「最近どう、婚活のほうは?」と聞くと、「いやあ、諦めました。退会したんです」と、彼は苦笑いした。
彼は車椅子で生活する障害者で、30代。仕事もしており、快活だ。十分に結婚できると思える。普段の生活は、家と職場の往復。職場は小さく女性は皆既婚者だ。なかなか出会いがないので、大手の婚活サービスに入会していたのだ。

「障害があるというと、会うというところまで、なかなかたどり着けない。登録するデータには、障害のあるなし、その程度を書かなきゃいけない。また相手に対して、障害があってもいいかという質問項目があって、男女とも、たいていは、障害ありにはNOですからね」
会えなくても、データのやりとりで会費がかかるシステムだ。
「一人会うのに5万円かかった計算です。これなら、デリヘルにでも使えばよかった」
彼は、快活に笑った。

2004年に、河合香織著『セックスボランティア』がヒットして、障害者にも性欲があるという当たり前のことが、ようやく知られるようになった。
その中には、無償で障害者に性的サービスをする女性や、施設の男性介護士が手でこっそりと性欲を解消してあげている、といった事例が紹介されている。
手が使えず、オナニーができない、という障害者もいるからだ。そうした障害者に対して、有償でオナニー介助を行う「ホワイトハンズ」という一般社団法人もある。

だが、そうした動きは、まだまだ一部だ。
介護福祉士を育てるプログラムには、障害者の性にどう向き合うか、ということはいまだ含まれていない。外出の介護で、行き先が性風俗の店だと分かると、断られるという事例も珍しいことではない。

『セックスボランティア』が出た前後には、障害者が性風俗を利用するのは是か非か、といった議論が一部では盛り上がったが、一般には無視された形だ。行きたいなら、ご勝手にどうぞ、というわけだ。

だが、性風俗の利用の是非も大事だが、パートナーが見つけにくい、という根本がなぜ議論されないのだろうか?
乙武洋匡さんなど、メディアに出るような有名な障害者は、たいていは結婚している。
自らの障害さえも笑いにする芸人、ホーキング青山さんも、障害者は異性にもてる、というようなことを著作に書いている。

しかし、大多数の障害者は、パートナーを見つけにくい、というのが現実なのだ。
この問題がまるで論じられていなくて、はたして福祉社会といえるだろうか。
当事者の立場に立つと、パートナーを見つけにくいというのは、「もてない」と告白しているようで恥ずかしい、ということがある。
まずは、議論しやすい環境を作ること。それが急務だろう、と思う。

(FY)