《書評》月刊『紙の爆弾』2020年1月号 教育利権の闇を穿つ!

見よ、このタイトルを。教育利権を暴く総力特集と言って、はばかりないものだ。

 
月刊『紙の爆弾』2020年1月号好評発売中!

①「アベ友政治の食い物にされる教育行政」(横田一)
②「『幸福の科学大学』に萩生田文科相と癒着の構造」(藤倉善郎)
③「萩生田光一文科相が利権化目論む民間資格検定試験の実態」(三川和成)

内容を解説していくと、①が記述式導入(安西祐一郎=元慶応塾長・中央教育審議会会長のメモ)、英語民間試験導入(吉田研作上智特任教授)、そしてベネッセ人脈(シンクタンクの所長と理事)、東進ハイスクールの安河内哲也講師、ベネッセ関連団体の鈴木寛代表(元経産官僚・元参院議員)らの下村博文元文科相の人脈だ。派手な見出しキャッチを付けるとすれば、「民間試験導入に動いた闇の人脈とその利権――教育利権のネタにされた入試改革」とでもなるだろうか。

今後の取材の方向性としては、やはり教育産業とベッタリの下村博文元文科相の言動およびその裏にある利権構造の深さであろう。極右政治家でありながら開明派を気取り、文科官僚に強引な利益誘導を強いる(東大に民間試験導入をさせよと指示)手法は、とうてい看過できるものではない。

政治資金の闇(事実上の政治団体・博文会への反社資金)や「マルクス・レーニン主義の公教育を変えたい」という安易で的外れな言動(文部行政への参画時)など、この男の政治生命を早急に断つことこそ、反権力ジャーナリズムのテーマといえよう。

 
大川隆法『下村博文守護霊インタビュー』

その下村博文をすら守護霊インタビューし、その罵詈雑言や国家主義的教育観、岡田光玉(崇教真光の教祖で故人)との関係(幸福の科学大学の認可妨害)を批判していた幸福の科学教団が、萩生田文科相と癒着関係にあると指摘するのが②である。そもそも幸福の科学大学は、大川隆法の「霊言」を全学部共通科目にするなど、普通に考えて認可が認められるはずがないものだった。

にもかかわらず、幸福の科学は千葉県長生村に「ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ」(HSU)を開設しているのだ。教団傘下の高校のみならず、早稲田大学や慶応大学に合格していた受験生(信者)も、この無認可のHSUに「入学」させたという。そしてじつは、下村博文元文科相および萩生田現文科相が、HSUの学長人事をめぐって教団と交渉をしていた事実があったこと。「守護霊本」の刊行をめぐる取り引きやアドバイスをしていたことが、記事のなかで暴かれている。

それにしても、トンデモ教団のトンデモ大学である。教団の「幸福の科学大学シリーズ」89冊のうち、「霊言」というワードが1280件も検索ヒットするというのだ。あるいは「守護霊」「悪魔」「宇宙人」「UFO」なども多数ヒットする、およそ学問とは呼べない教育内容のどこに、文科省が指導する余地があるのか。この教団の大学認可策動から目を離すことはできない。

さらに、やはり萩-生田光一文科相の民間資格検定試験への関与を暴くのが③である。

「身の丈発言」で結果的に、英語民間入試の問題点を暴露した萩生田文科相だが、じつはそれを称賛する背後に、文教族のリーダーが森喜朗から萩生田に移りつつある反映ではないかと、記事は指摘する。すなわちベネッセと下村博文の抜き差しならぬ関係である。ところが、問題はベネッセだけではないと記事は暴いてゆく。

◆「桜を見る会」を刑事告発とある夫婦の悲哀

浅野健一の「安倍晋三『桜を見る会』買収疑獄」は、安倍晋三の税金私物化を容共地検に告発した実録である。浅野によれば、公金を使った飲食接待(随伴文化人や御用メディア相手)は「桜を見る会」だけではないという。これらの行為は「業務妨害罪」「贈収賄罪」にあたるとの見解(高山佳奈子京大教授・刑法)もある(記事中)。評者は思うのだが、数百人・数千人単位での集団民事訴訟を提起してもいいのではないだろうか。使われているのは、われわれの「血税」なのだから。

いっぽうで、安倍総理夫妻に切られた人々の悲哀は、読むに堪えないほどのものがある。「【森友事件】籠池刑事裁判 これは“首相反逆罪”か『夫婦共7年求刑』の無法」(青木泰)だ。たしかに補助金の不正受給があったのは事実で、籠池夫婦も認めているものだ。不正受給額の約2000万円は全額返済している。

にもかかわらず、詐欺罪で7年もの求刑が行われたのだ。あれほど肩入れしておきながら、不正受給や巨額の「不正」国有地払い下げがマスコミの餌食になるや、手のひらを返したように「わたしたち夫婦は無関係」(安倍総理)とばかりに切り捨てる。そして信義違反を告発するや、総理の意を汲んだ検察は、このレベルの事件では「極刑」に近い求刑を行なう。すでに文書改ざんで下級官僚が自死し、臭いものにはフタという流れの中でのスケープゴートである。

今回も自分の好み(政局・疑獄好き)で選んだ書評となったが、読んでお徳の600円(税込み)である。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他

「反社会勢力」という虚構〈4〉やっぱり反社が参加していた「桜を見る会」── 自民党政治は反社との結託で成立している

国会が閉幕し、安倍総理の「桜を見る会」疑惑は逃げ切った感があるものの、本質的に「お友だち」「上級国民」「反社との結託」「官邸による官僚統制=忖度」という政権を成り立たせている構造があるかぎり、政権の腐敗はくり返し暴露されるであろう。

◆自らが出席した会議で決まった「反社会的勢力の定義」を「一義的に定まっているわけではない」と言い放った菅義偉官房長官の厚顔

本連載「『反社会勢力』という虚構」をお読みになっている方には、別に愕くようなことではないかもしれないが、じつに安倍政権らしさも明るみに出た。安倍政権が支援者や仲間うち(本来の目的は功績があった人たち)を招待した「桜を見る会」に、反社会勢力とおぼしき人々が参加していたという一件だ。

しかも、その疑惑を指摘された菅義偉官房長官は、しれっとした表情でこう言い放ったのだ。

いわく「『反社会的勢力』は様々な場面で使われ、定義は一義的に定まっているわけではないと承知しています」

「えっ……?」

この「反社会的勢力」の「定義」は、じつは安倍政権において定められたものなのだ。第1次安倍政権下の2007年6月、「犯罪対策閣僚会議」が決定した「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」のなかで「反社会的勢力」は、以下のように定義されている。

「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人である『反社会的勢力』をとらえるに際しては、暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等といった属性要件に着目するとともに、暴力的な要求行為、法的な責任を超えた不当な要求といった行為要件にも着目することが重要である」

ちなみに菅義偉官房長官は、当時総務大臣としてこの閣僚会議に参加している。みずから出席した会議で「定義」した反社会的勢力が、「定義は一義的に定まっているわけではないと承知している」と言うのだ。もはやこの人の言葉はまともに聴いても仕方がないというべきであろう。


◎[参考動画]反社会的勢力入っていた/菅官房長官 定例会見 【2019年11月26日午後】(テレ東NEWS)

「やや日刊桜を見る会新聞」と題する怪文書
[写真A]

ではなぜ、こんな無定見きわまりない答弁に追い込まれたのであろうか。[写真A]「やや日刊桜を見る会新聞」など、ネットで流布しているものだ。「週刊新潮」(12月12日号)によると、有名な反グレAの企業舎弟と言われる人物だという。犯罪歴は住宅ローン名目で金融機関から4600万円の詐欺で逮捕、知人の頭をビール瓶で殴る暴行罪で逮捕、牛を殺して「畜場法違反」で逮捕と多彩である。代紋を持って一家を構えたヤクザではないものの、それゆえに組織的な歯止めがきかない「準暴力団」としての野放図で危険な人物というべきであろう。

菅官房長官が「出席は把握していなかったが、結果的には入ったのだろう」と定例会見で述べている以上、菅氏自身がその正体を知っているのは明らかだ。というよりも、見た目で危なさが分かったはずではないか。ヤクザも反グレも「わたしたちは危険です」と堅気に知らせるためにこそ、派手な服を着たり茶髪に染めたりするのだ。そういう人物とツーショットに納まるとは、いかにも警戒心がなさすぎる。いや、そもそも近づいてくる人間を排除しないのが自民党政治なのである。そして安倍総理だ。

