文章術を教えていた、80代になる「先生」がよく言っていたのは、「愛人を作るのなら、一流の女優にしろ。二流三流だとマスコミがやってきてスキャンダルになるからな。一流なら、協力してくれなくなるのを恐れて、マスコミもたとえ気づいても記事にしないから」ということだった。
「先生」には、美人の奥さんがいたが、奥さん公認で愛人がいるのだという。愛人というのが一流の女優だというのだ。「先生」になる前はシナリオライターだったから、女優と縁があったというわけだろう。いったい誰なんだろうと、頭を巡らしていたのだが、まるで見当がつかなかった。
愛人には「先生」の息子と娘がいる。認知はしている。
「女房には子どもができなかったから、子どもができたらこちらによこすという約束だったんだ。だけど出産したら愛着が湧いちゃったんだな。自分で育てるって言って、よこさないんだよ」
子どもを作るのも、奥さん公認だったというのだ。愛人が約束を守らないのに、2人目を作るのは不思議だったが、深くは考えなかった。
寺山修司には、3人の愛人がいて、お互いにそれを認め合っていた。1人とセックスする時、別の愛人は散歩に出たという。その1人、田中未知さんが『寺山修司と生きて』に書いているが、「無能な男を独り占めするより、才能のある男を共有するほうが素敵」だから、ということだ。
才能のある人間には、そういうことが許されるのか、と思っていた。
「先生」の奥さんが病気で亡くなってから数ヶ月して、愛人の息子に会った。
ずっと剣道をやって来たという、スポーツマンタイプ。女優の息子だから、さすがイケメンだな、と思う。一流企業の営業マンで、もうすでに、りっぱに家庭を築いている。
「彼のお母さんは、ずっと独身だから、一緒になるかもしれないから」
そう言って、「先生」はにこにこと笑った。
そして、「先生」は奥さんの新盆の日、家の中で倒れて頸椎を骨折してしまう。
神経が圧迫されて、手足が全く動かない状態だ。
ある日、見舞いに行くと、「先生」は慌てた様子で言った。
「妹が公証人を連れてきて、無理矢理、遺書を書かされたんだ。息子に連絡してくれないか。彼にも権利があるから、変えさせられると思うんだ」
「先生」は、そんなことも知らないのか、と呆れる。
当たり前の話だが、遺書は本人の意志が絶対である。最も新しい日付のものが有効になる。書かされた遺書が気にくわないのなら、新たに遺書を書けばいいだけの話だ。
だが、愛人や息子、娘が見舞いに来てくれれば、「先生」も元気になるのではないかと思い、息子に会った。
池袋の喫茶店で会うと、息子は言った。
「母は会いに行かないと思います。1000万円出して、返してもらってないんです」
子どもができた時に彼女は、奥さんと別れて、「先生」と一緒になることを望んだ。
1000万円は、奥さんに渡す離婚の慰謝料だった。「先生」は奥さんと別れなかったにも関わらず、それを返していないというのだ。
それって、詐欺じゃないの? 会いに来ないのは、当然だろう。
そして、彼の母、「先生」の愛人のことを知った。
女優ではなかった。校正の仕事で身を立てているという。
もともとは、スクールの生徒だった、という。
生徒を妊娠させて、金まで騙し取っているのだ。
いや、それもいいだろう。作家なんだから、自らの愚行を作品に昇華すればいいのだ。
しかし「先生」はそんなことはせず、愚にもつかないような小説を、10年以上前に自費出版したきり、あとは生徒に適当なことを喋り続けてきただけだ。
「先生」が今、どんなに孤独に呻吟していたとしても、同情する必要はないだろう。
(FY)