WEB記事の対談で、元マイクロソフト日本法人社長の成毛眞氏が「知的な人間は漫画なんて読まないよ」と発言したことで、ネット上で批判が相次いでいる。私自身時代錯誤な考えだと思ったが、成毛氏の記事を読んでいるとどうもそうではない。「役に立った本ランキング」を年収別に分けて、年収500万台の人達のランキングに漫画が入っていることについて述べたものだ。漫画と発言したものの、ファンタジー、エンタメ本が多いことを成毛氏は指摘している。年収500万はファンタジーに逃げると言いたいらしい。
別の記事を読むと三国志や司馬遼太郎の本なんか挙げちゃいけない、ジョブズやビル・ゲイツなんて小粒だよといった具合だ。有名どころを挙げるなということらしい。一方で甘粕正彦や李香蘭という、もっと面白い人物は日本にもいると述べている。すると甘粕正彦や李香蘭の書籍に感銘を受けて、司馬遼太郎も好きで、漫画も愛読する私をどう評価してくれるのか聞いてみたいものだ。
記事では年収500万を所得が低い位置付けに置いているが、今の時代、年収500万あれば十分だと思ってしまう。成毛氏を批判するより、企画が悪かったのだろう。誰もが年収1500万を求めているわけではないし、もはやそういう時代ではないと思う。適度な収入があれば仕事に励まず、プライベートや趣味を充実させたいと思えば、年収500万層がエンタメ好きでもおかしいことではない。
この記事の企画も、この記事に対する批判も「本を読むのは偉い」という昔ながらの意識があったのではないだろうか。子供の頃「漫画ばかり読まず本を読め」と親や学校で言われたことの延長上にある。私自身、月に10冊以上読んでいた時期もある。だからといって読まない人を批判する気持ちを持ったことはない。現在は月に3、4冊程度だが、時間が取れなくなっただけだ。あくまで読書は趣味の一環で、他にもやりたいことはいくらでもある。書籍の売上が激減している現在、まったく読書をしない人だって珍しくはない。
以前、吉本隆明の本を読んだ時に「読書によって利を得ると同時に、毒もまた得ると考えたほうがいい」とあった。書き手による、文学固有の毒を得る、というのだ。読む本によっては、犯罪や人間失格的なものに価値を見出す内容のものもあり、現実離れした感覚を好きになることもある。社会的に役に立たない人間になっていく可能性もある、というものだ。確かに、一般のサラリーマンがジョブズやビル・ゲイツの影響を受けて、それが現実的に役に立つかは疑問だ。ましてや甘粕正彦の人生を知って、常識人としての人格が揺らぐ恐れもあるだろう。
この考えは読書のみならず、音楽、絵画といった「心を豊かにする」と言われることすべてに当てはまる。元々普通の社会生活をしている人は、読む側、聴く側、観賞する側であって、影響を与える力のある発信する側は、普通の生活をしていない人が多い。一般人からすれば毒を含んでいるということだ。その人たちの影響を受けることが、普通の社会生活をするのに役に立つだろうか。
実利的なことを考えるなら、年収1500万ある人は普通の家庭生活を送る本であったり、一般常識を守って生きる本でも読んだ方がいい。ジョブズの本を読むより、主婦が書いた生活術のブログでいいという話になってしまう。年収が一億あろうが、良識にかける人はいくらでもいる。普通の主婦が日々何を思い料理をしているか、知った方がためになりそうなものだ。毒入り料理を紹介しているブログはそうそう無いだろう。
(戸次義継)