男は、初対面から見るからにギラついていた。漆黒のサングラスに蛇のような目。
仮にKとしよう。Kは90年に建築会社を興したが、うまくいかずに、身近な企業の「乗っ取り」を始める。
ささいなミスを見逃さず「納品が遅れた」「請求書の金額が約束とちがう」と難癖をつけては、取引先の株主を調べ上げ、とことん現ナマで株を買い叩いていく。やりかたはかなり強引で「ハゲタカ」も真っ青だ。
最後に会ったのは、2008年の冬だった。Kは、都内の中規模の食品会社の乗っ取りを画策していた。
やがて、あるIT企業の醜聞を掴む。その企業の幹部たちが海の町で社員旅行と称してコンパニオンと遊ぶ艶写真を入手する。
「この写真で企業を手に入れる」とKは豪語した。
ターゲットになった企業は、耐えきれず、Kに株を明け渡す。
「株を4割手に入れれば、俺の勝ちだ」
Kは弁護士、ヤクザ、Kは三位一体となって16社くらいを手中にした。
連日、銀座で豪遊。出社はリムジンだ。
気分で会社を乗っ取られてはたまったものではない。
キャバクラ、IT会社、Kはつぎつぎと会社を乗っ取っていた。企業の、マル暴に対する恐怖の意識がそんなに高くなかった時代。
企業買収といえば、闇の勢力に乗っ取られた居酒屋チェーンのゼクーが記憶に新しいが、そうした乗っ取りパターンの最先端をいっていたと思う。
Kにしてやられた企業はいずれも経営不振や内部抗争といった問題を抱えていた。混乱に乗じる形で、外部から資金提供を持ちかけられるなどし、事実上、外部の人間に乗っ取られる絵を描く。架空の増資や新規事業を公表して得た不正な利益は会社に残らず、闇社会へと消えていく-という構図はワンパターンでさえある。
さて、最後の乗っ取り屋は、横井英樹であろうと思う。
横井は、百貨店・白木屋の買収に成功し、昭和34年には東洋精糖の株買占めに乗り出す。買占め側にも秋山正太郎社長を始めとする経営陣側にも総会屋やヤクザ・右翼が大勢絡む格好となり、さながら闇社会デパートだ。ところが後一歩で経営権を取得できるところまでいったところで後ろ楯の五島が死去し、しだいに影響力が弱くなっていく。
横井のごとく、こんなに裏社会のマークがきつい時代でも、Kはのしあがるのだろうか。噂では、数十億も保有しているあるホールディングスで四十代で顧問となったと聞く。
「おもしろい話があるんだけど」で始まるKの電話のよもやま話。
「おもしろい話」とは「おもしろい乗っ取り話」を意味する。そして今、あくまで噂だが、ある芸能プロダクションの利権を狙い、千代田区の某所に事務所とスタッフを移したと人づてに聞いた。
そんなKから「おもしろい話があるんだけど」と数年ぶりに電話がありそうな予感がする。頼むから、このままメモリアル・パーソンでいていただきたい。Kに目をつけられてしまえば、数か月後には、代表の名義が「K」になっているのだから、正直を言えば巻き込まれるのは御免こうむる。ただし、ネタとしてはたいへんおもしろいから、これがまた困ってしまうのだが。
(カンドゥマ14号)