明けて9月。夏休み明けの学生が、久しぶりの友人達とはしゃぎながら通学するのを横目に、イーダ社員は憂鬱な面持ちで出社する。
セントラル社の社員は、社長の請け負った開発の殆どを譲渡されていたが、まだイーダ社内に出向している。急ぎ開発を終わらせないといけないため、PC等開発環境を移転させる時間がないのだ。イーダ社員の方が把握している部分もあり、協調体制でやっている。以前より円満な関係になっているとも言える。社長を除いては。
社長だけは肩身狭そうに出社している。昼頃不意に社長から一通のメールが来た。社内にいるんだから直接話せばいいのに。誰にも聞かれたくないのだろうか。
「以前SNSに出した、モバイルゲームを他社に売り込めそうなので、そこの会社の人とアポイント取り付けました。戸次さんも出席してください」
唐突な内容で、理解するのに時間がかかった。この会社を傾けるきっかけともなったモバイルゲーム(手記1及び手記2を参照)を、再度別会社のSNSに展開するというのだ。
この期に及んでまだそんなことを…… 社長はあのゲームに相当の愛着を持っていた。いや、今も持ち続けている。それは構わないが、もう売れないという明白な結果が出ている。その上リリースしてから1年も経っていて、売上にならないまま放ったらかしになっている。再発して売れるなんて、本当に思っているんだろうか。大体会社はそれどころじゃない。潰れるかどうかの瀬戸際なのだ。もはや社長の道楽に付き合っている暇などない。
「それどころじゃないでしょう。引越し先は決めたんですか。今月のカード明細まだ出てないですが、どうなっているんですか。この間話し合ったでしょう。あなたが出費を抑える努力をしないと、経営が成り立たないんですよ。今会社はそれどころじゃないのが、わからないんですか」
直接怒鳴りつけたくなる気持ちをぐっと抑えて、感情を出さぬ様メールで返信した。メールでも抑えきれるものではなかったが、言葉で会話を交わそうものなら、すぐに罵詈雑言が飛び出してしまいそうだった。
「土方さんに謝罪はしましたか。頭を下げれば、もう少し援助しても良いと言っているんですよ。あなたは人を怒らせる以外のことはできないんですか」
土方さんは完全に見捨てたわけじゃない。裏ではイーダ社員に、こう言っているのだ。
「俺もな、面倒見るといった手前、簡単に切りたくはないんや。裏切られたままやけどな。せめて迷惑かけたってことへの謝罪と、開発だけは終わらせるって姿勢をみせれば、まだチャンスを与えてもいいと思ってるんや」
だから社長には何度か進言している。経費をあれもこれも切り詰めて、事務所も遠くに移転、社長も狭い部屋に引越し、カードの使用を抑えるなら、やっていけなくはない。それが出来ないなら、倒産するしかない。でも社長が一度頭下げれば、ワンチャンスあるのだと。
それに対しての返信はなかった。9月の第一週はそうやって終わりを迎えた。
(続く)
※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。
(戸次義継・べっきよしつぐ)