インターネットの質問サイトや個人ブログを見ていると、心の病を抱えている人が多くいることに気付かされる。メンタルヘルスのカテゴリが作られ、連日多数悩みが投稿されているのだ。感情が制御できない人、鬱状態を隠して出社している人や、薬が合っているのか、自分は病気なのか、医者の言うことは正しいのか…… 心が不安定な分、悩みが尽きないのだろう。インターネットの情報をそのまま鵜呑みにするのは危険だが、毎日数十件もの多種多様な書き込みすべてが作り話とは考えにくい。

私も一時期、仕事のストレスで精神疾患にかかってしまい、毎週通院していたことがある。自分が「精神病」と認めたくなかったので、病院に行くのには強い抵抗があった。通院してみると、今まで知らなかった世界がそこにはあった。

それほど大きくはない町の、個人でやっているメンタルクリニックの扉を開けると、狭い待合室は人で溢れていた。平日の昼間だというのに。座る場所がないため近所の喫茶店で呼ばれるのを待つ人もいる。当然のように1、2時間待たされ、医者は昼食を取る時間もなく診察に明け暮れている。

精神病、というものにまだ偏見があった私は、見るからに不審な様子の人が多いのかと思っていた。居るには居たが、それは少数でありほとんどの人は社交的で、一見健康体に見え、大半の人が普通に会社勤めをしているとのことだった。しかし内面では極度のストレスからうつ病になったり、幼少期の心の傷から立ち直れず、自分の内に閉じこもってしまう人、日常的に突然涙を流してしまうような精神不安定な人達なのだ。

そして、自分の事となると気づかないものだが、私自身も同じような状態だった。会社でこそ普通に振る舞い、不調を職場の人に悟られないようにしていたが、家に帰るなり倒れてしまうこともあり、食事をする気力もなく風呂に入る元気もない。いつの間にか布団で寝ていて朝起きると涙で顔が濡れている。休みの日は一日布団から出ず、食事もせず、知り合いからの電話も取らずただ夜になるのを待つだけだった。おかげで体重はみるみる減っていった。ずっと自分は要らないんじゃないか、死んだ方がいいのではという考えが支配的だった。単に仕事が嫌で、逃げようとしているだけだとも思い、それが余計自分を責める原因になっていた。

「それはうつ病の典型的な症状です」と医者に言われるまで、うつ病だとは思わなかった。精神疾患は個人の内面の病気であるため、周囲はおろか本人にも分からないことが多い。うつ病という言葉は今でこそ大分認知されてきた。一方で統合失調症、パニック障害など全く別の精神疾患であっても、一纏めにうつ病と呼ばれることもあり、病気に対する誤解も根強い。また擬態うつという言葉も生まれた。

こういった精神疾患の患者数は年々大幅に増えており、平成23年には320万人の患者がいるというデータがある。問題なのは、本人も周囲も気づかず精神疾患を抱えたまま病院にも行かず生活をしている人が世の中には多い。そういった人が不安定な感情をインターネットの質問サイトに書き込んだりするわけだ。そこで指摘されて病院に行くケースもある。とてもデータは取れないが、患者として数字に出ない人は相当数いることだろう。もし自分で気付いても、周囲や本人の誤解や偏見のため、あるいは病気を言うことによって会社での立場が悪くなるなど不利益の問題がある。だから誰にも相談できず辛い思いを匿名のインターネットで吐露する人が増える。精神疾患は薬を飲んで休養を取るのが望ましい。それができず、一見周囲には普通に振る舞いながら、病を悪化させてしまう、悪循環もある。

患者数増加の歯止めをかける方法も、ケア対策も、偏見なき認知も、私が通院を始めた10年前からほとんど変わっていない。「うつ病は甘えだ」とか「気力とやる気次第でそんなものは治る」などと、未だに無知を堂々と語る人もいる。マイノリティにはとことん厳しい社会だ。

(戸次義継)