公園を出ようというところで電話が鳴る。弁護士事務所の事務の女性だ。
「離職票を発行するにあたりまして、先に解雇通知をお送りします。住所は××市でよろしいですか?」
「いやよろしくないよ。解雇の日付はまだ決まってないんだから。いつの日付で通知出そうとしているんですか。8月末なんて認めませんよ」
「でも、8月末で決まったとのお話でしたが」
「決まってないって言ってるの。会社と社員の合意がなければ、解雇は出来ないはずでしょう。私も、他の社員も8月末に辞めていないんだから」
「既に合意されている方もいらっしゃいまして……」
社長が逃げて早々、会社に来なくなった社員が数名、8月末で合意して解雇通知を受けたという。複雑な感情が湧いてくる。何故そんな簡単に、労働対価を放棄するのか。どうせ支払われないと思って、早めに失業給付を受け取ることを選んだのか。それとも既に、どこかのツテを頼って再就職でも決まって、さっさと縁を切ることにしたのか。
そういった人達を批難するつもりはない。誰だって生活が第一だし、面倒ごとは御免だ。支払われる可能性の薄い給与なんかどうでもいい。それより次の仕事をどうにかするのが先決だ。家庭を持っていたら尚更、そう思うことだろう。
私は世渡りが下手だ。頭も固い。わずかな給与分だとしても、簡単に放棄する気にはなれない。私の意思一つで困る家族もいない。
「他の人間が合意しても、私は合意してません。8月末の日付で送らないでください。送ってきても、受け取りません。ちゃんと弁護士に確認してから電話してください」
事務員は再度確認しますといって電話を切った。なんか、解雇の日付だの、労働対価の請求だの、そんなことにこだわる自分が小物に思えてきた。面倒な問題はさっさと切ってすぐ新しい生活を探す方が、懐が深いというか、男らしいというか。それがいいとは思う。無駄にストレスの原因を増やす必要もない。思えば9月に入ってから行った、システム停止の作業も得意先謝罪ツアーもやる必要のない仕事だった。抱える必要のないストレスだったのだ。
(続く)
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(戸次義継・べっきよしつぐ)