「50円のハガキに、ワシの主張をブチまけた。インパクトのある上告趣意書を作成して、最高裁に送りつけてやった(笑)。上告棄却するのが自分達の仕事だと勘違いしている腐った判事どもに、貴重な切手や便せんや封筒を使うのはもったいないでえ――!! ハハハハハハハ――――――!!」
最近、死刑や無期懲役の判決を受けるような重大事件を起こした犯人たちに色々話を聞いてみたくなり、全国あちらこちらの拘置所や刑務所に手紙を書いたり、面会に訪ねたりしている。これは、そうやって知り合った1人であるマツダ工場暴走殺傷事件の犯人、引寺利明氏(45)が世間の人たちに伝えて欲しいと筆者に託したメッセージだ。
引寺氏は2010年6月、期間工として勤めたことがある広島市南区のマツダ本社工場に自動車で突入して場内を暴走し、社員12人をはね、うち1人を死亡させた。逃走後、すぐに自ら110番通報して犯人だと名乗り出て、逮捕されたが、犯行に至った経緯について、「マツダで働いていたころに他の社員らにロッカーを荒らされ、自宅に侵入される集スト(集団ストーカー)に遭った」などと主張。精神鑑定を経て起訴され、第一審の裁判員裁判では責任能力の有無が争点になったが、妄想性障害と認定されながら責任能力を認められて無期懲役判決をうけた。そして控訴審でもこの判決が是認され、現在は最高裁に上告中である。
筆者がそんな引寺氏と勾留先の広島拘置所で面会するようになったのは控訴審段階になってからのことだ。公判中に法廷で不規則発言を繰り返していることなどが報じられていた引寺氏だが、いざ会ってみると、とくに感情の起伏が激しいわけでもなく、普通に会話ができる人物だった。冒頭で紹介したメッセージを見て、異常性を感じた人もいるだろうが、これは引寺氏にとって演出の意味合いが強い。引寺氏が事前にメッセージを書いておいた紙を面会室のアクリル板越しに見せてきて、「片岡さん、“ハハハハハハハ――!!”まで、ちゃんと書いてね。ビックリマークは2つよ」と一字一句たがわずにメモすることを求めてくるのを筆者が実際にそのまま書き写し、ここに掲載しているのである。
そんな引寺氏は筆者が面会に通い始めた当初、警察もマツダも存在を否定する「集ストグループ」を調べて欲しいと切々と訴えてきて、その取材になかなか動かない筆者にいらだちを見せることもあった。が、そのうちに「片岡さんは集ストの話、信じてくれとらんのじゃろう」などと言うようになり、今では筆者に「集ストグループ」の話はあまりしなくなっている。ただ、それでも筆者のことを完全には見限っていないようで、筆者が面会に訪ねられない日が続くと、「話したいことがありますので、早急に面会をお願いします」とハガキが届く。それで、どんな話があるのかと思って面会に訪ねると、たいていはとりとめのない話で、あとは雑誌やフリーペーパーの差し入れを頼まれて、「片岡さん、また来週来てね」とか「これからは二週間に一回来てね」などと言われつつ、「なるべくそうします」などと答えて帰るというのがパターンだ。それが筆者と引寺氏の関係の現状である。
筆者が元々、引寺氏を取材したいと思った動機の1つは、引寺氏と同じように重大事件の犯人が「誰々に監視されていた」とか、「誰々に嫌がらせをうけていた」などと訴えているという例を報道などで目にする機会が増えていたことだった。この不穏な現象について、引寺氏を入口に調べてみたいと思ったのだ。いざ引寺氏に会い、話を聞いてみると、引寺氏1人を理解するのもなかなか大変で、思うように取材が進んでいないのだが、それは逆に言うと、引寺氏という人物1人とってもまだまだ掘り下げて考察してみる価値があるということだ。世間一般には反感を持たれそうな言動の多い人物だが、同種事件の再発防止策を考えるためにも資する情報だと思うので、今後も当欄では引寺氏本人の声を伝えていきたいと思っている。
(片岡健)
★写真は、筆者に面会や差し入れを求める引寺氏からのハガキ