「ちょっと、写真はダメですよ!」
今年3月14日、さいたま地裁の庁舎内にある食堂の前でのこと。筆者が食券の自販機をスマホで撮影していたら、後ろから怒鳴りつけてくる男性の声がした。
「所内は撮影禁止ですよ。書いてあるでしょう」と言う彼は、この食堂の関係者。
「ああ、すみません」と筆者は謝ったが、実際は悪いことをしたと微塵も思っていなかった。彼に言われるまでもなく、筆者も裁判所が敷地内で撮影禁止なのは知っている。しかし、今回はそのルールを踏み越えて撮影せざるをえない正当な事由があったからだ。それは、この食堂で裁判所職員が他の利用者より特別に優遇されている証拠を確保する必要があったという事由である。

役所の食堂の多くは一般来所者も利用できるが、裁判所の食堂もそうだ。筆者も傍聴などで裁判所を訪ねた際は、所内の食堂をよく利用する。しかしこの日、さいたま地裁の食堂の前で食券販売機を見た時は驚いた。すべてのメニューで「一般の方」より50円安い「職員専用」の価格が設定されていたからだ(写真参照)。筆者の知る限り、職員が値段的に優遇された裁判所の食堂は他にない。おそらく裁判所以外の役所を含めてもそんな例は無いのではないだろうか。

「たかだか50円の違いに、何をそんなにこだわっているのだ」と思う人もいるだろう。しかし、この値段の差は、食堂がさいたま地裁職員に50円安く食事させるため、一般の利用者に50円多く払わせているとも解釈できる。職員たちが一日平均30人のペースで年間200日、食堂を利用していたと仮定すると、1年に30万円(50円×30人×200日)も一般の利用者がさいたま地裁職員の食事代を負担している計算になってしまう。
そもそも、食堂を経営する事業者にとって、首都圏の大規模な裁判所の所内に店を構えることは大きなメリットのはずだ(実際、筆者が訪ねた日も食堂は大変繁盛していた)。そんな相手から裁判所の職員たちが金額的に特別な優遇をされること自体が不適切ではないだろうか。

そこで筆者は5月になって、まずは最高裁、次にさいたま地裁という順でこの問題について、取材した。すると、筆者が食券販売機を証拠として撮影してからほどなくして、さいたま地裁の食堂では3月中に職員優遇価格をやめていたことが最高裁への取材でわかった。しかし、職員優遇価格が設定されていた期間は予想よりはるかに長かった。さいたま地裁によると、わかる範囲だけでも平成19年4月1日から今年3月31日までの6年間に渡り、食堂では職員を優遇する価格設定を続けていたという。
この間、職員たちが食堂をどれほど利用したかは「集計をしていないので、わかりません」とのことだった。ただ、少なくとも6年間、この職員優遇価格が続いていたなら、「それくらいならいいかな」と看過するには大きすぎる金額の優遇を職員たちが受けていたことは間違いない。
上の「一日平均30人の職員が年間200日、食堂を利用した」という仮定で計算すると、食堂は6年で180万円も一般利用者に多く払わせ、さいたま地裁の職員たちを金銭的に優遇していたことになる。一日平均の利用が「40人」なら240万円、「50人」なら300万円だ。塵も積もればなんとやら。「たかだが50円」とは決して馬鹿にできないはずである。

筆者は最高裁とさいたま地裁に対し、食堂業者をどのように選定したのかや、職員たちが食堂から特別な優遇を受けていたことを正当だと思うかどうかなども質問した。具体的にどんな質問をし、どんな答えが帰ってきたかは下にまとめたが、この件を「問題がないものと認識しています」としたさいたま地裁の回答は歯切れが悪く、いかにも問題をはぐらかそうとしているような印象を受けるものだった。
実際に取材してみて、筆者自身はこの件を問題がないとはまったく思えなかったので、取材を継続することにした。今後、新たな報告をさせてもらうこともあるだろう。

(片岡健)

【最高裁への質問と回答】
――裁判所内の食堂において、職員専用の値段設定がされている裁判所はさいたま地裁以外にもあるか。
「最高裁判所では、それぞれの裁判所での食堂の値段設定について、把握していない」
――全国の各裁判所では、食堂業務を委託する業者をどのような方法で選定しているのか。
「食堂業務を行わせる場合、公募により事業者の選定を行なっている」
――さいたま地裁の食堂で、職員専用の値段設定がされている事実を把握しているか。
「各裁判所で使用許可している食堂の値段設定については把握しておらず、さいたま地裁についても同様である。ただ、今回このような照会があったので、さいたま地裁に確認したところ、今年の3月までは職員用の値段設定があったが、今年の4月以降はそのような値段設定はなくなっていて、どなたも同じ値段設定になっているということだった」
――さいたま地裁の食堂で職員専用の値段が設定されていることについて、最高裁は正当と考えるか。正当と考える場合、その理由は何か。
「食堂の価格設定については、公募の際に各事業者から値段設定も含めた企画提案がなされるのが通例であり、各庁で企画提案の全体を検討して、事業者を選定し、事業者が提案に沿って営業を行なっているものである。最高裁判所として、正当であるかということを申し上げる立場にない」

【さいたま地裁への質問と回答】
――食堂では、職員専用価格がいつからいつまで設定されていたのか。その間、職員たちはどれほど食堂を利用したのか。
「わかる範囲で平成19年4月1日から平成25年3月31日まで職員専用価格が設定されておりました。職員が利用していたのは間違いありませんが、実際にどれくらい利用したかは集計をしていないので、わかりません」
――食堂業者はどういうことを評価し、選定したのか。選定に価格設定が関係あったか。
「業者の選定に際しては、各事業者から提出を受けた品目、価格設定、衛生管理体制などの企画提案について、各事業者の経営状況、業務実績なども含め、総合的に判断した上で事業者を選定しています。そのため、価格設定だけを理由に選定しているものではありません」
――食堂が職員専用価格を設定していたことについて、さいたま地裁では、正当なことだと認識しているのか。正当なことだと認識しているなら、理由は何か
「業者の選定は価格設定のほか、衛生管理体制なども含めた企画提案について、事業者の経営状況なども含めて、総合的に検討した上で行っており、問題がないものと認識しています」