《書評》『紙の爆弾』7月号の木村三浩の記事に注目! 赤報隊事件特集で、『文藝春秋』はなぜ統一教会(勝共連合)隠しをしたのか? 横山茂彦

◆重要捜査対象者だった木村三浩の指摘

『紙の爆弾』最新号で興味を惹かれたのは「文藝春秋『赤報隊』特集の罠」(木村三浩)である。文藝春秋」は赤報隊の正体を、野村秋介の周辺にいた右翼として描いているのだが、その論拠は盛田正敏(サム・エンタープライズ=不動産業)という人物の証言だという。

 
月刊『紙の爆弾』2023年7月号

すなわち、盛田が野村に渡した3000万円が赤報隊の逃走資金となったのではないか。そしてリクルートから盛田の会社に1000万円が寄付されたのも、野村への「対策金」、つまり赤報隊対策だったというものだ。

この種の「証言」は右翼や任侠系実業家にはありがちな「大言壮語」「オレだけが知っている秘話」であって、その人物を検証しなければならない。

盛田正敏は後藤忠政(山口組直参でのちに破門)の企業舎弟で、イトマン事件にも関与していたと言われている。02年には銀行取引が停止となり、ヤクザの借金回収に追われて渡米。帰国後は島田紳助やダウンタウンの浜田雅功の任侠右翼との関係を『週刊現代』で証言するなど、極道ネタを切り売りしてきた。いわば事件師(事件ネタを食い扶持にする)といってもいいだろう。

木村の記事は、この『文藝春秋』のエビデンスのいい加減さを指摘したものである。木村自身が9人の重要捜査対象者だったことから、当事者でもある。

たしかに野村秋介や鈴木邦男が赤報隊に会った、と匂わせたことはある。野村の朝日新聞本社での拳銃自決が、赤報隊への「俺が責任を取るから、もう朝日を攻撃するな」というメッセージだったと、野村に好意的な人々は解釈してきたものだ。

しかし、木村は直接触れていないが、被害者である朝日新聞の記者たちが右翼および民族派を徹底的に取材し、行き着いた調査の方向性は、木村が指摘するとおり「勝共連合(旧統一教会)」だった(樋田毅はその著書『記者襲撃』(岩波書店)のだ。樋田の著者に従いながら、事件捜査・取材の概要をふり返ってみよう。

◆赤報隊右翼説は、当初から外されていた

『文藝春秋』の特集も明らかにしているとおり、当初警察庁は朝日新聞阪神支局銃撃事件の犯行の態様、犯行声明の内容から右翼事件と断定した。まもなく捜査線上に木村をふくむ9名の右翼関係者がリストアップされ、個別に事件当日のアリバイ調査、ポリグラフ(嘘発見器)の任意捜査がおこなわれた。

しかるに、ほぼ全員にアリバイがあり、ポリグラフにも引っ掛からなかった。リストに挙げられた9人は、総合的に「シロ」と判断されたのだった。

もしかしたら、犯人は右翼ではないのかもしれない。捜査陣および朝日新聞関係者には、そう感じられた。本物の右翼であれば、みずからの犯行として警察に出頭する。そのうえで、犯行(天誅)の大義を堂々と述べるはずだ。かれらは往々にして売名的だが、逃げ隠れすることを嫌う。右翼事件にしては、赤報隊の隠密的な行動は異様だった。

取材した右翼関係者も口々に言った。

「従来の民族派が起こしたものと異なり、乾いた匂いのする事件だ」(野村秋介)、「こうした事件は、やわな右翼では起こせない」(民族派の活動家)、「周辺の右翼にあの事件を起こせそうな奴はいない」(行動派の民族活動家)と。そして樋田は、その民族活動家たちから「(犯行は)統一教会ではないのか」と逆に質問されるのだ。前掲書から他の民族派活動家の言葉を引用しよう。

「(犯行グループは)本心のキーワードを隠し、右翼を装っているのだ。テロ事件を繰り返すには強固な秘密組織が必要だ。右翼には秘密組織など作れない。それが可能なのは、左翼を除けば、α教会しか考えられない。君たち朝日新聞はα教会の秘密組織について取材してきたのか」

樋田の著書で「α教会」とされているのが、統一教会(世界基督教統一神霊教会・現在は世界平和統一家庭連合)である。

◆事前にあった脅迫状と幹部の演説

当時、朝日新聞および『朝日ジャーナル』(週刊誌)は、統一教会の霊感商法に対して紙面を割いて批判していた。統一教会(勝共連合)が中心となっていた「スパイ防止法制定促進会議」に対しても、朝日新聞は言論の自由を侵害する法案であると、反対の論陣を張っていたのだ。

統一教会は朝日新聞東京本社の前に街宣車を連日のように乗りつけ、朝日新聞を批判する演説を行なっていた。そして事件が起きた年の2月には、統一教会名で「ソ連のスパイ朝日社員どもに告ぐ。俺たちはきさまらのガキを車でひき殺すことにした……」で始まる脅迫文が届いてもいた。

文中に「俺たちが殺すのは共産サタンで人間ではない。てめえらバイキンだ、サタンだ」「俺はM16ライフルを持っている。韓国で訓練を受けてきた」とあることから、いかにも統一教会らしさを装っている。少なくとも統一教会を熟知している何者か、朝日と統一教会の対立をよく知っている者からの脅迫であろう。

朝日の記者たちが取材を開始してみると、事件の2か月前に統一教会の「関西の対策部長」を名乗る人物が、大阪の会合で「神側(統一教会)を撃ってくる人たちに対し、たとえ誰が霊的になってサタン側に立つ誰かを撃ったとしても、それは天的に見たならば当然許される」と話したという証言が得られた。

◆秘密の武装組織は存在したか?

