その後の榛野氏とのメールもおかしな部分はあった。
『両作品とも若い方が書いている感じがしました。出版にあたり、お互いを守る為のお約束事などを話さなきゃいけないと思っています。簡単に言うと契約ですね』
このメールを読み、芳川氏は私の個人情報を一切話していないのだと思った。確かに作品の主人公はどちらも若い。そして、直してはいるが書いた時期は3年ほど前のものだ。だが、それだけで相手の年齢を決めつけている感じがした。
私のことをいくつぐらいだと思っているのだろう。確かに私は20代後半なので、若い方だとは思う。
とはいえ『お互いを守る約束事などを話さなきゃいけない』というような言い方は、10代……いや小学生に話すような物言いだ。そこまで稚拙な作品であったのかと当時はショックを受けた。『契約書に承諾頂いてからの販売となります』だけで良いのではないだろうか? とも思ったものだ。だが、榛野氏に本を読む能力など全く無いことは少しずつ分かってくること。若い子を描けば若い人が書いているぐらいにしか思って居ないのかもしれない。
自分で言うのもおかしいが面白くもない作品を褒めちぎり、子どもに話すような喋り方をする。これは、若く、世の中を知らない人間を騙そうとするのに必死な人間のやり方のように思える。ここで断ってしまおうかと、また悩んでしまう。思い返すと榛野氏と仕事を始める前に何度も辞めるチャンスはあった。それなのに逃し続けている。やはり、小説を多くの人に読んでもらいたいという弱みが心のどこかに合ったからだろう。
だが、その後はやりとりをしていくうちに、榛野氏はきちんとしたメールを送ってきた『契約書自体は、現在弊社顧問弁護士と最終調整段階に入っていますので2月には書面が出来上がりますが、とりえず方向だけお話しができたらと思います。
また、ご都合の良い日時を2~3頂けると助かります』というメールが来たのだ。とうとう榛野氏と会うことになる。とはいえ、まだこの時点では芳川氏からkindle出版の話を頂いて一週間目の出来事だ。他のライティングの仕事も忙しかったこともあり、そこまで深く考えていたと言えば嘘になる。ただ、芳川氏関連の仕事は慎重に行わないと外れくじを引いてしまう可能性も高い。それだけには、慎重になっていた。
そして最後に『加えて、現在持っている作品で電子出版しても良いと思う作品を読ませて頂けないでしょうか?』という一文も付けられていた。
この一文で自費出版の可能性はますます高くなる。しかし、電子書籍の自費出版などは聞いたことがなかった。そんな商売儲かるのだろうか? などと、考えていたが自費出版であったならば断われば良い。小説を書いていれば、自費出版の話が巡ってくることはよくある。これまでも何度か自費出版の話は断ってきた。向こうもこっちが強気に出れば、特に問題はなく引き下がってくれる。自費出版ならばことはややこしくならなかったのだ。
ややこしくなったのは『個人出版』だからである。この段階で『個人出版』という言葉は芳川氏からも、榛野氏からも一切出てきていない。多分『個人出版』という言葉を嫌ったのだ。『個人出版』という言葉を調べられ、断られるのが嫌だったのだろう。
(但野仁・ただのじん)
電子書籍による個人出版はどうなんだ!? 企業と揉めたライター奮戦記 1
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