三里塚とパレスチナから、人間の心・尊厳、闘争の手段を再考する

元プロレタリア青年同盟・元国鉄下請労働者の中川憲一さん © 2017 三里塚のイカロス製作委員会

人の心や尊厳と、それを守るための闘争の手段とを問うような映画上映&トークと集会が開催された。わたしは、9月30日にドキュメンタリー映画『三里塚のイカロス』を観て監督と出演の方のトークを聴き、10月1日には「『エルサレム! 今、ハンダラ少年は何処に?』第2次インティファーダ17周年 10.1パレスチナ連帯集会」に参加したのだ。

◆ 「命をかけてカヌーに乗る権利があるが、心通わせる運動がしたい」という思い

『三里塚のイカロス』の代島治彦監督は、大津幸四郎監督とともに手がけた前作『三里塚に生きる』後の2013年、辺田部落の農民の妻となったHさんの自殺に対して『不条理』を感じ、強い憤りを覚えたことが本作制作のきっかけとなったという。『三里塚に生きる』を観て「運動は『魂の救済』へと向かわねばならない」と考え、大津幸四郎さんが撮影を担当していた小川伸介監督『日本解放戦線・三里塚の夏』なども観ていたわたしは、『三里塚に生きる』の映画評を雑誌に寄稿し、新作の完成も心待ちにしていた。

© 2017 三里塚のイカロス製作委員会

『三里塚に生きる』は三里塚芝山連合空港反対同盟に参加した農民を中心に描いていたが、『三里塚のイカロス』では支援の活動家が主に取り上げられている。その中で、Hさん同様、農民の妻となった女性たちも多く登場するのだ。

作品パンフレットでは、反対同盟事務局次長の島寛征さんは、1967年の「強制外郭測量阻止闘争」で、機動隊が「座り込みをしている反対同盟の農民を蹴飛ばしたり、ぶん殴ったりし」た、と語っている。共産党はスクラムを解いて歌を歌ったが、68年の「三里塚空港実力粉砕現地総決起集会」では新左翼はすでにヘルメットにゲバ棒で武装していた。『三里塚の夏』では、「三里塚空港粉砕全国総決起集会」で反対同盟の青年行動隊もカマと竹槍をもって武装する姿が映し出されている。ただし、反対同盟の中には葛藤があった。

『三里塚に生きる』では、機動隊3人が死亡した東峰十字路事件を経て、青年行動隊リーダー・三ノ宮文男さんが自殺した当時を仲間が振り返る。パンフで島さんは、「『ここで生きていこう』という運動に死人が出る。少なくとも農民は、この頃から闘争の矛盾に気づきはじめます」という。その後、援農と妻たちの話題に移り、産直の「ワンパック」運動にも触れている。ちなみにわたしたちは以前、四ツ谷の「自由と生存の家」でここの野菜を含めて送ってもらい、販売して得た収入を「自由と生存の家」に暮らす人々にカンパするなどしており、現地のイベントにも参加していた時期があった。そこには運動とは無関係に父親とともに移住してきた青年が、農的な暮らしに精を出す姿もあり、希望を感じたものだ。

ところで本作では、空港が開港され、移転を余儀なくされた際に悩み苦しむ元支援の妻たちの思いも拾い上げられる。そしてHさんが移転を苦に鬱病を発症し、亡くなってしまう。そのような中、話し合いでの「秘密交渉」による前進が試みられるが、読売新聞の報道によって事実は「ねじ曲げられ」、反対同盟幹部(の一部)と新左翼党派から「秘密交渉」を試みた人々が自己批判を迫られる。中核派では「三里塚で主流派になり、日本の革命的左翼全体の主流派にならければならない」という意図が持ち上がり、生活と命が踏みにじられていく。結果、反対同盟において「永続闘争」は否定され、終息の仕方が話し合われるようになる。パンフで島さんは、「時代は変わっても政府と住民のいざこざは今後もどんどん起きる訳ですよ」「砂川米軍基地拡張反対闘争からはじまって、いまの沖縄の米軍基地問題まで、そこで生きる住民が一番損をしている訳ですよ。三里塚はどうかっていうと(中略)闘争の犠牲を代償にしたことで、その後は農業を持続できる体制ができたり、地元での仕事が増えたり、住民はあまり損をしない形になったと思う。」とも語っているのだ。そして沖縄の辺野古では、三里塚を教訓に、非暴力が貫かれていると代島監督はいう。

上映後、出演者である元第四インター・平田誠剛さんと代島監督のトークがあった。そこで平田さんはまず、「みんなそれぞれ傷を持っていたりするが、わたしと同じように、終わっていない、続いていると聞き、それがうれしかった」と、監督に感謝の言葉とともに述べた。また、「中核のやり方を統制し、反対運動を続けていくのは難しかった。それはわたしたちの責任だろうと思う。第四インターだけでなく、わたし個人も、関わった人も」とも口にする。さらに、「わたしは福島に生き続ける。今は、ほとんどいわき市にいて、三里塚闘争の経験を生かしながら、単なる類推でなく人々の共感、ともに歩む生き方を、恥ずかしいけどしているかなと感じている。(このことをカメラの前で語らなかったのは)いうべきことにあらずと思っていたから。代島監督は埴谷雄高の(4兄弟が窮極の「革命」について語る)『死霊』を読み直しているといっていたが、わたしはドフトエフスキーの(無神論的革命思想の「悪霊」に憑かれた人々の破滅を描く)『悪霊』を再読している。19世紀に限らず、今だって人間に起こりうること。わたしはあまりこのようなことを改めていいたくないが、それぞれ(このようなことを)抱えているとわかっていなければいけないと思う。逃げずに踏みとどまり、『おもしろい』闘いを続けたい」「三里塚の経験があって、焦らなくなった。心通じ合える瞬間みたいなものがあり、それだけでも十分と思うこともある。支援として、福島に尽くし足りないわたしが悪い」「俺たちは命をかけてカヌーに乗る権利があるし、これからも生きていく。第4インターはトロツキストで、後ろから弾が飛んでくることがわかっても、ともに闘う戦線をつくり、反撃しない思想。だが、わたしは立派なトロツキストでない。パクられた仲間のほとんど字を書けない母親の手紙に泣いた。俺たちが継ぐものはそういうものであり、そのようにやりたい」などとも語った。

農民の方々や支援に参加していた方の複雑な思いはあるだろうし、わたしは近隣の出身なので地元の人々が現在抱く思いも聞いている。いずれにせよ、現在、社会運動に携わっている立場として、闘争の意味をさまざまな視点から問い直す作品は意義深い。また、個人的には大友良英さんのファン歴も長く、ドキュメンタリー映画のコアをこのように音楽で表現できる人はほかになかなかいないだろう。

元革共同(革命的共産主義者同盟)中核派政治局員の岸宏一さん © 2017 三里塚のイカロス製作委員会

◆ 尊厳と「存在」とをかけた闘いを、誰が断罪できるのか

そして、たまたま翌日に開催されたのが、「『エルサレム! 今、ハンダラ少年は何処に?』第2次インティファーダ17周年 10.1パレスチナ連帯集会」だ。近年、この連帯集会にも参加しているのだが、今回は「ハンダラ少年」が取り上げられた。ハンダラとは、1975-87年頃、ナジ・アル=アリによって描かれた、パレスチナ難民を描写したイラストの登場人物。「正義と自己決定のためのパレスチナ人民の闘争の強力な象徴」であり、「難民キャンプの子供のように素足で、わたし(ナジ・アル=アリ)を『間違い』から守るアイコン」「彼の手は、アメリカの方法による解決策に対する拒絶反応として、背中に隠されている」。ナジ・アル=アリは10歳の時にレバノンの難民キャンプに収容され、ハンダラ少年も10歳として描かれており、パレスチナに自由と尊厳とが取り戻されるまで成長することも振り返ることもない。

講演で中東近現代史研究家の藤田進先生は(アメリカなどによる国際連合の決議を経て分割され)イスラエルに侵略されるパレスチナの情況を語り、「最後に譲れないものは、人間の尊厳、物質的なものよりもプライド」と強調した。尊厳がなくなると人間は存在できなくなる。物理的に破壊されても、(パレスチナの暮らしに根づき平和や生命の象徴とされてきた)オリーブの木は生えて、抵抗運動がまた始まり、人間としてのプライドが強く打ち出されるものだともいう。

ナジ・アル=アリは絵を描き続け、1987年頃から93年頃まで続いた第1次インティファーダ(抵抗運動・民衆蜂起)がヨルダン川西岸とガザ地区で始まった頃にあたる87年に暗殺されたが、犯人は逮捕されていない。彼の本を監修した(『パレスチナに生まれて』いそっぷ社)藤田先生は、「ハンダラ少年はパレスチナだけでなく全アラブ社会、全イスラム社会、そして世界へと広がり、多くの人を惹きつけている」と説明する。パレスチナでは虐殺が繰り返され、ハンダラ少年は背中だけで顔を見せないが、その後ろ姿は抑圧された人々にエールを送り続けるのだ。そして、彼は常に事態を見つめており、ノーコメント。「そのハンダラ少年の見つめるディテールが、この絵を見るものの現実・置かれている事態・苦しみとつながる。抵抗の眼差しが描かれているのだ」とも藤田先生はいう。そして、パレスチナのあちこちに、ハンダラを描いた子どもたちの落書きがあるそうだ。

たとえばオイルの絵では、石油を入れるブリキ缶を伸ばしたものを用いた掘っ立て小屋が建てられている。藤田先生は、「国連の金で難民収容の家を造られているが、最初はテントで、その後に泥造りのものになる。ただし、狭くて不潔で住み心地が悪いため、たとえ劣悪で貧弱なものしか造れずとも人々は改造を試みるのだ。いっぽう、湾岸産油国はリッチ。そしてここに描かれた夫婦は、故郷の土地やオリーブ、暮らしのことを語り合っているのだろう。レバノンにイスラエルが侵攻してPLO(パレスチナ解放機構)の拠点だったベイルートの難民キャンプがつぶされ、国際政治による大弾圧の時期の中での思いが想像される」と説明する。

ナジ・アル=アリがハンダラ少年を描いたオイルの絵(撮影=小林蓮実)
イスラエル軍がパレスチナ人に住宅をダイナマイトで破壊した現場で配布した警告ビラについて説明する藤田進先生(撮影=小林蓮実)

