「被告人を懲役1年に処する……」
裁判官が主文をここまで読み上げた時、傍聴席で複数の人が「ええっ」と驚きの声を上げた。この裁判では公判のたびに被告人の支援者が多数傍聴に来ていたが、この日もそうだった。声を上げたのは、審理を見てきて、「無罪判決」を確信していた被告人の支援者たちだと思われる。冤罪がこの世に存在することは知りつつも、それはマレなことだと信じていたのだろう善良な人たちに「刑事裁判の現実」が突きつけられた瞬間だった。

9月20日付けの当欄で紹介した広島の放送局、中国放送の元アナウンサー・煙石博氏(67)が窃盗罪に問われた裁判の判決言い渡しが去る11月27日、広島地裁であった。一貫して無実を訴えていた煙石氏に対し、三芳純平裁判官が宣告したのは、懲役1年・執行猶予3年の有罪判決。煙石氏は「一言で言えば、不当な判決。絶対許せない判決です」などと述べ、即日控訴した。

結論から言うと、この事件は冤罪事件である。支援者たちが煙石氏の無実を確信していたのは、煙石氏への人間的信頼も一因だろうが、煙石氏とは無関係の地元の傍聴マニアの間でもこの事件は審理中から「冤罪」だろうと評判になっていた。筆者の評価としても、冤罪事件の中でも冤罪だと見抜きやすい部類に入るように思える事件だった。

判決によると、煙石氏は昨年9月、広島市南区の広島銀行大河支店で、女性客が記帳台に置き忘れた封筒に入っていた現金6万6600円を盗んだという。しかし、公判で示された事実関係によると、「被害女性」が退店後、6万6600円が入っていたはずの封筒は空っぽの状態で記帳台の上に置かれていたのが見つかっている。つまり、仮に煙石氏がクロならば、記帳台にあった封筒を手に取り、お金だけを抜き取った後、犯行が露呈する危険を犯してまで空っぽの封筒を記帳台の上に戻したことになるわけだ。勘のいい人なら、これだけでも「おかしい」と思うだろう。

銀行だから当然、店内の様子は防犯カメラで撮影されていた。その映像は法廷のスクリーンで再生されたが、煙石氏が記帳台に近づいた場面こそあったものの、不審な動きはとくに見受けられなかった。三芳裁判官は判決で、煙石氏が「白い物体」を手にした場面があったと指摘し、そのことが一部新聞社のホームページでクローズアップして報じられたが、実際には映像の画質はかなり悪く、「そう見える人にはそう見える」というだけの場面に過ぎなかった。封筒から煙石氏の指紋も検出されていない。有力な有罪証拠は事実上、「無い」に等しい状態だった。

防犯ビデオの映像に関して言えば、筆者はむしろ、お金を抜き取ったとされる時間以後も煙石氏がのんびりと銀行内の椅子に座り、たまたま会った知人らしき人と話をしている様子が印象的だった。仮にお金を盗んでいたなら、いつ被害者が戻ってくるかわからない銀行の店内で、こんなにのんびりできないだろうと思える様子だったからである。

ちなみに煙石氏がこの日、銀行を訪ねた用事は500万円を引き出すことだった。そんな用事で訪ねた銀行で、誰かが記帳台の上に置き忘れた封筒が目にとまり、手に取ったらお金が入っていたので、盗んでしまったというのもあまり自然なストーリーではないだろう。まして、お金を抜き取った後は空っぽの封筒を記帳台の上に戻したというなら尚更だ。

「被告人が無実なら、犯人は誰なんだ?」と思われる方もいるだろう。その点も結論から言うと、「犯人は元々存在しなかった」と考えるのが最も妥当である。というのも、この裁判では、そもそも「被害女性」が置き忘れた封筒に本当にお金が入っていたか否かも争点になっているのだが、封筒にお金が入っていたことを示す証拠は、「被害女性」とその母親の証言だけだった。そんな2人がいずれも証人出廷した公判では証言があやふやで、挙動不審な証言態度に終始した。2人の証言は、いかにも信頼するには危うい雰囲気だったのである。

筆者はこれまでの裁判取材の経験から日本の刑事裁判官のことをまったく信頼していないので、煙石氏の支援者たちのようにこの裁判の結果にも驚きはしなかった。とはいえ、前記したように冤罪事件の中でも冤罪を見抜きやすい部類に入る事件だったので、無罪判決が出る可能性をけっこう感じていたのも事実だ。そういう意味では、筆者にとっても今回は「刑事裁判の現実」を再認識させられる結果となったわけである。控訴審も取材を継続する予定なので、この事件のことは当欄でまたレポートすることになるだろう。

 

<12月20日 訂正>

本文中の「封筒は空っぽの状態で記帳台の上に置かれていたのが見つかっている」という部分ですが、実際には封筒は「6万6600円と一緒に入っていたとされる市民税・県民税の振込用紙のみが入った状態」で見つかっています。

(片岡健)

★また新たな冤罪判決が出た広島地裁。

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「冤罪」と評判の広島地方局元アナウンサー窃盗事件
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