最近やたらブラック企業という言葉が多用されている。「定着しつつある言葉」なんて表現されていて、流行語大賞でも狙っているのかと思ってしまう。和民の事件が明るみに出て、元社長の渡邉氏が出馬するあたりからクローズアップされた感があるが、20代から30代の世代にはとっくに認知されていた言葉だ。働く30代は特に、ブラック企業のもっとも餌食にされている世代だからだ。
ブラック企業の明確な基準はないが、長時間にわたる残業、サービス残業、休日出勤が当たり前、給料が少なく昇給も望めない、上司や経営者側が威圧的であったりパワハラが多いなど、まともに働いていたら心身のどちらかが壊れてしまうような会社を指す。労働基準法に照らし合わせたら、違法行為が多々見つかるような職場だ。
バブル崩壊後、就職氷河期に新卒を迎えた現在30代中盤の人達は、入社当初から厳しい目に遭ってきた。「不景気なんだから本来人を雇う余裕なんてないんだ」「給料を貰うからには死ぬ気で働け」「お前の代わりなんていくらでもいるんだ」こんな言葉を浴びせられながら、安い給料で猛烈に働かされた人は多い。就職難はピークを迎え、大量の非正規雇用が生まれた世代でもある。その上大量の派遣切りの目に晒される。正社員にありつけた人は「非正規雇用よりマシ」と、その座から転げ落ちないようにと身体に鞭打って働いた。
しかしそういった思いに付け込むかのように、重労働が科せられる。上に挙げたように長時間のサービス残業を続け、いつでも首にできると脅されながら昇給もなく日々罵倒されながら文字通り死ぬ気で働いてきた。働けど働けど、楽になるどころか不況が長引くにつれて苛烈さを増していく。この世代から、いつしかブラック企業という言葉が生れたのだ。
競争力の弱い中小企業はそんな労働力に支えられてきた。勿論、不況が長引けば中小企業ほど経営は苦しくなる。そんな余裕のない経営が徐々にブラックになっていったという経緯はある。しかし氷河期真っ只中に就職した今の30代以下に不況の責任などない。上の失敗のツケを押し付けられているだけだ。バブル期に稼いだ金はどこへやってしまったのか。無駄に散財したのならば、責任を取るべきは若い労働者ではない。
ブラック企業と判っていても、辞められない理由がある。一度正社員のルートから外れて非正規雇用になってしまったら、挽回するチャンスは激減する。新卒で優良企業に勤められた一部の人以外は、最初からハンデを背負ってしまっているのだ。逆に、ブラック企業なら非正規からでも転職は比較的しやすい。彼らにとって、ブラック企業であろうと正社員のルートに乗らなければ、挽回するのは大変困難だ。だからどんなに過酷な労働環境でも、飛び込んでいく人は多い。使い捨てにされると判っていながら。
安い賃金で長時間働かせ、次から次へと社員を使い捨てれば、企業は目先の延命はできるだろう。しかし彼らにまともな技能が身に付くとも思えず、生活水準も常に低いままだ。そんな人達がこれからも増え続けるとしたら、人的資源は枯渇し、消費は減り続けるだろう。彼らがいずれ働けなくなり、大量の失業者、自殺者、精神病者と変貌してしまったら、この国の未来に夢を見る人などいなくなってしまうだろう。
(戸次義継)