「ふざけた男やなあ。ホンマ腹立つわ。社会なめきっとるな」
翌日会社に行くと相変わらず土方さんが怒っている。社長失踪以来怒りっぱなしだ。気持ちはわかるが本人の居ないところで怒っていてもしょうがない。自分が怒られているのでなくても、こう毎日毎日怒鳴り声が響いていると、社内の雰囲気は悪くなる一方だ。それに身近な社員に当り散らすので、とりわけ空気の読めない梅田さんはよく標的にされている。それでも仕事での文句は言わない。休憩中になると旦那か友人か、わからないけど電話でヒステリックに騒いでいる。でも怒ってはいないらしい。
「あれじゃなあ。向こうの社員も大変だよ」
尚坂が哀れむような顔でつぶやく。例の開発はセントラル社を中心に続いている。遅れている状態で引き継いだので、土方さんはそれに対するフラストレーションも溜まっているのだろう。しかしあんなに怒ってばかりでは、下で働く人間もしんどいだろう。こういうときこそリーダーシップを発揮してもらいたいところだが。
一方でイーダ社員は、弁護士からの受任通知が、社員宛ではなくセントラル社宛に送られたことに腹を立てている。普通はまず自社社員に説明するのが筋だろう。そりゃ債権額でいえば、安い社員達の給料よりセントラル社一社の方が多い。しかし何の相談も無くいきなり逃げたことや、その後お詫びのメール一つも来ないのだから、残された社員は虚しさばかりが募る。
「俺たちゃ、結局社員って思われてなかったのかもね。手下とか子分とか、そういう感覚だったのかな、社長にとっては」
「自分のやりたい開発だけをやりたいって人だったしね。他の業務で売上を出そうが赤字を埋めようが、どうでもよかったんだよ」
そんな声がちらほら飛ぶ。
とにかく、社長が会社のことを弁護士に委任したのなら、もう社員が会社の後始末をする必要もない。取引先各社に一斉メールを送り、後は全て弁護士が受け持つので、用件はそちらに連絡してください、と投げて終わりだ。私は今まで二度、転職をしている。氷河期世代だから、給料が少なくても待遇が悪くても、会社のためにと無理して働いたこともある。けれどこんな虚しい気持ちで仕事を終えたことはない。
(続く)
※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。
(戸次義継・べっきよしつぐ)