検察官「ちょっと注意しときますけども、被害者の女の子はね、あなたにさらわれて、相当な精神的な痛手をこうむっているんですよ」
被告人「はい」
検察官「そういう方々はね、あなたがなぜ、こういうことをしたのかが聞きたいんですよ」
被告人「はい」
検察官「それを聞いて、自分がこんな理不尽な犯罪の被害に遭ったことが納得できるのか、できないのか、そこから立ち直りが始まるんですよ」
被告人「はい」
検察官「そういうことは理解していますか」
被告人「はい。もちろん、理解した上で、その……」
検察官「自分がやろうとしたことをきちんとここで話そうと考えていますか」
被告人「はい」
去る9月19日、広島地裁であった、ある刑事裁判の被告人質問。男性検察官が反対尋問の途中で突如、被告人が嘘をついていると決めつけたようなことを言い、とがめるように詰問し始めた。被告人は、小玉智裕氏(21)。昨年9月、広島市内で小学6年生の女の子をナイフで脅して旅行カバンに閉じ込め、タクシーに乗車して連れ去ろうとしたが、運転手に犯行がばれて捕まった大学生(当時)である。
犯行の異常性や小玉氏を捕まえたタクシー運転手の活躍ぶりなどから発生当初、全国的に注目を集めたこの事件。小玉氏は逮捕後、精神鑑定を経て、わいせつ目的略取や監禁などの罪で起訴された。そして今年3月に始まった裁判では、小玉氏が起訴事実の大部分を認めつつ、犯行が「わいせつ目的」だったことは否認したため、動機が最大の争点になっている。それだけにこの日の被告人質問では、小玉氏本人がどんな犯行動機を語るかが注目されたのだが、それは大変風変わりなものだった。
「自分の手足になる人間をつくろうと思った」
「植物工場を作って、研究者や労働者にしようと思った」
「子供をさらわなければならないという強迫観念みたいな感じになっていた」
検察官には、こうした小玉氏の証言が罪を少しでも軽くするためなどの「嘘」に思えたようである。
そんな検察官と小玉氏のやりとりを見ていて、筆者が感じたのは、「検察官はありきたりな常識が通用しなそうな被告人に対し、誰にでも理解可能なわかりやすいストーリーを押しつけようとしているのかなあ」ということだった。というのも、小玉氏の言うことは常人の感覚からすれば荒唐無稽だが、少なくとも小玉氏本人はこの大変風変わりなストーリーを大真面目に語っているように思えなくもなかったからである。
筆者はここまで計6回の公判に通ってきたが、長身で細身、どこか生命力の弱そうな小玉氏はいつも無表情で、何を考えているのか、さっぱり読み取れない人物だ。そんなキャラクターに加え、そもそも旅行カバンに小学生の女の子を詰め込んで、誘拐しようとすること自体が異常なのである。異常な犯罪に手を染めた人物の動機が異常であっても、そのこと自体はとくにおかしくない。しかも、小玉氏は事件直前、アダルトサイトを見たり、友達とのチャットで「少女犯したい」「ロリとやりたい」などと言っていた(本人は、「友だちとワイ談をする中で冗談を言っただけだった」と主張)一方で、ドイツや旧ソ連で(国の支配層が?)若い世代の人間を洗脳して操っていたような話が紹介されているサイトを閲覧していたことも明らかになっているのである。
念のために断っておくと、筆者は小玉氏に科される刑罰が軽くなって欲しいと思っているわけではない。小玉氏が被害者をさらおうとした目的の中に「わいせつ」がなかったかというと、そうとも言い切れないと感じている。しかし一方で、小玉氏の犯行動機が誰にでも理解可能なわかりやすいものかというと、やはり疑問なのである。小玉氏に対し、ハナから万人に理解可能なわかりやすいストーリーを押しつけて真相が解明されたことにするのは、再犯防止の観点からも具合が悪いのではないかと思うのだ。
この裁判は、あと1、2回の審理で結審しそうな流れになっている。今後も無事傍聴できるようなら、続報をお届けしたいと考えている。
(片岡健)
★写真は、小玉氏の公判が行われている広島地裁。