「煽り運転」裁判報道で考えたニュースの優先順位 ── なにより権力犯罪や構造的な社会不条理を解き明かせ

事故による被害者が減ることに異議はない。だからといって、そのために「今までもあったこと」がことさら新たな現象のように演出され、加害者が重罪を課されることを称揚するのは、いかがなものであろうかと思う。「煽り運転」についての議論である。


◎[参考動画]【報ステ】あおり運転で殺人罪認定 懲役16年(ANNnewsCH 2019/01/25公開)

◆「煽り運転」はいまに始まったことではない

まず、車を運転する方であれば、多くの方がご経験であろうが、高速道路や車線の多い道路を走行していると、自分が運転している車の車種(大型あるいは高価そうな車か、おとなしい庶民に人気のある車か)で、周囲、あるいは後方から追い抜きをかけてくる車の態度が明らかに違う。わたしは、これまで10台ほどの自家用車を保持したことがあったけれども、庶民性の高い(おとなしそうな)車であればあるほど、ほかの車からは軽く見られ、いわゆる「煽り運転」を受ける傾向があると感じている。

事故寸前の乱暴な運転に遭遇したのは、いずれも後方からの無理な追い抜きや、割り込みだ。そんなとき、次の赤信号で停止した乱暴な運転をする車に、やわら運転席から降りて歩み寄り、その車の運転席のガラスをノックすると、10中8、9、運転手は、腰を抜かしかけ、平謝りに頭を下げる。まさかわたしのような「紳士(!)」が運転していたなどとは思わなかったのであろう。このように運転者には車種により運転態度を変える習性が一定程度あり、この傾向はわたしの知るところ、30年前から変わらない。

なにを言いたいのかといえば、「煽り運転」は最近マスコミや警察が、頻繁に使うので、この時代に起き始めた新たな焦眉の問題のようにとらえられているけれども、呼称こそなかったものの、昔から同様の現象はあったということである。

他方、交通事故には「厳罰主義」が一定の効果を発揮することは統計も証明していて、飲酒運転の厳罰化により、飲酒運転が原因の死亡事故は激減している。交通事故による死者が1万人を下回った大きな要因は飲酒運転の厳罰化にあることは明らかであろう。それは結構なのではあるが、「煽り運転」があたかも今日的社会の最重大事件のように報道される姿勢には、疑問を投げかけざるを得ない。

◆火事や交通事故は「速報」に値するテレビニュースなのか

もちろん被害者の方が気の毒であることに異存はない。しかしながら、テレビニュースに詳しい知人によると、民放の夕方6時の全国ニュース(当然生放送)では、最近「速報」として交通事故(死亡事故でなくとも)や、火事が放送されることが増えているという。

交通事故にしろ、火事にしろ、被害を被った方はお気の毒だ。けれどもその現象がどれほど社会性をもって全国にニュースで報道されるべき性質のものであるかどうか、にわたしは疑問を抱くのである。

ひらたく言えば、交通事故や火事は、悪意によらずとも過失や、防ぎようのない原因によりにより一定割合で必ず起きる。これは自明である。他方、社会構造や、大人数の意図的な行為により引き起こされる災禍、犯罪、被害はその広がりや事件の病根が現代社会に根差しているのであるから、個別の事故よりも社会性や影響が大きく、解析や背景を明らかにする価値を有する。

◆メディアは権力犯罪や構造的な社会不条理を解き明かせ

厚労省の「毎月勤労統計」が不適切に行われていた事件や、安倍晋三が内緒で米国から山ほど要りもしない武器を購入していた事件、東京五輪の招致委員長が金銭疑惑で起訴された事件などには、多くのひとびとがに(直観はしないかもしれないが)関係する事件であり、しかも権力による意図的な行為なのであるから、個別の交通事故や火事と比較することが、実は前提から話にならないほど差があるのだ。

しかしながら、テレビだけでなく新聞も、ネットニュースも組織的な権力の問題や犯罪と、個別の事故を同等(あるいは個別の事故のほうが価値において優越しているかのように)に扱ってしまうので、世の中では倒錯が生じてしまう。交通事故や火事は努力によればまだ減らすことはできるだろうが、ゼロにはできない。人間の行為には必ずミスや間違いが伴うし、機械には必ず故障(コンピューターにも誤動作が)付き物だからだ。

そういった自明性を前提にすれば、交通事故に過剰な焦点を当てることよりも、権力犯罪や構造的な社会不条理を解き明かすことにこそ、時間やエネルギーはメディアにおいても、個人においても費やされるべきであって、そこから離れることは、権力者や組織的犯罪者の思うつぼである。「報道されることのないもの」の中にある真実や重要性を認識することは難しいが、大切な営為であると思う。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)
月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか

中川五郎さんの「熊の言い分」と飯舘村の放射能

「熊の言い分」

熊を殺したやつが 熊も放射能を食ったと言うが
そんなものは食わなかったと 熊が言った

俺が食ったのは 放射能じゃない
芽吹いたばかりのブナの葉や アリやハチ

黄いちごに どんぐり ななかまどの実
雪が降るまえに たらふく食ったさ いつものことだ

俺が食ったのは この美しいたっぷりの自然だ 
きらきらと流れる 沢の水だ

鉄砲を撃って 俺の厚い胸を 撃ちぬいたのは お前だ
だから今度はお前が 俺を食うのだ
食うために 殺したんだろう

俺が食ったのは この美しい自然だ
さあ、それを今度はお前が食う番だ
 

2011年3月11日に起きた大地震とそれに伴う原発事故により、福島第一原発から大量に放出された放射能は、目に見えない、匂いもしない、やっかいな代物だ。事故からまもなく8年経つが、 その間も正体を表さないまま、私たちをこんなにも長く苦しめている。

冒頭の歌は、フォークシンガーの中川五郎さんが、事故後、懇意にしておられる詩人の都月次郎さんに送ってもらった詩に曲をつけた「熊の言い分」という歌だ。


◎[参考動画]熊の言い分 / 中川五郎 & ながはら元(m3sami wakamatsu 2017/01/07公開)

「放射能を食っただろう?」「いや俺は放射能なんか食ってない」という熊と猟師の争いと似たことは、今後各地で起こっていくだろう。

目に見えない、匂いもしない放射能というヤツラの悪どさは、私たちの生活や身体を破壊するだけではない、さまざまな差別をしかけ、それによって被害者たちを分断させようとすることだ。

大地に降り注いだ放射性物質を取り除く「除染」の実態を最初に聞いたのは、飯舘村の元酪農家・長谷川健一さんからだった。「尾崎さん、屋根の瓦をね、一枚一枚キッチンペーパーみたいなもので拭いているんだよ」となかば呆れ顔で話された。

放射性物質を拭き終えた大量の布は、伐採した木の枝や葉、剥がされた土などと分類され、それぞれ大きなフレコンバックに詰み込まれ、中間貯蔵施設への搬入を待っている。飯舘村だけで、その数は未だ200万個以上というが、除染で空間線量が下がったからと、避難指示は次々と解除された。

経済的にそう豊かではないが、自然の恵みをたっぷりと育む土地で、みなで助け合って生活してきた飯舘村には、誰だって戻りたいだろう。しかし、戻っても以前の生業で生活再建できる見込みはまだ少ない。

菅野村長と村議会は、村民に営農再開をしきりに勧め、土地保全のため、生業のため、生きがいのため、あるいは新たに農業を始めたい人たちのために、手厚い補助を与えている。しかし膨大な金をつぎ込んだ除染で、村は事故前の村に戻ったのであろうか?