また、第1次インティファーダの終わり頃、93年に突然、オスロ合意(イスラエルとPLO間の協定だが、2006年のイスラエルによるガザ地区・レバノン侵攻で事実上崩壊)が結ばれ、一方的にパレスチナの平和が「強行」される。その際に、イスラエル軍がパレスチナ人に住宅をダイナマイトで破壊した現場で配布した警告ビラも紹介。ビラには、「この家は住人の1人がテロリスト協力者のため破壊された。つまり報復攻撃だ。テロリストと協力者は破壊と絶望を増すだけであり、このようにならないように気をつけろ」という旨のことが書かれている。藤田先生は、「アメリカの圧倒的な支援を受け、最新鋭の、通常兵器でなく戦略兵器を住民弾圧に用いるイスラエルの軍事力と、抵抗グループのそれとの非対称。抵抗メンバーなどは、トイレにも行かせてもらえず、垂れ流しの中、人間としての尊厳を奪われ、怒りと抵抗が起こっている」と語るのだ。

そして、「第2次大戦後、国際連合ができ、対立があっても、人間の自由と尊厳のために維持せねばならないものがあるという、平和のロジックを世界は共有した。イスラエルをつくったユダヤ人にも生活があり、家庭を築いており、土地が必要であることをパレスチナ人は否定できない。だからこそ、話し合いを始めることがパレスチナ人の大きな念願。イスラム、アラブ社会では、宗教が違っても、隣人同士としての関係をつくるという考えが根本にあった。アラブの関係を動揺させるアメリカのやり方に対しても、違和感が世界に広がり始めたのだ。そして、イスラエルの将来に絶望する人々はイスラエルから外へ出ている」とも加えた。

会場からの「神風特攻隊と抵抗運動の共通点」などに関する質問に答え、現地で活動していた足立正生さんは、「神風特攻隊とリッダ闘争(パレスチナ解放のための日本人青年による決死の闘争)とは、180°異なる。そうでない後者は人間の尊厳を求める側から、虐殺と困難を強いられた側からの個人的な決起。国家テロこそなくさないかぎり、人道主義も人権もへったくれもない。人民や民衆を弾圧する政治こそがテロだ。生き延びるかの抵抗の闘いはテロではない。占領と抵抗抜きにして、『暴力』を否定できるのか。それは、尊厳の一部ではないか」と問いかける。

ほかにもいくつか質問があり、藤田先生も、「アメリカのバックアップを受けてユダヤ人だけの国を造ろうとすれば、アラブ全土を治めないかぎり安心しない主体となる。ただし、そのイスラエルの中にも、共存を考える人が現れている。だからこそ、アラブとユダヤ人の共存の話し合いに舵をきるべきだ。まずは、イスラエル内の左翼や民主主義者との対話を構築せねばならない。また、リッダ闘争は政治と武力闘争を力尽くで押さえ込まれた『お手上げ状態』から起こった。ルサンチマンに近い武力の闘争だ。神風特攻隊は、天皇制国家・国民国家から起こったものだが、アラブの自爆はパトリオット、自分の故郷を思う気持ちから起こっているもの。生活空間を守るための最後の手段として選択されており、女性の救急隊員などですら『自爆テロ』をおこなう。占領に抵抗する『暴力』を、はっきりと批判したり断じきれるのか。冷静では考えられないことだ。非暴力とは別に、人間の尊厳を蹂躙するものに対して激しく闘う心、リスペクトの闘いがイスラム世界にある。これをさせないためには、軍事力でなく、彼らが求める話し合いに応じることだ」と繰り返す。

また、サラームという言葉は平和と訳されるが、「宗教は違っても人間同士共存すべきだというイスラムの論理。人間のダメさ加減をアッラーの教えを忠実に守ることで乗り越えるというもの、そういった意味でアッラーの奴隷になるということ」と説明した。

撮影=小林蓮実

最後に、「世界から支援されているという意識が生まれ、現在、強力に非暴力抵抗活動が進められている」という意見が会場からあったが、足立さんは「それが民衆の抵抗の抑圧に使われており、現在も自爆攻撃はある」と口にしたのだ。

力をもたない側、尊厳を奪われている側は、命をすでに奪われていることと同じ状態にさらされる。そんな人々の最後の選択としての抵抗運動の形。国内などでは理解も得られず有効でない方法かもしれないが、リッダ闘争に参加した岡本公三さんを支援するオリオンの会では、「秋葉原事件」は抵抗運動かどうかという議論がなされたことがあった。答えは出ていなかったが、事件当時わたしは、彼は化け物ではないし理解できると考えたものだ。無差別殺傷を肯定はできないが、それは自分だったかもしれないと、これにかぎらずさまざまなときに考える。

わたしたちの、そして世界の人々の尊厳のために、いろいろな問題に対して対話を実現させること。そのために自分は何ができるのだろうか。そんなことをいつも思う。

◎『三里塚のイカロス』オフィシャルサイト http://www.moviola.jp/sanrizuka_icarus/
横浜シネマリンにて上映中。10/21(土)より名古屋シネマテーク、フォーラム仙台、メルパ岡山で公開。ほか全国順次公開予定

◎JAPAC blog(Japan Palestine Project Center)http://japac.blog.fc2.com/


◎[参考動画]映画『三里塚のイカロス』予告編(moviolaeiga 2017年7月24日公開)


◎[参考動画]証言で紡ぐ成田空港反対闘争~「三里塚のイカロス」代島監督インタビュー(OPTVstaff 2017年9月6日公開)

▼ 小林蓮実(こばやし・はすみ)[文]
1972年生まれ。フリーライター、労働運動等アクティビスト。
○『紙の爆弾』11月号 特集「小池百合子で本当にいいのか」
「『追悼文見送り』でも隠せない 関東大震災 朝鮮人虐殺の〝真実〟」寄稿。
○現代用語の基礎知識 臨時増刊号ニュース解体新書(自由国民社)
「従軍慰安婦問題」「靖国神社参拝」「中東の覇権争い」「嫌韓と親韓」を執筆。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

スポーツと権力の癒着は宿命か? 国家に抗えないアスリートたちの不幸

種目に限らず幼少のころ、あるいは中学、高校で熱心にスポーツに励む若者たちからは将来の目標として、自己記録の更新や地方、全国大会での優勝、果ては世界選手権やオリンピック出場、プロ選手での活躍が語られる。「将来政治家になって活躍したい」と公言したのは、私が知る限り、須磨学園時代に駅伝を中心に中距離で目覚ましい活躍をした小林祐梨子氏くらいだ。

私はスポーツ観戦が趣味である。それゆえに近年は複雑な思いに直面せざるをえない苦痛を強いられている。スポーツでは、個人やチームが勝利や自己の練達を目指し練習を重ね、その結実を果たすプロセスも見るものにとっては醍醐味である。アスリートが目的を達成し、観戦している人びとへの感動を引き起こす。動機はまったく純粋で「ある道で自分(自分たち)の限界を極めたい」。そのひたむきな姿にさして世間と比べてなにか秀でたものを持たない、私のような人間はすがすがしさを感じる。

◆活躍すればするほど「国家」の引力に抗えない

しかし、活躍が国内にとどまらず、他国の選手を凌いでの世界選手権やオリンピックの優勝となると「奴ら」は目標を遂げたアスリートに別の視線を送り始める。企業が社会人チームに優秀な選手を引き入れたい、プロのチームが同様にスカウト活動を行う。これはアスリートにとっても生活設計の上からメリットがあり、両者の目指すものあいだに、大きな乖離はない。

ところが、オリンピックでメダルを得たり、長年国際的に活躍をしたアスリートを待ち受けるのは前述のような目的合理性において両者が合致するものばかりではない。その中でもとりわけ厄介なのが「政治」からのスカウトだ。アスリートは成功を重ね、活躍すればするほど「国家」からの抗いがたい引力にからめとられる。

国際大会で優勝すると表彰式では「日の丸」が上がり「君が代」が流れる。アスリートはその種目に適した肉体を造り上げ、技術を磨くために、激烈な練習に日々打ち込む。そしていかに勝利するかのメンタルトレーニングも欠かせない。当然勝負に勝つためには「闘争心」もなければならない。

純粋に自己の目的達成のために日々のトレーニングをこなし、レベルが上がっていくとスポーツジャーナリズムを中心に取材を受ける機会が増す。競技だけに没頭したいと思っていても、スポーツ界とジャーナリズムの持ちつ持たれつの関係はそれを許してはくれない。世界大会前になれば「メダルへの自信は?」、「日本代表としての意気込みを」と何度も似たような質問にさらされなければならない。

そして晴れて好成績を収めた暁には、首相官邸などに招かれたり、○○栄誉賞を授与されたりと、いよいよがんじがらめにされていく。成功したアスリートが、現在の政治や社会体制に対して異議を申し立てることは、外堀(環境)内堀(思考)を埋められ、実質上不可能となる。「奴ら」は当該アスリートが引退後「使えるかどうか」の本格的な選別作業に入っている。

アマチュアのアスリートは、現役時代の大半を競技で好成績を残すことと、学業、もしくは仕事を中心目標とした生活(練習や移動)に費やすので、政治や社会問題について、「ああでもない、こうでもない」と議論したり、資料を漁ることに多くの時間を費やすことはできない。プロの選手となり長期間にわたり活躍すれば、それなりの社会経験を積み、生活の時間配分を自分なりにコントロールできるようになる。また、プロの団体競技では、いつ他のチームからの引き抜きや、所属チームからの契約打ち切りに直面するかわからないので、自分がより望ましい環境で活躍する、または有利な条件でプレーするために知恵を身につけることが必要になる。

◆鈴木大地、橋本聖子、馳浩──権力の都合に最適なアスリート出身政治家たち

国際大会で目覚ましい活躍をしたアスリートが引退後「奴ら」の引力に吸着されていった先例は、枚挙にいとまがない。顕著なところでは、現スポーツ庁長官の鈴木大地だ。鈴木大地はソウルオリンピック水泳で金メダルを獲得した。「バサロスタート」と呼ばれる長時間水面に潜りなかなか浮きあがってこない泳法で16年ぶりに水泳で日本に「金メダル」をもたらした。引退後は順天堂大学に教員としての職を得て、2015年に発足したスポーツ庁の初代長官に就任した。鈴木は現役時代、どことなく斜に構えたコメントを発することが多く、個性の強い人物との印象があったが「奴ら」は順調に権力中枢に鈴木を招へいすることに成功した。鈴木は自分が活躍をしたオリンピックの東京での開催を控え、世論の批判をかわすには絶好の人選だったといえる。

印象が強烈であったアスリートに「奴ら」からの触手が伸びたのは、たとえば以下の通りだ(古い例は除く)。日本スケート連盟及び日本自転車競技連盟の会長にして参議院議員の橋本聖子、釜本邦茂(サッカー・元参議院議員)、第20代文部科学大臣の馳浩(レスリング、プロレス、衆議院議員)、萩原健司(ノルディック複合、元参議院議員)、谷亮子(柔道、元参議院議員)、アントニオ猪木(プロレス、参議院議員)、朝日健太郎(ビーチバレー、参議院議員)、堀井学(スピードスケート、衆議院議員)、堀内恒夫(プロ野球・元参議院議員)、大仁田厚(プロレス、元参議院議員)、神取忍(女子プロレス、元参議院議員)以上は国会議員若しくは議員経験者である。上記の顔ぶれの中で所属が自民党以外なのはスポーツ平和党から維新などを渡り歩いているアントニオ猪木と、民進党圧勝で勝ち馬に乗った谷亮子だけだ。ほかは全員自民党公認で当選している。

◆スポーツは「国家意思」に吸収されていくしかないのか?

