その昔、冤罪を訴える人の再審が開かれるというニュースを聞くと、随分珍しいことが起きたような気がしたものだ。ところが、近年は足利事件に布川事件、東電OL殺害事件・・・・・・と毎年のように再審無罪判決や再審開始決定が出るようになった。2013年もまた、何か新たな再審の動きはあるだろうか。
注目度の高い再審事件は色々あるが、個人的に今年大きな動きがありそうな気配を感じているのが、あの飯塚事件だ。
確定判決によると、福岡県飯塚市で小1の女の子2人を誘拐し、殺害したとされる久間三千年さん(享年70)が2008年10月に死刑執行されたこの事件。有罪の決め手となったDNA鑑定は、あのDNA冤罪の代名詞「足利事件」のそれと同じく90年代前半に警察庁科警研が同じ手法で行なったものだった。その再審請求審は現在、福岡地裁で続いているが、昨年10月には、科警研が鑑定書に貼付した証拠写真を改ざんし、別の真犯人のDNA像が写っていたのを隠蔽していた疑惑も浮上。死刑執行された人が冤罪だったというだけで一大事なのに、そんな重大疑惑も持ち上がり、今後の展開がますます注目される事件となった。
さて、そんな飯塚事件に関するニュースを見る際、留意しなければならないポイントがある。それは、次のような捜査機関側のミスリードに惑わされてはいけないということだ。
「この事件では、DNA型だけでなく総合的な証拠から有罪が確定している。無罪になるとは考えてない」(朝日新聞デジタル2012年10月26日配信記事中の佐藤洋志福岡地検公判部長のコメントより抜粋)
このような「飯塚事件は、足利事件とは違う」「DNA鑑定以外にも色々証拠が揃っているから、DNA鑑定が覆っただけで有罪はゆるがない」という見解をマスコミを通じ、PRする捜査関係者はこの佐藤氏以外にも少なくない。これがなぜミスリードかというと、飯塚事件でDNA鑑定された資料は何だったかがまったく無視されているからだ。
というのも、ひとくちにDNA鑑定といっても、証拠価値は様々だ。たとえば殺人事件で、犯行現場から見つかった毛髪や体液から検出されたDNAの型が被疑者のものと一致しても、それだけではどんな意味があるかはわからない。仮にその犯行現場が被害者の自宅で、被害者の友人である被疑者が何度も訪問していた場合には、被疑者の毛髪や体液が遺留していたこと自体に大した意味はない。逆に被害者と被疑者が一面識もない場合、その鑑定結果は決定的な有罪証拠になりえる可能性もある。DNA鑑定とは、そういうものである。
その点、飯塚事件でDNA鑑定された資料は、(1)小1の女児である2人の被害者の、いたずらされた形跡のある膣やその周辺と、(2)山奥で見つかった2人の遺体周辺から採取された血液や唾液であり、犯人のものとしか考えられない遺留物である。そのDNAの型が久間さんのものと一致したという鑑定結果が実は間違いだったとしたら、「それでも有罪」という判断はありえないだろう。
実際のところ、この事件の有罪証拠は非常に乏しい。DNA鑑定以外では、不自然な目撃証言や、久間さんの車の中で採取されたとされる誰のものかわからない血痕や尿痕など、質の悪い証拠ばかりなのが現実だ。この事件の確定判決(福岡地裁判決)は、判例データベース(ウエストロー・ジャパンなど)や判例雑誌のバックナンバー(判例タイムズ2001年7月15日号など)で見ることができる。死刑執行後の冤罪発覚という事態を避けようと、マスコミを通じて世間をミスリードしようとする捜査関係者たちがいかにデタラメなことを言っているか、それらを見ればよくわかるはずだ。この事件に興味がありながら確定判決を未見の方は、ぜひ一読されることをお勧めする。
(片岡健)
★写真は、森英介法相による久間さんに対する死刑執行命令書