現在75歳の伊藤延由さんは、原発事故の1年前に、かつて勤務していた東京の会社が飯舘村に作った研修所の管理人を任され、村に入った。研修所の管理と同時に、念願だった農業見習いをはじめ、米や野菜を作ってきた。伊藤さんにとってその1年が人生で一番楽しかったという。そんな夢のような生活が、原発事故であっけなく壊されてしまった。

それ以降も仮設住宅と研修所を行き来し、土壌、野菜、山菜など、あらゆるものの放射能測定を続けている。避難指示の解除をうけ、伊藤さんはそれまで行き来してきた、自身の故郷・新潟県に置いていた住民票を、飯舘村に移した。伊藤さんは事故の処理をめぐる国と東電と、村の対応がどうしても許せず、余生を反原発にかけるという。住民票を村に移したのは、その決意の表れだろうか?

伊藤さんの話では、飯舘村の土地はもともとそう肥沃な土地ではなかったという。それを村の8割を覆う山林で作られる腐葉土を、同じく村の特産である酪農、畜産で出来る豚や牛のたい肥になんども漉(す)き込み、良質な土を作ってきたそうだ。そうして作った土とともに、昼夜の寒暖差が大きいことが、飯舘村のコメや野菜などを良質な「商品」に育て上げてきたのだという。

かつて「日本で最も美しい村」連合に加盟した飯舘村は7割が山林で、今でも春になれば村全体が、事故前とおなじような鮮やかな緑に覆われる。しかし伊藤さんはその緑を「セシウムの色」と揶揄する。その理由を聞いてみた。

村の土作りに欠かせない腐葉土は、山林の木の葉や枝などを長期間かけて腐敗させたい肥にさせたものだが、実は腐葉土の元となる枯れ葉などに放射性セシウムが最も凝縮されていることがわかった。こうして自然の循環サイクルに組み込まれた放射性セシウムは、300年たっても全てなくなることはないと、伊藤さんは断言する。

飯舘村で栽培され収穫された野菜やコメなどは、県の厳しい放射能測定を受けたのち、基準値以外であれば、市場に出回っていく。しかし、それが他と比べて売れないとしたら、どうなるだろう? それをすぐに「風評被害」と非難する人たちがいる。しかし長谷川健一さんは以前こう話していた。「村で採れた大根から0ベクレル、北海道で取れた大根からも0ベクレル。それで村の大根が売れなかったら『風評被害』だが、村の大根から5でも10ベクレルの放射性セシウムが出て、北海道で採れた大根からは何もでない。それで村の大根が売れないのは『実害』だっぺ」と。
 
目に見えない、匂いもしないやっかいな放射能との闘いは、この先、どこまで続くのだろうか? 避難指示が解除された地域では、村に戻った人たちと、戻らずに避難先などで生活を続ける人たちの間に、放射能どうよう目に見えないほどの溝が出来た気がする。

私は「買って応援」には賛成しない。汚染されたままの土壌を耕し、農業をすることで、高齢者とはいえ無用な被ばくはして欲しくないからだ。しかし数年前、長谷川さんに送ってもらった福島の桃の、美味しかい、その味は忘れていない。長谷川さんは昨年こう話した。「今、福島では『福島の野菜は安全です』というアピールはやめて『福島の野菜は美味しいです』に変わってきた」と。

「までいな」(「丁寧な」や「心を込めて」を意味する飯舘村の方言)思いで作った米や野菜や果実はたしかに美味しく、草花は鮮やかな色をつけるだろう。しかしそれでも売れないとしたら……。

冒頭の中川五郎さんの歌「熊の言い分」に戻る。

「もしかして放射能を食っているんじゃないか?」と疑う猟師に「おれは放射能なんか食ってない。おれが食ったのは豊かなこの自然だ」と熊が言い返し、「食うために俺を撃ったんだろう。早く食えよ。今度はお前の番だ」と猟師に迫る。こうした争いごとは、間違いなく今後あちこちで増えるだろう。

美味しくても売れないとしたら、それは誰の責任なのか? 野菜を作った農家のせいでも、成長する過程で、自らの体内に放射性物質を取り込んでしまった野菜のせいでも決してない。その責任は、恵みの土地に放射能を大量にばらまいた東電と、原発を強く推進してきた国にあるのだ。熊と猟師は互いに憎みあい争うのではなく、ともに国と東電に向かって闘いを挑んでいかなければならないのだ。

▼尾崎美代子(おざき・みよこ)https://twitter.com/hanamama58
「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主。

伊藤延由さん(飯舘村在住)講演会「原発事故から8年、飯舘村はどうなったのか?」
2月24日(日)14:00~ 社会福祉法人ピースクラブ4F
大阪市浪速区大国町1-11-1(地下鉄大国町駅下車7分)
資料代 500円 お問い合わせ先 hanamama58@gmail.com 
https://twitter.com/hanamama58/status/1083245006331162624

─────────────────────────────────────────────

《お詫びと訂正》

『NO NUKES voice』18号(2018年12月11日刊)掲載の中川五郎さんインタビュー(43~52頁)に誤りのあることが判明いたしました。
謹んでお詫び申し上げますとともに、下記の通り訂正させていただきます。
(『NO NUKES voice』編集委員会)

◎44頁小見出し、45頁中段11行目、同20行目
[誤]「花が咲く」 [正]「花は咲く」
◎46頁中段22行目
[誤]古田豪さん [正]古川豪さん
◎49頁上段21行目
[誤]「二倍遠く離れて」 [正]「二倍遠く離れたら」
◎50頁下段2行目、同19行目
[誤]「sport for tomorrow」 [正]「sports for tomorrow」

─────────────────────────────────────────────

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件
月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか

大坂なおみ、張本智和、ケンブリッジ飛鳥、サニブラウン…… 多様な出自のアスリートたちが〈ニホンジン〉を変えていく

女子テニス全豪オープンで大坂なおみ選手が優勝した。昨年の全米オープンでは日本人として●●●●●●初めて優勝したのに続き四大大会二連勝で、世界ランキング1位に昇りつめた(大坂選手のお父さんはハイチ出身の方で、ハイチでも「ハイチ系日本国籍の大坂選手が優勝して豪州でのハイチの認知が広まるのではないか」と報道されている)。卓球の張本智和選手は若干15歳で世界的な活躍を見せている。陸上短距離ではケンブリッジ飛鳥、サニブラウン両選手が400mリレーのメンバーで活躍し、野球界もカタカナの名前を目にすることは珍しくはなくなった。

なにが言いたいかといえば、「日本人」という概念が確実に変化を見せているということである。かつて大相撲で高見山が活躍していた時代に「高見山は髪が黒いからいいけど白人や欧米人が入ってきたらどうするんだ」とテレビ放送で言い放った解説者がいた。大相撲も一応の「外国人枠」を設けているが、番付表を見ればわかる通り、外国出身力士なしには上位の取り組みは組めない。国技だのなんだのといっても、実体的な国際化はすでに目の前で進行している。


◎[参考動画]カップヌードルCM 「謹賀新年 金がほしいねん 篇」/ 錦織圭・大坂なおみ(日清食品グループ 2018/12/31公開)

◆カタカナ姓名のアスリートたち

日本代表として、カタカナの姓名を持つ褐色の肌をしたアスリートが、競技後のインタビューに流暢な日本語で(あるいは英語で)答える様子を目にすると、気持ちが楽になる。日本国内にいながら「日本」から解放されたような気分になる。彼や彼女が関西弁であったらば、余計にうれしくなる。どう見てもネイティブアフリカンのアスリートが「日本代表」として活躍する。