スポーツでの成功者は徐々に「国家」に絡めとられてゆき、根源的な問題では(例えば東京オリンピック開催の是非など)必ず「国家意思」と同意せねばならない、(あるいは自ら進んで強い同意の表明をする)運命を背負わされる。ある分野では極めて卓越した成功を収めた者が、必然的に「国家意思」に吸収されていくというまことに不健全で恐ろしい構造。実はこの島国においてスポーツと「国家意思」の間には相当昔から不健全な関係性が脈々と続いていたのではないか。

「2020年東京オリンピック・パラリンピック」は至極当然、話題や争点にすらならず総選挙が展開されている。


◎[参考動画]スポーツ庁発足 初代長官に鈴木大地さん(TOKYO MX 2015年10月1日公開)


◎[参考動画]第2期スポーツ基本計画 スポーツ審議会委員からのメッセージvol .1(mextchannel 2017年3月26日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

最新刊『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか
『NO NUKES voice』13号 「反原発と反五輪──東京五輪が福島を殺す」(鵜飼哲さん)他

『帝国の慰安婦』裁判をめぐる中沢けいと田中明彦の結託と日米軍事同盟強化

◆中沢けいの刑事告訴つぶし 『帝国の慰安婦』裁判

中沢けい(鹿砦社『人権と暴力の深層』より)

中沢けいといえばその文章が国語の教科書に掲載されている著名な作家だ。代表作として『楽隊のうさぎ』などがある。同時にのりこえネット共同代表をつとめ、リンチ事件被害者のM君が刑事告訴することを防ごうとしてきたリンチ事件隠ぺいの主犯のひとりだ。この経緯は鹿砦社刊『反差別と暴力の正体』『人権と暴力の深層』に詳しい。

中沢けいのリンチ事件に対する対応はそれ自体驚愕するものだが、ここでは別の刑事告訴つぶしについて言及したい。「日本軍と同志的関係にもあった」などの表現が従軍慰安婦被害者の名誉を棄損したとされ、在宅起訴された『帝国の慰安婦』著者である朴裕河(パク・ユハ)世宗大教授(日本語日本文学科)を擁護する声明(朴裕河氏の起訴に対する抗議声明)についてだ。中沢けいの他に大江健三郎や津島佑子、海外からもノーム・チョムスキー等そうそうたる学者・作家が署名している。

声明文にはこうある。

「それ(筆者註:検察庁の起訴文)は朴氏の意図を虚心に理解しようとせず、 予断と誤解に基づいて下された判断だと考えざるを得ません。何よりも、この本によって元慰安婦の方々の名誉が傷ついたとは思えず、むしろ慰安婦の方々の哀しみの深さと複雑さが、韓国民のみならず日本の読者にも伝わったと感じています」

朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』(朝日新聞出版2014年11月)

中沢はこの著作をこう評価している。

「軍に代表される公権力によって拉致され性的奉仕を強制された多くの被害者の声に耳を傾けようとする姿勢のかげには、単純な戦時下の人権侵害とする見方よりも、植民地主義、帝国主義にまで視野を広らえる鋭さが隠れている。それは戦時下の人権侵害的犯罪というとらえ方よりも厳しい問いを含んでいると言わなければならない。朴裕河は過去を美化し肯定しようとする歴史修正主義者の視点とは正反対のまなざし慰安婦被害者に注いでいるのだ」

しかし、このような評価は正しいのだろうか。鄭栄桓明治学院大学准教授の『忘却のための「和解」』(世織書房)によれば、『帝国の慰安婦』には極めて恣意的な引用が目立つのだという。一例をあげる。

「日本人に抑圧はされたよ。たくさんね。しかし、それもわたしの運命だか “わたしが間違った世の中に生まれたのもわたしの運命。私をそのように扱った日本人を悪いとは言わない”という従軍慰安婦の証言にたいし、朴裕河は日本語版『帝国の慰安婦』のなかで自分の身に降りかかった苦痛を作った相手を糾弾するのではなく、『運命』という言葉で許すかのような彼女の言葉は、葛藤を和解へと導くひとつの道筋を示している。そのような彼女に、彼女の世界理解が間違っている、とするのは可能だが、それは、彼女なりの世界の理解の仕方を抑圧することになるのだろう。何よりも彼女の言葉は、葛藤を解く契機が、必ずしも体験自体や謝罪の有無にあるのではないことを教えてくれる」(92-93頁)と書いている。

鄭栄桓『忘却のための「和解」―『帝国の慰安婦』と日本の責任』(世織書房2016年4月)

しかし、この従軍慰安婦の証言には続きがあり、最後にこう述べていたのだ。

「アイグ、日本の軍人のことを考える本当に恨めしい。恨めしいのは恨めしいけど、あの軍人たちもみんな死んだはずだよ」

さらに鄭栄桓氏によれば、この被害者は米下院議長宛てに公開書簡を送った6人のうちの1人だったそうだ。その公開書簡には「私たちは戦争が終わった後も私たちが被った残酷なことについて語ることができず、ほとんどの全人生を傷と恨を抱いて暮らしてきました」とある。

いかに恣意的な引用であったかがわかるが、他にも『帝国の慰安婦』には大量の誤った引用や歴史認識が見受けられる。それほど分厚い本でもないので、ぜひ『忘却のための「和解」』をご購読いただきたい。

上記のことを踏まえると、ヘイトスピーチ規制を推進しながら、従軍慰安婦の被害者たちの訴えに「名誉が傷ついたとは思えず」と賛同した基準はなんなのかと中沢けいに聞いてみたくなる。中沢は『人権と暴力の深層』のインタビューでヘイトスピーチ対策法に関し「出来たものをうまく運用して、社会的に役に立つものになりましたよ、っていうのがジャーナリストや報道の仕事でしょ」と他人に運用に関して丸投げにしているが、中沢の基準が曖昧なのにどうやって適正に運用できるのか。

◆田中明彦ら軍拡目指す安保法制推進学者の不気味な賛同

中沢けいの他の署名者を見てみよう。高橋源一郎や島田雅彦、星野智幸、いわゆるSEALDs・しばき隊と親和的な関係にある作家以外にも元東京大学教授田中明彦が入っている。   

ジョセフ・S.ナイ ジュニア、デイヴィッド・A. ウェルチ『国際紛争 ─ 理論と歴史 原書第10版』(翻訳=田中明彦、村田晃嗣/有斐閣2017年4月)

田中明彦は日本の大学で国際政治学を学んだ人物であれば必ず名前を知っている著名な国際政治学者だ。集団的自衛権行使容認を含む憲法解釈変更を提唱した「安保法制懇」(安倍首相の私的顧問機関)のメンバーで、安保法制推進の理論的リーダーでもある。また彼の訳出したジョゼフ・ナイ=デイヴィッド・ウェルチの『国際紛争』はアメリカの大学で広く用いられている教科書であり、日本の大学でも使用されているほど影響力がある。ジョゼフ・ナイは「ソフトパワー」という概念を広めた他、日本の橋本龍太郎内閣時にクリントン政権の国防次官補として日米安保再定義にも関与した実務家でもあり、「知日派」として影響力があるとされている。

田中もナイも日本の集団的自衛権行使容認を昔から提唱しており、イラク戦争支持者であったことも共通している。

日本の外交政策に大きな影響力を与えているとされ、山本太郎議員が国会で取り上げた第3次ジョゼフ・ナイ=アーミテージレポート(IWJ仮訳)を引用する。

日米同盟、ならびにこの地域の安定と繁栄のために極めて重要なのは、日米韓関係の強化である。この3国のアジアにおける民主主義同盟は、価値観と戦略上の利害を共有するものである。(中略)米国政府は、慎重な取扱いを要する歴史問題について判断を下す立場にないが、緊張を緩和し、再び同盟国の注意を国家の安全保障上の利害、および将来に向けさせるべく、十分に外交的な努力を払わなければならない。同盟国がその潜在能力を十分に発揮するためには、日本が、韓国との関係を悪化させ続けている歴史問題に向き合うことが不可欠である。米国はこのような問題に関する感情と内政の複雑な力学について理解しているが、個人賠償を求める訴訟について審理することを認める最近の韓国の大法院(最高裁)の判決、あるいは米国地方公務員に対して慰安婦の記念碑を建立しないよう働きかける日本政府のロビー活動のような政治的な動きは、感情を刺激するばかりで、日韓の指導者や国民が共有し、行動の基準としなければならないより大きな戦略的優先事項に目が向かなくなるだけである。(中略)直近では、金正恩の長距離ミサイル実験および軍部との権力闘争は、北東アジアから平和を奪うものである。同盟国は、根深い歴史的不和を蒸し返し、国家主義的な心情を内政目的に利用しようという誘惑に負けてはならない。3国は、別途非公式の場での活動を通じて、歴史問題に取り組むべきである。現在そのような場がいくつか存在するが、参加国は、歴史問題についての共通の規範、原則、および対話に関する合意文書に積極的に取り組むべきである

このレポートを読めば田中明彦がなぜ朴裕河の起訴に反対したのかが、明確になってくる。『帝国の慰安婦』にみられる記述が外交関係の「改善」、ひいては日韓の軍事同盟強化に資するとみているからだ。

実際、朴裕河自身も『帝国の慰安婦』の日本語版あとがきで「この2年、日韓は一種のコミュニケーション不全に陥り、相手に対する諦めと不満を募らせてきました。幸い2014年春、日韓の局長級協議が始まり、9月末現在、首脳会談成立への兆しも見えています。この動きは望ましいもの」と日韓政府の「歩み寄り」に肯定的だ。

