2005年3月に大分県清川村(現・清川町)で一人暮らしの女性(享年61)が自宅裏庭で撲殺され、車などを盗まれた事件で、強盗殺人などの罪に問われながら2010年2月に大分地裁(宮本孝文裁判長)で無罪判決を受けた伊東順一さんという男性(61)が9月20日、福岡高裁(服部悟裁判長)の控訴審で無罪判決を破棄され、無期懲役判決を受けた。この裁判については、当欄4月20日付けの記事で理不尽な審理が延々と続いていることを紹介したが、案の定、不当な結果になったわけである(http://www.rokusaisha.com/blog.php?p=2453)。

この事件は元々、めぼしい有罪証拠は捜査段階の自白だけだった上、その自白も内容に不自然な点が多かった。しかも、捜査機関が伊東さんを自白に追い込むまでに別件の窃盗容疑で逮捕を繰り返すなど荒っぽいことをやっており、大分地裁は無罪判決の中で取り調べについて、「令状主義を潜脱する違法なものであった可能性を否定できない」と異例の捜査批判をしたほどだった。また、推定される犯行時間帯前後の伊東さんの行動を検証すると、アリバイが成立しているに等しい状態だった上、その他にも伊東さんを犯人と考えると辻褄の合わない事実が多く、第一審の無罪判決は至極妥当なものだったのである。

しかし、大分地検は控訴した。そして一昨年(2011年)7月に始まった控訴審では、今年5月の結審までに26回の公判が開かれ、53人もの証人が出廷したが、その大半は大分県警の捜査員をはじめとする検察側証人だった。第一審の蒸し返しに過ぎないような福岡高検の証人請求がことごとく採用され、審理が長期化したのである。その挙げ句、このたびの逆転有罪判決が出たのだが、その事実認定も数々の矛盾から目を背けた大変理不尽なものだった。

たとえば、控訴審判決は、山口さん宅室内から伊東さんの靴のものと一致する足跡が見つかったというのだが、それは単に検察官がそう主張していただけである。というのも、第一審に証人出廷した足跡の鑑定人は、伊東さんの靴と山口さん宅室内で見つかった靴の足跡の「共通する部分」が一体どれほど固有の特徴なのかを明らかにできていなかった。つまり、伊東さんの靴のものと一致する足跡が山口さん宅室内から見つかったという話については、そんな事実がそもそも本当に存在するかが疑わしかったのだ。

また、控訴審判決は、伊東さんが事件後、山口さんが持っていた商品券を所持していたことも有罪の根拠に挙げている。だが、伊東さんは山口さんとは旧知の仲で、金銭的に困窮しており、「山口さんからもらったものだった」という伊東さんの主張はごく自然なものだった。また、検察官は控訴審になって、犯人に盗まれて乗り捨てられたとみられる山口さんの車の運転席から伊東さんのDNAが検出されたという鑑定結果を示したが、それも当欄4月20日付けの記事で紹介したように事件以前に遺留していたと考えて、何もおかしくないものだった。要するに、ろくな有罪証拠など、何もないのに出てしまった逆転有罪判決だというわけである。

そもそも、日本の刑事裁判では控訴審は「事後審」とされ、イチから審理をやり直すのではなく、第一審の記録のみをもとに第一審の判断に間違がないないかを審査するのが原則だ。実際、被告人が控訴した事件では、高裁の裁判官たちはこの原則に忠実に弁護側の証拠請求をことごとごく退けて初公判で審理を終結し、控訴棄却するのも珍しくない。その現状を思えば、伊東さんの控訴審で検察官の証拠請求が延々と認められ続けたこと自体がアンフェアな印象を与えることだった。

もっとも、伊東さんの裁判はまだ終わったわけではない。判決公判から1カ月を経て、主任弁護人の福島康夫弁護士に現状を聞いたところ、最高裁での「再逆転無罪」へ向け、福島弁護士ら控訴審の3人の弁護人に加え、第一審で無罪判決を獲得した大分の3弁護士、その他にも福岡の弁護士2人がすでに弁護人となり、計8人の大型弁護団を結成。今後さらに新たな弁護士が弁護団に加わる可能性もあるという。伊東さん本人も「最高裁まで戦う」と前向きなことを言っているそうだ。

最高裁は通常、事実審理を行わず、逆転無罪判決を出すことはきわめてマレである。だが、控訴審が判決のみならず、審理自体がひど過ぎたことを思えば、この事件は最高裁に向けて希望が持てるように思われる。この事件の今後については当欄でも何か新情報が入る都度、レポートさせて頂くつもりである。

(片岡健)

★判決公判後、記者会見する福島弁護士(中)ら弁護団。