悪いことではない。1936年のベルリン五輪マラソンで優勝した孫基禎選手と3位になった南昇竜選手はいずれも、日本帝国主義植民地時代の朝鮮半島の選手である。今でも記録のうえでは「日本人メダリスト」として刻まれている痛ましさと、本格的に「多民族化」してきた「日本人」のありようは極めて対照的だ。

世界には200ほどの国があるのに、近隣諸国との友好関係も築けない外交無能な政府とは異なり、「日本人」のかたちは変化する。都市部へ出かけると制服を着た中高生の顔の中に、アジア系ではない多彩なルーツを簡単に見つけることができる。タガログ語を話す団地住民の姿は、もうまったくこの国で違和感がなくなった。


◎[参考動画]グランドファイナル2018 男子シングルス 決勝 張本智和vs林高遠(テレビ東京 2018/12/16公開)

◆アフリカ系、中東系、アジア系の日本人がますます増える

彼ら・彼女らのお父さん・お母さんがどうして日本へやってきたのかについてまで、思いを巡らせれば、必ずしも幸せな理由ばかりではない。まだ日本が経済大国だった頃の「日本」を目指してやってきた方がほとんどであろう。しかし、いまやアフリカ系、中東系、アジア系の日本人がますます増える。「日本書紀」の神話や天皇制、君が代、日の丸と大坂なおみ選手や張本智和選手(両親は中国出身)は、どう無理をしても釣りあわない。国威発揚や「大和魂」の復権に利用されるスポーツの世界で「日本語を話せない日本人」や「褐色のアスリート」の活躍は、当人の意識にかかわらず、スポーツが纏わされる宿命の政治性を否が応でも粉砕してしまう。

「どんな脳みそをしているのか」覗いてみたい衝動に駆られる、ファナティックな国粋主義一色の月刊誌の平積みを書店で目にするにつけ、世界を見ず内向きな自慰行為的言論の横行にげんなりさせられるたびに、そうはいっても大坂なおみ選手や張本智和選手、サニブラウンやケンブリッジ飛鳥選手の存在をありがたく思う。思考が前には決して進まない国粋主義者たちは彼らの存在・活躍をどう感じるだろうか。多様な出自のアスリートにはしかしながら、政治的ななにものも背負ってくれというつもりはない。自由に発言し、思うとおりに活躍をしてくれればよいだけだ。


◎[参考動画]日本を代表するスプリンター!ケンブリッジ飛鳥(TBS Yeahhh!2019/01/22公開)

◆外的要因が「くにのかたち」を変えていく

芸能界(言論界にも)には外国出身者なのに、ほどほどの日本人以上に「日本好き」を演じて稼いでいる連中がいるらしい。それも自由といえば自由ではあるが、一部庶民のレベルの低いファシズム感情に上乗りし、稼ぐという節操のなさは、状況が変わればたちまち、己の身にブーメランとなって返ってくるだろう。親日家は否定しないし、するつもりもないが月刊『Hanada』や『Will』に登場する人物は、出身の如何を問わず信用ならない人物である。

日帝本国人(普通の日本人)は、なかなか自らの力と思想で悪しき「日本人」を解体することができずにいたが、やはりここでも「くにのかたち」を変えるのは外的要因ということであろうか。まことになさけのないない話ではあるが、ありがたい変化はすでに目の前で躍動している。


◎[参考動画]【日本陸上選手権】男子200m決勝 サニブラウン2冠達成(NHK 2017/06/2公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)
月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか

自動車は〈凶器〉である ── 堺市「煽り運転」殺害裁判で殺人罪適用


◎[参考動画]あおり運転で大学生殺害 元警備員の男に懲役16年(ANNnewsCH 2019/01/25)

司法の重刑化には反対の立場だが、この事件は特筆しておかなければならないだろう。大阪府堺市で起きた煽り運転の裁判である。公判では煽り運転をした「未必の故意の殺人」とする検察側の事実関係がみとめられ、懲役16年の実刑判決がくだった(求刑18年)。

事実関係をたどっておこう。昨年7月2日の午後7時35分ごろ、被害者(22歳の大学生)が乗った大型バイクに追い抜かれた被告(40歳)が腹を立てて、パッシングをするなど煽り運転をしている。クラクションやハイビームで煽ったうえ、時速100キロで約1キロメートル追跡し、最後は96キロで追突したのである。15秒後に「はい、おしまい」とつぶやいた被告の言葉が、ドライブレコーダーに残されている。速度制限60キロの一般道での出来事である。

裁判で争点になったのは、殺意があったかどうかである。被告側弁護人は「被告には殺人の動機がない」「殺意はなかった」と検察側に反論している。そこで「死んでしまっても仕方がない」すなわち、相手が死ぬかもしれないと認識して、その行為を行なった、という未必の故意が成立するかどうかである。

被告が車線変更をして被害者を追跡しているのは事実であり、追突の直前にブレーキをかけたとはいえ、速度は4キロしか低減していない。

結果的に「殺人事件」となったことで、自動車が法的にも凶器とみとめられたことになる。これは画期的と言っておくべきことだろう。わたしは10年前に自動車から自転車に乗り換えた。自分の健康と環境問題という意識もあったが、それよりも自動車が危険な乗り物だという認識からである。時速100キロというスピードは、一秒間に27メートルも進んでしまうのだ。それが標準速度である高速道路は、生死をかけた場所といわなければならないはずだ。じっさいに、初心者教習で高速道路に出た教習者は、口をそろえて「怖かったですねぇ」という感想をもつはずだ。27メートルをわずか一秒で判断し、処理する能力を誰もが持っているわけではない。そのスピードは今回の事故でわかったとおり、一般道でもふつうに行われているのだ。

◆なぜ危険運転致死罪ではなかったのか

懲役18年と、量刑的にはほぼ同じになったが、6月に起きた東名高速での煽り運転事故では、自動車危険運転致死罪が適用されている。煽って走路妨害をしたうえ、追い越し車線でクルマから降ろして暴行をふるい、さらには後続車の衝突によって2人を死なせた「事件」である。この事故の場合にも「走行中の車両が衝突して、死んでしまう可能性」は認識されていたはずだ。いや、仮にそういう認識がなかったとしても、客観的にみて認識できるはずだという評価は可能であろう。にもかかわらず、殺人罪の適用を見送ったことは、検察庁に失策として記憶されていたのではないだろうか。今回の判決が判例(上訴審での最終判決)になれば、交通行政に与える影響も少なくない。

自動車免許は筆記試験では30%前後の不合格率があり、それなりに交通法規の遵守が講じられている。そのいっぽうで、適性検査および運転時の心理カウンセリングはないがしろにされている。今回の事故も東名高速の事故も、加害者の「カッとなった」末に起きた事件、事故である。さらには、合宿免許やオートマ免許によって、免許取得は容易になっているとみるべきであろう。

◆自動車社会への警鐘になるか

自動車運転は「自我の拡張」という人格変化の現象をともなう。たとえば高級車に乗ればゆったりとした運転で、コクピットでの気分も落ち着いたものになる。スポーツカーや高速走行に適したエンジンを搭載したクルマの場合、いつもよりも攻撃的な運転になるし、大型トラックでは居丈高な態度になりがちだという。いつもは排気量の大きいクルマで高速道路をかっ飛ばしている人も、軽自動車で買い物にいくときは街をゆっくりと走る。自動車が運転する人の自我を決める、自我の拡張行為がそこにはあるのだ。そういう観点から、煽り運転の防止は、厳罰化だけでは達成できないのである。

今後、完全な自動運転化が進むとして、その場合の事故は誰が責任をとるのか、今回の判決で「自動車は凶器」と認められた以上、自動車社会は新たな課題を与えられたといえよう。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか
横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