◆自民党政治は反社との結託で成立している

[写真B]はテロップのとおり、奈良県高取町の新澤良文町会議員(52歳)である。そしてその新澤氏が[写真C]上段において、派手なジェスチュアでスリーショットを喜んでいるのは、言うまでもなくわが安倍総理だ。新澤氏は五代目山口組山健組系の臥龍会に所属していた、れっきとした元暴力団組員である。週刊誌の取材によると、新澤氏は率直にその事実をみとめ、こう語ったという

[写真B]
[写真C]

「入れ墨も入っており、逮捕歴があるのも間違いありません。抜けたのは30歳のころ。組が代替わりして、冷や飯を食わされるようになったのがきっかけです。これはキチンと言わせていただきたいんですが、いまはカタギとして真面目にやっています」

立派な態度ではないか。すでに組織を離脱してから20年近くが経っているばかりか、FBを見るかぎり地元での熱心な議員活動も感じられる。過去記事(日本タイムス)によれば、警察関係者は新澤氏のことを「今も山健組の幹部と交流があります。服役は3回あり、殺人未遂で7年、暴行では1年入っています。全身入れ墨、左小指が欠損しています」という。絶縁されたわけではないようなので、現役の組員と親交があることも想像に難くない。これをもって、安倍総理と新澤議員の親交をとがめだてようとは思わない。むしろ反社の「定義は一義的に定まっているわけではない」ことを安倍政権において、正々堂々と閣議決定して言動の一貫性を保つべきではないか。

われわれ国民は「行政文書たる参加者名簿は破棄し、サーバーに残っている電子データは一般職員が使えないから、行政文書ではない」などという子供じみた屁理屈と同様に、「反社は定義がない」などと、薄っぺらな言い訳に辟易しているのだ。そして安倍総理や菅官房長官に反社につけ入られる「スキ」があるのではない。理念や政策によらない、人脈(誰でもよい)と金脈(利権配分)で成り立っている自民党政治がそもそも、反社といわれる人々と分かちがたい関係にあるからだ。

何度でも確認しよう。自民党政治は本質的に反社勢力との結託で成立してきたし、これからもそれは変わらない。伝統的な代紋の代わりに、一般企業を装ったり業界団体名を名乗ったりと形を変えても、基本的に利権誘導党派であるかぎり反社的な人物と結びついてしまうのだ。

そして独自の権益で反社を追い落とし、みずからがその利権を独占しようとする警察庁官僚がその関係を排撃するにつれて、反社の資金と集票力に依拠する自民党政治は股裂きに遭うのだ。

◎【横山茂彦の不定期連載】「反社会勢力」という虚構 

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

本日発売!月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他
鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

《追悼》アフガニスタンに殉じたペシャワール会現地代表中村哲医師

12月3日午後パソコンで作業をしていると、ニュースサイトに「中村医師撃たれる」のニュースが掲載された。

TV朝日「アフガンに水と食糧を 洪水と闘う日本人 中村医師」より

当初は「命に別状はない」との記載に安堵したのもつかの間、数時間後には中村医師ご逝去の報道がなされた。

◆ペシャワール会と書家・龍一郎さん

鹿砦社は今日に至るまで微力ながらペシャワール会を継続的に支援してきた。鹿砦社に中村哲医師と直接お会いしたスタッフはいない。

しかし11月10日同志社大学で開催された同志社学友会倶楽部主催の、書家・龍一郎(本名:井上龍一郎)さんの講演会『教育のあり方を問いかけた ゲルニカ事件から30年の想い』の演者、龍一郎さんはペシャワール会の事務局スタッフであり、講演の中でペシャワール会の紹介を予定されていた。

TV朝日「アフガンに水と食糧を 洪水と闘う日本人 中村医師」より

講演に熱がこもったため、講演内でのペシャワール会の紹介時間はなかったが、その後開かれた懇親会の席で、龍一郎さんは熱心にペシャワール会への支援を呼びかけ、チラシを配布された。

龍一郎さんご自身もアフガニスタン出向かれたことがあるそうで、現地のお話を個人的に伺い大変興味深く「一度中村医師に取材させていただけませんかね」と問うたところ「無理やと思うわ。現地に張り付いとるからね。日本医師会に頼まれた講演も現地の事情でキャンセルしたことがあったしね」とのお答えに、「お話を聞くにはアフガニスタンまで伺う必要があるな」と中村医師の迫力を間接的ながら感じさせられた。

龍一郎さんが配布されていたペシャワール会の紹介チラシ
龍一郎さんが配布されていたペシャワール会の紹介チラシ


◎[参考動画]「アフガンに”水と食糧”を 洪水と闘う日本人 中村医師」TV朝日「ニュースステーション」より(LunaticEclipsAfghan3 2011年2月18日)

TV朝日「アフガンに水と食糧を 洪水と闘う日本人 中村医師」より

米国を中心とする多国籍軍が、アフガニスタンに不当な侵略戦争・爆撃を続けた時期であったと記憶する。中村医師がどこかのメディアで「殺しながら支援をするということがありうるだろうか」と、静かながら怒りを秘めて発言された姿が忘れられない。

あの時、首相小泉(=日本)は米国を中心とする多国籍軍の侵略戦争へ全面的に加担し、アフガニスタンの市民虐殺に手を貸した。「タリバン政権」が狂気の独裁政権のように報じられる中にあって、中村医師は「現地に居ると日本の報道とずいぶん感じ方が違うんです」と淡々と、善悪2元論でしか実態を報道できない日本のマスメディアに、根底的な問いかけと批判を展開されていた。静かな言葉と頑固と表現してもよいほどの断固たる意志をもった行動。医療から灌漑事業まで手を広げた中村医師は10月に外国人として初の「アフガニスタン名誉国民」に任命されるほど、アフガニスタンでの尊敬が厚かった。

◆日本が世界に誇れるものなどほとんどなくなったこの時代に……

TV朝日「アフガンに水と食糧を 洪水と闘う日本人 中村医師」より

そして、龍一郎さんのお話によれば、現地の状況は、いまだに簡単な構図ではないようだ。報道ではひたすら「タリバン」、「IS」ばかりが登場するが、歴史的部族社会のアフガニスタン国内の力学は、それほど単純なものではなく、その中での長年の継続的支援活動は超人的ともいえよう。

日本が世界に誇れるものなどほとんどなくなったこの時代に、ひたすら現地の人に寄り添って生涯を終わられた中村医師に、軽率な言葉はかけられない。ただし中村医師の生きざまと行動を現在のわれわれを自己点検する「かがみ」として捉えることは許されるだろう。「集団的自衛権」、「改憲」、「武器輸出解禁」、「アジアへの侮蔑」……。中村医師がアフガニスタンから日本を語ったらどんな言葉が返って来ただろうか。

合掌


◎[参考動画]誤爆続くアフガンで中村医師 密着「緑の村と学校を作る」02(LunaticEclipsAfghan3 2010年3月16日)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』
月刊『紙の爆弾』2019年12月号

消費税増税で加速するデフレ不況 緊縮派とリフレ派の無策をMMTが変える

◆消費不況が引き起こす新たなデフレスパイラル

消費税の価格転嫁による便乗値上げは、少なくとも小売り市場では起きなかった。原油価格と原材料の高騰、あるいは気候変動による不作によって、今春いらいの物価高騰が、ぎゃくにキャッシュレス値引きや軽減税率に「便乗した」値引き競争で、むしろデフレ不況の再燃を生じさせているのだ。とくに、キャッシュレスで差異が生じるスーパーマーケットとコンビニにおいて、値引き競争が激化している。

にもかかわらず、買い控えによる消費不況が新たなデフレスパイラルを引き起こしかねないという観測がもっぱらだ。財布のチャックが硬くなったのは、筆者も実感するところだ。その意味では、この国の経済にとって消費増税は積極的なものではないと断じることができる。

◆麻生太郎と安倍晋三の対立

もともと消費増税は、財務省を中心とした伝統的な緊縮派(主流派経済学)による、財源優先の経済政策によるものだ。ご本人たちにはどこまで事の本質への理解、あるいは意識があるかは知らないが、麻生太郎と安倍晋三の対立なのである。麻生太郎をかつぐ財務省官僚(元大蔵官僚派)と、安倍総理のブレーン(旧通産・経済企画庁官僚)との対立のなかで、緊縮財政(消費税)とアベノミクス(リフレーション)とが確執してきたのが、安倍政権の経済・財政政策なのである。

