翌日、出社すると社長の姿が無い。遅刻も多い人なのでさほど気にしないでいると、社長からメールが一通届いている。
「一週間ほど、タイに行ってきます」
仕事が遅れに遅れているのに、一週間のバカンスへ行ってしまった。現実逃避も甚だしい。無駄と思いつつ電話をかけるが、やはり繋がらない。メールも返事がない。
土方さんは猛烈に怒るかと思ったが、逆に笑っている。
「ありえへんわ。しょうもない男やな」
と言って、社長の居ない間に開発ソースを全部引っ張り出して、セントラルの社員で修正作業に着手する。今まで社長一人でやっていたので、大変な手間がかかる。それでも全部書き直すぐらいの事をした方が、まだ完成の見込みが立つと思ったのだろう。それは実質、イーダを切り捨てることを意味する。
イーダ社員は負い目を感じているところもあり、それに協力する始末だ。尚坂などは率先して手伝いをしている。土方さんも、今残っている社員には同情的で、むしろ社長がいなくなったことでようやく協力体制が整ったかのようだ。
「戸次君もな、社長があんなやからやる気も出んと思うけどな、開発はこっち主導でやるからどうにかするわ。君は君の業務を続けといたらええで」
正直な話、開発の負担をセントラル社にまわして、社長以外でこっちの仕事を続けていれば、細々とではあるがやっていける。あれ、社長っていなくても、会社ってやっていけるんじゃないか。円滑に進むじゃないか。そんなことを思った。
一週間後、のこのことタイから社長が帰ってくる。ゾウの置物と、スナック菓子の土産を持って。やけに晴れ晴れとした顔だったので、社内の空気が凍りつく。ハッピーターンのようなスナック菓子には日本語で「どうぞ」と書いてある。
「日本の商品名に英語を使うみたいに、向こうじゃ日本語の商品名が流行っているんですよ」
楽しそうに語る社長を、皆冷淡な目で見ている。このまま事業もどうぞって譲渡するのかな。その顔を見ていたくなかったので、休憩室に入りタバコを吸う。気持ちを落ち着けないと、怒りがわいてくる。
「戸次サン、怒っちゃダメデスヨ」
タバコを吸わないのに梅田さんが入ってきて、私にそう言った。イライラしている様子が顔に出ていたのだろう。梅田さんは仕事では怒ることはないが、プライベートな電話をしている時に、よく大声で攻撃的な口調でしゃべっている。中国人ってやっぱり怒りっぽいのかな、と思うのだが、彼女に言わせるとあれは怒っていないらしい。そんな彼女にたしなめられてしまった。抑えているつもりだったが、ぐっと堪えるのは難しかった。顔に出てしまうから、私はいつも損をしている。
(続く)
※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。
(戸次義寛・べっきよしひろ)