「こりゃいよいよアカンよ。戸次君、次の仕事探した方がええ」
仕事後にセントラル社の梅田さんを誘って、尚坂と飲みに行く。連日社内に土方さんの関西弁が響くせいか、尚坂に関西弁の影響がみえる。
「以前も同じ話してましたよね」
「いやもう、今度はどうしようもないワ。俺も社長と長い付き合いだけど、見切りつけるより他無いよ。システムは完成しない」
援助額は一年弱の間に一千万を優に超えている。そのまま借金になったら、銀行の返済もあるうちのような零細企業は、存続できるはずがない。
「社長サンは仕事できない方ナンデスカ?」
梅田さんは日本人男性と結婚して、国籍は日本だが元は中国人だ。真っ黒な長いストレートな髪が、今風ではなく少し前の日本人女性っぽい。中国の田舎育ちで、流暢に日本語を話すものの語尾のイントネーションが少しおかしい。酒に弱いけど日本酒が大好きで、その日も一杯でもう顔が真っ赤だ。
「前からやりたい開発だけしてた人やからね。それを狭い範囲で小規模にやっている分には良かったんだけど」
元々小さい会社だから、社長が好きな開発しかしなくてもやっていけた。小規模に開発して小規模な赤字なら他の社員で穴も埋められた。社長の開発したシステムで利益を出すこともあった。
「前回大コケした開発に大金つぎ込んじゃったからね」
尚坂の言葉に、ため息交じりで私が補足する。あの時も、どうにか止める方法は無かったかな、と考えるが、やはりどうにもならなかった様に思える。意志の弱い社長だが、頭は固い。ワンマン社長を目指したいのかもしれないが、説得力が無いからそれも出来ない。そのわりに妙に人懐っこいところがあり、危ない時に土方さんのような頼れる人を見つけて、運よく世の中を渡っている。
「仕事でお金稼がないで、お金使ってばっかりみたい。変な社長サン」
中国人なら、金を使わずに稼ぐ術を色々知っているんだろうか。何となくそんな気がした。
会社の話をしていると空気が重くなるので、それとなく梅田さんの話題に移った。中国の田舎育ちといっても、日本に留学して日本で就職、結婚するぐらいだから地元では相当裕福な家庭だったらしい。
「私の親、頼むと何でも買ってくれました。日本の大学に入学決まった時は、車買ってもらいマシタ。日本車欲しかったから。結婚したからもういいって言ってるけど、まだ仕送りしてくれマス」
梅田さんは一人っ子政策最初の世代らしい。バーリンホウというやつだ。聞いたことはあったが、本当に欲しいものなんでも買ってもらえる人生なのだろう。自動車免許代が貯められず、仕方無しに中古の原付を買った大学時代を思い出して、少しせつなくなった。
結婚して日本籍になっているとはいえ、元々中国人だから近年は風当たり厳しいんじゃないかと思ったが、日本で結構楽しく暮らしているという。梅田さんは下手な日本人より日本が好きなのだ。古い神社や寺が好きで、ビジュアル系のバンドにやたら詳しい。酔いながら、尖閣は日本の土地!などと尚坂と語り合っている。
それをぼんやり聞きながら、酔った頭で会社のことを考えていた。東京都が寄付金募って、うちの会社に投じてくれないかな。尖閣諸島の小島一つ分の価値もない会社だけど。もう真面目に悩むのが馬鹿らしくなってきた。ああこれから、どうなっちゃうんだろうな。
(続く)
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(戸次義寛・べっきよしひろ)