っており、これらは5年間で各社500億円を支払う。これとは別に、東京五輪開催決定後に新たに設けられたのが「ゴールドパートナー」(現在15社)と「オフィシャルパートナー」(同27社)で、ゴールドは約150億、オフィシャルは約60億円をそれぞれ支払うとされている。そのカネで、各社はオリンピックという呼称の使用権、マーク類の使用権、商品やサービスのサプライ、グッズ等の利用権、選手団の写真使用や様々なプロモーション展開に関する権利を手中にするのだ。

◆1業種1社限定の五輪スポンサー規約を廃止させ、42社から3870億円

まとめてみると、ゴールドスポンサーで2250億円、オフィシャルで1620億円、合計で3870億円のスポンサー料を既に集めた計算になる。このうちの電通の取り分は公表されていないが、同社の通常の商慣習からいえば全体の20%あまり、774億円相当だと考えられる。支払いは複数年にまたがるとはいえ、これだけでも莫大な収益だ。さらに、この42社のCM・新聞雑誌等の広告制作・媒体展開・各種プロモーション・イベント関連も全て電通が独占するのだから、まだまだ巨額の収益が上がる仕組みである。

ちなみに東京が五輪誘致に立候補した当初計画では、総費用を約3400億円(実施費のみ、施設建設費含まず)、国内スポンサーシップを約920億円と計算していた。しかし、五輪開催までまだ3年以上もあるというのに、電通はすでにスポンサーシップを当初予定の4倍、約4000億円も集めている。これはリオやロンドン五輪の際のスポンサーがいずれも10数社程度であったことを考えれば、ありえないほどの巨額だ。これは今までの「オリンピックスポンサーは1業種1社に限る」という規約を変更し、同業他社でも参入できるようにしたことで可能となった。IOCと交渉してその規約を廃止したのも、もちろん電通である。

◆不祥事を起こしたゼネコンのように電通が業務停止を受けたとしたら

ワールドワイドパラリンピックパートナー企業と東京2020パラリンピックゴールドパートナー企業
東京2020パラリンピックオフィシャルパートナー企業

では、なぜ電通のイメージ悪化が「オリンピック業務に支障を来す」のか。それは、今回の一連の事件でもし刑事訴追されれば、電通は官庁関係業務の指名・受注停止となる可能性があるからだ。ゼネコンなどで談合が露見すると、該当した企業は数ヶ月~数年の間受注停止処分を受けるのと同じである。そうなれば、多額の税金が投入されるオリンピック業務も「官の業務」だから、こちらも一定期間の業務停止となる恐れがあるのだ。

そして最大の問題は、ゼネコンならば、どこかが指名停止を受けても替えはいくらでもあるが、オリンピック業務は電通一社のみの独占受注だから替えが効かない。もしそのような事態になれば、関連業務が全て停止してしまうということになるのだ。その危険性を見越したからこそ安倍首相は強い懸念を示し、石井社長を呼びつけたのだろう。自身が先頭に立って誘致した五輪の失敗はとんでもない悪夢であり、それを回避するためには一刻も早く電通の不祥事を終息させなければならないからだ。

しかし、小池都知事が発表した実施費用の高騰などにより、もはや東京オリンピックのイメージは悪化し、誘致時の熱狂が嘘のように消失している。それをあと数年で挽回し、国民をもう一度オリンピック応援の熱狂に巻き込まなければならない。その役割を果たすことこそが今後の電通の最大責任であったのに、万が一業務停止にでもなれば、その計画も破綻しかねない。これはブランドイメージだけでなく、電通の収益をも大きく毀損する可能性がある、同社にとってこれまでにない危機なのだ。では具体的に、どのようなことが起こる可能性があるのか。それを次回で検証したい。

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《本間龍08》 完全黙秘「焦土戦術」を展開する電通の本丸にメディアは切り込めるか?

新入社員の労災認定記者会見から始まった電通の激震は、様々な拡がりを見せ始めた。労働局による10月14日の強制調査を受け、将来的な刑事訴追を何としても避けたい同社は、遂に10月24日から22時から朝5時まで全館消灯という、なりふり構わぬ異例の措置に打って出た。

さすがにこれは話題を呼び、テレビを含め多くのメディアで報道された。現実に目の前にある仕事量を減らさずに22時消灯にしても、自宅や他所での隠れたサビ残が増えるだけだが、とにかく目に見える形で労働局や厚労省に白旗を掲げて見せるという、電通一流の派手なパフォーマンスであるといえる。

テレビメディアの殆どはこの22時消灯を論評抜きで伝えていたが、朝日や東京新聞などの活字メディアは、現役や元社員の「サビ残が増えるだけで、何の解決にもならない」という証言を掲載し、その効用に疑問を呈している。


◎[参考動画]電通本社 夜10時に一斉消灯 過労死自殺受け(NHK2016年10月25日)

