「弁護士さんね、こっちは離職票も出してもらってないんで、8月で解雇って言われても困るんですよ。失業者にもなれないんだから」
「あ、はい。ですからそちらは急ぎ発行しようと思っております。社長の判断を考慮しまして8月末日の日付で」
「いやだから、我々は9月になってもずっと働いていたんですよ。実は8月でクビになってました、なんて納得できるわけ無いでしょ」
「ですけれど、退職日が早い日付になれば、失業給付の認定日も早まるんですよ」
一瞬、考える間を取ってしまった。弁護士というものは、どうものらりくらりと会話をする。確かに、離職日を8月末ですぐ離職票が発行されれば、即日ハローワークで失業申請をして、7日の待機期間後に給付認定が出される。給料の支払いが絶望的な今、生活のためにも一日でも早く失業給付は欲しい。
しかし、それを認めてしまうと、9月に会社でしたことは全て無駄だったということになる。月初めは通常業務を行っていた。社長が消えてからは、嵐のような毎日だ。言うまでもなく社長のせいだし、会社のために四苦八苦してきた。それを全て、無かったことにしろというのか。
「返事は急ぎませんので、離職票の件は、じっくり考えて結論ください」
こっちの「考えた間」を読み取った弁護士は、そういってそそくさと電話を切った。一息ついて、落ち着いて考えてみても8月末解雇は認めがたい。
「8月末で解雇したことにすれば、9月に社員が働いた分は請求されないって考えてるんだろうね」
隣で聞いていた尚坂が言う。同感だ。支払われる可能性が殆ど無いにしても、労働した分の賃金を要求するのは当然の権利だ。曖昧な返事をしてしまえばそれこそ社長の思う壺だろう。
その、もはや二度と連絡が取れることはないと思っていた社長から、行方がわからなくなってから初めてのメールが届いた。弁護士に委任したのに今更、何の用だ? アドレスは、いかにも捨てアドを取りましたといわんばかりの、無意味なアルファベットが羅列したヤフーメールだ。
(続く)
※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。
(戸次義継・べっきよしつぐ)