嘘つきは泥棒の始まり ── 新自由主義の矛盾と官僚主義の崩壊

「嘘つきは泥棒の始まり」。言い古された故事であるが、今日的には「高級官僚は泥棒の始まり」と言い換えないといけないようだ。厚労省による「毎月勤労統計調査」が2004年から不適切に実施されていたことが判明。同調査は雇用保険などの支給額に直結することから、不正に低い額しか受け取ることのできなかったひとびとが数えきれないほど存在することが判明した。

あれは何年前だったろうか。年金記録5000万件の紛失事件が旧社会保険庁によって引き起こされていたことが分かり、看板が社会保険機構にかけ変わったけれども、いまだに「消えた年金記録」(2007年2月16日以降)の全貌は明らかになっていない。


◎[参考動画]安倍 消えた年金が再燃「ギブアップすることは絶対あってはならない」(2020 summer 2015/06/17公開)

◆「私や妻が関係していたということになれば、私は間違いなく総理大臣も国会議員も辞める」

そういえば、つい最近も「私や妻が関係していたということになれば、私は間違いなく総理大臣も国会議員も辞める」と盗人猛々しく、言い放った安倍晋三が陰に陽に関与した森友学園問題では、やはり公文書の改竄が行われていたが、責任者(本当は犯人と呼びたい)佐川宣寿国税庁長官は「懲戒免職」ではなく「退職」で逃げ切り、高額の退職金を手に入れている。この事件では近畿財務局のまじめな職員が自死するという悲劇を生んでいるが、権力者にとっては末端兵隊の命や内心などは、関心の範疇にはないのである。


◎[参考動画]総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい(kokikokiya 2017/05/05公開)

◆安倍がどのような交渉をしようとも「北方領土」は返還されない

かつて、「2島返還」と言ったら「とんでもない!」と大方の自民党議員は大反発していたくせに、「平和条約」(?)締結を目指す安倍は「4島返還は現実的ではない。2島返還で交渉する」とのたまっている。本通信で過去何度か、この件については触れたが再度断言する。安倍がどのような交渉をしようとも「北方領土」は返還されない。唯一の禁じ手はアンダーテーブルでの金での交渉だろうが、これまで既に莫大な経済協力をロシアとの間に結んできた安倍としては、いくら、機密費を持ち出したところで「島を買い返す」余裕はないだろう。

中国の経済成長率が前年比6.6%だったと報じられた。これもおそらく相当水増しされた数字だろう。「世界の工場」だった中国の時代はとうに終わり、中国の経済成長は急激な下降側面に入っている。インフレと農村を核とする地方との貧困格差は、やがて大きな混乱局面を迎えることが必至だろう。


◎[参考動画]父の墓前で誓い 安倍総理が日ロ関係進展を強調(ANNnewsCH 2019/01/06公開)

◆小泉純一郎と竹中平蔵の「新自由主義」から生まれた「毎月勤労統計調査」の歪み

というわけで、お偉い官僚は嘘をつくことが習慣化しているようだ。役人の仕事は法律に従い、しこしこと書類づくりに励むことだと思っていたが、2004年から「毎月勤労統計調査」は、急に不適切な調査方法に変わっている。さて、2004年とはどんな年だった、どんな時代だったろうか。そののちに安倍晋三という大災害を生み出すことになる、「新自由主義」の旗頭、小泉純一郎が、竹中平蔵とともに、めったやたらと「規制緩和」の名のもとに大資本の自由度を無原則に広げていた時代じゃないか!


◎[参考動画]竹中元大臣「責任ある試算を」郵政民営化見直しで(ANNnewsCH 2009/10/25公開)

おそらくは、あの頃から(もっと昔からもあったろうが)、公文書の改竄や、調査の手抜きなどが、横行しだしていたのではないか。「新自由主義」の要請にこたえるためには、現実を曲げないことにはつじつまがあわないのだから。

けれども「新自由主義」が横行しだした1990年代から、この国はどのような状態を辿ってきたのだろうか。消費税が導入される。3%から5%さらに8%から今年はついに10%へ上がる。消費税は「社会保障目的税」と言われているが、消費税がなかった時代に比して社会保障が10倍充実した実感はどこにもない。

かつては特定業種に限定されていた、派遣労働が、「雇用の多様化」の美名のもと、これまた2004年に、港湾運送、建設、警備、医療以外の全職域に解禁される。派遣労働者の激増により、同一労働同一賃金の原則は完全に崩壊し、今や非正規雇用の労働者が約4割に達している(その上前を「パソナ」の竹中平蔵がはねているのだ)。

つまり官僚が書類を偽造することによって、「新自由主義」という資本主義末期の社会矛盾を、なんとかごまかせないかと、悪あがきする。しかし、そんなものは絆創膏程度の役にも立たないから、良くも悪くも「官僚主義」の崩壊を誘因する。かくして、いにしえの多くの賢人が予想した通り、資本主義も官僚主義も終焉を迎えるのだ。


◎[参考動画]【麻生太郎閣下】分かりやすい官僚操縦法(2011年2月19日福岡市にて)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか
田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

会見で何も語らなかった竹田JOC会長の贈賄疑惑が日仏外交問題に発展する日

◆不正や虚偽を糺せない国

日本という国は、不正や虚偽を糺せないようになってしまったかのようだ。官僚によるデータ改ざんや公文書の廃棄など、中枢において腐食が絶えなくなっている。それは日本オリンピック委員会(JOC)においても同様であった。フランスの司法当局が予審に入ったJOC竹田恒和会長の贈賄疑惑である。すなわちシンガポールのコンサルティング会社(ブラックタイディングス社)に支払った2億3000万円の一部が、国際オリンピック委員会の関係者に流れた問題である。同社の代表の親友の父親が、IOCの選考委員だったことによる疑惑だ。これが事実なら、東京のオリンピック・パラリンピック招致は不正行為によるものだったということになる。

フランス当局の捜査は、元日産会長ゴーン氏逮捕への「報復」とも取れるものがあるにしても、問題なのは2016年にこの問題が発覚したさいに、JOCのおざなりな身内調査で事件の真相が隠蔽されてきたことだ。いや、雇われ弁護士による「違法性はない」とのお墨付きで、疑惑を不問にしてきたことである。

◆何も語らない会見

1月15日、岸記念体育館で行われた会見で、竹田会長は「わたし自身はブラックタイディングス社との契約に関して、いかなる意思決定にプロセスにも参加していない」と、責任者であることを否定し「日本の法には違反していない」と、メモを読み上げるだけで終了した。疑惑を招いたことへの遺憾の意も表明することなく、疑惑を晴らすとも言明しなかったのである。記者の質問も受け付けなかった。そもそも契約書にはJOCの責任者たる竹田会長の印判が押されているにもかかわらず、知らぬ存ぜぬと言い放つ。いや、単にメモを読み上げたのだった。こういうトップをいただく組織に、われわれは国民は血税を使わせているのだ。竹田恒和会長とは、そもそもどんな人物なのであろうか。


◎[参考動画]JOC竹田会長が会見、汚職疑惑改めて否定(日本経済新聞2019/01/15公開)

◆わが国の特権階級

竹田恒和会長は明治天皇のひ孫で、平成天皇とはハトコにあたる。いわば皇族につらなる血縁でスポーツ界に君臨しているのだ。というのも、若いころ馬術選手であった竹田会長は、自動車事故で若い女性をひき殺したことがあるのだ。事故は国体に出るために、会場に向かっていた時のことだった。この事故で竹田氏が所属していた東京都チームは、馬術競技の全種目の出場を辞退している。事故の原因は対向車のライトに目がくらんだ、竹田氏の過失責任であった。

事故は40年前の出来事だが、その本人がオリンピック委員会の会長職にあることに驚きを感じないわけにはいかない。死亡事故を起こした竹田氏は、事故から2年後に馬術競技に復帰(モントリオール大会に出場)していたのだ。そして1984年のロサンゼルスオリンピックではコーチングスタッフで参加し、バルセロナオリンピックでは選手団の代表監督を務めるなど、JOC内部で出世の道を歩んできた。そこに「宮家」の威光が働いていたとみるのが普通であろう。したがって、今回の贈賄疑惑事件の実相はこうである。生徒会の不正支出疑惑を問いただされた生徒会長が「ぼく、この問題には関わっていませんからね」と責任回避の言い訳をしているのだ。お前が責任者だ!