旧経済企画庁系の官僚がケインジアンであるのは、霞が関ではよく知られるところで、第二次安倍政権はまさにリフレ派のブレーンによって構成されてきた。ところが安倍政権は、その政権発足の経緯(消費増税の三党合意)から、反リフレ派の足かせを嵌められていた。もとより、大企業優先のアベノミクスで消費の拡大は画餅と化し、スケジュールどおりに旧大蔵官僚の思惑が実現したわけだ。

◆なぜ、アベノミクスが失敗したか

問題はなぜ、アベノミクスが失敗したかということだ。

賛否両論ある、というよりも、ほとんどまともに理解されていないMMT(現代貨幣理論)において、アベノミクスは異次元の金融緩和を行ないながらも、消費市場におカネを流通させることができなかったのだ。ひたすら大企業への融資を拡大させ、そのいっぽうで大企業への優遇税制および輸出還付金などの優遇政策を行なってきた。

たとえば、わが国の基幹産業ともいえる自動車では、トヨタ自動車への還付金は3231億円、日産・マツダなども併せて8311億円の還付金を受けているという。これらは自動車メーカーが納めるべき法人税に匹敵するから、税金を納めていないのと同じことになる。

まもなく昨年度末段階の財務省の法人企業統計が発表されるはずだが、去年(2017年分)は企業の内部留保は446兆4844億円だった。2018年よりも40兆2496億円(9.9%)増である。安倍総理が「悪夢のような民主党政権」「経済は、わが党が政権を担うことによって、良くなったんです」と力説するのは、小泉政権いらいの労働市場の自由化(派遣労働者の増加)とともに、この大企業の内部留保を可能にした経常利益の増大にほかならない。数字を挙げておこう。

昨年発表の経常利益は、前年度比11.4%増の83兆5543億円。8年連続の増益で、比較が可能な1960年度以降で最大である。国内の設備投資額も同5.8%増の45兆4475億円と、リーマン・ショック直前の2007年度の水準を上回り、2001年度以降では過去最大となった。日本経済はGDPの低迷にもかかわらず実質的に成長をつづけ、そのいっぽうでは大企業が内部留保することで、いびつな分配構造をつくってしまったのだ。とくに若い世代の購買力の低下、自動車やマイホーム購入、あるいは趣味や遊びにおカネを使わない。いや、使えない現実があると指摘しておこう。このような不公平な分配のもとで導入された消費増税は、まさに国難規模の愚策というほかない。税政の専門家によれば、ふつうに大企業から徴税すれば、年間23兆円の税収増が可能だという(『消費税を上げずに社会保障財源38兆円を生む税制』)。

◆永遠に財政破綻しない政府

アベノミクスとの照応で、MMTに懐疑的な向きが少なくない。2%のインフレターゲットは、マイナス金利に踏み切っても達成できなかった。この失敗はしかし、上記のとおり消費市場にカネを出まわらせず、ひたすら大企業の内部留保に貯めこまれてしまったからだ。給料が上がらず、物価が上がっているうえに消費増税をやってしまったのだから、インフレに転じるはずがない。

MMTに関する無理解はおそらく、実体経済と名目経済の概念を知らないからだ。国の借金を財源にするかぎり、かぎりなく借金が増えることで財政が破綻すると。いわく、財政破綻のすえに、ハイパーインフレーションが到来すると。そうではない。

歴史的に、わが国もハイパーインフレを経験したことがある。それは戦前(1915年~)と戦後1950年代の戦争景気インフレではなく、敗戦による物資不足によるものだった。ドイツの戦間期不況も消費財とくに食料の不足であって、基幹産業であるドイツ鉄鋼資本はインフレ時には微動だにしなかった。

その結果が、国民は賠償金で飢えているけれども、ユダヤ資本や鉄鋼貴族は稼いでいるという、下からのファシズムの動因となったのである。いまの日本で、災害いがいの物資不足が心配されるとは思えない。むしろ過剰生産によるデフレに陥っているのだから。

それではMMT反対論者が云う、デフォルト(財政破綻による債務不履行)の危惧はどうだろうか。2000年にアルゼンチンがデフォルト(債務不履行)を宣言している。これはアルゼンチンがアメリカから、ドル建てで借りていた債務(公的対外債務)が支払い不可能に陥ったために、デフォルトを宣言する事態になったものだ。

 
『情況』2019年7月号

国家が債務不履行に陥るのは、上記のアルゼンチンの他にも1998年のロシア、2012年のギリシャ(ユーロ建て国債)のように、外国から外国通貨建て(共通通貨建てを含む)で借金している場合だ。つまり、外国からの借金・債務は逃れがたい。ぎゃくにいえば、中央銀行のオペ買いでお札を刷っている場合には、名目経済で借金増大するものの、実質的に借金は自分で自分から借金をしているに過ぎないのである。

簡単にいえば、政府が通貨発行権を持つ自国通貨建てである限り、そして政府に返済の意思がある限り、いくら発行しても債務不履行になることはあり得ない。永遠に財政破綻しない政府であれば、債務を完全に返済し切る必要もなく、国債の償還の財源が税金である必要もない。国債の償還期限が来たら、新規に国債を発行して、それで同額の国債の償還を行う借り換えを永久に続ければいいのだ。

問題なのは、リフレーション政策にともなう分配方法なのである。手前味噌で申し訳ないが、わたしが編集した『情況』(7月発売号)のMMT特集では、賛否両論を掲載しているので、お暇なおりに参照されたい。その先にある財政と消費をめぐる議論は、AIを駆使した配分方法、ベーシックインカムなどの新しい経済システムであろう。それを新たな社会主義思想と呼ぶべきかどうかは、またの機会に論じたいと思う。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』2019年12月号!
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「あいりん総合福祉センター」監視カメラに対する威力業務容疑で二度目の不当弾圧! 警察・行政が一体で進める「まちづくり」でだれが排除されてきたか?

◆二度目の不当弾圧を許すな!

11月26日、大阪府警・西成警察署は、「あいりん総合福祉センター」(以下センター)北西角の監視カメラに対する威力業務容疑で、計4名5ケ所で家宅捜索を行った。11月6日の4名逮捕に続く二回目の弾圧だ。

「あいりん総合福祉センター」の監視カメラ

先の逮捕容疑は、5ケ月前の5月31日、前出の監視カメラに軍手を被せたというものだ。釜ケ崎では、4月1日「センター閉めるな」と訴える人たちが、閉鎖を断念させ、その後自主管理が行ってきた。4月24日大阪府警と国、府が暴力的に排除してきたが、それ以降も団結小屋を拠点に活動が続いている。

問題の監視カメラは、もとは西成労働福祉センターの業者用駐車場に向けられていたが、その後労働者や支援者が多数出入りする団結小屋に向きを変えていた。周辺には野宿する者も多数いるのに。労働者と支援者らは、「プライバシーの侵害、団結権の侵害だ。向きを変えろ」と申し入れてきたが、向きを変えることなく、逆にカメラに軍手を被せただけで逮捕となった。

反弾圧を闘う大勢の仲間の力で、4名は2泊3日で全員釈放された。検事が裁判所に勾留を求め、裁判所が認めなかった決定書には、「同種事案の中では軽微な部類に属する」と書かれてあった。確かに、軍手を被せただけで、カメラを棄損したり、向きを勝手に変えてはいない。今回の弾圧は、5月31日後、再度監視カメラにスーパーのレジ袋を被せたことへの弾圧だというが、前回、長期勾留の嫌がらせに失敗した警察は、さすがに逮捕は出来なかった。

◆警察・行政一体で進む「まちづくり」で、だれが排除されてきたか?

釜ケ崎での一連の不当弾圧は、この間、国と大阪府・大阪市、そして大阪府警が一体になって進める「西成特区構想」を進める過程でおきている。じつはこうした動きは、2011年4月5日、7名が逮捕された釜ヶ崎大弾圧から始まっている。その後4名が「威力業務妨害」で起訴され、裁判で全員に有罪判決が下された。逮捕容疑は、前年2010年7月11日、萩之茶屋小学校で行われた参議院選挙の投票会場で、投票業務に従事している市職員らの業務を妨害したというものだった。

これら夢のような構想はどこへいったのか?

