週刊朝日の〝ハシシタ・奴の本性〝の記事で、朝日新聞を謝罪させた日本維新の会の橋下徹大阪市長が、窮地に立った。この問題を、今一度、掘り下げてみたい。
橋下が大阪市役所の記者会見で、5月初めの沖縄訪問の際、米軍司令官に対して、「アメリカ軍に日本の風俗産業の利用を勧めた」と言ったことが問題視されたのが発端だ。
駐米朝日新聞の記者が、アメリカの報道官から橋下発言についてのコメントを引き出し、日本国内にフィードバックされて問題発言として非難された。
何となく朝日のやり方は〝江戸の仇を長崎で討つ〝といった感じがする。
かつて教科書問題でも、文部省の教科書検定が、侵略を進出に書き換えさせていると中国政府に告げ口し、政治問題化させた手口を思い出させる。ネトウヨが、朝日を売国マスコミと呼ぶのも、ある意味頷けるものがあるのだ。
今回の橋下発言に関する報道で滑稽なのは、産経新聞や週刊文春、週刊新潮といった保守系メディアが、朝日に同調して橋下を非難していることだ。産経新聞や文春、新潮は、慰安婦問題では、朝日新聞を批判してきたメディアだったからだ。
戦前の日本の従軍慰安婦制度に道徳上深刻な問題があったのは、少女の事実上の人身売買(前借金による年季奉公)とセットになっていたことだ。産経新聞などが、強制連行はなかったという証拠として出してきた当時の慰安婦募集の新聞広告を見れば、「3千円までの前謝金が可能」とある。戦前の3千円は、今の貨幣価値なら1千万円から3千万に相当する。だいたい1500万円と考えて良い。それだけの大金を投資するのだから、買ってきた少女に逃げられたら、業者は大損する。だから四六時中監視し、脱走を試みた少女は、見せしめに酷い折檻(リンチ)を受けた。今の小学生ぐらいの年齢で売られ、中学を卒業する15歳ぐらいで客を取らされる。性奴隷と呼ばれても致し方ない境遇だった。
産経新聞や稲田朋美議員のような政治家は、こうした戦前の少女の人身売買制度を合法だったかのように強弁しているが、実際は違法だったことは、「紙の爆弾5月号」で指摘した通りだ。法律上は違法だったが、社会に広く蔓延しており、警察が取り締まっていなかったら、何となく合法であったかのように錯覚しているのだ。
その点は、橋下氏も同じだ。5月27日の外国特派員協会での会見で、弁護士時代に売春が行われている飛田新地の料理組合の顧問をしていたことを指摘されると、「違法なら警察が取り締まっているはずだ」と、警察に下駄を預けて逃げている。弁護士資格を持っているのだから、売春防止法の存在は知っているはずだが、警察が取り締まっておらず、堂々と店を構えて営業しているから、違法であるという認識がなかったのかもしれない。
筆者の解釈では、橋下発言の真意は、「レイプ事件を起こすぐらいなら、米兵は日本の風俗産業を利用して欲しい」と言っていただけに過ぎず、日本人の立場からすれば、取り立てて問題となる発言ではなかった。
米軍としても、本音ではこれに同意するはずだ。日本の敗戦直後、占領軍がやってきたら日本の婦女子は片っ端から犯されてしまう、というおそれから、警視庁と内務省の主導で、敗戦直後の1945年8月18日、RAA(recration and amusement association)という占領軍向けの売春施設が大森海岸に開業された。その後、銀座、横浜、横須賀と開業が続いた。それらの施設は、占領軍兵士で賑わった。
だがその後、入国してきたキリスト教牧師や兵士の家族らの声によって、翌年の3月1日、RAAへの兵士の立ち入りはオフリミットとなった。
売春は悪だとするキリスト教文明の社会では、日本以上に、売春に関する本音と建前の落差は大きい。
95年に沖縄の駐留米兵が小学生の少女を集団レイプした事件が起きた時、アメリカ太平洋軍司令官が、「レンタカーを借りる金があるのなら、売春婦を買えたはずだ」という発言を非難されて更迭されている。
だが、彼の言ったことは本音であり、米軍は買春を容認している。
ベトナム戦争時には、ゲートに憲兵が立ち有刺鉄線で囲まれたエリアで、米兵がベトナム人女性相手に買春する施設があった。
1990年から翌年にかけての湾岸戦争が終結した後、米海軍の艦隊はタイのパタヤに寄港した。戦果を挙げた兵士達に、買春のご褒美を上げるためだ。船から街に出て行く兵士達には、コンドームが手渡された。
橋下の言葉に米軍司令官が凍り付いたのは、公の場で本音を突かれたからだ。
これは、米軍に限ったことではない。
日本の自衛隊でも、休日に外出する隊員に、コンドームが配られていた時期があった。
警視庁でも、一般女性と問題を起こすくらいならソープランドに行くようにと、上司は部下に指導していた。
しかし、まさか公の場で、そんなことを明らかにするわけがない。
現在の日本の風俗業では、人身売買で連れてこられた女性は少ない。
手にする高収入と引き替えに、性的サービスという重労働を納得して行っている女性がほとんどだ。
こうしたサービスを利用することは、なんら問題はない。それは米軍も分かっているはずだ。
橋下の問題は、隠しておかなければならない本音を、公の場で口にしてしまうという、政治的センスのなさだが、その後の対応に、この人物の性格が表れている。
特派員協会の会見で橋下は、米軍司令官に風俗の利用を勧めた発言を謝罪した為、「慰安婦を容認していない」と言わざる得なくなった。
一方で旧日本軍の慰安婦制度を肯定した発言に対する謝罪はせずに、「国際司法裁判所等での解決を望む」と述べたに留まり、対応に矛盾があった。
橋下は、自身の不利な生い立ちを克服する為に努力してきた人物であり、その点は評価されるべきだ。しかし、一方で自分の成功の為には、弱者を踏みにじる事も躊躇しないようなところがあり、この人物を嫌う人も多い。
今回、最大の政治生命の危機を迎えた橋下が、この危機を乗り切れるのか。これまで彼を支持してきた選挙民や支援者が、どう判断するのかが、注目されるだろう。
(高田 欽一)