昨年は日大アメフト部、女子レスリング、体操女子、柔道と、アマチュアスポーツ界の組織的な腐敗や暴力問題があぶり出されてきた。東京オリンピックへの「国を挙げて」の準備過程がまさに、組織の問題点を暴露しているかのようだ。その意味では、高額な会場建設費問題などで批判の絶えない東京オリンピックも、あながち積極的な意味がないとは言えないのかもしれない。

◆出処進退をわきまえよ

いっぽう、このままフランス当局がこの贈賄事件での司法手続きを続けるとしたら、日仏間に犯罪容疑者の身柄引き渡し協定がないことから、外交問題に発展する怖れがある。あるいは身柄の引き渡しがない場合には「国際手配」されることになる。ときあたかも、フランス政府(ルノーの大株主)によるルノーと日産の統合が要望されているさなかだ。国益を考えろとは言わないが、わずかでも日本人らしい(?)恥やプライドがあるならば、即刻辞任するべきであろう。


◎[参考動画]2013年9月8日の竹田恒和招致委員会理事長のプレゼンテーション(ANNnewsCH 2013/09/07公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか
横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

冤罪のない社会をめざして 布川事件冤罪被害者、桜井昌司さんインタビュー〈3〉

安倍政権の秘密保護法や戦争法案、原発再稼働には反対だが、反対デモや集会を規制する警察は「市民を守る良い人たち」と考える風潮が相変わらず根強い。しかし冤罪事件を1つでも知れば警察始め検察、裁判所など日本の司法が組織としていかに腐敗しているかが良く分かる。そして冤罪は、決して過去のことではなく、今も身近に起こり続けている。布川事件(1967年茨城県で発生した強盗殺人事件)の冤罪被害者にされ、29年間千葉刑務所に囚われていた桜井昌司さん(71歳)へのロング・インタビューを3回に分けて公開する。今回はその3回目で最終回。(聞き手・構成=尾崎美代子)

お話は大阪市浪速区の社会福祉法人ピースクラブで昨年11月18日にお聞きした。同日14時より開催の「矢島祥子とともに歩む集い」に出席した桜井さんは自作の歌も披露した

── 2回目は桜井さんが8月訪れた台湾の国全体で冤罪をなくそうという動きについてお聞きしました。証拠閲覧権などの法改正も含め、警察、検察の不正や誤りを社会全体で正していこうという動きですね。日本ではまだまだですが、その一歩としていま「冤罪被害者の会」を作ろうとしていると。あと再審法について、現在超党派で制定しようという動きがあるということで、桜井さんは「かなり希望が見える」とブログに書かれていましたが。

桜井 この間、そういういろんな機運がでてきたね。再審法についてはもともと無いというのがあり得ない。それについては「再審にはいろんなケースがあるから、きちんと法で決めるものではない」といわれてきた。でもこういうシステムなんかを作るのは簡単な話なんです。殺人であろうが窃盗であろうが警察、検察、裁判所が冤罪をつくるやりかたは一緒。だから「いろんなケースがあるから再審法制定は無理」なんて屁理屈なんだよ。要するにかれらがつくりたくないだけ。

── それが今、制定に向け準備が始まった?

桜井 ええ。九州再審弁護団の人たちを中心にしてね。再審を闘おうという人たちには闘いやすいシステムをつくろうとしています。

── 最高裁で審理されていた、松橋(まつはぜ)事件に再審決定が下されるも、その後検察が抗告をしていた、それがようやく棄却され再審開始が決定した訳ですが。宮田さんはもう85才、時間がかかり過ぎる。桜井さんはもともとこうした検察の抵抗に道理がないと?

桜井 そう道理がない。なぜかというと、検察という組織はすべての証拠を見たうえで有罪にしたのだから、そのあと再審が決定された際には、彼らの側に抵抗する権利などない。当たり前じゃないですか? 力関係が同等ではないのだから。彼らは被告も原告も力関係が同等だと主張するが、それがそもそも間違いだね。

── 検察の上訴権を認めるべきではないと?

桜井 それは認めるべきではない。戦前は不利益再審があった。新しい証拠があれば無罪になった人を、もう1度訴追出来た。でも戦後は一事不再理となり、いっぺん判決がでた者には新たに訴追できないシステムになった。昔は不利益再審もあった。だから検察官に抵抗権もあった。最良の証拠で訴追した人に無罪判決が出たり、再審開始決定が出たならば、検察は従うべきなんです。「転落自白」という本の中に詳しいことが書いてあります。

── で、その冤罪をなくすためにということで桜井さんは取り調べの全面可視化や証拠の全面開示が必要だと主張されていますが。

桜井 閲覧権だね。あと俺が感じるのは冤罪被害者の悲しみは誰も同じなんだからということ。死刑囚はまた別だがね。だからそういう悲しみを救うための活動を誰かがやらなくてはならない。でもおれは自分のためにやっているんであって、人のためにやってるというつもりでやっている訳じゃないけどね。

── でも獄中から「桜井さん、話を聞いてください」と手紙などあったら会いにいくのですね?

桜井 基本、全部会いに行くね。本当に多いよ、冤罪事件が。びっくりするよ。

── むかしは冤罪事件というと、なかなか犯人がみつからない凶悪事件で、犯人を捜さなければと焦る警察が、暴力使って無理やり犯人にしたてるというイメージでしたが、今はそうしたことだけではない。桜井さんも良く言われますが、大きい小さいではなく、例えばsun-dyuさんの事件(泉大津コンビニ強盗事件)や金沢地裁で争われている「盛一国賠」などあらゆる場面で冤罪が作られている。

桜井 そうだね。でもどこも一緒。冤罪のやり方とか、犯人にされた人の苦しみは。

── 本当にそうですね。私は最近ようやく「志布志事件」の本を読み終えましたが。ふつう冤罪事件というと事件が起きて、冤罪で犯人にされるというパターンですが、志美市事件はそもそも事件がおきていないという……。

桜井 ほんとうに、あれは事件の捏造、陰謀です。山中貞則という防衛庁長官もやった自民党の国会議員が、中山信一さんが町会議員から県会議員選挙に出るときに「出るな」と言った。「うちの県議はもう3人いるから」という理由でね。でも中山さんは出馬し当選した。すると山中本人が中山さんに電話して「よくやったね。ぼくの派閥に入らないか」と言ったが、中山さんは「冗談じゃない」と断った。そしたら山中さんが激怒したらしい。それで志布志警察署長の黒健治が忖度したのか、指示があったのかは知らないが、そこから志布志事件が作られたらしい。そこで山中派の県会議員の地盤が四浦で、買収事件があるみたいにして、志布志事件がでっちあげられた。森義夫県議が夜中に道路にとびだして車にひき殺され死んで、しかもひき殺した女性はヤクザの女だったと噂されたり、彼女もその後自殺したり、いろいろある、大変な謀略的な事件ですね。確かかどうかわからない点もたくさんあるが。