さらにさかのぼる2007年3月、大阪市は、釜ヶ崎地域合同労組が入る「釜ヶ崎解放会館」に置かれていた約2000名余りの住民票を、職権で削除するという暴挙を行った。釜ヶ崎にはドヤや飯場を行き来するため、住民票を置く場所がない者も多く、住民票がなければ、健康保険や免許証が取れない、仕事に必要な携帯電話も購入できないと、困った労働者らが行政に相談したところ、「解放会館へ(住民票を)置けばいい」と指導され、そのやり方が30年以上も常態化していた。

そうしたなか、突然住民票が奪われたのだ。4月の統一地方選挙で投票できないことを危惧した組合や支援者らが、2010年7月11日にも、参議院選挙が行われた萩之茶屋小学校前に出向き、選挙権をはく奪された野宿者の選挙権回復を求めると共に、検挙権を回復する可能性のある人たちに対して、投票業務に従事している市職員らが適正に対応するか監視する活動を行ったのだ。こうした全く正当な行為が、「威力業務妨害」とされ、弾圧されたのであった。

じつは同じ時期、センター周辺と西成警察署裏の屋台が相次いで強制撤去されている。センター周辺の屋台については、年に数回、市の職員と屋台関係者が共同し、屋台周辺の消毒作業をやることで、容認されてきたし、警察署裏の屋台についても、関西電力が屋台毎に正式に契約しメーターをつけるなどしており、営業は事実上容認されてきた。それがいきなりの強制撤去である。屋台で何十年も生計をたてていたおばちゃんらは、「暮れにいきなり閉めろなんて、正月も越せない。せめて次の準備をする時間をくれ」と交渉し、数ヶ月延ばしてもらった。

こうして野宿者と屋台、露店商、そしてヤクザが次々と排除されてきた。この間、ヤクザ、暴力団を反社会的勢力と呼ぶようだが、私はそれには反対だ。「反社会的」の意味が恣意的に拡大され、弾圧の対象範囲をも拡大する危険性を伴うからだ。

釜ヶ崎では長年にわたり、ヤクザと警察はズブズブの間柄だった。当時、三角公園の周辺にずらりと並ぶノミ屋(違法賭博場)の前には、シケハリと呼ばれる見張り番が立っていたが、軽らの警察官が回ってくると、一斉に「ごくろうさまです」と挨拶していた。違法賭博場であることは周知の事実だが、取り締まらず、なかには笑顔で答える警官もいた。1990年には、西成警察署の署員が、暴力団から賄賂を貰ったことが発覚したことに端を発する暴動もおこっているほどだ。こうしてヤクザを利用したり、違法でも放置してきたくせに、「コンプライアンス」云々が叫ばれたり、不必要、邪魔となったら、いきなり首をきる、「ケチって火炎瓶」として話題になった安倍晋三とヤクザの関係と同じではないか。

西成警察主導の「あいりんクリーンキャンペーン」。後ろで手を組む警察官が並ばせた労働者を怒鳴り付けていた

◆次々に弾圧されるのは、大阪維新の進める「まちづくり」に邪魔な人たちだ!

今回の一連の弾圧の背景には、大阪維新の「西成特区構想」で進められる「まちづくり」が大きく関係している。大阪維新は、釜ヶ崎の労働者の唯一の「寄り場」であるセンターをつぶし、広大な更地を確保し、ひと儲けしようと企んでいる。「耐震性に問題がある」として、労働者の「寄り場」は無理やり閉鎖されたが、その上の医療センターは未だに通常営業し、多くの患者が入院している。「危険なセンターにおっちゃんを閉じ込めていいの?」などと言いながら、患者はどうなってもいいのか? しかも「耐震性に問題がある」とセンターをつぶす一方で、耐震性に問題のない第二市営住宅までつぶすという。それも税金を使ってだ。それもこれも使い勝手のいい、きれいな「台形」の更地が欲しいからにほかならない。

かつてゆっくり横になれたスペースはもう作られない

有識者や地域の「代表」らが集まって、その台形に、どんな町をつくろうかという様々な会議が、長年税金を使って行われてきた。10月28日開催された「第45回労働施設検討会議」の議事録(案)によれば、今のところ、その台形の更地に作られる予定であるのは、南海電鉄高架下の仮庁舎に移された国の管理する「あいりん職安」と、大阪府が管理する「西成労働福祉センター」だけのようだ。面積はほぼ、仮庁舎と同じ、つまりもとのセンター内にあった、ゆっくり横になれるスペースや水飲み場、シャワー室、洗濯場、足洗い場、娯楽室などはないようだ。

一方、新今宮駅前の「地価が高い」北側は、広大な駐車場になるようで、ここにも労働者の居場所はない。かつて道路やビルを作り、日本経済を下支えしてきた労働者が、あるいは生活に困窮した人たちが最後の最後にたどり着き、どうにか命を永らえさせてきた釜ヶ崎は、もう必要ないということなのか? 誰も切り捨てない、排除しない町、差別しない町、それが釜ヶ崎ではなかったのか?

「ジェントリフィケーションにならないように」とまちづくり会議の識者らは言うが、前述したように、すでに排除と弾圧は山ほどやられている。いま狙われているのは「センターつぶすな」と主張する、私たち「邪魔者たち」だ。関西生コンへの不当な弾圧など、あらゆる権力の弾圧と闘う皆さん! ぜひ釜ヶ崎の闘いにご注目いただきたい。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』21号では「住民や労働者に被ばくを強いる『復興五輪』被害の実態」を寄稿

月刊『紙の爆弾』12月号
季刊『NO NUKES voice』21号 創刊5周年記念特集 死者たちの福島第一原発事故訴訟

女児誘拐は「精神障害者の犯行」? 大阪女児誘拐容疑者の発言が示唆する可能性

「SNSで助けを求めていた子を助けてあげた。正しいことをした」

共同通信の報道によると、大阪市の小6女児誘拐事件の容疑者・伊藤仁士(35)が、逮捕前の調べでそのような趣旨の供述をしていたという。これをうけ、ネットでは、伊藤が自分の犯罪を正当化している可能性や、刑事責任能力が無いと装って罪を免れようとしている可能性を疑う声が飛び交っている。

しかし、伊藤が取り調べでそのような異常な供述をしているのが事実なら、本当に精神障害を患っている可能性が高いとみるのが妥当だ。過去の同種事件でも、犯人が精神障害に陥っており、取り調べや法廷で異常な供述をした例が複数あるからだ。

◆精神障害でも有罪とされた2人の女児監禁犯

1人目は、埼玉県朝霞市の中1女児監禁事件の寺内樺風(27)。2016年に逮捕された当時、千葉大学の学生だった寺内は、被害女児を自宅で2年余り監禁していた間、アサガオの種で合成麻薬のようなものを作り、少女の食事に混ぜて食べさせていたとされる。これだけでも相当異常だが、さいたま地裁での公判でも裁判長に職業を聞かれ、「森の妖精」と答えたのをはじめ、「私は日本語がわからない」「ここはトイレです」などと意味不明な言葉を次々に発し、世間を騒がせた。

そして2人目は、2012年に広島市で小6の女児をカバンに入れ、タクシーで連れ去ろうとした小玉智裕(27)。小玉は当時、成城大学の学生だったが、事件を起こした時は運転免許を取得するために広島市に滞在していた。逮捕された時は小玉を取り押さえたタクシー運転手や社会人野球選手のお手柄が話題になったが、広島地裁の裁判では、「自分の手足になる人間をつくろうと思った」「植物工場を作って、研究者や労働者にしようと思った」などと特異な犯行動機を語った。

そんな2人はいずれも裁判で完全責任能力を認められ、寺内は懲役12年、小玉は懲役3年の判決がそれぞれ確定している。だが、寺内については、精神鑑定で発達障害の一種である自閉スペクトラム症の傾向があったと判定されており、小玉も精神鑑定で「広汎性発達障害を基盤とする空想癖」があり、それが犯行に影響した判定されていた。社会の注目を集めた重大事件では、被告人が犯行時、明らかに重篤な精神障害に陥っていた場合も裁判で完全責任能力を有していたと認定されるのが常だが、この2人もそうなったわけである。

◆伊藤が異常発言をしているのが事実なら・・・

翻って、今回の大阪女児誘拐事件の伊藤については、現時点でまだ責任能力について深く考察しうるに足る情報は報道されていない。しかし、寺内や小玉に続き、女児を誘拐したり、監禁したりしようとした犯人がまたしても精神障害を疑わせる発言をしている事実だけでも重要だ。

精神障害者の犯行というと、刃物を振り回して無差別に人を刺し殺すような事件のイメージが根強いが、女児を誘拐したり、監禁したりする犯行も精神障害者にありがちな犯行なのではないだろうか。伊藤が報道されているような異常発言をしているのが事実なら、少なくともその可能性が浮上していると言える。

重大事件で犯人が精神障害に陥っている可能性が論点になると、犯人が責任能力を否定されて罪を免れたり、刑が軽くなったりすることを想像し、冷静な思考ができなくなる人は少なくない。しかし、同種犯罪の再発防止のためには、まずは冷静に事実関係を見極める必要がある。

伊藤が身柄を拘束されている大阪府警察本部

▼片岡健(かたおか けん)

全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

月刊『紙の爆弾』2019年12月号
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

《傍聴速報》11・21滋賀医大病院「損害賠償請求訴訟」 有印公文書偽造にまで手を染めていた滋賀医大病院! 大津警察が告発受理で捜査中であることが判明!

