一般的な人の感覚を持ち合わせていない。自分大好き過ぎて、自分の好き嫌いが全ての判断基準になっている。興味があるものは何でもやろうとする半面、興味なくなるとすぐ投げ出そうとする。他の人に迷惑がかかろうと、何とも思わないのだ。以前から多少、おかしいとは思うことがあったが、ここまで来ると不思議でしょうがない。
完成しないままさらに日が経ち、8月を迎える。土方さんは怒りの色を隠さなくなる。
「あのな、社長。あんた一人で出来る言うたんやで。出来んモンを出来る言うのは詐欺や。契約違反やで。ウチの社員は何も言わんけど、申し訳ないと思わんのか?」
「……」
「何で勤務中にマッサージなんて行きよるねん。こっちがピリピリしてんの、わからん?」
「……」
社長は正論で問い詰められると、すぐ黙ってしまう。それが余計に土方さんを怒らせる。苦し紛れに出る返事は「やる気がでない」だ。
ここのところ、会議室では連日社長が詰められている。そのせいかわからないが、置いてある観葉植物が枯れ始めている。「幸福の竹」という名の、細い竹が螺旋状に八本、絡み合うことなく綺麗に伸びているのだが、葉が日に日に茶色くなってきている。
休憩室でタバコを吸っていたら、こってり絞られた社長が入ってきた。こういう時は、怒られてばかりじゃ滅入るだろうと多少フォローをしていたが、私自身そういう気にもなれなくなっていた。
「私だってね、給料無しでやっているんですよ。戸次さんなら知っているでしょうけど。ずっと給料振り込まれていないんですよ。それなのに仕事仕事って言われても」
確かに社長には、報酬は出ていない。とはいえ、社長のマンション代や生活費、個人のカード支払いなどは全部会社名義で支払っている。
「何不自由なくカードで買い物しているじゃないですか。その出費額を計算して社員の給料と比較してみてください」
腹が立ったので、きつい口調で返事をする。社長は殆どの出費はカードだし、無駄遣いが減る様子も無い。キャバクラ通いは減ったようだが、それでも度々行っている。懐をゴソゴソしているかと思ったら、取り出したのはミホと書かれたキャバ嬢の名刺だ。
「中国に対抗するために、日本も軍隊を持て!なんて言ったらこの娘にウケましてねえ」社長は嫌な話題をすぐ放り投げて、全く関係ない話に変えてしまう。現実から目を背けているのか、単に根っから能天気なのか。
それ以外に雑費や消耗品費という名目で、毎月社長にはいくらかの現金を渡している。総額にすると社員給与の何倍も使っていることになる。そこだけは社長待遇だ。売上を出している社員が、売上を出せない社長を全員で支えている。なのに「私は給料無しでやっている」といい、すぐキャバクラの話に入ってしまう。
「会社が持ちませんよ、このままじゃ」
私は真剣に一言物申したつもりだったが、
「堀口君がいた頃が懐かしいなあ」
社長は私の返事を聞いているのかどうなのか、そんなことをつぶやいた。
一番社長と仲良かったとはいえ、辞め際に窃盗をしていった人間を懐かしむなんて。個人的に堀口がいなくなった影響は、月末の売上修正の手間が省けて楽になったぐらいのものだ。
(続く)
※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。
(戸次義寛・べっきよしひろ)