◆日本の侵略・植民地支配責任

イラク戦争を支持し、安保法制を推進した中心人物と同じ声明に賛同していることになんらの違和感を感じないらしいのがSEALDs・しばき隊シンパの学者・作家なのだ。今回小池=前原のコンビによる政界再編により「リベラル」派の困惑は頂点に達しているが、そもそもなし崩し的に堤防を決壊させるようなことをしてきたのは彼らである。今更困惑されてもどうしようもない。このリベラルの崩壊は長年にわたって積み重ねられてきた右傾化の結果でしかない。これ以上の決壊を防ぐには地道に日本の侵略・植民地支配の責任を明らかにして法的に賠償していくことしかないだろう。

▼山田次郎(やまだ・じろう)
大学卒業後、甲信越地方の中規模都市に居住。ミサイルより熊を恐れる派遣労働者

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)
『人権と暴力の深層――カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』(紙の爆弾2017年6月号増刊)
愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

鹿砦社は、大学院生リンチ事件加害者側当事者・李信恵氏を提訴したことをご報告いたします。 株式会社鹿砦社代表取締役 松岡利康

既に9月12日の本通信で予告しましたように当社は9月28日、大学院生リンチ事件加害者側当事者で、この夏連続して当社とこの代表・松岡に対し誹謗中傷、侮辱、名誉毀損発言を行った李信恵氏を「被告」として大阪地裁に損害賠償300万円と謝罪広告等を求め提訴いたしました(第13民事部。平成29年ワ第9470号)。ようやく訴状が李信恵氏本人に送達されましたのでここにご報告させていただきます。これに先立つ本通信8月2日、同30日、9月12日号をも併せてご参考にしてください。
以下、訴状に沿って概略をご説明いたします。

◆ 被告・李信恵氏による名誉毀損行為

被告・李信恵氏(以下、李被告とする)はマスメディアを中心に受けている社会的評価からはおよそ想像できない攻撃的姿勢を示し、以下の通り自身のツイッターで原告に対し悪意をもって誹謗中傷、侮辱、名誉毀損に該当する発信を繰り返した。

1 2017年(平成29年)7月27日、李被告は、自身のツイッターアカウント上において「鹿砦社はクソですね。」と発言した。
 同発言は原告・鹿砦社(以下、原告とする)のみならず従業員や取引先、ライターに対する侮辱、誹謗中傷、名誉毀損に繋がるもので、その影響も大きく無視できないと判断せざるを得ないものであった。原告は李被告を諌め、それ以上の行為に及ばないことを期待し、原告が運営するホームページ上の同年2017年8月2日付け「デジタル鹿砦社通信」にて、反論記事を掲載した。
 ところが李被告は、その後も自身のツイッターアカウントにおいて、侮辱、誹謗中傷、名誉毀損発信を継続した。

2 同年8月17日、被告は「しかし鹿砦社ってほんまクソやなあって改めて思った。」と発言した。

3 同年8月23日、被告は「鹿砦社の件で、まあ大丈夫かなあと思ったけどなんか傷ついてたのかな。土曜日から目が痛くて、イベントの最中からここに嫌がらせが来たらと思ったら瞬きが出来なくなった。」と発言した。

4 同日、「鹿砦社の人は何が面白いのか、お金目当てなのか、ネタなのかわかんないけど。ほんまに嫌がらせやめて下さい。(中略)私が死んだらいいのかな。死にたくないし死なないけど。」と発言した。

5 同日、被告は、「クソ鹿砦社の対立を煽る芸風には乗りたくないなあ。あんなクソに、(以下略)」と発言した。

6 同日、被告は、「鹿砦社からの嫌がらせのおかげで、講演会などの告知もSNSで出来なくなった。講演会をした時も、問い合わせや妨害が来ると聞いた。普通に威力業務妨害だし。」と発言した。

7 同月24日、被告は、「この1週間で4キロ痩せた!鹿砦社の嫌がらせで、しんどくて食べても食べても吐いてたら、ダイエットになるみたい。」と発言した。

8 同日、被告は、「鹿砦社って、ほんまよくわかんないけど。社長は元中核派?革マルは?どっち?(中略)クソの代理戦争する気もないし。」と発言した。

◆ 李被告の行為が有する意味とこれに対する原告の対応

李被告の発言に頻繁に見られる「クソ」という言葉が、対象を侮蔑する際に用いられることの多い、公的な場面では用いられることのない品性を欠く表現であることは一般常識である。「差別」に反対し「人権」を守ると公言し、多数の人間の支援を受けている人間が使うべき言葉ではなく、品性に欠けることはもちろん、原告に対する強い悪意をもってなされたものであることが明瞭である。しかも、「反差別」運動において一定の社会的評価を得ている李被告がかかる表現を用いたということ自体、影響力は大きく、原告に対する刑事、民事上の各名誉毀損行為に該当すると言わざるを得ない。

やむなく原告は、同月25日、被告に「警告書」を送付し、とりわけ、当社、および当社の関係者がいつどのような「嫌がらせ」や「(威力業務)妨害」を行なったのか、具体的に事例を摘示し証明するよう、また、被告が主張するところの「鹿砦社ってほんまクソやなあ」とか「クソ鹿砦社」と表現される根拠を証明するよう求めた。

しかしながら、李被告からは代理人の神原元弁護士を通して「『名誉毀損』には該当しない」との形式的で内容の伴わない回答があったのみで、原告が求めた説明に対する回答はなかった。

原告や原告関係者が、李被告に対して「嫌がらせ」や「(威力業務)妨害」など行なった事実などないし、また原告の「嫌がらせのおかげ」で「講演会などの告知もSNSで出来なくなった。」とか「しんどくて食べても食べても吐いてたら、ダイエットになる」とか「イベントの最中からここに嫌がらせが来たらと思ったら瞬きが出来なくなった。」などの発言は、いずれも被告の一方的な言い掛かりであり、根拠のない牽強付会なものと言わざるをえず、原告に対する名誉毀損の程度は甚だしい。

なお、原告代表者が現在から40年以上も前である学生時代に一時ノンセクトの学生運動(主に学費値上げ反対運動であった。原告代表者は母子家庭で育ったこともあり、学費値上げが学生や父兄、学費支弁者に課す負担増加に怒り運動に関わっていったが、被告が言うように「中核派」や「革マル派」は勿論のこと、一切のセクトに所属したことはない。)に関わったことを針小棒大にあげつらい、あたかも「中核派」か「革マル派」に所属していたかのように発言しているが、それは両派の血で血を洗う内ゲバ・殺人の歴史を顧みれば、原告鹿砦社代表者の松岡、ひいては同人が代表を務める原告会社に対する明確な名誉毀損である。

――――――――――――――――――――――――――――

第1回弁論は11月9日午後1時30分からです。多くの皆様方の傍聴をお願いするものです。

8月2日の「デジタル鹿砦社通信」の記事を読んで「クソ」発言をやめたら、また「警告書」を受け取って真摯に対応したら、わざわざカネと労力を費やして裁判沙汰にするまでもありませんでした。いやしくも私たちは出版社なので言論で勝負することをモットーとしていることで、私たちから訴訟を起こすことは、よほどのことでない限り、これまでめったにありませんでした。今回の件について、「この程度で訴訟かいな」という声もあるようですが、歳を重ね丸くなったとはいえ、「鹿砦社はクソ」「クソ鹿砦社」と再三再四誹謗中傷され安穏としておれるほど私もお人好しではありません。今回私は特段の名誉毀損と感じ、取引先(大から小まで月に50社[者]以上の支払いがあります)らへの悪影響を懸念し提訴に及んだ次第です。

また、訴状が裁判所から送達されたことについて李被告は自身のツイッターで、本名と通名の併記で送達されたことに対し不快感を示し文句を言っています。リンチ事件の際の検察の書面もそうなっていて、本件訴訟でもそれに倣ったのですが、先のリンチ事件の民事訴訟でも本件同様(エル金や凡も)本名と通名の併記になっています。李被告とつながる「しばき隊」の人たちが「レイシスト」認定した一般市民の本名や住所等を暴露した「はすみリスト」とは違い、私たちから「家族を危険にさらす」(李被告のツイッター)ようなことはしませんし、いたずらに本名や住所を公にすることはしません(李被告に、「はすみリスト」で名前や住所等を暴露された人たちがどれほど「危険にさら」されたことをどう思うか聞きたいところです)。

リンチ事件の訴状送付の時は何も言わなくて、今になって文句を言うのはどういう理由でしょうか? 李被告の場合、夫が日本人だということですので、「夫の姓を私の日本名にしました」と李被告みずから言うように、そう役所に届け、おそらく検察の書面でも住民票を確認し、その名と「李」の名を併記しているのでしょう。本件訴訟でも、検察の書面同様、この国の裁判の法律に従ったまでであり、悪意があってのことではありません。それがなにかしら「家族を危険にさらす」ことに繋がるわけがありません。

さらに、連日「鹿砦社はクソ」「クソ鹿砦社」呼ばわりされて私(たち)は不愉快極まりありませんが、李信恵サン、あなたが「李信恵はクソ」「クソ李信恵」と一度ならず再三再四言われたらどう感じますか? 嫌でしょう? あなたが嫌だと思うことは他人も嫌なのですよ。

悪意を持って他人が嫌がることをするような人に「反差別」だとか「人権」だとか言う資格はありません。「差別」に反対し「人権」を守る闘いは、崇高なことだというのは言うまでもありません。そして、この先頭に立つ人の言葉は人一倍美しく、それを読む人を勇気づけるものと思ってきましたが、この1年半余り、李被告の発言をつぶさに見て来て、大いに疑問を抱くようになりました。汚い言葉(「クソ」という日本語は決して美しい言葉ではありません)は「差別」に反対し「人権」を守る人が使うべきではありません。言葉は、人格や人間性を表わします。私の言っていることはおかしいですか?

