この老人は、騒ぎ立てれば自分の思うように判決が変わると信じていた。そう信じる根拠とは、光市の本村氏が実現したじゃないか、ということだった。そして「本村氏を見習う」と権力に迎合する発言をはじめ、裁判所前の演説では日本の核武装まで主張した。
そして、裁判所前でいつものように不満と怒りの声をあげているとき、冤罪事件の被告人が、自分の無実と公正な裁判を訴えに来たら、それを妨害したのだ。よく、裁判所前では、裁判の当時者が情宣活動をする。これを保釈中の被告が一生懸命にやっていると、老人はハンドスピーカーで「あきらめろ」とか「バーカ」などと罵声を浴びせた。そのとき老人はニタニタとした嘲笑の表情であった。
この場面にたまたま出くわしたので、どうしてそんなひどいことをするのかと咎めたら、老人は大笑いしたのだ。その後、この老人は、その男性の裁判で検察側証人となり、被害者から詳しい話を聞いたと証言した。この証言は、ただでさえ又聞きの内容だから信用性は乏しいが、そのうえ客観的事実を淡々と話すのではなく、なんとしてでも有罪にしようと腐心して装飾したような話だった。これでは客観性が皆無であり、裁判官も到底信用できないと判断し無罪判決となった。老人の権力すりよりは失敗に終わった。
そんなことがあったので、後に老人が裁判所の警備員ともめるなど騒動を繰り返し起こしたあげく逮捕・起訴されると、その裁判に、元刑事被告人の男性は興味をもって傍聴に来た。これに気づいた被告席の老人は、面白くないので傍聴席に向かって「あいつは犯罪者だ」と指差し怒鳴った。そう言われた方も怒り「その疑いをかけられたが、そんなことはなかったからと私は無罪になり判決確定した。なのに、人が大勢いるところでそんなことを言うなんて名誉毀損だ」と言い返した。すると老人はまた怒鳴った。「お前は逮捕されて起訴されたんだ」
自分が今まさに身を置いている場が何か、この老人はまったく理解していない。居合わせた人たちはみんな呆れていた。このとき傍聴した人たちも、笑い話として語っている。
この老人は他にも、自分が逮捕された時の体験を通行人に語っていたとき、「留置場にいた連中は俺以外みんな出来損ないのクズばかりだった。あんな連中は生かしておいても世の中の役に立たない。本人だってどうせ更正も社会復帰も出来ないんだ。殺した方が社会のためだし、殺してやった方が本人のためだ。未成年者でも微罪でも冤罪でも、死刑をどんどんやるべきなんだ」とうそぶいた。
「そんな考えでは、あなただって権力に勝手なことされても文句言えませんね」と指摘された。すると「俺だけは特別なんだ」と怒鳴った。
また、「ルミネ・テナント問題」のような大資本の横暴で追い出される店の話が出た時にも「店子を追い出すのはビル経営者の勝手だ。持ち主には借り手を追い出す権利がある」と言う。では、自分がかつて借地を追い出されたことには、どうして文句を言うのか。しかも勝手に工事をしたから契約違反に問われたのではないか、と指摘した。
すると「俺だけは特別なんだ。特別な俺を敗訴させたから裁判所はデタラメなんだ」と大まじめに言ったのだった。
(井上 静)