── 事件の現場になったのは田舎の小さな村、犯人ででっちあげられた12名の方は結構高齢な方々。よく最後まで闘えたなと驚きましたが……。

桜井 それは誰も選挙違反なんかやっていないからだよ。それを朝日新聞の記者の、大久保さんがかぎつけて報道し始めてくれ、事件になった。むちゃくちゃ怖い事件だよ。

── 本当ですね。しかもそれが平成の時代に起こったという……。
ところで先日青木恵子さんのホンダ訴訟に残念な判決がでました。私もその場にいましたが、青木さんはじめ弁護団も「なにがおこったの?」という感じでした。

桜井 要するにホンダ側に過失はないから、20年の時効が成立するから、青木さんの訴えは認めないということだね。^

── 過失というか悪意がなかったという訳ですよね。

桜井 悪意があろうがなかろうが関係ないんだよね。法律とはそもそも弱いもののためにあるんだから。当たり前でしょ。法律は弱い者のためにあるのだから、強い者に過失もクソもないでしょ。青木さんは20年の間、無実なのに刑務所に囚われていたんだから、訴えを起こすとか何もできるわけがない。裁判官という法律家がそれをわかっていない。法律はそもそも弱い者のためにあるということをね。

── 青木さん自身は、あの裁判官は、逃げたといっていました。じっさい判決を言い渡したあと裁判長が青木さんの方を向いて「終局判決となりましたので、ご検討下さい」と言っていましたが。

桜井 逃げたも何も、その裁判官には裁判官の資格がないよ。法律は弱い者のためにあるんだという意識があれば、ああいう判決は書けないよ。自分は「時効成立」なんて絶対ありえないと思っている。

桜井さんとは2016年8月10日、東住吉事件の冤罪被害者、青木恵子さんに再審無罪判決が下された大阪地裁で初めてお会いし、昨年9月も釜ケ崎にお話会に駆けつけて下さった

── 日野町事件にも桜井さんは非常に怒っていましたね。

桜井 あれもめちゃくちゃだ。犯人の決め手となった証拠写真が続き番号で何枚かあるが、じつはその順番が入れ替えられていたことがわかった。それを警察官は「よくあることですよ」とふざけたことをいう。バスの運転手が道を間違って「良くあることなんですよ」と言ったら、運転手やめたほうがいいでしょ。普通そんなこと言えないですよ。

── ましてや犯人にされた阪原さんは、無罪を訴えながら獄死された。

桜井 そう。彼らに人の命にかかわる仕事をしているという意識がない。それが許されると思っている。だからおかしい。

── そこで桜井さんがずっと主張している警察官を取り締まる法整備が必要になってくるんですね。

桜井 そうですね。じっさい警察は大事な組織ですよ。でも、いまのように、何をやっても許されるというような組織では駄目なんですよ。だから我々が糺すしかないと。大事な組織だからこそ、ちゃんとさせなくてはならない。間違ったら罰則も与えないとだめだということです。

── 諸外国ではそういう法律はあるんですかね。

桜井 わからないけどね。日本の警察や検察はあまりに嘘をつき過ぎる、酷すぎるから、日本でまずそういう法律をつくらなくてはならないと思うね。それはなにかの形で、違う法律になってもいいが、でもなんかの法律をつくらんとだめです。明らかに過失、明らかに嘘とわかっていても許されるというのはだめだね。

── 今日桜井さんとお話ししていて「法律は弱い者のためにある」という言葉についてしみじみと考えさせられました。実際はそうなっていないし、私たちの側にもそう思えていない点がある。「お上の言いなり」「長いものに巻かれる」、日本人のそういう気質がこの国を桜井さんのいう「人権後進国」にさせている。自分たちのそうした意識も変わらなくてはならない。そのうえで、警察、検察、そして裁判所含め日本の司法を変えていくために、今後桜井さんはどのような活動を続けていくのか?最後にお聞かせください。

桜井 今の日本は余りにも噂が横行してます。良く「韓国は酷い国家だ、歴代大統領が逮捕されてる最悪の国!」とか語る人がいるけど、違うよね。日本は警察と検察が政治の番犬、自民党で番犬だから逮捕出来ない、逮捕しないだけでしょう!韓国ならば、安倍晋三なんて無期懲役でしょう?法治国家日本と言われるが、これも嘘ですよ。せめて司法の世界くらいは当たり前に正義が通用する日本にしたいと思って、そのために活動したいと思ってます。

── 今日は長い時間、どうもありがとうございました。(了)

◎冤罪のない社会をめざして 布川事件冤罪被害者、桜井昌司さんインタビュー
〈1〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=28887
〈2〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=28894
〈3〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=28898

▼尾崎美代子(おざき・みよこ)https://twitter.com/hanamama58
「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主。

月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか
『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

海賊版漫画誘導サイト運営者に実刑判決 抜かれた伝家の宝刀──著作権法の威力

「リーチサイト」という漫画海賊版サイトに案内するサイトを運営していた3人に、懲役2年4か月~3年6か月の実刑判決が下された(大阪地裁1月17日)。人気漫画の「ナルト」など68点が読めるサイトのリンク先を掲載したことに対して「多数の著作権者らに総体として大きな被害が発生している」(飯島裁判官)としたものだ。実際に海賊版サイトを作ったのではなく、リンク集を作った被告たちに実刑が下ったことは、驚きをもって迎えられている。

官民事業体のコンテンツ海外流通促進機構(CODA)によると、漫画やアニメなど3つの海賊版サイトだけでも、2018年の2月までの半年で4000憶円をこえる被害が出ていると推定している。サイトの数がいくつあるのかはわからないが、当局の取り締まりに期待したい。

◆著作権法違反の罰則は、1000万円以下の罰金もしくは10年以下の懲役

それにしても、リンク集を運営しただけで実刑判決とは、驚かれる向きも多いのではないだろうか。リンクサイトの運営は、広告バナーの獲得で莫大な利益が出るのは知られるところだ。18禁サイトのリンク集ならそれだけ食べていける利益が出るという。気軽な副業気分でリンクサイトをやっていたところ、臭い飯を食う羽目になったというわけだが、著作権法の罰則は1000万円以下の罰金、10年以下の懲役と、じつは厳しいものなのだ。今回の判決をつうじて、一般にもその威力が知られるのはいいことだと思う。

たとえば、講演会などで自身の著作をコピーして配布する研究者や著名人を見かけるが、著作権にかかる複製権の違反である。著作物のコピーは自分の研究に使う目的でのみ許されているのだ。それも図書館において、複製申請書を提出し、司書の許可を受けなければならない。

じっさいに私も雑誌を編集する立場として、目を覆いたくなるような光景に出会う。高名な学者先生が最新号の記事を平気でコピーして、数十人の聴衆に配布している。発売したばかりの雑誌掲載の論文が、ご本人のサイトに掲載されているとか。あるいはゲラのやり取りの中で、親しい人たちに配布したいので完成PDFを送って欲しい等など。論文作法は教え教えられてはいても、著作物の複製が違法であることは日本の学界では軽んじられているのだ。

◆訴えがないかぎり、不法に放置されている著作権侵害

唯一、自分の研究以外に複製が認められているのは教育現場だが、これもじつはグレーだと指摘しておこう。条文は以下のとおり。

著作権法第35条「教育に携わる者、教育を受ける者(著作権法35条)複製画できる」となっているが、制限・配布がどの範囲なのか。じつはグレーなのだ。小学校や中学高校の義務教育の現場なら、試験対策として文芸作品のコピーが練習問題として複製されても、35条の範囲内なのであろう。大学のゼミでの研究を「教育」と言えるのかどうか。著作権法に詳しい法律家は頭を悩ませることだろう。裁判になった例は、管見のかぎり知らない。たぶんこの例(教育)での裁判は、教科書のそものに著作権者が引用不可の裁判を起こした件以外に、刑事も民事もないと思われる。

