翌日は最後の大掃除と決めた日で、昼に一応会社に顔を出し、その後尚坂と弁護士の対応を考えようと言っていた。
家を出る直前に郵便配達員が内容証明便をもってくる。裏を見ると弁護士事務所の名前が書いてある。内容証明は受け取る時にサインをしなければならない。サインをすれば受け取った記録が残り、弁護士事務所も把握できる。そうしたら、勝手に了承済として話を進めてくるかもしれない。
「これは受け取れません。返送してください」
配達員はアッサリと了解でーすと言って帰っていった。
電車に乗っている間ずっとイライラしていていた。弁護士事務所は勝手な日付で、解雇通知を送ってきたに違いない。会社に着くと尚坂は既に来ていて、呑気にコーヒーを飲んでいる。セントラル社の人も、もはやイーダのことなど関係なしといった様子でせかせか働いている。自分の席に座るなり、弁護士に電話をする。
「今日、内容証明が届いたんだけど」
「ええ、先日お話した解雇のことで、早めにお出ししようと」
「何で送ってくるんだ。まだ解雇の合意なんてしてないだろう」
「ですからお話した日付で」
「お話した日付っていつだよ」
「ですから先日」
「いつだって言ってるんだ!」
社内が静かになる。
「9月に発行した書類も、メールもシステム履歴も残ってるんだよ。これ全部持って、お前んとこ行ったろうか? それとも労基署に出せってか? いい加減にしろ」
「……」
「大体、先日社長からメール来てんだよ。売掛買掛リスト作れって、どうせあんたの指示だろ? 仕事させようって書いてんだから、自らまだ勤務しているのを認めてるってことだろ」
突然大声で怒鳴り散らしたからか、弁護士は消え入りそうな声で、確認します、と言って電話を切った。ああ、演技で怒る必要もなかった。
カッカして喫煙所にいると、タバコを吸わない梅田さんが入ってきた。
「怒っちゃダメデスヨー」
またたしなめられてしまった。あなたこそ、よくヒステリックに騒いでいるのに。怒ってないって言い張っているけれど。気持ちを落ち着かせて、のつもりだろう、手だけを腰のあたりから垂直に伸ばして、下げるモーションをする。ヒゲダンスみたいなポーズだ。
そういえばこんなに怒ったのはいつ以来だろう。10年は無かったような。気は短いが本気で怒ることなんて殆どない。この9月だけで怒ったり、苦笑いがこみ上げてきたり、酷く落ち込んだり。私はこんなにも感情豊かだったんだ。人間らしいじゃないか、随分。
しかし感情を露にすると、疲れる。
(続く)
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(戸次義継・べっきよしつぐ)