家族の多数派に押し切られて、とにかく墓所に石塔を建てるため、石屋に電話した。
「父親は財産も残さずに亡くなったんです。かっこをつけてもしかたがないので、安いものにしてください」
そう言ったのだが最初に来た見積もりは45万円だった。石塔と言えば、何百万というイメージがあったので、まあ安いほうだろう。
だが、もっと安くはできないのかと言ったら、35万円になった。
文字を彫る費用や、納骨の際の作業代も含まれるという。
これはかなり、納得できる結果であった。
後はとにかく、寺と話さなくてはならない。
妹と弟と待ち合わせて、東横線の綱島駅から、タクシーで行く。
横浜も交通網の発達が著しい。横浜市営地下鉄グリーンラインというのが知らない間に通っていて、寺の近くに高田駅というのができていたのを知ったのは、帰りの時だ。
浄泉寺の入り口には、四角いテントがあった。墓所分譲のためのセールスマンがいる。
寺に入っていくと、住職が迎えてくれて、卓を挟んで向き合った。
「お恥ずかしい話ですが、父は財産も何も残さず亡くなりましたので、お金のかかる戒名というものはいりません。墓にお骨だけ収める、ということはできませんか?」
単刀直入に切り出した。
「あっ、お金がないのね。お金がないのね」住職は独特な抑揚で繰り返す。「それなら、観音塔に入れるという方法がありますよ。それなら、30万円です。うちはあんまり取らないんですよ。そういうので80万円も取るところもありますけどね」
合葬ということだろう。それならば、5万円でやってくれる寺もあるのだが……。
問題なのは、墓所にはすでに、生まれてすぐに亡くなった姉の遺骨が入っている、ということだ。
これを取り出し改葬するということになると、寺とのやっかいなトラブルに発展する可能性がある。できあがっている墓の土台の撤去費用も発生するかもしれない。
寺の観音塔に、姉と父を入れるとすると、2体で60万円ということになる。
すでにある墓所に父を入れるとすると、費用はどうなるのか?
「戒名代は30万円でいいですよ。この前考えたんですよ。歌が好きだったって聞いたから、歌楽って。誠道歌楽信徒ってね」
「歌楽ですか。いいじゃないですか。噺家みたいで」
頭の中でめまぐるしく様々なことを考えていたのに、思わず明るく反応してしまった。
父が落語が好きだったということも伝えてあったのだ。
「ええ、まあ……」
噺家のようだと言われたことは本意ではなかったらしく、住職は口を濁した。
歌が好きだから、「歌楽」。
プロのライターにしてみたら、10秒で考えつく名前だ。
10秒で、30万円。僧侶というのは、すごい商売だ。
(FY)