編集・出版サイドでは、雑誌の最新号や刊行から6ヶ月の新刊は、複製権が有力であるという考え方で、図書館も最新号の貸し出しやコピーを認めない所が多い。このあたりは、新薬とジェネリックの関係に似ている。

 
脱ゴーマニズム宣言事件の概要(三枝国際特許事務所HPより)

いっぽう、著作物からの「引用」は、かなり裁量の範囲が大きい。2頁以上の引用は著作権侵害との判例があるようだが、引用された側が訴えないかぎり、放置されているのが現状だ。上杉聡氏と小林よしのり氏の「脱ゴーマニズム」裁判で、引用ならほぼ制限なく可能(裁判では同一権保持=引用の不完全が違法とされましたが)となっている。

おりしも、TPPにかかる著作権期間は50年から70年に延長される予定だ。漫画家はページ当たり数千円の原稿料で、膨大な時間をかけて作品を描いている。コミックスが出なければ、アシスタントも雇えないのが実情だという。かさねて、当局には違法サイト取り締まりの実を上げることを訴えたい。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか
横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

患者1000名のカルテを組織的に不正閲覧!院長も手を染めた滋賀医大附属病院、底なしの倫理欠如

滋賀医大小線源治療患者会のメンバーが1月16日、厚生労働省を訪れ、滋賀医大附属病院泌尿器科の医師らが中心となり、約1000名にのぼる患者カルテの不正閲覧が行われていた‟事件“についての対応を申し入れた。

松末吉隆=滋賀医大附属病院院長(同病院のホームページより)

患者会が厚労省へ提出した文章には、
《先日、滋賀医大附属病院での、泌尿器科 河内明宏教授の指示のもとに施行されたFACT-P と呼ばれるQOL調査に関してさまざまな不正について貴省に調査を要請したところです。
その後、FACT-P問題とは別に、滋賀医大附属病院院長をはじめ、多数の泌尿器科医師、そして事務職員による、約1000名に上る患者カルテの不正閲覧があった、との情報をわれわれの担当医である岡本圭生医師から通報を受けました。(注:太文字筆者)(中略)法律にも抵触する行為であり、早急に、調査を頂き、その結果をご回答頂きたいと思います。》
と記述されている。

厚労省記者クラブで開かれた記者会見では、滋賀医大附属病院の院長、10名の泌尿器科医師、さらには事務職員までが、カルテの不正閲覧を行っていた事実がの詳細が、患者会メンバーから明らかにされた。

患者会からは、担当医である岡本圭生医師が、2018年11月29日に患者とは無関係な者による「カルテ不正閲覧」の事実を同病院の公益通報窓口に通報したが、同日から泌尿器科医師らによる「不正閲覧」が確認できる範囲で止まっている「不思議な現象」も報告された。公益通報がなされた日を境に「不正カルテ閲覧」が「突如行われなくなった」のは偶然であろうか。院長から事務職員までが手を染めた「カルテ不正閲覧」は、組織ぐるみで隠ぺいを図ろうとされている可能性が排除できないだろ。このような組織的な、カルテ不正閲覧は極めて悪質であるばかりか、懲役を含む刑罰の対象になる場合さえある。

記者会見での患者会のメンバー
安江博さん

消費者庁のガイドラインで、公益通報には基本20日に、通報者への対応が明記されている。しかし、11月29日の公益通報から20日経過しても、通報者(岡本医師)へ公益通報窓口からの回答はなかったことから、岡本医師は厚労省へ公益通報を行い、被害者である患者会へも「カルテ不正閲覧」の事実を伝達したという。

会見の席で安江博さんは「問題が起きているわけでもないのに、顔を見たこともない、まったく関係のない院長がカルテを不正閲覧しているのは、『人権侵害』以外の何物でもない。とんでもない行為だ。個人的意見だが、滋賀医大附属病院の対応如何では、将来的に刑事告訴も検討することになるかもしれない」と、強い怒りをあらわにした。

石井裕通(ひろみち)さん

石井さんは「業務に関係ない人が私のカルテを見たということを聞いております。非常に憤って、とんでもないことだと思っています。滋賀医大附属病院は経営理念の中に『患者との信頼関係を大切にする』と謳っていますが、現実には全く逆の患者を裏切る行為を続けている。なぜこういった不正が行われるのか。その背景も含め厚労省には調査をお願いしたいと切に思います」と述べた。

「岡本先生の小線源の治療を受けた約1000人の患者、ほとんどすべての人が閲覧されています。病院側の意図を感じます。医局(泌尿器科)12人のうち10人が、手分けをして見たような印象がある。FACTのこともそうだし、今回のこともそうですが、われわれ患者は『丸太棒』と同じなんです。(注:太文字筆者)無機質な『丸太棒』のように、人権を認めていない。だからこういうことをする。我々を軽視しています。患者会が病院に質問などをしても、ほとんど回答されません。無視です」と牧野さんは語った。

牧野一浡(かずおき)さん

会見後牧野さんに質問したところ「滋賀医大附属病院のホームページには『患者らによる』という言葉があります。あれがすべてを物語っていますね。人権無視です」と言われていた。

QOL調査の改竄についで、1000名に上る患者カルテの不正閲覧。しかも院長を含む組織的な「不正閲覧」は、法律上も倫理上も決して許されるものではない。
ここまで不正行為を重ねている滋賀医大附属病院は、厚労省の指導を待つことなく、しかるべきアクションを速やかに行うべきことは言を俟たないが、果たして自浄作用は期待できるであろうか。

自身も不正閲覧を行った松末吉隆院長の責任が強く問われる。

◎患者会のURL https://siga-kanjakai.syousengen.net/
◎ネット署名へもご協力を! http://ur0.link/OngR

《関連記事》
◎岡本医師のがん治療は希望の星! 救われる命が見捨てられる現実を私たちは許さない! 滋賀医大小線源治療患者会による1・12草津駅前集会とデモ行進報告(2019年1月14日)
◎滋賀医科大学 小線源治療患者会、集中行動を敢行!(2018年12月24日)
◎滋賀医大病院の岡本医師“追放”をめぐる『紙の爆弾』山口正紀レポートの衝撃(2018年12月13日)
◎滋賀医科大学医学部附属病院泌尿器科の河内、成田両医師を訴えた裁判、第二回期日は意外な展開に(2018年11月28日)
◎滋賀医科大学に仮処分の申し立てを行った岡本圭生医師の記者会見詳報(2018年11月18日)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)
月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか

冤罪のない社会をめざして 布川事件冤罪被害者、桜井昌司さんインタビュー〈2〉

安倍政権の秘密保護法や戦争法案、原発再稼働には反対だが、反対デモや集会を規制する警察は「市民を守る良い人たち」と考える風潮が相変わらず根強い。しかし冤罪事件を1つでも知れば警察始め検察、裁判所など日本の司法が組織としていかに腐敗しているかが良く分かる。そして冤罪は、決して過去のことではなく、今も身近に起こり続けている。布川事件(1967年茨城県で発生した強盗殺人事件)の冤罪被害者にされ、29年間千葉刑務所に囚われていた桜井昌司さん(71歳)へのロング・インタビューを3回に分けて公開する。今回はその2回目。(聞き手・構成=尾崎美代子)

桜井さんとは2016年8月10日、東住吉事件の冤罪被害者、青木恵子さんに再審無罪判決が下された大阪地裁で初めてお会いし、昨年9月も釜ケ崎にお話会に駆けつけて下さった

── 1回目に年度内に判決が出る桜井さんの国家賠償訴訟の話、昨年一年、さまざまな展開があった冤罪事件についてお聞きしました。残念なことも多かったが将来的に悪いというわけではないと。今市事件では裁判所が訴因変更を促したり無理して有罪にしたが、そんな裁判の異常さは外国だったら通用しないという話でした。そこで今回は桜井さんが8月に台湾で開かれたイノセントプロジェクトの総会に招かれたということで、そのお話からお聞きします。内容はブログで読ませていただきました。冤罪についての捉え方が日本と随分違うと感じましたが。

桜井 台湾にはね、要するに冤罪は間違っている、冤罪を糺(ただ)すんだという意識を大勢の人たちがもっている。日本のように、冤罪被害があっても「それはたまたま(犯人を)間違えただけ、警察や検察が責任とる必要はない」という意識ではない。検事総長がイノセンスプロジェクトの総会に出席して「冤罪をなくそう」と挨拶をする。そんなこと日本では考えられない。じっさい検察官が再審請求をして2人の死刑囚が無罪になっている。そんなことは日本じゃありえないでしょ?

