ヤンゴンの夫の実家にいる住み込みのトウン(27歳)という青年は、私の義母の姪孫だ。つまり、義母の兄弟の孫にあたる。
義母は数年前に他界したが、それまで、自分の甥であるトウンの父と、その息子トウンの面倒を見てきた。トウンの父は13人兄弟。彼の実の両親は、多すぎる子どもの面倒を見切れなかった。そこで義母が、お気に入りの甥であるトウンの父の世話をした。その延長で、トウンはヤンゴンの夫の実家に住み、義父と義妹が経営するホームセンターのマネジャーをしている。
以前紹介したとおり(デジタル鹿砦社通信、当シリーズ5参照)、このホームセンターでは、従業員は極めてのんびりと仕事をしている。トウンもその例外ではない。
私がヤンゴンで生活している間、トウンの父から連絡があった。
「トウンを日本に連れて行って欲しい」
日本に行けば、夫のようにヤンゴンの一等地に家を構えるほど稼ぐことができると考えたようだ。当のトウンも、海外生活に、まんざらでもない感じだった。
そこで私と夫は、トウンが日本に滞在できて、彼の将来の役に立つ道を考えた。結果、日本の日本語学校に入学して、2年間語学を学んだ後に、専門学校や大学への進学を考えることが、もっとも妥当な方法ということになった。
私たちは、ある日本語学校に、トウンについて相談に行った。そこで分かったのは、日本語学校による留学生への生活支援があっても、学費や生活費が、年間100万円近くかかることだった。
さらに、来日ビザを得るために、トウンの父か親族が300万円の貯金を用意し、加えて日本で年収500万円ほどの保証人を立てる必要があった。
学生の1日のスケジュールは、朝から午後3時ごろまで授業を受け、その後アルバイトをして、夜遅く寮に帰る。ミャンマー人のトウンは、クラスメートとなる中国人や台湾人など他の留学生に比べて漢字ができないから、アルバイト後も日本語を勉強しなければならないだろう。彼が日本で留学生活を送るとしたら、睡眠時間を削って日本語の勉強をこなし、かつ生活費の足しにアルバイトを続ける必要がある。
このような生活は、ミャンマーでのホームセンター勤務とはまったく異なる。今まで海外に行ったことがなく、ましてミャンマーで夫の実家に守られてきたトウンにとって、想像を絶する多忙な生活と言えるだろう。
けれども、他の留学生も同じ条件で来日しているのだ。日本での生活は厳しいものだと、トウンに覚悟を決めてもらわねばならない。夫はミャンマーの実家に電話し、このことをトウンに伝えるよう言った。
すると、トウンは途端に来日の意欲をなくした。正確に言えば、彼は日本の生活を恐れたのだ。
「日本の生活は、勉強やアルバイトに長時間拘束されるから、精神病になりそう」
というのが、トウンの言い分だった。
さらに、この話を進めていくうちに、トウンの父が息子の留学費を工面する気がないことも判明した。義母が彼らを世話していた延長で、留学費も、夫や夫の家族が出すものと期待していたのだ。しかし年間100万円を親戚一人に出すほど、私たちの生活に余裕はない。
トウンの父は、海外に出たことがない。だから想像できないのだ。在日ミャンマー人が睡眠時間を削り、一日14時間も3K労働に従事して、稼いだ金を祖国の親戚に届けていることが。彼は、ミャンマーのホームセンターでのんびり勤務する感じで、夫が日本で働いていると思っていた。
ミャンマーにとどまっている人と、ミャンマーを出て海外で働く人の間に、考え方の違いが出てくるのは、今に始まった話ではない。ミャンマー政府がパスポート交付で多額の税金納付を要求せず、海外在住のミャンマー人がスムーズに帰国できるようになれば、この違いは埋まってくるかもしれない。海外在住のミャンマー人は、スムーズに帰国できる日を、一日千秋の思いで待っている。
(続く)
(深山沙衣子)
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