ホットメールアドレスで「goo」を使っていたことがある。4月からあまり使っていなくてついうっかり見逃していたが、4月にgoo事務局は、1万人の個人情報流出をやらかしたらしい。何度も「パスワードを変更してください。もし変更がなされない場合は、こちらで自動的にロックをおかけします」とやや慌てたメールが二、三度入っている。こちらは、goo事務局に要求されるままに住んでいる場所も、携帯の番号も提供したのである。事務局に問い合わせると「これ以上、情報が漏れない措置はとらせていただいています」と機械的な答えが返ってきた。
今どき、フェイスブックもグーグルも個人情報を売買していることは、十分に疑われる。
「今、誰がどんなサイトを見て、誰と誰がメールをしているかは比較的、判明させやすいのです。なんでしたら、メールアドレスだけ頂ければ、その人の履歴も割り出せますよ」
と情報産業会社に勤める知人は言う。
試しに一度、どこかの転職キャリアサイトに登録してみるといい。頼みもしないのに、ありとあらゆる転職サイトから案内のメールが来る。
「これはもう、監視社会ではないか。パソコンの前にいるかぎり、誰かに見張られているのと同じことだよ」とライターの友人は嘆く。
10年ほど前は、これだけネットが発達していなかったから、ウィルスが発生してもすぐに発生源が特定でき、ワクチンで対処できた。だが、今、これだけ悪意のあるウィルスがはびこり、人のパソコンネットワークに侵入して、必要な情報だけ抜き出してくるソフトが開発されたとなると、もはや技術戦争である。
警視庁のサイバー犯罪対策課では、IT技術者を民間雇用して、ハッキングや情報盗用に対応するようになった。これとて、世界標準から見れば、10年遅れている。今や犯罪捜査にメール解析が必要なのは自明の理だ。
そもそも、いつから人は「つながっていなくてはならない」シロモノとなったのだろう。
3.11の震災以降、「ひとつになろう」「つながろう」が呪文のように連呼された。冗談ではない。ひとつになんか、ならなくていい。私はあなたとはちがう一個の人間で、つながりたいときには自ら手を伸ばす。
つながって日本はどうなったのか。せわしなく、ラインを、フェイスブックを、ツイッターを、SNSをチェックする必要に迫られてせかせかしているのではないだろうか。ここらで本当に「つながる意味」を考えてはいかがだろうか。
(鹿砦丸)