── 台湾の警察、検察のありようが日本と比べてかなり違うということですか?

桜井 いや、そうではなく、実際には台湾も日本と同じで警察や検察が間違ったことをやり冤罪もつくられている。ただ、それを糺そうという意識が国全体のなかにある。「なぜそれが出来るんですか?」と僕が尋ねたら「無実の人が犯人でよい訳がないから」という。

── ブログで桜井さんが書いていましたが、日本では冤罪被害者が再審無罪を勝ち取っても「それは大変でしたね」と同情するくらいで終わってしまう。そこから自白を強要したり嘘をついて冤罪をつくった警察や検察、裁判所が酷いねという方向には向かわないと。

桜井 「そう、ご苦労さんです。大変でしたね」で終わる。

── それで済まされるという雰囲気や社会構造を私たち自身が作っている、あるいは支えている?

桜井 警察や検察がおかしいという意識は日本人はあまりもってないと思う。警察や検察をやたら信じるし、頼る。警察や検察は逆にその意識を利用して、甘い汁をずっと吸い続けてきたわけでしょう?

── では台湾がなぜそう変わってきたかとお考えでしょうか?

桜井 ある意味、中国大陸に対するアンチテーゼかもしれない。中国大陸はあまりに人権意識に問題がある、だからその中国と違って我々にはちゃんと人権を守るんだという意識があるよということかもしれないね。

── そこに至るまでに何がきっかけがあったのでしょうか?

桜井 1982年におきた銀行強盗事件がきっかけだそうです。逮捕された人が無罪を主張していたが自殺してしまった。で、その直後に真犯人が逮捕された。国全体で「これはだめだ」ということで、法律の欠陥などを正そうと考え始めた。証拠隠しは一切しないようにしなくてはと考えが変わっていった。冤罪をつくっていくのは警察、検察、裁判所の全員の責任だということです。 
 私は、警察官が嘘をいって冤罪が作ることが多いので、そのことに蓋をしない限り冤罪はなくならないと思っている。台湾ではそこで証拠開示ということで証拠閲覧権などができた。つまり冤罪を正すために法律改正をした。冤罪は発生するが、それは警察、検察だけではなく、彼らの不正、誤りを容認する社会全体の責任と考える風潮がわいてきたということ。

── しかし日本と同様、そうした警察、検察への罰則というのはまだないんですよね。

桜井 まだないね。日本は警察、検察官が嘘をついて冤罪がつくられる。それを問題にしない限り冤罪はなくならないと思う。嘘を言ったら裁こうよというだけの話です。そんなことを言うと、みんな「警察官がいなくなってしまう」とかいう。俺はそんな警察なら「やめればいいじゃん」と思う。そういう法律が出来てもいいという人が警察官をやってくれればいいと思う。国家議員も同じ。「嘘をついたら処罰してくださいよ」と。それがやれてないから日本は怖いよ。
 自分の裁判に関わる証拠を知るのは当然の権利ですよ。台湾と同じ、証拠開示ではなく証拠閲覧権。自分にかかわる裁判の証拠をすべて見る権利があるという当たり前のことです。僕はそれをやりたい。捜査で嘘を言った警官、検察官を処罰するというものです。

── そのための法整備が必要だと桜井さんは訴えていますよね。

桜井 間違いや嘘があったら、それは犯罪と同じ。なぜ反省しないのか?それは警察や検察が嘘を言っても処罰されないからです。

── 具体的にはどういう法律になるのですか?

桜井 捜査過失罪みたいな、嘘をついて冤罪を作ったことへの処罰かな。もしその人が20年刑務所に入ったらば、嘘を語ったり、証拠を捏造したり、隠したりした警察官や検察官は、同じ20年の刑にする。当然でしょ。時効はない。それによって利益を得た者は、その人が死んだ後も得た利益を剥奪する。今、殺人事件の時効はないからね。訴求効果といって、その法律ができる以前の過去について取り締まるという。で、現在進行系の事件に関しては訴求効果は発生しますがね。例えば今、私は布川事件を闘っていますよね。そこには訴求効果は発生する。そういうのを作りたい。

── 法案など具体的に考えてられるのですか?

桜井 いや、まだまだだよ。とりあえず来年(2019年)の3月あたりに「冤罪被害者の会」を作ろうと考えてて、今はその準備中。共同代表制にしてつくる予定です。

── そういう会が今までなかったことも驚きですね。

桜井 そうだよね。

──  被害者の会設立にはやはり桜井さんの個性というかキャラクターが役立つような気がします。冤罪被害者にされた人にはいろんな個性の人がいるが、悲しみや辛さは共有出来るから、みんなでつながっていこうという……。

桜井 うん、それはあるかもね。でも会が発足してしまえば、俺はいなくてもいいかなとも思っている。俺はあんまり表面に立ちたくない。ほかにもいろいろやりたいことあるからね。ちょっと好きにさせてよという思いもある。とはいえ、俺もちろんやるけどね。

── 今年は金聖雄監督のドキュメンタリー映画「獄友」も公開されました。あの映画は、「冤罪」あるいは「冤罪被害者」について、それまで関心の薄かった人も関心を持つ契機になったと思います。映画に出演するみなさんの非常に強い個性もあって(笑)。

桜井 そうだね。さっきも言ったけど日本にはまだ「冤罪になった人は、ちょっと問題あったから冤罪にまきこまれたんだよね」という感覚が普通にあって、で無実となっても「まあ、良かったね 」のひとことで済まされる。そういう意味では「獄友」で冤罪問題への関心が相当広まったね。

── あと日本人には、警察は市民を守る優しい人たちという意識も強い。反原発や安保法や秘密保護法反対で、この間、それまで政治にさほど関心のなかった人たちもデモや集会にでていく機会がふえた。でもそういう人たちのなかには警察官は「いい人」、警官の言うことを聞こう、警官にたてついて逮捕されるなんて、逮捕される人が悪いみたいな考えの人もまだ多い。でも冤罪事件に少しでも関わると、根本的にまず警察や検察が組織として酷すぎるというのが良くわかりますよね。

桜井 警官だけではなく司法全体ね。まあ、ただいろんなことを知らない、知らされてないから、そう思っても仕方ない部分もあるよ。だから、俺はもっともっと冤罪を含めて警察、検察、そして裁判所がひどいことやっていると広めていきたいね。(つづく)

◎冤罪のない社会をめざして 布川事件冤罪被害者、桜井昌司さんインタビュー
〈1〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=28887
〈2〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=28894
〈3〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=28898

▼尾崎美代子(おざき・みよこ)https://twitter.com/hanamama58
「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主。

月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか
『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件