前出の統一教会幹部が「サタン側に立つ誰かを撃ったとしても」が、朝日新聞阪神支局事件を指すのだとしたら、本当に武装した秘密組織があったのだろうか。反共の立場で共闘する右翼団体にも、統一教会はよく出入りしていたという。樋田の前掲書から紹介しよう。

日本青年旭心団の本部長・松本効三も勝共連合(統一教会)の若者たちと親しかった一人だが、心を許さなかった理由として「連中の持っている宗教は恐ろしい。人間をすっかり変えてしまう」と語り、「朝日新聞襲撃もα連合の可能性があると私は思っている」と語ったという。

松本の論拠は、同じ世代の右翼活動家が統一教会に取り込まれたかに見えたが、その活動家は「α連合には分からない部分があり、恐ろしい組織だ」と語ったからだという。松本によれば「この分からない部分というのは秘密組織か何かを指している」のではないかというのだ。

松本自身が観光ビザで韓国に行き、ベトナム戦争派遣の猛虎部隊に体験入隊した経験があった。したがって、統一教会の若者たちが韓国内で軍事訓練をするのも、たやすいのではないかというのだ。

いや、わざわざ韓国に行くまでもない。統一教会は当時、全国で26店舗の銃砲店を持っていた。その多くは射撃場を併設し、来客に試射させてもいたのだ。韓国の統一教会は銃砲メーカーを経営し、そこで生産したエアライフルを日本に輸出していたのである。統一教会の日本人会員(元自衛官)が、義勇兵としてケニアに派遣されていることも明らかになっている。統一教会は銃器とわかちがたく結ばれていたのだ。

◆証言をひるがえした会員たち

樋田ら朝日の記者たちは、統一教会の秘密軍事部隊の存在を追っている。そして早稲田大学の原理研に所属していた、元信者の証言をとったのだ。その元信者は大学卒業後に統一教会の会長秘書を務めたのち、特殊部隊に所属したという。その任務は、信者であることを隠して金山政英元駐韓大使の私的研究所に入り、研究所にあった韓国と北朝鮮、民団および総連の資料を入手していたという。別の女性元信者も、統一教会の非公然の軍事組織に所属し、銃を撃つ練習をしていたことを明らかにしている。

その女性元信者によれば、軍事訓練の指導は習志野空挺団出身の幹部が担当し、数人のグループで参加したという。実際に多かった任務は監視活動で、焼き芋の屋台をリヤカーで引きながら、監視対象の周辺を探ったという。ほかの元信者は、生道術(空手の一種)を身に着けた数十人の屈強そうな男性が集められて、軍事訓練を行なったと証言している。特殊な任務で軍事訓練をしていた秘密組織が、統一教会のなかに間違いなく存在していたのだ。

ところが、秘密軍事組織の証言をした元信者に再度取材したところ、かれらは先の証言をひるがえしている。というのも、元信者は統一教会に復帰していたのである。銃の訓練をしたという証言も「そんなこと言いましたか? 私は覚えていません」と否定した。この否定こそが、松本効三がいう統一教会の「分からない部分があり、恐ろしい組織」であり、民族派活動家が言う「テロ事件を繰り返す……強固な秘密組織」が「可能なのは、左翼を除けば、α教会しか考えられない」という評価に合致する。

直接的な証拠こそないが、朝日新聞襲撃事件の実行部隊は、統一教会が秘密裡に組織した軍事組織、あるいはその任務を請け負ったプロ的な軍事グループと見るのが自然ではないだろうか。

◆タイトルを重視する編集者の落とし穴

さて、木村が「罠」だと指摘した『文藝春秋』の「勝共隠し」に立ち返ろう。

今になって『文藝春秋』が赤報隊事件を特集したのを、木村は新谷学編集長が「編集長の職を退くにあたっての、新谷氏の思いも関係しているのではないかと推察する」と、やんわりした感想のオブラートに批判を包み込んでいる。

言論の士であり、リアルな政治活動家らしい感想だが、スクープとファクトを編集の髄としてきた新谷にとって、この特集は編集長としての汚点になると、ここでは指摘しておこう。まさに木村が指摘するとおり、エビデンスに欠ける「スクープ」なのだから。

じつは、あえて「罠」というほど巧妙でも突飛でもない。ひとつのテーマを掘り下げるとき、徹底的に他の有力なテーマを封印する編集手法なのだ。あたかも「スクープ」が真実であるかのように描き出す雑誌ジャーナリズムの、とくに文春砲と呼ばれた方法論がそこにあるだけなのだ。

野村秋介大人の死が過去のものとなり、野村をよく知る鈴木邦男が逝去した今だから、飛び出してきた「スクープ」だともいえよう。墓碑銘を穢すことはあっても、慰霊することにはつながらない。

なお、「紙爆」最新号には、横田一による「旧統一教会『500億円新施設』と
変化する『合同結婚式』」の現地取材レポートが掲載されている。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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