翌日、社長は「やっぱり倍は厳しい」と言い出して、私の提示した最低額を下回る、20万を翌月からの給料に決定した。馬鹿正直に意見をした自分と、最終決定を社長に委ねたのを後悔した。それ以上に、社長が私の仕事を全く評価していない事に失望した。思えば私は、一度も社長に認められたり評価された記憶が無い。会社をバックレた小部に対しては、
「あの人は、本当にすごい人だったんです。最初は月60万で雇うって話してたんですよ」
なんて、逃げられた後も言っている。思えば元レッドリーフ社員という肩書きも怪しいものだ。堀口も高学歴というだけで、社長の評価が高く給料もいい。確かにいい大学は出ているが、現実として仕事の出来には反映されていない。今となっては、社長に評価されなかった事を、私は自己評価したい気持ちだ。

土方さんは、利益の上げられていない社員にナタを振るい始める。最も槍玉に挙げられた堀口には、連日厳しい指導が入る。堀口は時々高い売上を出すことがあったが、殆ど売上を出せない月もある。年間で見れば営業の足を引っ張っているのが浮き彫りになる。

それ以上に、毎月の収支計算が間違いだらけなことや、税込2000円のものを税抜1900円で仕入れたり、小学生でもわかりそうなミスをしている。堀口のいい加減な仕事がどんどん暴露されていく。

「今ね、競馬の案件がアツいんスよ」
「お前な、仕事の取引で『アツい』で伝わるかアホ」
「いや、だから、アツいんス」
「どないな理由で取り扱いが増えていて、どうして今売れているっていう報告一つ、まともにできんのか。大体お前、アダルトサイトで失敗してるんやろ? またヤクザな案件やろういうのか」
「今度は大丈夫ッス。前金で貰うんで」
「前金だろうが金返せって脅されて、お前断れるんか?」
「でも波が来てるから、この波に乗った方がいいと思って」
「波とかアツいとか、営業には意味のない言葉や。もっと具体的な理由を出せ言うとんや。
まともな営業できんなら辞めてまえ」
10秒ぐらいの間があっただろうか。
「わかりました。辞めるッス」

辞める宣言をしてから月末までの2週間、堀口は大雑把な引継ぎ書類を作成して、あとは会社で寝て過ごした。堂々と寝るとさすがに怒られるので、机に向って肘を付き、頭を乗せPCモニターを見ているような格好で器用に寝ている。一流大学では、気付かれ難い寝方のテクニックを教えてくれるのだろうか。時々、得意先に挨拶してくるッス、と言って出たまま帰らないこともあった。今更咎める人もいなかった。

引継ぎ書類を見ても内容がさっぱりだったので、引き継いだ社員が連日尋ねていたが、殆どわからないまま堀口はいなくなった。堀口がいなくなった翌日、金庫にあった小口現金数万円と、PCのモニターが1台、ハードディスク数個、私の私物で読みかけの小説も無くなっていた。

現金が無くなったことにはさすがの社長も、
「全く酷いことをしますねえ」
と洩らしていたが、この金庫からは近い将来、また現金が煙と消えることになる。

(続く)

※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。

(戸次義寛・べっきよしひろ)

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