この5月で、スタートして4年になった裁判員裁判。テレビや新聞はまったく報じていないが、4年もやっていれば、その間に当然、冤罪も色々生まれている。そして先日、また新たに1件、裁判員裁判で宣告された冤罪判決が確定した。
その冤罪被害者の名は、江村智(さとる)さん(54)。広島県福山市で家族と暮らし、トラック運転手をしていた江村さんは、2010年の1月2日に口論となった知人男性を刺殺したとして殺人罪に問われ、無実を訴えながら昨年6月1日、広島地裁の裁判員裁判で懲役12年の判決を宣告された。その後も無罪を求めて最高裁まで争ったが、今年4月8日付けで上告棄却、この決定に対する異議の申立ても同26日に退けられ、冤罪判決が確定したのだ。
この事件は正月に江村さん宅で酒を飲んでいた江村さんやその家族、友人らと、やはり自宅で酒を飲んでいた被害者が電話で口論になったのがきっかけで起きた。口論の後、江村さんらが被害者宅に押しかけたのだが、江村さんはその際、サバイバルナイフを持参した。体が大きい被害者が暴力をふるってきたらかなわないという思いがあり、その場合はナイフで被害者を威嚇しようと思っていたのだ。そのナイフが混乱した現場で、前後不覚になるほど酔っていた江村さんの娘婿の手に渡り、悲劇は起きた。それが事件の真相である。
しかし、酒のせいで自分が何をしたかを一切覚えていない娘婿をはじめ、当事者たちはみんな酒に酔っていた。そのため、情報が錯綜。捜査の結果、江村さんが最初に1回、次に娘婿が3回、同じナイフで被害者の体を刺して殺害したという不可解な筋書きで2人は起訴された。娘婿は一足早く懲役6年の判決が確定しているが、懲役が江村さんよりずいぶん短いのは、彼が刺した傷だと裁判で認定されたのが腹の1ヶ所にとどまり、その傷と被害者の死の因果関係が認められなかったことによる。彼には、殺人未遂罪と傷害致死罪が適用されたのだ。
さて、以上のような経緯を見ると、被害者宅にナイフを持参した江村さんにも落ち度があったように感じる人もいるだろう。筆者もそう思う。ただ、それは無関係の第三者に言われるまでもなく、江村さん本人が強く感じていることだ。控訴審で二度目の有罪判決を受けた直後に広島拘置所で面会した際、江村さんは判決への失望を口にする一方で、自分が現場にナイフを持参したために被害者が亡くなり、娘婿が服役の身になったことを心底悔いていた。批判を免れない点はあるにしても、「ナイフを持参したあなたの責任は重大だから、やっていなくても殺人罪の責任もとるべきだ」などということを筆者は江村さんに対し、とても言えない。読者はどうだろうか?
そもそも、江村さんが有罪とされた証拠は事実上、捜査段階の一時的な自白だけで、その自白も内容的に不自然なものだった。しかも、江村さんが自白に陥るまでには、一緒に現場にいた江村さんの奥さんや知人夫婦まで追加で逮捕されるなど、警察がずいぶん荒っぽいことをやっている。さらにこの事件では、弁護側が214枚に及ぶ警察の取調べメモを開示させることに成功し、取調官が偽計同然の言葉を次々に浴びせかけて江村さんを虚偽自白に追い込んだ経緯が公判で詳細に明らかにされている。この事件に関する詳しい話は以前、「冤罪File」という雑誌(http://enzaifile.com/publist/shosai/18.html)にまとめたが、ともかく捜査や裁判に問題が多い事件であることに間違いはない。
筆者が江村さんと最後に広島拘置所で面会した際、江村さんは再審請求をするつもりだと語っていた。今後何か動きがあれば、続報をお伝えしたい。
(片岡健)
★写真は、このほど確定した冤罪判決を生んだ裁判員裁判が開かれた広島地裁