堀口については警察を呼ぶことも検討したが、たいした額ではないので「手切れ金と思っとこか」という土方さんの言葉で追求はしない事にした。
堀口の他にも数人、いい加減な仕事をしていた人間は同じようなかたちで退社していった。尚坂は技術者として土方さんに認められて、会社に残った。
「今更社長は変わらないっしょ。俺は前の会社辞めた時に、社長から直接請われて雇われたから辞めにくいんだけどさ。まあ、社長のためというより土方さんに期待するかな」
職場に来る前から社長の友人だった尚坂は、辞め辛かったのだろう。今では私より不満を漏らしているが。
社員も整理し、仕事も大幅に整理した土方さんは、イーダに資金援助する代わりに開発案件を持ってくる。大口の開発で、完成して稼動すれば毎月かなりの収入になる。当然利益はセントラル社と折半だが、毎月の援助額を補って余りある規模のものだ。
私個人の業務は以前と変わらなかったので、直接関わることはない。開発が出来る社員は、それぞれ開発を抱えつつも皆で協力してやる予定だ。ところが社長は突然こんなことを言い出した。
「この案件については私が全責任を持ってやり遂げます」
なぜそんなことを言い出すのか、よくわからない。大口だから自ら全部取り仕切らないと心配なのか。社長の威厳を見せようと思ったのか。あるいは手柄を独り占めしたいとでも思ったのだろうか。
社長一人でも出来ないことはない、とは思う。一人で全体を把握していればエラーが出た時の原因が見つけやすい面もある。しかも今度はセントラル社が進行状況をチェックしながら、実用に向けての調整を随時行う。社長の独りよがりのものにはならないだろう。
正直、不安はあった。ただでさえ赤字が出ている状況で、これ以上失敗するわけにはいかない。しかし社長は言い始めたら頑固で考えを曲げない。今まで社員の助言はあまり聞き入れられなかったが、援助してくれている会社からの指示なら、曲げざるを得ないだろう。社長をコントロールするのも、土方さんに任せてるのがいいかもしれない。まかせっきりで申し訳ないが。
3月より開発が始まり、夏前にはテストできる状態にするという計画になっていた。社長も今度ばかりは本気を出して、速いペースで進んでいた。4月末にテスト段階まで完成させる。
が、GW明けから急にペースが落ちてくる。テストした途端、不具合が続出したのだ。それの修正に入ると、みるみる社長のやる気がなくなっていく。
(続く)
※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。
(戸次義寛・べっきよしひろ)