11月21日大津地裁で滋賀医大病院の患者であった4名が、同病院泌尿器科の河内明宏、成田充弘両医師を相手取った「説明義務による損害賠償請求訴訟」の証人調べが行われ、この日は岡本圭生医師が証人として証言台に立った。

2週間ほど前に、大津地裁はこの日の法廷の傍聴を抽選とすることを、HPで発表していた。抽選で傍聴席に入ることのできる数は38名だ。患者会を中心の38を大きく上回る人数の方々が抽選を受けた。

岡本圭生医師

◆証言台に立った岡本圭生医師

10時30分、開廷の法廷では、この裁判で初めて記者席が設けられ、開廷前にはMBSによる法廷撮影も行われた。原告側は原告のお二人を含め弁護団など総数9名が着席、岡本圭生医師も着席し2分間の法廷撮影が行われた。法廷撮影の際、被告側代理人はなぜか入廷せず、不思議な印象を受けたが、その原因は閉廷後明らかになる。

ほぼ定刻通りに開廷が宣言され、原告、被告、補佐人(岡本医師)3者から書証の提出があり、弁論及び確認されたのち、岡本医師が宣誓を行い。証言に入った。原告側から岡本医師の質問を担当したのは、古山力弁護士だ。質問は岡本メソッドの特徴や、放射線医との連携の方法などを確認することからはじまり、標準的小線源治療と岡本メソッド違いを具体的な例を挙げながら明らかにしていった。

そして古山弁護士が「シード挿入のための穿刺(せんし)の技術について、被告らは『前立腺の“生検”(前立腺にがんがあるかないかを細胞を取り出し調べる検査)ができれば可能であると主張していますが、そうなんでしょうか」との質問を発すると、岡本医師は「私のやっている施術は、被膜ギリギリに穿刺をする、理想的な針の配置をするものです。ポジショニングからシードを置いていくのは、ミリ単位の精度を要する技術です。単純に前立腺の組織を針を刺して取ってくるのとはまったく異なる、まったく違うものです」と「生検ができれば小線源治療ができる」との被告側の認識の誤りを、明確に否定した。

質問はさらに滋賀医大内の「医療安全委員会」で岡本医師に対する合併症の指摘がなされたことに移ったが、この件については、偶然にも期日の4日前に「朝日新聞デジタル」が「患者の同意なくカルテを外部に示す 滋賀医大、外部の医師に」との記事で問題が取り上げられており、滋賀医大ぐるみで岡本医師を陥れるための工作が展開されたとして、滋賀医大の行為は個人情報保護法違反の疑いがあると指摘されていた。「説明義務による損害賠償請求訴訟」と直接の関係はないものの、滋賀医大に巣くう「法律軽視・無視」体質が露呈した事件であり、ここでも岡本医師への誹謗中傷を狙った攻撃であることから、「医療安全委員会」についての質問がなされたのであろう。

続いて、被告成田医師と岡本医師がどのような関係にあったのか、成田医師がひとりで小線源治療施術可能だったのか、被告が主張する「チーム医療」体制があったのかどうかを明らかにする質問が発せられた。

◆岡本医師の印鑑が勝手に使われ、偽造文書が被告側から裁判所に「証拠」提出されていた!

そしてこの日、最大の驚愕の事実が明らかになる。古山弁護士が「乙C10の3枚目を示します。これは泌尿器科講座の教授である河内教授と小線源講座特任教授である岡本先生の連名で作成され、成田准教授を小線源講座の兼務を学長に求めるものです。これは被告らから裁判所に証拠提出されています。証拠提出される前にこの書面の存在を知っていましたか」の問いに対し岡本医師は「知りません」と回答、古山弁護士が「見たこともありませんか」と確認すると「岡本医師は見たこともありません」と明確に答えた。さらに古山弁護士が「右上に岡本先生の名前がありますね。そのに「岡本」の印が押されたものですが。印を押しましたか」と聞くと岡本医師は「押したことはありません」と回答。

大変な事態が明らかになった。岡本医師の印鑑が勝手に利用され、文書が偽造され、こともあろうにその偽造文書が裁判所に被告側から「証拠」として裁判所に提出されていたのだ。つづく質疑で岡本医師は「この件については大津警察に刑事告発をして、現在捜査中だと伺っています」と事件は民事から刑事へと広がりを見せていることを明らかにした。

ついで、被告側代理人からの反対尋問に移ったが、取り立てて報告すべき内容はないのですべて割愛する。

偽造された有印公文書
岡本圭生医師(中央)

◆「被告側の反対尋問は枝葉末節…主尋問の根幹は全く崩せないで終わった」(井戸謙一弁護団長)

裁判終了後、弁護士会館で記者会見が行われた。

井戸謙一弁護団長が冒頭「今日は傍聴席を埋め尽くしていただきエールを送って頂きあがとうございました。皆さんもお分かりになったと思いますが、岡本先生は40分でぴったりと素晴らしい証言をして下しました。被告側の反対尋問は枝葉末節なところをちくちくと突くというもので主尋問の根幹はまったく崩せないで終わったと思います。争いの中心に至るものではありませんでした。次回以降は病院側の関係者の証人尋問になります。こちらが反対尋問をする立場になりますので、充分準備して臨みたいと思いますので引き続き支援をお願いいたします」と総括した。井戸弁護士は次の予定があるためにここで退出した。

◆「標準的小線源治療もやったことのない成田医師が岡本メソッドをできるのか…」(古山力弁護士)

引き続き尋問を担当した古山弁護士が期日の概略を報告した。

「本訴訟の中心はあくまでも原告の方々ですが、岡本先生がどのように関わっておられたか、そして岡本メッソドとはどのようなものであるか、特殊なものであるので陳述書には書かれていますが、口頭で説明頂くのが良いと判断しました。時系列ではなくピンポイントで質問をしました。重要なことを申し上げますと、被告らは岡本医師が指導医での成田医師の治療を計画していました。『本当にそんなことができるのですか』、ということをまず岡本先生から説明してもらいました。成田医師をやったことはない。これは争いのないことです。では標準的小線源治療もやったことのない成田医師が、本当に岡本メソッドをできるのかと。そもそも小線源治療とはどういうものなのか岡本メッソドとはどういうものなのかを説明していただき、未経験のものがやるとどれくらい危険なことかを主に話していただきました。その絡みで今回の原告の皆さんにはどんな不適切なことがあったのかを説明していただきました。後半は成田准教授について偽造文書が出ていたこと、成田准教授をどのように止めたかなどを聞きました」との報告があった。

◆「権力に任せて不正を横行させる連鎖は断ち切らないといけません」(岡本圭生医師)