《関連記事》
◎ 大学院生リンチ事件加害者・李信恵氏による「鹿砦社はクソ」発言を糾す!(2017年8月2日松岡利康)
◎ 大学院生リンチ事件加害者・李信恵被告による、鹿砦社に対する悪質な誹謗中傷、名誉毀損発言について「警告書」を送付しました(2017年8月30日松岡利康)
◎ 鹿砦社からの「警告書」に対し、李信恵代理人・神原元弁護士から〝回答にならない回答〟届く。誠意のない回答にわれわれの方針はただ一つ! 鹿砦社特別取材班(2017年9月12日鹿砦社特別取材班)

『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』(紙の爆弾2017年6月号増刊)
『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)
『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

【短編小説】虹をかけろ!〈3〉22日の「インターナショナル」

22日、20時全国ネットのテレビ局は早くも当確を出しだした。「バンザーイ、バンザーイ」のあとに当確者のインタビューが始まる。こいつは極右与党の政務次官だった候補だ。

「これまでの安倍政権は、かえりみれば独断専行でした。憲法軽視、集団的自衛権なんかはとんでもない話です。アベノミクスという戯言。あれは国民を欺くための詭弁で、年金原資を株式相場につぎ込んで大企業を儲けさせるだけの愚策! そんな政策でこの貧富の差が埋まりますか! 私は消費税廃止! 累進課税税率の見直し! 護憲! この3本で頑張ってまいります」

渋谷にある半国営放送のアナウンサーがニコニコ顔で頷いている。「続いては同じく当確が出た希望の党の老狭候補の事務所から実況でお伝えします」、見ものだ。

「今回、護憲、反原発、反新自由主義を掲げて明真党にも加わって頂き、立派な戦いができたと思います。有権者はみなさん『北朝鮮とは戦争ではなく対話で、拉致被害者も帰してあげて』、『消費税を今さら大学無償化の一部に自民党は回すといっているけど、そもそも消費税は全額福祉目的税として導入されたんでしょ。何言ってるんだ』と強い怒りの声があふれていました。安保法案についても、検事として、弁護士として法律に携わった人間としては、『違憲』であるとしか判断しようがない。近く開かれる臨時国会で早速安保法案は廃止をいたします」

事務所に集まった支援者からは拍手が沸き上がる。次々に当確の出た候補者たちは、事務所からの中継で、選挙前や公示後に口にしていたことと真逆の内容を興奮気味にまくしたてる。どれもこれも似通ってはいるが、「反自民、護憲、反原発、安保法制廃止、消費税廃止」を異口同音に口にする。

山崎から電話が入った。

山崎 異常はないか。

ヤス ああ、予定通りだ。世間様には異常だろうがこちらの計画通りに行っている。そっちはどうだ。

山崎 誤算が生じた。代々木近辺に饅頭の影響が全く出ていない。Fに問い合わせたが、「理由は分からん」と言っている。

ヤス しばらく様子を見よう。

山崎 そうだな。また連絡をくれ。

俺は党本部に7日前から泊まり込んでいた。本部には実力を認められた欧米のハッカーたちが10人以上詰めっきりで、世界中の大手ポータルサイトから各政党本部、候補者、警察庁、法務省、総務省、全国すべての選管に徹底したハッキングを続けていた。完璧な翻訳ソフトで意志疎通するので俺とのコミュニケーションも問題ないし、日本語で書かれたマニフェストをドイツ人のハッカーがいともたやすく書き換えていく。それだけでは不自然だから、元のマニフェストよりも分かりやすく、庶民受けするサイトに作り変えてしまうのだ。

ハッキング初日は各政党本部や総務省に、候補者たちから苦情や問い合わせが相次いだようだが、次の日には落ち着いた。我々が行うハッキングが候補者事務所への好感度の現れとして顕在化したからだ。前日までと真逆な主張だが、我々は政策とその根拠、提示方法については6人で数年かけて素案作りに没頭してきた。公示期間の中、ハッキングで政策を丸切り変えたら投票行動がどうなるかは、スーパーコンピューターで何度も試算を繰り返してきた。準備は完璧だった。候補者たちは、急激な有権者の好反応にだけ関心が向いたのだ。

唯一の誤算、代々木方面への饅頭の効果不足はこの際大きな問題ではないといっていいだろう。共産党は「与党候補も野党候補も、マニフェストや選挙前半と全く主張を曲げて、我が党の政策を横取りするという、まことに恥ずかしい行為を恥じることなくきょうに至っている。この選挙結果は欺瞞だと言わざるをえない」といきり立っている。

しかし、護憲派が衆議院の9割を占め、安保法制、共謀罪、特定秘密保護法、個人情報保護法、周辺事態法などが廃止されることはもう必定だ。福島原発事故廃炉作業にかかった不明朗な出費を調査する特別員会の設置が決まり、すべての政党が東京オリンピックの返上と福島原発被害者救済を一体のものとして緊急に結論を出すべく「2020年問題特別委員会」も発足した。委員長には山本太郎参議院議員が就任した。議員バッチとともに青いバッチを付けていた保守系の議員も、全員が「虹色」のバッチに付け替えた。

肌寒さを強く感じだした臨時国会での首班指名の日、俺はミサと部屋でテレビを見ていた。

ミサ ね、ヤス政治って面白いでしょ?ワクワクする。ようやくこの日が来たんだよ。

ヤス 政権交代なら自民から民主、民主から自民があったじゃん。

ミサ そうじゃないんだって。意味が違うの、今回は。

ヤス どこが、どうちがうのさ(違うさ。当たり前だろう)。

ミサ 見てれば分かるって。

衆議院議長が投票結果を読み上げた。

ミサ やったー! 大池さん総理大臣だよ! 日本で初めての女性総理大臣すごいじゃん!

赤いスーツをまとった大池薔薇子は立ち上がり、微笑みながら何度も四方に頭を下げている。

ミサ でもさ、ヤス。「希望」の政策って、最初と全然違って共産党みたいなこと言いだしたのが不思議なんだよね。私政治よくわからないけどあれでいいのかなぁ。

ヤス 俺知らねえよ。

ミサ、いや党員じゃない誰もが饅頭の威力や党の行動を知るはずはない。饅頭は神経細胞を刺激しながらも脳神経を傷つけることなく、経験記憶と思考傾向を書き換える。遺伝子技術を主に、万能細胞も援用して、防衛省が極秘で開発を進めた極めて高度な最新技術をFが改良した、いわば生物兵器だった。

開発にあたり、俺たち6人は骨髄をFに提供した。どんな保守反動でも思考と思想が俺たち6人と同様な傾向を持つように遺伝子と感覚、感性までも瞬時に変化させる。自然風がなくても分速100mの伝播が確認されている。完成した饅頭の試験結果も申し分なかった。だから開票速報を報じたテレビキャスターをはじめとする報道機関の人間の表情も、翌朝朝刊の記事も、候補者の突然の変貌を違和感なく伝えることに成功していたのだ。報道機関の人間だけではない。饅頭の行き渡った東京近辺の住民にも同様の効果が生じているはずだ。

直後に議員が総立ちになり肩を組んで合唱を始めた。議員たちは「インターナショナル」を大声で歌っている。携帯が鳴った。山崎からだ。ミサが隣にいるが気にしていられない。

ヤス どうした? なんで奴らインターなんか歌いだすんだ?

山崎 バグだ。プログラムミスだ……。

ヤス わかりやすくいってくれ。

山崎 反帝・反スタは何度もプログラミングしたんだ。だがコマンドの一人が『資本論』、『レーニン全集』などの資料に紛れて『スターリン全集』を誤って打ち込んでいたことがわかった。

ヤス 打つ手はあるのか?

山崎 思いつかない……。

ミサ なんかこの歌元気が出るね。初めて聞くけど。なんていう歌だろう。かっこいい! みんな赤い旗を振ってるよ。ねえヤス、私興奮して涙出るよ。

議員総立ちでのインターナショナル合唱は、いくら何でもやり過ぎだ。しかし『スターリン全集』のバグだけで、ここまでの影響が出るだろうか。待て! まさか、俺たち6人の「骨髄交換」にそもそもの要因があるとしたら……。俺たちは「反スタ」だ、分かりやすく言えば統制と独裁を嫌悪している。6人ともそうなのは確信していた。でもまさか俺たちの血の中に自分では気づかない「権力欲」の要素が入っていたのだとしたら……。

ミサの声が遠くに聞こえる。

作戦成功の暁に、我々の任務は、次なる革命勢力をAIやITによらず、真に人間の発想と思想により実現する永続革命を可能ならしめる次世代の用意だ。とはいってもここでもAIと近くIPS細胞の技術の助けを借りざるを得んが。

肌寒いのに俺はとめどなく冷や汗をかいていた。

どこで間違ったんだ。何が間違いだったんだ!

(了)


◎[参考動画]インターナショナル / 大工哲弘(1996年)
 
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

7日発売『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

【短編小説】虹をかけろ!〈2〉党と6人のアンドロイド

ギリギリだ。フー。ミサはいい子だけど政治センスはゼロ。俺の党活動なんか理解出来るはずもない。もっともミサじゃなくても俺たちの党活動は非公然だから党員にしかその存在すら知られていない。公安も気づいていないはずだ。

わざわざ古めかしい「党」なんていう呼び方を提起したのは、小林だった。「そりゃないぜ」と一斉の反対に「古臭くて誰も使わないからいいんだよ。俺たちだって公然活動をするわけじゃないだろ。万が一公安に踏み込まれても、日共か中核の分派くらいにしか思われないさ」。この言い草には妙な説得力があった。

仲間たちは「党」、「党員」と苦笑いしながら呼ぶようになった。それだけじゃない。符牒や備品も敢えて古いものを選りすぐって使うようにした。水溶紙は常時持ち歩いているし、仲間の電話番号はすべて特殊な飛ばし(転送)を使っている。もちろん電話は偽名で購入したプリペイド携帯。ミリ、キリには細心の注意を払う。

政治局はもう全員が集まっている。

伊藤 また最後にお偉方の到着だ。

ヤス 嫌味言うなよ。定刻前だぜ。

山崎 ミサと会ってたんだろ?

ヤス ああ、部屋に来てた。選挙ボランティアやるんだってさ。

山本 ミサは本当に大丈夫だろうな?

ヤス その手の話は一切しないから大丈夫だよ。ミサの関心は、所詮プチブルレベルだから俺はオルグしない。

本多 今のうちに関係を綺麗にしておいた方がミサのためにはいいんじゃないか。

ヤス もう少し考えさせてくれ。それより時間がない。今日が最終打ち合わせになるかもしれないから、山崎、要点をまとめて話してくれ。

山崎 ああ。これまでの方針に大きな変更点はない。行動は10月22日、19時丁度だ。ブツの調達は順調だと考えてくれ。ルートがルートだから慎重に進めている。

伊藤 防衛省のFが日和ることは絶対にないんだな。

山崎 奴が死なない限り絶対といっていい。防衛省がどうしてFを割り出さないか。それを心配してるんだろ。

ヤス ああ。

山崎 Fの姻戚関係は複雑だ。俺も戸籍を見たが、あれじゃあ親父が誰かわからないよ。

本多 どういうことだ。

山崎 Fは戸籍上養子縁組で帰化したことになってるんだ。

伊藤 帰化? Fは日本国籍じゃなかったのか?

