「俺も行くけど、戸次君も早めにハロワ行ったほうがいいよ。会社が事実上倒産していても、退職がすぐ認められるわけじゃないから」
と尚坂がアドバイスをしてきた。
「どうせ近いうちに辞めようと思ってたし、手間が省けたぐらいに思っておこうよ。今より酷い会社もそう無いだろうし、次はいい会社見つかるよ。未払い給料の代わりにPCの一台ぐらい、もって帰ろうかな。フォトショップもイラストレーターも普通に買うと高いから、貰っちゃうか」
突然堂々と盗み宣言されたのでビックリしたが、責める気持ちは湧かなかった。今のオフィスにいる、パセフィック社から出向している人は、やがて本社に戻るだろう。イーダの社員も後始末が終わればもう出社することもない。近いうちに無人のオフィスになるだけだ。社長が会社の備品を全部把握しているとは思えないし、取りに来るとも思えない。どうせ給料も出ないのだし、補填としてPCの一台ぐらい、いいか。

尚坂は、社長が使っていた大型モニターを貰い、会社近くのコンビニから自宅に宅急便で送った。他に余っているメモリやハードディスクを持ち帰っていた。私は結局何も持ち帰らなかった。道徳的な心情からではなく、夜逃げした会社のものなんてゲンが悪いと思ったからだ。それより、尚坂の楽観的な考え方を少しは見習うべきかな、と思った。

9月も後半になり、謝罪ツアーが一通り落ち着いた頃、ハローワークに向う。「失業状態だけど、離職票も無いんです」と言うと、受付のお姉さんがどういうことですか? と反応を返してくる。
「社長が夜逃げしまして……」
言いかけて思わず吹きだしてしまう。考え方を変えれば、なかなか無い経験だし、笑いが取れる立場にある。自然と笑いがこみ上げてくる。どうにもならない自分を再確認して、笑うしかないの境地に入ったかな。全部ギャグにして知り合いに話したら、絶対爆笑が取れる。まあ、そこまで開き直れるほどの余裕はまだないけれど。

(続く)

※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。

(戸次義継・べっきよしつぐ)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (1)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (2)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (3)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (4)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (5)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (6)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (7)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (8)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (9)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (10)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (11)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (12)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (13)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (14)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (15)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (16)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (17)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (18)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (19)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (20)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (21)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (22)