次いで岡本医師の話があった。

「まず弁護団の先生にお礼を申し上げます。ようやくこの日を迎えられ私の仕事ができました。また今日もたくさんの患者さんたちが来ていただき、これが私にとっての心の支えです。わたしの願望は今も待っている前立腺がんの患者さんを一刻も早く今まで通りに助けられるようになりたい。どうしたらいいか皆さんの力やお知恵をお願いしたいと思います。今回の問題は故意の『説明義務違反』です。成田医師に経験があろうがなかろうが、最初から最後まで患者さんを騙さないといけないことをやろうとする。それがばれそうになったら隠蔽して逃げ切ろうと考えている。こんな国立大学病院を許してはならないということです。私と大学の闘いではもちろんないわけです。ここにおられる待機患者さんを含めてこれは一つの革命だと思います。医療を医学村=一部の権力者の私有物に留めるのか、患者・市民が取り戻すのかその闘いだと思います。人は死んでいませんが極めて事件性の高い問題なのでジャーナリストの方もしっかりと記事を書いていただいて、大いに『医療は誰のためにあるか』を真剣に議論していただきたいと思います。
 相手側の弁護士の質問には特にいうことはありません。最初の質問で『相手にならないな』と思いました。滋賀医大は一度リセットしなければ仕方ないでしょう。声を挙げようにも上げられない病院、学生。こんなファシズムのような大学は一度リセットしないとだめです。来週以降管理者たち、自分達のメンツを守るために、皆さんの命を犠牲にしようとした連中が出てきます。陳述書は配布した通りですが、今回分かったことは滋賀医科大学は司法の場にも常に、捏造したものを出してくることです。19日に朝日新聞が私のインシデントについて勝手に外部に出している。あるいは「事例報告委員会」なるものが、開かれてもいないのに議事録をでっちあげてインシデントをでっちあげている。あるいは、病院のホームページで私の小線源治療が、大したことはないと貶めるような捏造を掲載し、大阪高裁における仮処分の抗告にまで出している。
 極めつけがこれです。きょうも争点になりましたが『成田准教授を併任准教授にする』という文書。私が成田准教授は併任準教授にふさわしいとしている。これは裁判に初めて出てきて、こんなものがあったと知ったわけです。明かな有印文書偽造・行使です。この件は大津警察で告発が受理されています(告発人は岡本圭生医師、被告発人は河内明宏医師、告発日は2019年7月2日)。受理されているということは捜査中ということです。この点どうなっているのかをジャーナリストの方々は大津警察に是非追及していただきたいと思います。こういうものを司法の場に次々に出してくる。どうしようもないと思いますよ。これでは滋賀医科大学は公益法人として成り立たない。来週以降も管理者や脅されて寝返ってしまった放射線科の河野医師も出てきます。こんな風潮が漂っている限り、患者さんは安心して受診できないし、学生さんは安心して勉強できません。
 私に突きつけられた状況はヤクザの舎弟になるのか、正義を果たしたらお前は打ち首だということです。もし河内医師の要求通りに騙して、ここにおられる原告の方に対処していたら、私はとうに自死していますよ。そういうことを要求されたのが若手であれば逃れられません。権力に任せて不正を横行させる連鎖は断ち切らないといけません。市民と医学村の闘いとしてとらえる必要がある。ここで変わらなかったら変わらないと思いますのでよろしくお願いいたします」
と思いを一気に吐き出すように語った。

有印公文書を示す岡本圭生医師

有印公文書偽造。ここまでの暴走が過去例にあるのだろうか。記者からの質疑で「弁護団の皆さんには、過去公的機関が裁判に偽造有印文書出してきた経験があるか」の質問に対して、いずれの弁護士も「経験がない」と回答していた。

来週末の11月29日(金)には河野医師、塩田学長、松末院長の証人尋問が行われる。闇はどこまで暴かれるのだろうか。

さて冒頭法廷撮影の際に、被告側代理人の姿がなかったことを紹介した。これまでの期日では代理人は2人だったがこの日はこれまで見たことのない、人物が新たに加わり3名となっていた。わたしはてっきり新たな弁護士が追加で選任されたのであろうと考えていたが、裁判後「あれが成田医師ですよ」とある患者さんから伝えられた。被告成田医師はテレビに映るのを避けた。そうも想像できる。引き続きこの事件の展開は注目してゆく。

◎患者会のURL https://siga-kanjakai.syousengen.net/
◎ネット署名へもご協力を! http://ur0.link/OngR

《関連過去記事カテゴリー》
滋賀医科大学附属病院問題 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=68

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2019年12月号
鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

《書評》『一九六九年 混沌と狂騒の時代』──「7・6事件」の解説として

 
鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

自分が寄稿させていただいた本を解説するのも、最近では「自著を語る」というスタイルで雑誌や研究会に定着している。今回、デジ鹿編集部の要請もあって、いわば「共著」本を書かせていただくことになった。この本の肝心な部分は、それなりに学生運動や党派の歴史を知っている者にしか書けないということで、お鉢が回ってきたものとみえる。

もっとも「自著を語る」というスタイルは、人文系の専門書に特有のものであって、大著を読みこなす評者が限られているために、ふつうに書評を頼めば数ヶ月を要し、肝心の著書が本屋さんから返本されたころに書評が出るという、困った事態を回避するのが目的でもある。この書評がデジ鹿に記載されるころに、本書はまだ本屋の店頭を飾っているだろうか。

◆「7・6事件」とは何か

何を置いても、本書の最大の読みどころは「7・6事件考」(松岡利康)である。1967年10・8羽田闘争を反戦運動の導火線とするなら、68年は全共闘運動の大高揚の年、パリの五月革命をはじめとするスチューデントパワーの爆発。いわゆる68年革命の翌年、69年は挫折の年である。1月に東大安田講堂が陥落し、古田会頭以下の辞任と自己批判を勝ち取った日大闘争も、佐藤栄作総理の「政治介入」によって解決の出口が閉ざされていた。

全共闘運動が崩壊するなかで、70年安保決戦を日本革命の序曲とするために、ブント(共産主義者同盟)は党内闘争に入っていた。国際反戦デーの「闘争目標を新宿で大衆的に叛乱をめざすべきか、それとも日本帝国主義の軍事的中枢である防衛庁攻撃にすべきか」をめぐって、政治局会議で幹部たちが殴り合うという事態(68年秋)もあった。

そして「党の革命」「党の軍隊建設」を掲げ、首相官邸をはじめ首都中枢を3000人の抜刀隊で占拠し、前段階蜂起をもって日本革命の導火線にする。という主張をもった、のちの赤軍派フラクがブントの全都合同会議を襲ったのが、7・6明大和泉校舎事件である。重信房子さん(医療刑務所で服役中)の「私の『一九六九年』」と合わせ読めば、事件の概略はつかめると思う。

 
松岡利康/垣沼真一編著『遙かなる一九七〇年代─京都』

問題なのは、このブント分裂の引きがねとなった事件が尾ひれをつけて語り継がれてきたことだ。その結果、中大1号館4階から脱出するさいに、転落死した望月上史さん(同志社大生)が、中大ブントのリンチで手の指を潰されていた」という伝説になっていたのだ。その件を、ある作家の著書からの引用として『遥かなる一九七〇年代』(垣沼真一/松岡利康)に書いたところ、中大ブントを代表するという神津陽さん(叛旗派互助会)から、事実ではないとの批判が寄せられていたものだ。

検証の結果、中大で赤軍派4名を監禁したのは情況派系の医学連の活動家で、当初は暴力があったもののきわめて穏和的な「軟禁」であったという。証言したのは、わたしも編集・営業にかかわった『聞き書きブント一代記』(世界書院)の石井暎禧さん(現在は幸病院グループの総帥)である。軟禁中の塩見孝也さん(のちに赤軍派議長)らが、ブント幹部の差し向けたタクシーで銀座にハンガーグを食べに行っていた、などという雑誌記事を学生時代に読んだ記憶があるが、医学連OBの配慮だったかと得心がいく。中大ブントとひと言で言っても、数が多いのである。荒岱介さんの系列だったという九州の某ヤクザ系弁護士の中大OBを知っているし、情況派の活動家も少なくはなかった。その意味では「中大ブントがリンチ・監禁をした」というのは、あながち間違いではない。何しろ中大全中闘は5000人の動員を誇り、有名人では北方謙三が「赤ヘルをかぶっていた」とか、田崎史郎が三里塚闘争で逮捕されたとか、じつに裾野が広い。また目撃談として「塩見さんが生爪を剥がされていた」という証言もあるという。元赤軍派の出版物も出るので、今回の松岡さんの「草稿」がさらなる事実の解明で豊富化されることに期待したい。

それにしても、ブントは分裂して赤軍派を生み出し、最後は連合赤軍という同志殺し事件を生起させた。マルクス主義戦線派との分裂過程でも、暴力をともなう党内闘争はあった。その後、四分五裂する過程でも少なからず暴力はあった。けれども、寝込みを襲撃するとか出勤途中の労働者をテロるといった、中核VS革マル、革労協のような内ゲバには手を染めていない。だからこそ7・6事件という、いわば牧歌的な党内闘争の時代の内ゲバ死を問題にできるのであろう。死者が100人をこえる「党派戦争」の反省や総括の試みが、上記の党派からなされることは、おそらく絶対にないだろう。なぜならば「同志」は「死者」となったまま、いまも「闘っている」のだから、生きている人間が「誤りだった」などと言えるはずがないのだ。

