和歌山県警の科学捜査研究所(科捜研)の男性主任研究員(49)が鑑定結果の捏造を繰り返していたという疑惑が報じられ、注目を浴びている。報道によれば、この男性研究員は担当した交通事故、無理心中などの8件の鑑定について、上司への説明資料を作成する際に別事件のデータを流用するなどした疑いがもたれているという。
そんな中、この疑惑を熱心に報じている「YOMIURI ONLINE」に8月21日、《和歌山県警鑑定捏造 科捜研職員を書類送検へ》という気になる記事が出た。この記事によれば、和歌山県警はこの研究員を虚偽公文書作成・同行使と有印公文書偽造・同行使の疑いで書類送検する方針を固めたという。つまり、このような多数の余罪があることが疑われる類の事件で、和歌山県警はこの研究員を逮捕せず、書類送検で捜査を終結させようと考えているらしい。そのこと自体がどうかと思うが、この記事の中でさらに気になったのが記事の末尾の以下のような文章だ。
<研究員は、1998年に和歌山市で発生した毒物カレー事件の鑑定にも関わっていたが、県警は調査の結果、同事件に関する不正はなかったと結論付けた。>
ご存知の人も多いと思うが、冤罪説が今やすっかり広まった和歌山市のカレー事件では、無実を訴えながら2009年5月に死刑確定した林眞須美さん(51)が有罪とされる決め手になったいくつかの物証に「捏造疑惑」が指摘されている。
たとえば、最重要物証ともいうべき、微量のヒ素が付着したプラスチック容器。これは林さんと夫の健治さん(67)が保険金詐欺などの容疑で逮捕された後、和歌山県警が林夫婦宅を家宅捜索し、台所の流し台の下の棚から見つけたとされるものだ。
しかし、この容器は表面に「白アリ薬剤」というヒ素を意味する言葉がマジックで大きく書かれている上、事件発生から2ヶ月以上も経って、いかにも発見されやすそうな場所から見つかったことも不自然であるとして、裁判で弁護側が「捏造されたものだ」と主張。この主張が林さんの支援者らのPR活動やマスコミ報道を通じて広まり、この物証の「捏造疑惑」は今やすっかり有名になった。
また、犯人が犯行の際に使ったとされるヒ素の付着した紙コップや、林さんの旧宅から見つかったヒ素の入った缶など、その他の重要物証についても弁護側からことごとく捏造の疑いが示唆されており、現在進行中の林さんの再審請求審でも「捏造疑惑」は争点の1つとなっている。
そんな中、この和歌山県警科捜研の研究員による鑑定結果の捏造疑惑が起こったのだ。この研究員がカレー事件の鑑定に関わっていたなら、県警は当然、この研究員がカレー事件の鑑定でも何らかの不正をしていないか、徹底的に調査する必要があるだろう。疑惑の研究員を逮捕もせずに書類送検だけで捜査を終わらせたのでは、不透明感が残ることは否めない。
実際のところ、上記のプラスチック容器や紙コップから検出されたヒ素、林さんの旧宅で見つかったヒ素について、被害者が食べたカレーなどから検出されたヒ素との異同識別鑑定を手がけたのは、和歌山県警科捜研ではなく、警察庁科学警察研究所(科警研)や大学教授だ。とはいえ、これらの重要物証が現場で収集されたのち、科捜研の職員たちはこれらの重要物証の管理を委ねられ、容器に付着した物質がヒ素か否かを分析したり、鑑定のために科警研に搬送したりと、これらの物証に触れる機会がとにかく多かった。今回、疑惑が浮上した主任男性研究員も当時はそうだったはずである。
疑惑の研究員がカレー事件をはじめとする過去の重大事件に関しても、何らかの不正行為をはたらいたことはなかったか、今からでも身柄を拘束した上で徹底的に調べるのがスジだろう。
(片岡健)
★写真は、カレーにヒ素が混入された夏祭りの会場だった和歌山市園部の空き地