山崎 日本国籍さ。だが父親が父親だろ。あそこまでの有名人はそうはいない。父親は弁護士にこっそり「Fを一旦外国籍にして、それから縁戚の養子にしてくれ」と頼んでたんだ。絞首刑される直前にな。Fはまだ小学校に入る前さ。

ヤス だから姓が違うのか。

山崎 そういうわけだ。Fは父親の血だけじゃなくて、俺たちとは異質なルサンチマンを抱え込んでいる。だからわざわざ防衛大学に進学し、制服組を選んだ。そして俺たちのような人間との接触を待っていた、というわけだ。

本多 Fについてはわかった。先を続けてくれ。

山崎 饅頭の配給先は予定通りだ。担当は伊藤が渋谷と六本木、俺がお台場と汐留、本多が赤坂と永田町、本多の補佐に山本が付いてもらう。小林はバイクでその他4件に回ってもらう。本部待機及びサイバー担当は岡本だ。

山本 饅頭の効果はちゃんと確かめてあるんだよな。

山崎 ああ、既に理化学研究所とペンタゴンで確実な効果が確認されている。

山本 「されている」じゃないだろ。させたんだろ。

山崎 悪かった。山本の言うとおりだ。それぞれに潜り込ませた細胞に何度も臨床実験をさせて、効果は100%確認済だ。

本多 実験結果の詳細なデータは見られるか。

山崎 いまここにはない。だが間違いない。

伊藤 山崎、本多は物理の研究者だろ。だから確実な裏付けを見たいんだよ。俺もその気持ちは分かる。だが、山崎の計画指揮にこれまでは一点の落ち度もない。本多、ここは山崎を信用したらどうだ。

本多 仕方ないだろう。先に進めてくれ。

山崎 饅頭を届けたら、半径1キロには確実に効果が現れる。半径2キロの効果も50%以上の数値が確認されている。これが都心の地図なんだが、見てくれ。饅頭の届け先によっては半径2キロが重なってるだろ。つまり50+50のエリアで大手メディアはすべてカバーできる。

伊藤 理論上はそうだろうけど、風向きに影響されないのかい。

山崎 それもFがすべて防衛省で解析済みだ。大げさに言えば23区の中心部はすべて饅頭の影響を多かれ少なかれ受ける。

ヤス 首尾よくいけば「完全制圧もありうる」だろ、山崎。

山崎 そうだ。だがそこまで俺も楽観はしていない。で、重要なのが本部機能さ。

ヤス わかってる。でも、何度も言うぞ。俺はデジタルテクノロジーをまったく分からない男だ。そんな俺が指揮を執っていいのか。

本多 山崎がお前を選んだのには合理性がある。俺もこの人選には賛成だ。岡本は奴が言う通り理系音痴さ。ニュートン物理学の基礎も知らない。ましてやインターネットやハッキングの知識は皆無だ。だから適任なんだよ。作業をするのはコマンドだ。本部に必要なのはテクノロジーの知識じゃない。戦略と戦術だ。岡本はコマンドの作業を微塵も理解しないだろうよ。だから余計な心配もしないし、できない。ひたすら秒単位の即断に没頭できる。それが山崎の読みとみた。

山崎 さすが東大の博士課程。本多の説明に付け加えることはない。

伊藤 饅頭の受け渡しはいつだ。

山崎 22日15時にここだ。まだ現物は見せていないからイメージだけ知っといてもらった方がいいだろう。これをみんな見てくれ。

山本 外見は「もみじ饅頭」か(笑)

山崎 ああ、しかも老舗の「錦堂」だ。

伊藤 作戦のあと「錦堂」に迷惑かかるんじゃないか。俺は広島出身だからそんなことになったら里帰りできないぜ。

ヤス 伊藤さ、広島出身ってほんとかよ。有名なのは「にしき堂」だろ。「にしき」はひらがなが商標登録だぜ。何があろうと作戦後お前は堂々と帰郷すりゃあいいんだよ。もっとも政治も「にしき堂」も関係なく。カープ優勝で広島は浮かれてるから誰も気にはしないだろうけど。

山崎 饅頭は丁寧に梱包されて、金色の紐で結わえられている。ここが重要だ。よく聞いてくれ。結びは蝶々結びが二重だ。ごく軽く結んである。配達人は饅頭を置く際に、結び目を一回ほどかなきゃならない。その瞬間にオルゴールの「Over The Rainbow」がかすかな音で流れ出す。作動の合図だ。

伊藤 その手順は練習しとく必要があるよ、絶対。イメージだけじゃうまくいかない。

山崎 その通りだ。きょうは一人5個つづ饅頭の模型を用意してある。そう難しく考えないで、紐の端を5センチばかり引っ張るだけで緩い蝶々結びは解けるから、みんな試してみてくれ。

小林 山崎の手際よさには毎度恐れ入るよ。大企業に入ってたら今頃役員でもおかしくないよな。

山崎 小林、お前には俺の仕事を教えていなかったな。俺はお前の言う「大企業」、しかも、あの「四菱商事」の総務部長さ。

小林 う、嘘だろ! 「四菱商事」ってよりによって……。

山崎 理由は聞かないでくれ。でも事実なんだ。名刺をやろう。間違いないだろう。

小林 あ、ああ。でも平気なのかい。作戦に加わって。

山崎 平気? 馬鹿言わないでくれ。俺は晩稲田を出て迷うことなく「四菱商事」に入ったよ。出世も早かったと思う。それもこれもこの作戦のためさ。

ヤス コマンド手配は山崎に一任する。みんな、いよいよ俺たちが「虹をかけなおす」ときが来る。狼やサソリ、大地の牙を継承したとはとても言えんだろうが、今度は本当に虹をかけるんだ。

一同 異議なし!

末期帝国主義はマルクスの教科書通りに資本の寡占、労働力の収奪から、意識の収奪までを完成させようとしている。日本の政治はこのありさまだ。はっきりしているのは、我々はごく少数の極めて不利な状況に追い込まれている事実だ。言論では勝てない。武力(暴力)でも勝てない。この現実を直視することから「第二次虹作戦」が生まれたことはみんな知る通りだ。俺たちは非公然活動を行うが、複数の弁護士に確認したが、この作戦が成功したら俺たちを裁く法はない。だが失敗すれば逮捕は免れないだろう。

俺たちが生きてきた時代には、それなりの抵抗があった。しかし正視しなければならない。その抵抗は局地戦では勝利を獲得することはあっても、人民がこの国の権力を奪取した歴史はない。我々の作戦が成功すれば、この国初めての「無血革命政権」が成立する。しかしみんなも知る通り、これから生まれる政権はAIとITテクノロジーで奴らを洗脳する、「禁じ手」の革命と呼ばれても仕方がないだろう。それでも奴らの政治生命は数年持つはずだ。

作戦成功の暁に、我々の任務は、次なる革命勢力をAIやITによらず、真に人間の発想と思想により実現する永続革命を可能ならしめる次世代の用意だ。とはいってもここでもAIと近くIPS細胞の技術の助けを借りざるを得んが。

反動の波を押し返す力がわれわれには残念ながらない。奴らが非道を平然と進めるのなら、圧倒的少数であるわれわれは、ブルジョワが新たな資本の蓄積、または、戦争の兵器として開発した技術を先行して革命に導入する。見ろ、山崎、山本、伊藤、本多、小林、そして俺。この6人がまだどの国も公にしていない、「遺伝子交換」を敢行したから、深刻な意見の相違もなくたった6人で再び「虹」をかける手前まで来ているじゃないか。

「毒を食らわば皿まで」と吐き捨てた野合議員がいたよな。俺たちはその先を行っている。いわば6人は「アンドロイド」でもある。しかし、われわれには滾る血があるだろう。誰が見たって「遺伝子交換」で結ばれているとは見破られない個性もある。

(つづく)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか

【短編小説】虹をかけろ!〈1〉ミサとヤス

総選挙を控え世の中がざわつく中。
以下の仮想は現実に起きる物語ではない。フィクションである。
しかし、現在の政治状況と全く無関係かといかといえば、そうではない。
幾分筆者の思想傾向が影響してもいよう。本作は3部に分けてご紹介する。
ありもしないフィクションが展開されることをあえて強調しておく。

 

ヤス それで。言いたいことはそれだけ?

ミサ うーん……。まだわかってくれてないんでしょ。どうせ。

ヤス さあ、どうだろう。ミサの話は耳で聞いて、脳に伝えた。俺の脳がそれをどう判断するかは「保留」なのかなぁ。

ミサ じゃあ、もう一回だけだよ。あのね、こんなチャンスってないんだって。絶対むりってあきらめてたのに、ヤバイくらい嘘みたいな展開なんだよ。これ逃したら次はないんだよ! マジで。

ヤス 俺さ、その「嘘みたい」っていうのがひっかかってるんだよな。

ミサ でも、現実じゃん。私だけが言ってるんじゃないことくらいわかるでしょ?テレビも新聞もネットも。みんな大騒ぎになってる。私なんかおかしい?

ヤス タバコ一本吸っていい?

ミサ また話をはぐらかして。約束違反! ほんとは罰金1000円だけど今回だけは許してあげる。一本だけだよ。ねぇねぇ、こんなこと、うちら産まれて初めてじゃん。

ヤス そうかなー?

ミサ 絶対そうだってば。ほら、ツイッターのトレンド見て。ね、芸能ネタとかなくて、みんなこれ一色でしょ!わかるよね。

ヤス うん、まあね。

ミサ だから、私がちょっとだけ仕事休むのも無理ないよね?いいよね?

ヤス それはミサの権利と判断だから俺、口出しはしないけど。

ミサ 「口出ししないけど」なんなの?

ヤス やめない? この話題。

ミサ どうしてヤスっていつもそうなの? 政治の話ってそんなにダサい? 私って変?

ヤス そうじゃないけど(おい、早く切り上げろ。今夜は党の重要な会議だろ。「女一人オルグ出来ない」お前の特務の最終打ち合わせじゃないか)。「そうじゃないけど」じゃないな。政治の話は大切だと思うよ。うん。

ミサ なら、どうして興味持たないの?

ヤス 興味持たないわけじゃないけど……。政治は大事だよ。大事だと思うよ。だから俺は明日もまじめに働くのさ。

ミサ 全然答えになってない! ヤス、なんでツイッターやフェイスブックやらないの? 意識の高い知り合いができるし、すごい勉強になるのに。街宣や集会にいきなり一緒に行こう、って私は言わないから、ちょとSNSしてみない?

ヤス SNSねぇ(俺はミサが好きだけどがSNSをしていることが気に入らないんだよ!)。

ミサ ヤスが妬くかなぁと思って内緒にしてたけど、私フォロワー1000人もいるんだよ。そんで、フォローしてる人の中には政治家もいっぱいいて、毎日DMしてくれる人もいるんだ。誰だと思う?

