しばらく職探しをしていたが、中々見つからずにいた。

そこへ、仕事で縁あった会社から連絡があり
「行くところがないならうちへ来い」
と誘われて、働くことになった。社員ではない、外部委託というかたちで。

恩義を感じて必死に働いてはいるが、所詮は外部委託。保険も何もない固定給の仕事。残業代も休出手当ても何もない、不安定な立場だ。しかし贅沢は言える状況じゃない。一度レールから脱線してしまうと、待遇の良い仕事にありつくのは困難だ。だから今、こんなにも派遣やフリーターが多い。

あの職場にいた人間が今何をしているか、あまり分からない。尚坂はセントラル社に拾われて働いている。尚坂の話では、土方さんの怒号が日増しに強くなっていき、社員の入れ替わりが激しいようだ。梅田さんも辞めてしまったとか。ただ資金力だけはある会社なので、当分は大丈夫だろう。イーダの負債を最も抱えたにも拘らず、資金面では苦労していないという。どこからそんなにお金が出てくるのだろう。

後は殆ど風の噂の類になる。小部は別のゲーム会社に流れ着いて働いているらしい。世渡りは上手い人だから、この先も何社も渡り歩いていくのではないか。堀辺はイーダで親しくしていた取引先に転職した。業界では知られているヤクザな会社だ。分相応なところに落ち着くものだと思った。それを言ったら、私自身の境遇も分相応ということか。タカコのことは全くわからない。本当に妊娠していたかもわからない。またどこかでキャバ嬢をやっているのかもしれない。オフィスワークはもうやっていない、というか出来ないだろう。

社長もまったく消息不明だ。もう会うことはないだろうし、会いたくもないが。もし偶然にも会うことがあったら、私は何を言うだろう。何もかも放って逃げたことへの愚痴でも言うだろうか。それとも感情が抑えきれず手が出てしまうか。どうでもいいと、冷めた視線を送るだけか。

今更何もどうにもならない。もう恨みつらみもない。だからせめてこの面倒な経験を、このような場所で手記を残す。今の時代、起業するのは簡単だ。あの社長のような人でも起業できる。しかしこの不況下、多くのベンチャーや小規模会社がどんどん潰れている。もし同じような境遇の方が居たら、読んで頂いて心の慰みにでもなればと思う。それから私自身が忘れないように、書き残しておきたい。

(終)

※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。

(戸次義継・べっきよしつぐ)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (1)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (2)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (3)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (4)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (5)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (6)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (7)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (8)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (9)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (10)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (11)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (12)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (13)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (14)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (15)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (16)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (17)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (18)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (19)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (20)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (21)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (22)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (23)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (24)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (25)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (26)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (27)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (28)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (29)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (30)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (31)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (32)

社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (33)