追跡せよ!731部隊の功罪──「731部隊最後の裁判」を傍聴して

3月6日、午前11時の東京地裁419号法廷は緊張に包まれていた。ここでは、和田千代子さんを原告、国を被告として情報公開を迫る裁判が行われていた。この日の法廷は、6回目だ。

昭和29年に防衛庁ができて、陸海空自衛隊が発足し、陸上自衛隊の中にできた衛生学校。かつて日本軍にいた軍人や731部隊に所属していた隊員が、「自衛隊」や「衛生学校」に就職している。元731部隊に所属していた隊員が、「衛生学校」に所属し、その「衛生学校」が発行している「衛生学校記事」であることから、「細菌戦に関する記述・論文があるかもしれない」として公開を求めているのだ。

◆特定秘密保護法の施行で「不開示」文書が増える不安

もう、731部隊に関連して、当時をリアルに体験した「証言者」はほぼ皆無に等しい。郵便局勤務のときから、世界平和に関心を持つ和田さんは、市民団体「731・細菌戦部隊の実態を明らかにする会」に所属、「731部隊の功罪」にこだわり続けてさまざまな活動をしてきた。和田さんに小平の駅に来ていただき、話を聞いた。

「まず、去年の秋に、1957年から2009年に刊行されていた陸上自衛隊衛生科の教育や訓練に使用されていた雑誌“衛生学校記事”についての公開を2011年12月に請求したのですが、『発見できなかった』として、つぎの年の2012年2月に『文書不存在』を理由に、不開示の決定をしたのです。『不開示』の決定を受け取ったが納得がいかず、最後の手段として2013年11月8日に東京地裁に提訴しました。提訴した1ヶ月後の12月に『特定秘密保護法』が成立したため、公開されないのではと心配になりました。14年1月28日に第1回公判、第3回公判後の9月末に、『衛生学校記事』の一冊が見つかったと報告を受けた。見つかったのは、請求した42冊のうち、28冊だけです。残りの14冊は、どこにあるのか。残りを公開してほしい、という裁判です」

もしかしたら、特定秘密保護法に指定されて、この資料も「特定秘密」として永遠に葬りさられてしまうことを和田さんは恐れたという。

当時の衛生学校の校長は、金原節三氏といい、金原氏が亡くなってから「衛生学校記事」は、寄贈された。通称「金原文庫」と呼ぶ、その資料の集積を原告の和田さんは探しているのだ。

「出てきた28冊は、金原さんのものではありません。他の人の印鑑が押してありました。ですから、金原さんの所蔵された本がどこかにあるはずなのです」

◆731部隊への政府見解は「サリンはない」と言い張ったオウムと似ている

昭和32年7月に発行された『衛生学校記事』の第1号には、確かに『生物戦に対する医学的防衛の問題点』という目次がある。「衛生学校記事」にこの記事を寄せたのは、1940年から敗戦まで731部隊所属の軍医少佐だった園田忠男氏(2等陸佐)だ。1941年当時、731部隊所属の軍省医事課長として細菌戦に関与していた金原校長が「衛生科の教育と訓練に関する参考資料を目的に」と発行の意義を語っているのも、歴史的意義として重い。このほか、もしも出てきた資料に、731部隊に関する具体的な人体実験などの記述があれば、長い間、日本政府や軍が「731部隊の存在は認めるが、暴行の事実がない」としてきた731部隊の暴行を認める、という話になる。歴史が大きく動くのだ。なにしろ731部隊は、あくまでも人体実験や細菌製造を行っていなく、731部隊はあくまでも「防疫給水本部」だと日本の政府は言い張ってきたのだ。このメンタリティこそ、「オウム真理教」の「サリンはない」と言い張った20年前のそれに近い。

もし、「731部隊が暴行をしていた事実を認める」とすれば、平成9年に起こされた、中国人の被害者180人による「731部隊細菌戦被害損害賠償事件」(平成13年12月26日に終結)の判決(理由がないとして請求は棄却された)にも新しい影響を及ぼすかもしれない。もちろん「一事不再理」だから、判決そのものは変わらなくとも政府や軍が隠したがっていた「何か」をはぎとることは大きな意味がある。隠された「悪魔の爪」がもがれるのだ。

だが、いかんせん「生きた証人」は少ない。

細菌実験で多くの人たちの命が奪われ、加害者も被害者ももう、ここにはいない。

「金原氏や、園田氏のほかにも、戦後に元731部隊の人が自衛隊に就職していることから、もしかしたら、『衛生学校記事』には、もっと重要な論文が掲載されているかもしれない。731部隊の資料は、アメリカにほぼあるとされていますが、日本に返還されているはずです。これを気にアメリカが日本にかえしたとされる、『免責と引き替えにアメリカが入手した731部隊関連資料』の全公開につながるように、防衛省の隠蔽をはがしていきたいです」(和田さん)

たとえば平成23年、NPO法人七三一部隊・細菌資料センターは、金子順一という人が書いた論文に、七三一部隊の具体的な活動を示す重要な記述があるのを発見した。

金子は、731部隊に所属、昭和19年に「雨下撒布ノ基礎的考察」「低空雨下試験」「PXノ効果略奪法」など、8本の論文からできているが、これらは金子が単独、ないしは共同執筆者と書いたものだ。

731部隊は、人体実験を行い、細菌兵器を開発・製造し、中国各地で実戦して多くの人を殺害した。前述のとおり、日本政府はかたくなにこの事実を否定した。2002年に川田悦子議員が起こした質問主意書にも、2012年に服部議員が出した質問主意書についても「731部隊は防疫給水活動を行っていたのであり、人体実験や細菌戦を行ったことはなく、事実としては認められない」という趣旨の答弁をしている。

◆風化を許さない

私たちは、オウム真理教の「地下鉄サリン事件」を風化されてはいけない。同様に、「731部隊の功罪」も風化させてはいけない。

和田さんは「いわゆる『衛生学校記事』が、発行元の『衛生学校』に保存していない『不存在』に納得していません。発行元とはそういうことではないでしょうか」と憤る。

独の元首相、ワイツゼッカーは、第2次世界大戦終了40周年の1985年5月、「荒野の40年」と題した議会演説で「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目になる」と訴え、ナチス・ドイツによる犯罪を「ドイツ人全員が負う責任」だと強調。ひるがえって日本は今、東アジア諸国との関係が悪化の一途をたどっている。その原因のひとつに、過去の戦争責任についてあいまいな態度をとり続けていることがあげられるのではないだろうか。

今後の裁判の行方に注目したい。次回の裁判(第7回)は、6月2日、16時で東京地裁にて開廷だ。(小林俊之)

原告の和田千代子さん

◎不良と愛国──中曽根康弘さえ否定する三原じゅん子の「八紘一宇」
◎3.11以後の世界──日本で具現化された「ニュースピーク」の時代に抗す

 

[新刊]内田樹×鈴木邦男『慨世(がいせい)の遠吠え─強い国になりたい症候群』