和歌山毒物カレー事件で殺人罪に問われ、死刑囚となり再審請求中の林眞須美さんが、私を訴えてきたのは、昨年の10月のことだった。
さる6月18日、林さんからの訴えは休止満了=取り下げになったと、神戸地裁尼崎支部から連絡があった。
私は、著作『女性死刑囚』(鹿砦社)で、林さんは、和歌山毒物カレー事件での殺人、夫の林健治さんらへの殺人未遂について、無実であると書いた。
林さんの主張する冤罪を支持し、再審が行われるべきだと主張する内容であり、なぜ訴えられたのか不思議だった。

訴状を読むと、無実であるのに『女性死刑囚』というタイトルの本の中に入れられたこと、保険金詐欺は行っていた、と書かれたことが不服のようだ。
私自身も林さんの無実を確信しているが、最高裁判所で死刑判決を受け、法的に確定死刑囚であることは事実である。
そして、夫の林健治さんへの取材や、公判資料、報道資料などから、林さん夫婦が保険金詐欺は行っていたこともまた確信した。
これを答弁書に記し、裁判所に提出した。

このやりとりをしている間の、昨年10月30日、神戸地裁尼崎支部より事務連絡がある。
当事者の出頭なしに書面による準備手続きをすることについて、意見を求める、というものだった。
当然、私自身も出廷し、林さんにも出廷してもらい、裁判を進めてほしいと考えた。
そこで、「異議があります」にチェックを入れて返信した。
すると尼崎支部から電話がある。
他の重要事件での証人などならともかく、自身が訴えた民事裁判で、確定死刑囚が出廷することはあり得ない、とのことだ。
意見書では、「異議はありません」「異議があります」の二択になっているのに、「異議はありません」しか選べないのだ。
それならなぜ、意見など求めるのか。
何ともおかしな話だが、話が進まないので、しかたなく承諾する。

11月14日の日付で、林さんから準備書面が届く。
そこには同様の内容の繰り返しに含めて、証拠として『女性死刑囚』を提出するように、私に求める内容が含まれていた。
これに関してはなんと、尼崎支部からも連絡があり、提出するようにお願いされる。
だが、これは断った。そもそもそれは原告が提出すべきものだ。書面を読んでいると林さんは『女性死刑囚』を読んでいないのではないかと見える部分もある。それだと虚偽告訴になる。

林さんは、自分に話を聞かずに原稿を書いたことにも不満があるようだ。
だが、私が原稿にとりかかった時に、すでに彼女は確定死刑囚であり、面会は家族や弁護人に限定されていて、会いたくてもそれは不可能だった。
そしてそもそも、ある人物について書く時に、その相手に取材し承諾を得なければならない、という法はない。

そんなやりとりを書面で交わしていると、今年の4月、尼崎支部から電話がある。
「裁判の期日を指定しますが、出廷なさいますか」書記官が訊く。
「もちろん出廷しますよ。それで、林さんは出廷するんですか?」私は訊き返す。
「彼女は出廷できません。前にもご説明した通り……」
「そうすると、どうなるんですか?」
「林さんの提出した書面を読み上げ、それに対して答えていただくということになります」
「ふーむ……。林さんが出てこないんじゃ、あまり意味がないな」私は呟いた。
「本当に、出廷なさいますか?」書記官が念を押す。
「私が出廷しないとどうなるんですか?」
「自動的に打ち切りになります」
「え!? それじゃ、普通に考えれば、出廷しないほうがいいということになりませんか?」
「ええ、まあ、そうですけど、出廷なさってももちろんかまいません」
「出廷しないことで、私に不利益はないんですか?」
「それは、ございません」
このおかしな成り行きに途惑い、確かめるために、同じようなやりとりを繰り返す。
「それじゃあ、出廷しません。それは文書で提出するんですか?」
「いえ、口頭でけっこうです」
「それじゃあ、今ここで言えばいいんですね。出廷しません」
「それでは、正式に打ち切りになりましたら、ご連絡差し上げます」
書記官は、ホッとしたような口ぶりになっている。
要するに、裁判所としてもこの案件は取り扱いたくなく、「出廷しない」と言ってもらいたかったのだ。
そして6月18日、打ち切りの連絡が来た。
9カ月ほどもハラハラしたわりには、あっけない終結であった。

その後、林さんの支援誌である「あおぞら通信」が送られてきた。
「林眞須美さんより依頼されて支援通信送らせていただきました」と支援者の方の添え書きがあった。
15年にも及ぶ獄中生活で、面会はもちろん、外部との手紙のやりとりも制限されている。
訴えるということが、林さんにとっては、外部との関わりを確かめる唯一の手段だったのかもしれない。
林さんの再審が始まり、一日も早く無罪が勝ち取られることを、改めて祈りたい。

(深笛義也)