ヤス DMってなに?

ミサ ダイレクトメッセージ。直接その人とだけ会話できる、みたいな感じ。それで誰が私とDMしてくれてると思う?

ヤス 誰って言われてもね(おい、集合は9時だぞ。もう急がなきゃ間に合わない! わかってるのか!)。

ミサ 大池薔薇子さん! 嘘みたいでしょ。でも嘘じゃないんだ。これ、ほらきょうのDM。見て見て。「ミサさん応援いつもありがとう。きょうもオフレコですが大沢二郎さんに逢いました。候補者選定は順調です」って。ね!びっくりした?

ヤス (なーんだ。定型文の返信じゃないか)へー。ミサ、そんな大物と友達なんだ。じゃあ俺なんかと付き合ってる暇ないじゃん。

ミサ 友達じゃないよ。大池さんはこれからの日本政治のキーパーソンだから、私なんかにどうしてかまってくれるのかって思うけど、誠実な人なんだよ。それから私とヤスの関係と大池さんは別でしょ。

ヤス わかったよ。仕事休んで選挙手伝いな。

ミサ ほんとう! マジで賛成してくれるの! うれしい! ありがとうヤス!

ヤス うん。無理しないようにね。

(ミサがシャワーに向かおうとする)

ヤス あ、きょうはダメなんだ。

ミサ なんで、せっかくヤスが理解してくれたから泊ってもいいでしょ?

ヤス これから、田合さんに逢わなきゃいけないんだ。覚えてるだろ、鎌倉支店のときによく飲みに連れて行ってくれた、愛媛出身の内気な田合さん。結婚が決まったんだ。仲間内でお祝いに飲み会。新宿で。

ミサ なーんだ。でも田合さんの結婚祝いじゃワガママいえないね。私もお世話になったから。田合さんよかったね。あの人純粋すぎて彼女出来るか心配してたんだ。

ヤス 俺もだよ。田合さんの結婚も「嘘みたい」だろ? だから今夜は悪いけど。明日は泊っていっていいよ。

ミサ あ、明日から夜はダメなんだ。証紙張りとか電話かけとかもう始まるんだって。

ヤス そっか。じゃあミサの時間のある時に、電話入れて。

ミサ うん、わかった。ありがとうね。ヤス。あ、そうそう。ヤスってなんでメールも使わないの?

ヤス いつも言ってるだろ。「俺はすべてが時代遅れの人間」だって。

ミサ フン。でも、まいいや。じゃあきょうは帰るね。

ヤス 駅まで一緒に行こう。

ミサ うん。でも、意外だった。ヤスは絶対乗り気じゃないから、賛成してくれないと思ってたんだ。

ヤス もうその話はいいじゃん。ミサだってもう30なんだから。俺が私生活をあれこれ言うのも嫌なのはわかるさ。

ミサ そんなことないけど……。ヤスが心配してくれてるのは分かってるし。だからヤスに嫌な思いさせながら、は重かったんだ。

ヤス じゃあ気を付けて。俺は地下鉄だから。

ミサ じゃあね。

(つづく)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか

妖怪・岸信介の呪縛 衆院〈翼賛選挙化〉は小選挙区制導入の帰結である

岩見隆夫『昭和の妖怪 岸信介』(2012年中央公論新社)

◆大政翼賛会化した日本政治

小池百合子の新党『希望の党』に民進党が「合流」することが決まった。憲法改正を正面から掲げる保守(実際は極右)二大政党制がこの選挙から本格的に始動する。憲法改正まで秒読みの段階に入った。

今日の政治状況を招来したのは様々な原因があろうが、ひとつ大きな理由をあげるとすれば、90年代の小選挙区導入をはじめとした一連の「政治改革」だろう。

小沢一郎が自らの権力拡大をねらって主導してきた小選挙区導入は、実際に投じられた票以上に過大な議席を与え、死票を大量に生み出すことになった。新聞赤旗によると、2014年の衆議院選挙を絶対得票率(全有権者の中での得票割合を示す、つまり実際に投票していない人も含めた全体の数字)でみると、自民党は比例代表選挙で16.99%、小選挙区で24.49%しか獲得していない。しかし、実際に獲得した議席は76%にも及ぶ。

小沢一郎や山口二郎等小選挙区導入を主導した者たちの罪は重い。しかし、ここでは小沢や山口より以前に小選挙区導入を唱えていた著名な人物の発言の紹介をしたい。「昭和の妖怪」こと岸信介だ。

中公文庫『岸信介証言録』(原彬久編)から長い引用になるが、今日の政治状況について示唆的だと思うのでそのまま引用する。強調は筆者による。

原彬久編『岸信介証言録』(2014年中央公論新社)

◆岸信介の小選挙区論

 私が「小選挙区」論を唱える一番大きな理由は、前にも出ましたが、それが党内における派閥解消につながるということです。これはどうしてもやらなきゃいかんですよ。いまの中選挙区では、同じ選挙区から同じ党の人間が立候補するという場面が多く出てくる。同じ党から同じ選挙区で複数の立候補者がお互いに闘って当選するためには、やはり同じ派閥というわけにはいかない。弟と私の場合は特別な関係だから別としても、普通やはりAという人物がある派閥に属していれば、Bは違う派閥から出て闘わなければいけなくなる。勢い、派閥と派閥の対立ということになるわけだ。もう一つ、中選挙区よりも小選挙区が優れている最大の理由は、野党を強くするための小選挙区であるということだ。
──(筆者註:原彬久) 野党を強くする……。
 うん。小選挙区は野党を強くしますよ。
── 野党を1党に収斂するということですね。
 そうです。いまの中選挙区では小党分立のおそれが非常にあるということです。日本の現状からすれば、社会党もいまのままでは天下を取ることは難しい。社会党の天下は、見当がつかんですよ。小選挙区にすれば確かに、以後二回ないし三回ぐらいの選挙では、自民党が圧倒的な勝利を得るでしょう。しかしね、徐々に社会党は力を得てきますよ。その理由はだね、自民党の候補者は全選挙区から出るとしても、社会党は全選挙区に1人ずつ立てるのは最初は無理だ。全選挙区に当てる候補者を社会党は持ちあわせていないと思うんだ。ところが、選挙ごとに候補者は増えますよ。社会党からどういう人間が立候補するかというと、自民党で公認されない連中がそこに流れて行きますよ。政党はやはり現役優先でいくだろうから、公認から漏れた若い人たちは野党へ行くわけだ。そうすると、社会党もその本質が変わるんです。労働組合の代表者ばかりということはなくなるよ。社会党も本当の国民政党になってしまうさ。そうすると二大政党というものが本当にできあがって、平和的、民主的に政権の授受が行なわれるわけだ。これは、何年後か分かりませんがね。ともかくいまのままでは、百年経っても二大政党制はできませんよ。
── いまの中選挙区制では、二大政党制はますます遠のいていきますね。
 亡くなった片山哲さんは、この私の説については非常に賛成しとったですよ。ただ片山さんは、それには条件が1つあるといっていた。つまり小選挙区になると、一、二回は圧倒的に自民党が勝つだろう。そのときに憲法改正をやってくれちゃ困る、とね。仮に自民党が三分の二の多数を取っても、憲法改正をやらないという約束をするなら俺は岸君の「小選挙区制」に賛成する、片山君はそういっていました。私にしてみれば、憲法改正はやらなければいかんと思うが、小選挙区制実施後の何回かの選挙においては、憲法改正はこれをやらないということがあってもいいと思うんだ。こんな話をして片山君と別れたことがありますがね。社会党のなかでも、いまの社会党が伸びていくためには小選挙区制を推し進めるほうがよいのだと考えている人が、私の知っている限りでも何人かいますよ。一番反対なのは公明党などではないかな。
── そうでしょうね。共産党だってこれには反対するでしょう。
 私は是非この小選挙区制を実現したいと思うんだがね。議会制民主政治を完成するために小選挙区制が生まれ、二大政党制が実現するというのが一番だ。そして自民党内における派閥解消にも役立つんですよ

◆「絶望」 漂う岸の妖気

小選挙区制度導入により、政権与党自民党の派閥解消がおこなわれ強権的な政治指導が可能になった。安倍内閣の特定秘密保護法から共謀罪に至る強行採決が端的にそれを示している。一方野党に関して言うと、公明党は生き残りをかけて自民党と癒着し、その補完勢力となることで影響力を確保した。社会党はより広い支持層を確保し政権交代を目指して民主党から民進党へ行きついたが、今回壊滅した。小選挙区導入で起こったことは日本政治全体の右傾化なのだ。

こうしてみると岸の望んだことは改憲を除き現実化したことになる。岸を退陣させた数十万の民衆はもういない。あるのは有田芳生など自称「リベラル」のたわごとだけだ。そもそも有田芳生は拉致問題で拉致議連の極右議員と一緒に平気で登壇していた人物だ。下のような反応になって当然と言える。「希望」などどこにもない。

 

安倍晋三が一方の岸にいて、その対岸には小池百合子、前原誠司、小沢一郎がいる。両岸から噴き出す妖気の中を我々はなすすべなく流されていく。岸信介の亡霊がそこにいる。

▼山田次郎(やまだ・じろう)
大学卒業後、甲信越地方の中規模都市に居住。ミサイルより熊を恐れる派遣労働者


◎[参考動画][昭和35年6月]中日ニュースNo/333 3「高姿勢の岸内閣」(映画社中日2015年11月17日公開)


◎[参考動画][昭和35年6月]中日ニュースNo/334 3「退陣迫る」(映画社中日2015年11月17日公開)


◎[参考動画][昭和35年6月]中日ニュースNo/336 2「激動する八日間 安保新条約自然承認」(映画社中日2015年11月17日公開)

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか
『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

希望は「排除」で破綻した──小池三日天下と前原民進解体をめぐる緊急座談会


◎[参考動画]希望と維新が本格連携へ 小池氏「民進議員を選別」(ANN 2017年9月29日)

  大騒ぎになったね。まさかこの時期に永田町に張り付け!の指令が出るとは思わなかった。都庁や民進党を追ってるB君、状況はどんな感じ?

  一言でいえば「カオス」ですね。両議院総会で具体的な言及なしに「執行部一任」でお茶を濁した時点で、民進党の多数の議員は「希望」への合流を読み込んでいましたが、対応についてはまだバラバラです。衆議院では議席確保を優先に、政策うんぬんは放り出して、公認申請が殺到していますが、参院では水面下でかなりの反発があります。

  とはいえ、もう時間はないから前原―小池の筋書き通りに「民進解体」で希望一本化は動かないんじゃない?