◆電通が高橋まつりさん自殺にいまだ一度も正式に謝罪しない二つの理由

NHK2016年10月25日
NHK2016年10月25日

しかしこのブログで再三指摘している通り、電通は高橋まつりさんの自殺に関してまだ一度も正式に謝罪していない。また、労働局による強制調査に関しても、公式な見解や会見を開いていない。同社は株式を上場しているれっきとした株式会社であり、ステークホルダーに対する説明責任もあるはずだが、それさえもしていないのだ。

電通自身がスポンサー企業広報に指南している「広報危機管理マニュアル」では、事件や事故に際して企業広報は迅速に情報を公開し、メディアの問い合わせには誠実に対応すべし、と教えている。また、責任がはっきりしている場合は、最高責任者(社長)がきちんと謝罪することが何よりも重要だとしている。それなのに、電通は完全にその真逆をやっているのだ。

これには2つの理由があると思われる。前回も書いたが、電通は高橋さんの自殺に関して会社としての責任を認めていない。認めていないから謝罪など出来るはずがない。だからこそ、広報は「遺族と協議中なので、個別質問には答えられない」と判を押したような回答に終始しているのだ。亡くなってから一年近く経つのに、何を延々と「協議」することがあるのか。

そしてもう一つは、沈黙することによって一切の情報を提供せず、それによってメディアの後追い報道を阻止しようという戦術をとっているのだ。

◆国内メディアを舐めきっている電通

電通は一般消費者を相手にしていないので、多少イメージが悪化しても、ただちに業績に響かない。しかし、謝罪や記者会見を開けば今以上に報道され、労働局の刑事訴追に繋がる恐れがある。さすがに刑事訴追や行政処分となれば、官公庁の競争入札や随意契約から締め出されるから、直接株価に影響する。それを未然に防ぐためには、「情報を提供しないことによる報道阻止」という戦術に出ているのだ。大昔からある、戦争で侵入してきた敵軍に兵糧や水を与えないため、敢えて田畑を焼いて井戸に毒を投げ込む「焦土戦術」のようなものだ。

もちろん、この戦術はメディアを舐めきっている電通だからこそ出来るやり方だ。他の企業なら、情報を出さない姿勢を猛烈に批判されるし、社長は社員の自殺や強制調査の責任を強く問われる。また、社長や自殺した社員の部署責任者への突撃取材なども行われる。しかし、今までの処、電通に対してそれをやったメディアはない。いうなれば今までの報道も、まだまだ堀の外側で騒いでいるに過ぎず、城の本丸には全く切り込めていないのだ。

報道メディアは、本人らの証言が取れない限り、憶測や予想で記事にすることはない。相手はそれを知っていて、黙秘することによって火事の沈静を狙う。そこを、地を這うような取材でひっくり返すことこそメディア側の使命なのだが、「まさかウチに対してそこまではやらないよな」と電通に完全に舐められているのだ。

◆2020年東京五輪の仕切役である電通の企業責任が国会で問われる日

民進党の石橋通宏参院議員(10月25日参院厚生労働委員会)

しかしそれでも、少しずつ「電通によるメディアの統制」という城壁に穴を穿つ動きは拡がっている。3年前にも男性社員が過労死し、労災認定されていたことをNHKが報じ、各社が追随して一斉報道された。

また、厚労省が過去3回にわたり電通を、育児をしながら働きやすい環境づくりに取り組む「子育てサポート企業」に認定していた茶番も明るみに出て、厚労省はこれを取り消す方針だ。さらに14~15年にかけて、東京本社や関西支社での違法な長時間労働があったとして、管轄の労基署から是正勧告を受けていたことも明らかになった。

塩崎恭久厚生労働大臣(10月25日参院厚生労働委員会)

そして遂に国会では、民進党の石橋通宏参院議員が10月25日の参院厚生労働委員会で「厚労省は電通と5年で約10億円の契約実績がある。過労死を出す企業については、状況が改善するまで契約を見直すべきだ」と指摘、塩崎大臣が対処を言明する事態となった。

まさに、このような国会での追及こそ、電通が避けたい「本丸への攻撃」なのだ。労働局による刑事訴追が決定すれば、他の官公庁の業務にも支障が出るし、場合によっては電通社長の参考人質疑もありえる。

刑事訴追を受けるような企業がなぜ広告業界でトップに立ち、官公庁の膨大な業務をはじめ2020年東京オリンピックの仕切役になっているのか。一体、日本の広告業界の構造はどうなっているのか。そしてどうしたら、このような一企業の寡占と横暴を排除できるのか。国民注視の国会の場で追及すべく、メディア各社は臆せず報道を続けるべきだ。


◎[参考動画]2016年10月25日の参議院厚生労働委員会では石橋通宏議員(民進党)が電通と厚生省の契約見直し検討を提起した(電通に関わる質疑答弁は動画09分30秒前後~19分30秒前後まで)

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

  『NO NUKES voice』第9号 好評連載!本間龍さん「原発プロパガンダとは何か?」
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