ある日、セントラル社役員の、土方さんが会社に来る。セントラル社自体は規模が小さいものの、大企業の関連会社となっていて資金力はある。土方さんは元々その大企業の重役で、セントラル社を事実上取り仕切っている。

「社長さんな、やりたい仕事をやるんはええけど、ビジネスとして成り立たせないといかんのや。マーケティングもしとらんのやろ? 今まで」
関西弁で社長と長々打ち合わせしているが、土方さんはごく基本的なことから話している。社長は経営を理解していないので、まずはそこから、と考えたのだろう。私のデスクが会議室に程近いこともあり、話す内容がよく聞こえる。まるで親が子供に教育しているみたいだな、と思った。うちの社長は子供みたいなものだ。

土方さんの教育が効いたのか、社長も「生まれ変わったつもりでやります」なんて言っている。私はそれを白々しく聞いていた。

以前、携帯電話の現在位置情報システムの開発が舞い込んできたことがあった。社長は興味がわかないと言っていたが、額が大きいので逃す手はないと、社員で代わる代わる説得した。開発完了したら社長に1ヶ月の休暇と、売上から役員報酬を出すことを条件に出し、社長も乗り気になった。契約書まで交わしたのに、半月後に契約を破棄することになった。やはり興味がわかない、が理由だった。

社長が生まれ変わろうがもう関係ない、と思いつつ職探しを続け、好感触の会社をみつけた。病院に行くと偽って面接を2度受け、採用の方向で考えていますと、返事をもらったのだ。唯一の条件が、現在の勤め先を早いうちに、円満退社してくれとのことだった。

一方土方さんは、イーダの体制改善に乗り出している。社長からは完全にお任せ状態。土方さんは社員全員の仕事内容から今まで書いた書類、収支計算、事業計画書まで隅々までチェックしては、現状把握に動いている。社員10名足らずの会社なので、さほど手間はかからないようだ。

数日後、ヒアリングと称して土方さんは社員の個別面談を始める。私は最後だった。
「戸次君の仕事状況見さしてもろたけどな、こんな安い給料でこんなに働かされとるんか?」
歳は50代と聞いているが、随分若く見える。体格がよく目つきが鋭いので、話すのに少し緊張する。
「経営悪化しているんで、まあ……」
「そない言うても君、本来経理なのに、営業もやっとるやないか。開発のヘルプもしとるし」
「付き合いのある会社から案件引っ張ってるだけです。ヘルプしてた開発は失敗して放置状態なんで、今はやってないです」
「にしても安いなあ。業績悪いかて、社員の給料は削ったらあかんのやで、ホンマはな。君かて30過ぎてこの給料じゃやってられんやろ」
この時、私の給料は18万だった。そこらの会社の新入社員だって、もうちょっと貰っている。その上厚生年金も社会保険も加入させない会社だ。個人で払う分、使える額はさらに減る。

(続く)

※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。

(戸次義寛・べっきよしひろ)

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