 
板坂剛と日大芸術学部OBの会『思い出そう! 一九六八年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』

◆板坂剛の独断場

もう一本、本書の記事を推薦するとしたら、板坂剛さんの「激突対談」であろう。小中学校が同期だった中原清さん(仮名)とのドタバタ対談、激論である。前著『思い出そう!一九六八年を!!』の座談会では、真面目にやろうとしたことが仇となってしまったが、今回は相手にもめぐまれて、もう読む端から爆笑を誘うものになった。やり取りを引用しておこう。

板坂 だからおまえなんかにゃ判らねえって言ったんだよ。
中原 だったらこんな対談、無意味じゃねえか?
板坂 無意味じゃねえよ。
中原 俺には無意味としか思えんな。
板坂 それはおまえが無意味な存在だからだよ。
中原 やっぱりちょっと外に出ようじゃないか?
板坂 まだ終わってねえっつうんだよ。

もちろん内容もちゃんとある。ストーンズに三島由紀夫、中村克巳さん虐殺事件、日大芸術学部襲撃事件などなど。けっきょくこの対談を三回読み返したわたしは、いままた読み始めてしまっている。

◎鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』関連記事
〈1〉鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』発売を前にして
〈2〉ベトナム戦争で戦死した米兵の死体処理のアルバイトをした……
〈3〉松岡はなぜ「内ゲバ」を無視できないのか
〈4〉現代史に隠された無名の活動家のディープな証言に驚愕した!

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。『一九六九年 混沌と狂騒の時代』では「『季節』を愛読したころ」を寄稿。

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

安倍政権が憲政史上最長の政権になるというこの国の惨状の源流

明後日の11月20日には安倍晋三が総理大臣としての座に留まった期間が2887日(安倍第一次政権と合わせた通算)となり、桂太郎元総理大臣を抜いて、憲政史上最長を塗り替える。本人にとっては慶事かもしれないが、客観的には惨事以外のなにものでもない。本音では「焼け野原」とでも言ってしまいたい。現状の分析をすることにも気が滅入る(こういった冷徹な「絶望」こそが、未来を展望するにあたっては、覚悟を決めて抱き込まなければ仕方ない時代ではないか)。

ああだのこうだの、もっともらしい分析が展開されていても、その大半は、自分を「安全地帯」におき、野球にたとえるとすれば「決して盗塁する意思のないリードを取っている走者」のように感じられる。そのことへの指摘も必要なのではないだろうか。安倍でなくとも条件が整えば、このような独裁的長期政権の召致が必然的であった、この島国における「小選挙区制」の導入に熱心だったのはだれだ? 「政党交付金」なる納税者の意思を蹂躙する、公的賄賂の仕組みを作り上げたのは、支持したのはだれだ?

◆惨状へと続く水源──どの政権の時代に「小選挙区制」が法案化されたのか

これらの原則的発問に蓋をしたままで、現状を分析することは、あらゆる意味において無効である。直視するがよい。「小選挙区制」導入のお先棒を担いだ人物と、現状を嘆いているような「ポーズ」を装う人物に、どれほど重複が多いことか。こういった現象を日本語では「欺瞞」という。「政治家は厚顔無恥でなければつとまらない職業だから免罪される」ということにはなりはしない。その主張は道理から外れている。

どの政権の時代に「小選挙区制」が法案化されたのか。あるいはそこへ導く水路を熱心に掘り返していたのは、どういった勢力や人物で、連中は70年代後半から80年代にどのように動いていたのか。そこを少しばかり掘り起こせば、惨状へと続く水源には、簡単に至ることができる。

そのことを明らかにするほうが、安部の在任期間を嘆くよりも、よほど実のある分析にあろう。もっとも世襲議員である安倍晋三は、総理大臣として以前に、基本的な思考能力や知性において、一般的な企業管理職と比して、けっして優れているとは思われない。むしろ一人きりになれば、自身が発案したり、決定を下し責任を取る覚悟などにおいて著しく劣っているだろうと、わたしは感じている。

同じ組織社会でも企業、なかんずく過剰に株主への利益還元が優先されるようになった、今日の大企業において、管理職は(それが好ましい事態であると、わたしはまったく思わないが)あのように、違法行為ばかりを連続する従業員(大臣)や自身(安倍)を放置していては、「コンプライアンス」の名のもとに、株主総会で早晩首が飛ぶだろう。

◆新自由主義と社会党の解体

新自由主義(この場合の「自由」はもっぱら「独占資本の好き放題」を意味する)の今日にあって、最大化されるべきは国民、市民が享受する利益ではない。企業≠従業員であり、企業≒株主≒内部留保が基礎的な構造である。起業経営者は毎年の株主総会で、みずからの地位を奪われないように、従業員よりも株主への目配りを行き渡らせることが、あすの地位を担保するための最低条件となる。

他方、小選挙区制で「AかBか」の選択肢しかなくなった政界においては、戦前から引き続けれた霞が関と企業連合体への利益供与を保ち続ける「永久与党」以外に競争相手は生まれはしない。いっとき「民主党」が政権を担ったが、当時の民主党実力者を分析してみれば、「永久与党」の血脈にある人物の名前をいくらでも挙げることができる。鳩山由紀夫(父:鳩山一郎の孫、本人:元自民党)、小沢一郎(本人:元自民党幹事長)、羽田孜(本人:元自民党)、岡田克也(本人:元自民党)、渡部恒三(本人:元自民党で大臣経験)…。

政治学を学んだ人のなかには「民主主義の基本は小選挙区制」と、欧州の政治学を、風土も地盤も違うアジアの果ての国にも適用しようとする向きが多かった。ジャーナリストでは田原総一朗、学者では山口二郎などが筆頭にあげられよう。そしてマスコミも当初は静々と、そして80年代中盤から後半に入ると、わがもの顔で「政権交代可能な2大政党制」を支持するようになった。

だが、当時の順番では自民党の次には、社会党が位置していた。社会党の内では自民党と変わらない主張の連中が、年々繁茂してきたが、それでも左派は明確に「反自民」であり、この主張では米国における「民主党、共和党」、英国における「保守党、労働党」の範疇を超えてしまう。

「社会党を解体しないことには、2大政党の実現は不可能だ」

実際になされたこの作業こそが、今日の惨状の原点にあるといっても過言ではないかもしれない。もちろんそれは表層的な政治現象に過ぎないが、少なくとも体面上は「決して単独で政権を取れないが、自民党にはくみしない」勢力が野党最大であった時代には、国会運営でも今日ほどの強行採決は横行しなかったし、テーブルの下での国会対策委員長同士での、醜いやり取りもあったろうが、それでも暴走モードにはいれば、支持基盤の労組が黙っていないとの重層的な利益共同内における緊張関係も一定程度は作用していた。

しかし、社会党では具合が悪かったのであり、その最大支持基盤である総評ですらが、「小選挙区制」には邪魔だったのだ。だから国鉄民営化は、サービス向上や赤字問題にすり替えられがちであるが、国労の解体=総評の解体を狙って、小選挙区制の実現から逆算して、採用された政策変更であったのであり、今日にいたり、振り返ればその計算と目論見が、「永久与党」の青写真通りに進行してきたと解析することが可能だ。

その延長線上には、どんなに凡庸であったとしても、くたびれた権力者は居座れるのが、この島国の心象であり、政治土壌であることを、あの饒舌な政治学者やジャーナリスト、政治家たちは本当にわからなかったのだろうか。浅学のわたしでも容易に予想された惨状が実現し継続している。これだけで総括は充分だろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2019年12月号
鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』
田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

国、大阪府、大阪市と一体となった大阪府警の「11・6釜ヶ崎大弾圧」を許さない! 仲間を取り戻し、11・9「私たちはあきらめない!」集会に80名参加! 次回裁判は11月20日(水)午後2時より大阪地裁1007号法廷で!

