世間の注目を集めた橋下大阪市長と週刊朝日のバトルは、橋下市長の完勝に終わった。このバトル自体については、筆者はここでとくに述べたいことはないのだが、差別云々が論点になったこのバトルを伝えるニュースに触れ、自分がやっておかねばならなかったことを1つ思い出した。それは、先日取材した裁判員裁判の法廷で浮上した現役検察官の民族差別発言疑惑を少しでも世の中に広めることである。

その疑惑は、10月18日の当欄でも紹介した下関の女児殺害事件の裁判員裁判で浮上したものだ。この事件については、一貫して無実を主張しながら懲役30年の判決を受けた被告人・湖山(本名・許)忠志氏が現在、広島高裁に控訴中だが、前回紹介したように山口地裁の公判では、湖山氏とは別の真犯人が存在することを窺わせる形跡が多数明らかになっていた。そんな問題裁判において、湖山氏の衝撃的な告発が飛び出したのは、7月11日の第10回公判の時だった。

この日、検察官の論告求刑と弁護人の最終弁論が行われた後、湖山氏が行った意見陳述。湖山氏はまず、裁判官や裁判員に正義を貫いて欲しいと訴えた。そして最後に、山口地検の保木本正樹三席検事が取り調べ中、韓国籍の自分に対し、民族差別をする発言を浴びせてきたとして、以下のように告発したのだ。
「(保木本検事は)我々の民族に対して、こう述べました。『在日の人間は人を殺しても平気で暮らせるんだね。本土にいる韓国人、朝鮮人も同じ人殺し集団だね。あなた、こんなことをして、平気でいられるの?』そういうふうに私に述べました。私は怒りで震えそうになりましたが、ぐっと自分を押さえました。検事の術中にはまってしまうからです。すごい悔しかったです。我々民族を侮辱した検事を絶対に許しませんッ」

この検事がこんなことを言ったというのが本当なら、まことに許しがたい差別発言である。
そこで筆者は山口地検に対し、この湖山氏の告発が事実なのか否かを質したが、担当の検察事務官を通じて返ってきた澤田康広次席検事の回答は、「コメントはありません」というものだった。また、保木本検事本人はこの4月に横浜地検川崎支部に異動していたため、本人にも事実確認のために取材を申し込んだが、担当の検察事務官を通じ、「とくにコメントすることはありません」と伝えてきただけだった。筆者はこうした回答をうけ、山口地検や保木本検事にはやはりやましいところがあるのではないかと疑念を深めざるをえなかった。

この事件は、被告人以外に真犯人が存在することを窺わせる形跡が多数ありながら、一貫して無実を訴え続けた被告人が有罪判決を受けていることが何より問題だ。控訴審では、今度こそ真っ当な判決が出ることが期待されるが、それと共にこの保木本検事の民族差別発言疑惑の真相もつまびらかにされなければならないことである。
この湖山氏の告発があった公判では多数の新聞記者、テレビ記者が傍聴席を占拠していたにも関わらず、湖山氏の告発を報じた新聞、テレビは今のところ見当たらない。橋下市長VS週刊朝日のバトルの、せめて100分の1くらいでもいいからこの問題も世の中に広まって欲しいと願いつつ、この事件については今後も機会あるごとにレポートしていくつもりだ。

(片岡健)

★写真は、三席検事が取り調べ中に民族差別発言をした疑惑が浮上した山口地検