当ブログは作家志望の人も多く見ているようだ。稀有な作家を紹介する。
若桜木 虔氏は、ミステリー界では異色の存在だ。業界屈指の早筆で知られる。
800冊を超える著作があり、「1日に150枚は書けますし、2週間に1冊のペースで本を出したこともあります」と読売新聞のインタビューで語っている。
「量産型の作家として知られています。もっとも忙しい時期で、戦記物を『霧島那智』名義で書いていたときは、週に1回は書籍をリリースしていました。業界には『若桜木氏は5人いるんじゃないか』という噂がたったほどです」(出版社の中堅社員)
漫画原作からスタートした若桜木氏は静岡県生まれ。SFやアニメ「宇宙戦艦ヤマト」などのノベライゼーションを多く執筆し、ミステリー作家としては、「週刊文春」にての「2004年傑作ミステリーベスト10」の第9位に『修善寺・紅葉の誘拐ライン』(実業之日本社刊)がランクインしたこともある。ちなみに01年には『新本陣殺人事件』(矢島誠と共著・『新本陣殺人事件』(河出書房新社)が5位にランクイン。
「読売文化センター町田教室やNHK文化センター町田教室で小説を教えていて、通信添削も行っています。生徒は300人を超えるはずです。このところ、ものすごい勢いで新人賞を生んでいます。もはや今、ミステリー系の賞をとるには、若桜木塾を通過するのがもっとも短距離かもしれませんね」(ミステリー愛好家)
2005年にデビューし、いきなりベストセラーとなった加藤廣氏の『信長の棺』を含めて25人もプロデビューさせた実績を持つ若桜木氏は今年、仁志耕一郎さんに小説現代長編新人賞を、昨年は平茂寛氏に第3回朝日時代小説大賞受賞を受賞させている。
そのように新人作家を量産している若桜木氏が「出版社」を始めたというニュースが入ってきた。聞けば、自分で研究して文字の組版までやっているという。1947年生まれとは思えないパワーだ。本人は、文学賞の受賞歴がない「無冠の帝王」であり、「新人賞作家メーカー」である異色のダークホースが放つ出版社は、「青松書院」(ホームページhttp://seishoshoin.jp/index.html) といい、「受賞作は逃したけど、このまま埋もれるには惜しい作品を出す」のがコンセプト。じつに斬新な試みだ。
読んでみたが、松本清張賞を第二次選考まで通過した『闇を切り裂く誘拐者』(矢吹哲也)などはJRA理事長の娘が誘拐されるスリリングな展開である。文学賞は、時代の流れや選考委員の顔ぶれや嗜好性も大きく作用する。確かに、賞を逃したけれど、秀作もたくさんある。
若桜木氏に直撃したくなり電話した。
忙しくてなかなか連絡がつかない。やっとのことで連絡がとれたのは、3日後だった。
―なぜ青松書院を立ち上げたのですか。
「版元の要望に左右されない、自分の書きたいことを書いて本にしたいのと、大勢の生徒の作品で、プロ作家の平均的な駄作よりは出来栄えのよほど良い作品が世に埋もれてしまうのが惜しく、どうにか陽の目を見させたいと思ったこと。この2点ですね。出版社として儲けを出そうとは考えていません」
―いじわるな質問で恐縮ですが、順調に新人賞作家を輩出しているので嫉妬が多くないでしょうか。
「2ちゃんねるを覗けば、山ほど悪口が載っているかと。私のように無冠の人間が、40年近くも文壇から消えずにいることに加え、新人賞作家を育てられるということが、常識的に考えて信じられないからでしょう。でも、公募ガイドで『作家養成塾』を、もう14年も連載していますし、そもそも、この連載自体が、作家養成のプロ中のプロだった山村正夫先生から後継に指名されたものですからね。(●注1)山村正夫記念小説講座の門下生でなく…」
文学界は実力の世界だが、くだらない嫉妬がうずまく世界でもある。常人には理解できない魑魅魍魎の世界がそこにある。師匠と弟子の縦社会のルールの縛りもある。若桜木氏の挑戦は、それらの「既成の常識」の破壊である。 若桜木氏が文学界の1丁目1番地に君臨する日、それは「文学界における価値転換」がなされたときかもしれない。 ほかにも、文壇の知られざる秘密や謎があれば、迫っていこうと思う。
(K)
(●注1)山村正夫記念小説講座…推理小説、伝奇ミステリー小説のジャンルで独自の世界を構築し、日本推理作家協会理事、日本文芸家協会、日本ペンクラブ、文芸美術健康保険組合理事を歴任した故・山村正夫氏が作った個人教室。山村正夫氏の逝去後、森村誠一氏が名誉塾長として教室を引き継ぎ、その後、山口十八良を代表とする。宮部みゆき、新津きよみ、篠田節子、上田秀人ら多数の著名作家を輩出。