西成のJR新今宮駅前に建つ「あいりん総合センター」(以下センター)の建て替え問題が進むなか、11月6日早朝、「センター潰すな!」を訴える稲垣浩さん(釜ヶ崎地域合同労組)ら4名が大阪府警に逮捕された。

容疑は「威力業務妨害容疑」、半年前の5月31日、西成区萩之茶屋1丁目の路上に設置された監視カメラのレンズにゴム手袋をかぶせ、6月4日午後まで撮影できない状態にしたからだという。

私たちは、当日「救援会」を立ち上げ、後藤貞人弁護士らと救援活動を始めた。4人のうち3人は高齢であったり、持病などを抱えていることから、健康面なども心配されていた。

◆大阪府と大阪府警西成警察署の2度目の敗北

11月6日に逮捕されるも8日保釈を勝ち取り、9日の集会で発言する釜ケ崎地域合同労組委員長の稲垣さん

11月8日検察は抗告、準抗告を立て続けに行ったが、裁判官はいずれも棄却、4人全員の釈放が勝ちとられた。稲垣さんらの行動は、別の監視カメラで一部始終が撮影されているため、4人に隠したり、隠ぺいする証拠が何一つないためだ。釈放された稲垣さんにお話を聞いた。

「今回の逮捕は、11月9日に予定していた集会『私たちはあきらめない』への事前弾圧でもあるね。しかもこの間、釜ケ崎の私たちの闘いに関心も集まっている。集会では、それを知ってもらうため、3月31日センター開放闘争の記録、4月24日の労働者に対する大阪府警、国、府の暴力的な強制排除と闘った記録を30分ほどにまとめたビデオを上映しようとしていた。そのあとで、住民訴訟の弁護団の武村弁護士に、裁判の経緯も話して貰おうとしていた。3月11日に南海電鉄の高架下にできたセンター仮庁舎で、5月半ばから始まった雨漏りが、今も止まっていないこと、80年以上経った南海電鉄の老朽化が進み、倒壊の危険性もあることなどを話していただく予定でした。国と大阪府、大阪市はセンター建て替えの理由を『センターの耐震性に問題がある』と言っていますが、南海電鉄も危険ではないか、ということです。
 今回の逮捕については、『なんで、こんなことで逮捕されるのか?』と呆れていた裁判官もいたと弁護士に聞きました。監視カメラについては、私は前から批判してきたし、組合事務所の前につけられたカメラを、裁判で訴え、撤去させたこともある。今回はセンターから出された仲間が団結小屋を作ったら、カメラの向きが小屋側に変えられた。私がセンターでの朝の情宣で話しているが、自分の家や部屋に監視カメラが向けられたら,誰でも嫌でしょう?それと同じ。団結権や肖像権の侵害です。だから私はどうしても許せなかった。でも私たちはカメラ壊したり、向きを変えてはいない、手袋をかぶせただけです。すぐにとればいいものを、何日も放っておいて、5ケ月後に逮捕なんてありえません。大阪府警と西成警察署の、3月31日、センター閉鎖の際、労働者や支援者の闘いを甘くみたことによって敗北にしてます。今回は二度目の敗北ですよ」(稲垣さん)。

◆わたしたちに肖像権はないのか?

団結小屋に向けられた監視カメラ

5月31日稲垣氏らが抗議のため、カメラに手袋をかぶせたという監視カメラは、センターの北西側に立っている。もとは、南海電鉄高架下に建設されたセンター仮庁舎の前の道路に向けられていたカメラだ。

ここでも報告してきたが、センターは、建て替えに伴い、3月31日閉鎖予定だったが、センターをつぶすなと訴える釜合労や釜ヶ崎公民権運動のメンバーらの呼びかけで、300人以上の労働者、支援者らが集まり、閉鎖を阻止してきた。翌日から自主管理が始まり、約80名の人たちがセンター内で寝起きしていたが、4月24日、大阪府警の機動隊約200名が労働者を暴力的に排除したが、それ以降も私たちは、センター北西側に団結テントを建て、野宿者の見回り、共同炊事、寄り合い、秋祭りなどを行ってきた。よそからも大勢の人たちが支援に来てくれた。そうしたなかで監視カメラは団結小屋に向きを変えた。

私たちも黙っていたわけではない。4月から6月にかけ、谷町4丁目の大阪労働局(国)を何度も訪れ、申し入れを行い、「肖像権や団結権の侵害だ! 監視カメラの向きを変えろ!」と要求してきた。

新聞報道では放火が続いたためにとあるが、放火どころか、野宿者への襲撃も相次いでいた。放火も襲撃も、センターから放り出され、仕方なく周辺で野宿を始めて以降多発している。こうした背景には「野宿者は汚い。町の恥だ」などという差別的で誤った情報が宣伝されていることがある。行政も、こうした差別的な宣伝には「安全・安心のまちづくりを!」と加担するが、「襲撃をやめよう!野宿者の人権を守ろう」という宣伝はしない。このことの方がよほど問題だ。

しかも監視カメラがあることで、襲撃が減ったわけではない。つい最近もテント近くで野宿する仲間が、襲撃された。行政と西成警察は、監視カメラに抗議した仲間を不当に逮捕するのではなく、野宿者を襲撃、放火などで攻撃する連中をちゃんと取り締まれ。

◆大阪維新の「西成特区構想」まちづくりから排除される人たち

なぜ、今、逮捕なのか? 大阪維新は「西成特区構想」で、センターを潰して出来た広大な更地に、新たな「まちづくり」をやろうとしている。このプログラムに西成警察署が入り、監視カメラが大幅に増設されたうえ、西成警察が主導する「クリーンキャンパーン」に住民を動員し、「きれいなまちづくり」「安全・安心のまちづくり」を訴え、結果として野宿者排除を後押ししてきた。

「まちづくり会議」は現在「あいりん総合センター跡地などの利用検討に向けたワークショップ」を進め、結果を年内に出すという。先日、そのワークショップに呼ばれた稲垣さんが、「あいりん総合センター跡地等に望むむこと、望むもの」と書かれた模造紙に紙を貼ることを拒否し、「センター潰すな」の立場からの意見を欄外に添付したところ、次の会議で意見が意図的に封殺されたことがわかったという。

「まちづくり会議」に集まる人たちは、西成警察の「覚せい剤撲滅!キャンペーン」でヤクザ、暴力団を排除し、「クリーンキャンペーン」で野宿者らを排除し、今度は「センター潰すな」と声をあげる私たちを排除しようとしている。釜ケ崎から労働者や弱者を排除したい大阪維新と共に……。

◆集会「私たちはあきらめない」に80名の参加!

11月9日(土)、西成市民館で開催された「私たちはあきらめない! センターつぶすな!」の集会には、約80名もの人たちが集まった。「シャッター開けろ」運動の報告を稲垣さんらが行ったあと、住民訴訟の弁護団・武村二三夫弁護士が裁判の経過を報告した。前述したセンター仮庁舎の雨漏りが止まらない件について、「みっともない話である」として、南海電鉄の橋脚自体が非常に危険ではないかと指摘された。

逮捕直後から支援いただき、集会には、先日釈放された西山直洋さんがかけつけてくれた

センター建て替えは「耐震性に問題がある」との理由だったが、では南海電鉄はどうなのか? 住民への説明会で大阪市は、「南海電鉄が大丈夫と言っているから(大丈夫)」と説明したが、南海電鉄と大阪府、大阪市のやりとりのなかで、南海電鉄側が「強度は全く保障しない。それでもいいのであるならば使ってください」と言っていることが、情報公開で明らかになった。

阪神淡路大震災の際、鉄筋コンクリートが倒壊することがわかったが、その後、各地で橋脚などを補強工事が進められた。実は南海電鉄も今、橋脚の強度を強めるため、柱に鉄板をまく工事を行っている。場所は、センター仮庁舎から北側の難波寄りと、南側の萩之茶屋駅近くなどだ。

この補強工事は、センターとあいりん職安の仮庁舎だけ行われていない。ここだけ強度が高いとは考えられないが……。住民訴訟は当初、仮庁舎の建設費用(公金)が高すぎることを問題にしていたが、それだけではなく、仮庁舎自体がぜい弱で危険であることがわかってきた。住民訴訟に、多くの皆さんのご注目を頂きたい。これは、大阪都構想を狙う大阪維新の野望を、末端で突き崩す闘いでもあるからだ。
 
次回裁判は11月20日(水)午後2時~。大阪地裁1007号法廷で。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』21号では「住民や労働者に被ばくを強いる『復興五輪』被害の実態」を寄稿

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〈原発なき社会〉を求める『NO NUKES voice』21号 創刊5周年記念特集 死者たちの福島第一原発事故訴訟