  とも言えない部分もあるんですが、要は金なんですよ。政党助成金。民進は意識的に結構な額を貯めこんでますから、取り逃しはできない、との本音をどう建て前で言い募るか。頭を抱えている議員だらけですよ。

  自民の焦りも前代未聞ですね。「いずれ小池、前原なら取り込める」という楽観論も無くはないけど、それは執行部周辺だけで、今回の政局は未経験の域に入ってます。二階も表向きは強気な発言をしていますが、一日中小沢の秘書に電話をかけ続けているようです。

  やっぱり仕掛けには小沢がいるってことなんだな。「壊し屋」小沢としては最後の解体作業というわけか。

  解体作業の行く末が、自民から民主へ移行した前回の政権交代ではまだ見えたんです。でも今回は小池、前原、小沢の仕掛けがどんな結論になるか、現状では誰も見えていないんじゃないですか?

  あのさー現場を駆け回っている皆には悪いんだけど、俺的には、これ結構ヤバイとしか思えないんだよね。

  というと?

  曲がりなりにも野党だった民進が消えるわけじゃない。どうやら維新も小沢も乗る。政策じゃなくて「安倍政権を倒せ」は聞こえがいいけど、そのあとに「希望」が勝てばどんな議員が議席を埋めることになるかってこと。たとえば自民の谷垣が引退する京都5区では元防衛省情報本部副本部長の井上一徳が「希望」から出る。井上は小池が首相補佐官だった小池に仕えた人物で、沖縄防衛局長時代に辺野古埋め立てで実務にかかわり住民から訴えられた、いわば辺野古基地建設では現場の1級戦犯だよ。こいつが「希望」から出るのを沖縄の人はどう感じるかね。

  そうはいっても、安倍政権の長期の弊害を何とかしたい、という国民の気持ちはやっぱり強いんじゃないですか?

  そりゃわかるよ。僕も安倍がいいなんて全然思ってないし。でね、じゃあその代わりに「希望」が大勝するとするじゃない。小池はもう「(リベラル派が)排除されないということはない。排除する」と言い切った。もともと「リベラル」なんて言葉は誰かさんたちに、散々汚い色を塗りたくられたから、僕も「リベラル」擁護を強く言うつもりはないよ。でも考えてみてほしい。いま「希望」の中心にいる現職の議員の顔ぶれ。小池は都知事だからおいといて、ヤメ検若狭勝に、確信右翼の長島昭久、細野豪志に、か弱そうな声と姿だけど極右の中山恭子らだよ。それで小池は「安全保障、憲法観といった根幹部分で一致していることが、政党構成員としての必要最低限」と言ってるわけじゃない。要するに自民党以上の高い「右ハードル」を設けたわけでしょ。それでも民進の改選議員は食いついていくと思うよ。国会議員なんて所詮節操ないから。

  Eさんの意見はちょっとうがち過ぎじゃないかな。だって安倍政権で何かいいことありましたか?「アベノミクス」なんてもう忘れられた言葉だし、消費税は上げる、解釈改憲に、安保法制、共謀罪。国民はうんざりですよ。

  そうかな。いまC君が言った安倍政権の罪は正しいよ。でもそれに激怒している国民なんてどれくらいいるんだろう?「森友・加計問題」が表に出るまで内閣支持率50%超えてたじゃない?

  だから民進党の議員は公認を求めながらも、内心右往左往してるんですよ。つい最近前原を代表に選んだばかりでしょ? 前原、枝野の確執は表に出ないけど、枝野の前原に対する怨念は相当なものがあります。

  民進党はともかくとして、名古屋市長の河村や、大阪市長の吉村も「希望」に近づく発言を続けているよね。ある意味雪崩現象が起きてるのは間違いないな。

  何か新しいものを欲している、という空気は肌で感じます。

  そうだね。それが怖いね。

  なんでですか?

  さっきも言ったろ!「希望」が政権を取るとする。誰が首班指名を受けるんだ! 小池に逆らえる奴がいるか!「リベラルは排除する」なんて歴代の自民党総裁も口にしなかったぞ! お前、戦後の歴史知ってるのか!

  まあまあ、取材途中の報告会ですから皆さん落ち着いて。

  じゃあ逆に聞きますけど、Eさんはどこに投票するんですか?

  言わないね。

  これだからリベラルは……。

  うるせーなー!お前みたいな若造が仮に「戦後民主主義」が幻想であったとしても、あの自由感がわかるのかよ!

  だから落ち着いて。我々のミッションはあくまでも政局取材ですから。

  気分悪くなった。悪いけど先に失礼するわ。

  どこ行くんですか? 今夜もEさん永田町張り番ですよ。

  「止揚」って言葉まで小池に汚されたから、「トロツキー」で一杯ひっかけて帰ってくるよ。心配しなさんな。菅(官房長官)の動きはちゃんと追ってるから。

(鹿砦社特別取材班)


◎[参考動画]安倍総理生出演(テレビ朝日「報道ステーション」2017年9月25日)


◎[参考動画]安倍総理生出演、小池百合子都知事インタビュー(TBS「NEWS23」2017年9月25日)


◎[参考動画]東京都・小池百合子知事が午後2時より定例会見(THE PAGE 2017年9月29日)

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ACW2 女性の働くことと生きることを定義し直す、新たなアクティビズム

「分断をのりこえて」。

働く女性の全国センター(ACW2)の公式サイトに、「働く女性の全国センターとは」などの紹介ページはない。上の言葉がヘッダーの、団体名の下に記されているだけだ。

◆働く権利を獲得してきた世代×働くことが搾取され傷つけられることとなる世代

 
 
 

ACW2を知ったのは、友人に誘われてその総会に参加したことがきっかけだった。別でわたしは周囲の仲間と2008年にフリーランスの多業種の労働組合「インディユニオン」を設立し、さまざまな人との交流が広がり始めた頃だったように思う。メンバーの特異性から「インディユニオン」では「労働相談」のほか「事業創出(仕事づくり)」「生協的な生活の助け合い」を含めて3本柱として掲げ、労働基準法に守られず労働者かどうかを常に問われることを背景にその存在自体が「働くことと生きることを問い直す」ものだという評価を受け、それをお題目にも掲げてきた。だが、事情があり、2017年3月に解散したのだ。

さて、ACW2総会では同世代の女性とまさに「働くことと生きること」に関するリアルな思いを交わすことができ、その場で加盟した(複数の組織に属することは珍しいことではない)。その後、「女性の労働問題は、賃労働以外のケア労働や生きることに直結しており、労働組合では解決できない」「背景には、根深い女性差別がある」と聴く。わたしが主に働く出版業界は比較的女性への差別がないように心がけている業界かもしれないが、個人的にも日常の中で背の低い女性で外面はよいことによって仕事上もなめられやすく、損もしてきた。

常に現場のリアルを吸収している団体だからこそ、ACW2は、「金を寄越せ」と叫ぶ労働運動の限界を超えた、オルタナティブな活動に携わってきた。女性の権利を主張し、真に安全・安心な労働現場を求め、ケアをかんがみるよう促し、今ここで女性たちが求める生き方を提唱してきたのだ。

だが、だからこそ、女性の働く権利を獲得するためにウーマン・リブなどと呼ばれる運動に携わった上の世代と、働くことが搾取され傷つけられることとなったわたしたちの世代との間には、常に対立が生じる。ほかにも、さまざまな構造のなかで、わたしたちは対立を強いられているのだ。それでもわたしは「対話」と「多様性」を繰り返し主張するACW2を信じ、今期まで2年間のみ運営委員の1人として活動している。

1%の権力者・支配者・為政者は、被支配者同士、労働者同士、民衆同士、99%の人同士の対立を煽る。だが、社会運動の現場においては、ある種の内ゲバが続き、そこにまた権力構造が生まれ、力は分散し、共倒れとなってきた。そこにせめて、ACW2には「女性同士の分断はのりこえられるはずだ」という信念があるのだろう。どこにいっても異端のわたしとしては、それが理想論である面はさまざまな現場で常に目にしてきたし、その困難をよく理解しているつもりだ。だが、あきらめてしまえば、被害は拡大するいっぽうだし、わたしたちの自由は奪われるばかりなのだ。

◆「週3日労働で生きられる社会に!」

そこで最近、ACW2が主張していることの1つが、「週3日の労働で生きられる社会に!」ということだ。

4月25日には厚生労働記者会にて記者会見をおこない、労働現場のリアルも伝えた。「命を支える」活動を広く労働として捉え、「日本型の細切れ雇用」の現実を直視することを訴える。また、「働き方改革」の欺瞞を暴き、女性労働者を無視した「政労使の話し合い」から批判した。そのうえで、週3日程度の賃労働と社会保障によって生存権が守られる社会を求めたのだ。具体的な要求項目として提示したのは、以下の通り。

 

この場では個人的にも、今後さらに内部でも外部とも意見交換などを重ねつつ、あたりまえにあるべき(なのに壊され奪われている)「生きられる働き方」を求めていきたいと改めて感じた。

◆「明日、世界が滅ぶとも、
  今日わたしはリンゴの木を植える」

また、現在、「働く女性の全国センター 長期ビジョン =100年を見通して=」通称「100年ビジョン」を策定すべく、対話を重ねている。これは、負け続ける運動を日々継続していく苦しさを打破するために掲げるものと当初聴いた際には心を動かされたものの、運営委員として活動に携わるうちに「わたしたちはともかくすぐ下の世代ですら働きづらさ・生きづらさを引き受けなければならないのか」と疑問に思った。

だが、先日のワークショップで改めて目的の説明をお聴きした際、「明日、世界が滅ぶとも、今日わたしはリンゴの木を植える」という表現を思い出した。これは、ドイツの宗教改革者マルティン・ルターだかルーマニアの詩人ゲオルギオだかの言葉といわれ、さらにアレンジしたものを開高健が色紙に書き残している。

ACW2が2012年に作成した「100年ビジョン」は以下の通りで、現在、これに関連したパンフレットを作成するために、会員たちが集まって言葉の1つひとつを改めて見つめ直しているところだ。

働く女性の全国センター(ACW2)
★公式サイト http://wwt.acw2.org/?page_id=39
★Twitter https://twitter.com/acw2org
★Facebook https://www.facebook.com/groups/291660530948299/

▼小林蓮実(こばやし・はすみ)[文/写真]

1972年生まれ。フリーライター、エディター。『紙の爆弾』『現代用語の基礎知識』『週刊金曜日』『現代の理論』『neoneo』『救援』『教育と文化』『労働情報』などに寄稿。働く女性の全国センター(ACW2)運営委員。

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