ダッチワイフと言えば、業田良家のマンガを映画化した、是枝裕和監督『空気人形』が心に残っている。ダッチワイフが心を持ってしまうという、切ない物語だった。
今、ダッチワイフは空気で膨らます廉価なものよりも、シリコン製の精巧なラブドールを思い浮かべる男性が多いだろう。
最近では、一貫して人形をテーマにしてきた、ニューヨークの写真家、ローリー・シモンズがラブドールをモデルにして、『The Love Doll』というタイトルで一連の写真を発表した。パリでの最初の展示会では、写真の中のラブドールが本物の人間だと、訪れた人々は思ったという。

ラブドールは、繊細な技術を持つ日本の、誇るべき製品の一つだ。
創業35周年を迎える、オリエント工業が製作している。
社長が、ドールの製作を思い立ったのは、アダルトグッズショップに勤めていた時のことだという。脚の不自由なお客さんの、「いいダッチワイフがないかな」という言葉が、きっかけだ。
空気でふくらます、オモチャのような人形ではなく、やすらげる、パートナーとなる人形を作ろうと考えたのだ。
ウレタンから始まり、現在のシリコン、ソフトビニールへと素材も変わり、進化をとげた。

上野の繁華街から離れた、落ち着いた住宅街の一角に、工場はある。
訪ねると、白髪の角刈り、前掛けとゴム手袋をした、叩き上げの職人と見える工場長が案内してくれた。
脚と手の形の、鉄製の鋳型がある。男性が、プラスチックの容器で素材を入れていく。
奥に行くと、できあがった腕の指先に、若い女性従業員が、筆を持って彩色している。
「すべて手作りだから、最後は熟練のカンがたより。1日にできるのは、5~6体だね。指先のシワひとつにも気を配るから、とにかく真剣。いいものを作るっていうことだけを、考えているよ」と工場長は語る。

柔らかな表情、指先までこまやかに作られた、なめらかなボディ、見ているだけで癒される。目と目を交わし合っていると、愛おしさを感じる。乳房の形もみごとだが、感触もとても心地よい。
抱き上げてみる。ほどよい重さと肌触りが心地いい。

結婚などで、ドールが不要になった場合、工場で引き取っている。それは〝里帰り〟と呼ばれる。
ほとんどに「長年ありがとうございました」「癒されました」と書かれた手紙が添えられている。便箋何枚におよぶものもある。
中には、明らかに乱暴に扱われたと見えるものもあり、心が痛むという。

(FY)