以来、ぱったりと電話は来なくなった。イーダ社員は、社長が夜逃げしたとわかった日から早々に出社しなくなった者、淡々と後始末を続ける者、電話だけしてきて、弁護士の連絡先だけ聞いて後は個人でやりますという者など、様々だ。
会社に来る顔ぶれももう少ない。来る人も週に2、3日だけで、身の回り品の整理ぐらいだ。社内に居るのはセントラル社の人ばかり。ビルのオーナーをどう言いくるめたのか、来月までは居座れるよう交渉したらしい。
「社長も社長やけどあの弁護士も弁護士やで。まったく、ボケ、カス。しばいたろか」
関西弁での悪口は強烈に聞こえるが、向こうの人は軽く口にするらしい。聞きなれていないせいか、こっちはどうも気分が悪くなってくる。その怒りの原因がウチの社長だから、口に出すことは出来ないが。
弁護士から社員に説明がなされないままだったので、こちらから電話をすることにした。
「おたくが代理人を引き受けた、イーダの社員の者なんですが」
「え、あ、はい。イーダの社員さんですね。どういったご用件でしょう」
電話に出た弁護士は4、50歳だろうか。最初ちょっと驚いた様子だったが、すぐに慣れた対応で、丁寧な話し方をする。
「どういった、じゃなくて、なんで取引先に連絡する前に、社員に連絡が来ないんですか」
「あ、はい。それについては確認した上であらためてご連絡を」
「あらためて、じゃなくて。今社員が直々に電話してるんですよ。まず私らに、会社の委任だの、倒産だの話をするべきでしょ?」
「えっと、ですから、社員さんがまだ居るということを確認しますので……」
言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった、どうやら社長は社員が居ることすら、弁護士に伝えていなかったのだ。さらに後日受けた電話では、弁護士には「社員は全員8月末日で解雇した」と伝えていたことがわかった。
「戸次君な、弁護士相手するなら怒らな、いかんで。下手に出ると都合のいい様に進めよるからな」
電話をかける前、土方さんがこんなことを言ってきた。さすがに土方さんのように、二週間も怒りっぱなしではいられないが、一度は怒ったほうがいいとは思った。これから何度も電話することになるだろう。どこかで演技でもいいから、怒りをぶつけてみようと思っていた。
(続く)
※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。
(戸次義継・べっきよしつぐ)